第44話 脱出! ネオ・カーン
敵将の首が、すぽーんと抜けるように、曙の空に舞う。
胴体からとんでもない量の血が流れ出て、地面に倒れる。
俺の後ろから、「勝ち鬨よ。勝ち鬨を上げて」と声が聞こえる。
この声はアイリーン・ナナセ子爵だ。
そのまま振り向いて良いのかどうか迷うが、彼女の状態も気になるので、遠慮無く振り向く。
まだ全裸だった。別の女性が、後ろから必死に縄をほどいてあげている。
「あの、勝ち鬨って、どうやるんでしょうか」と聞いてみる。先ほどはアイリーンと呼び捨てしてしまったけれど、急に恥ずかしくなり、敬語になる。
「その首を掲げて、討ち取ったことを叫ぶのよ」と、ナナセ子爵が言った。
「え? 俺が?」
「私にやらせる気?」と、ナナセ子爵。改めて彼女を見る。もちろん全裸だ。というか、後ろにいる十数人もすす汚れた全裸だ。
俺は、「うぇえ」と言って、落ちている首をマスターキーで突く。
だが、かなりの違和感が……この頭部は、女性の様に見える。裏返して顔を見ると、髪の長い女性が無念の表情で転がっていた。
胴体は? 地面を探すと、そこには、ふくよかなで、おそらく生前はナイスバディだったと思われる女性の体が横たわっていた、
これは、死んで化けたのか、もしくは……身代わりとか?
「バター! 逃げるぞ」と叫ぶ。嫌な予感がする。というか、ナナセ子爵を助けた以上、長居は無用だ。
わお~ん とそれに答える声がして、銀色の巨大な狼が、敵兵の中から一目散に駆けてくる。
ナナセ子爵は、ようやく両手が自由になったようで、指を口の中に突っ込み「ああ、痛い。歯が痛い」とか言いながら、こっちに来る。そして、「ああ、これはスキル身代わりね。あいつは無事だと思う」と言った。もちろん、全裸だ。
「あの、逃げませんか?」と聞いてみた。
アイリーンは腰に手をあてて、「そうねぇ。どうしようかしら」と言った。相変わらず目付きが悪い。こんな目に遭っていながらも、彼女はいつも通りの様な気がした。
「あら? アイリーン姫様、そのお方はどなた?」と、別の全裸女性が言った。グラマラスだ。
「まさか、姫様にもいい人? ナナセ子爵にもやっと良い男性が」と、さらに別の全裸女性。小さいお胸の貴婦人だ。
「あの男嫌いというお噂の姫君が、男性のお知合いですの?」と、別の全裸女性。普通サイズだ。
ナナセ子爵は、「うふふ、私は基本的に男性が好きよ? でも、やっぱり男は人間の方がいいわね」と言った。その瞬間、女性達の中から笑いが起きる。
先ほど犬と戯れていた事に対するブラックジョークだろうか。というか、誰も全裸を恥ずかしがっていない。ここは女子風呂の中か何かか?
だが、顔が泣いている女性もいる。不幸をジョークで吹き飛ばしている感じだろうか。
その時、一陣の風が吹き、銀色の狼が姿を現す。ずいぶん息が上がっている。
「わんわん(あいつら強えぇ。体勢立て直される前に逃げようぜ)」
すると、バターの後に、白を基調とした服や鎧を纏った一団と、緑の皮鎧を纏った数人が走ってくる。
その、白い鎧のおっさんの一人が、「アイリーン様! 申し分けありませぬ!」と言って、ナナセ子爵の前で跪く。そこから見上げたら、あそこが丸見えになる位置だ。
「仕方がないわ」と、ナナセ子爵が返す。
「して、その、近衛兵達は……」と、白いおじさん。
「全滅よ。敵に悪鬼がいた。でも、よく戦ってくれた。悪鬼は仕留めたわ」と、ナナセ子爵。
「そうですか……一人でも生き残っていたら、私が殺してやるところでした。あなたをこんな目に遭わせて」と、白おじさん。
というか、このおっさん、さっきまで砦に籠っていたじゃんと思った。まあいいけど。近衛兵とやらとは別の役割があるんだろう。だけど、この状況、少しもどかしい。
数百メーター先では、敵の部隊とネオ・カーン軍の部隊が戦闘を開始しているのだ。
緑の皮鎧を着た指揮官らしき女性が、「皆様、直ぐにお手当を」と言って、洗浄や回復の魔術でフォローしていく。衛生班かなにかだろうか。
しかし、ここで時間を食うわけにも行かないだろう。
「ナナセ子爵? どうなさるんで?」と、言ってみる。
それを聞いた白おじさんは、「今は我らが押していますが、倒しきることはできないでしょう。街も城壁も駄目です。この街に、我らの味方はいません。今が、脱出する最後のチャンスです」と言った。
「分かった。逃げましょう」と、ナナセ子爵。
彼女は、案外すんなり逃げる事を選択した。
「みんな靴を拾って! 服は適当でいい。この街を脱出する」と、一緒に捕らわれていた女性達に声を掛ける。やっぱそうなるよなぁ。彼女らを置いては行けない。
「服ならこいつらのでどうだ?」と言って、水の中に閉じ込めていたヤツラの服をぽいぽいと出していく。今はもう全員全裸だ。顔を出しているから、ぎゃーぎゃーと騒いでいる。
みんなびっくりしながらも、剥ぎ取った靴や服を身に着けていく。
「千尋藻さん、この人数で行くのか? 逃走ルートはどこにする?」と、小田原さん。周りを警戒しながら衣類を拾うのを手伝っている。
「ここから貴族区を通って北に行ったら、人用の脱出路がありますわ。警備兵がいるかもしれないけど、おそらく寡兵よ」と、ナナセ子爵。痛そうに口の中に指を入れながら、全裸状態で靴から先に履いている。なんかエロい。
「
ふむ。忠臣というやつか。こういう人らがいるから、国が、いや、貴族制が成り立っているんだろう。
「あの、ナナセ様、今からどこへ?」と、捕らわれていた女性の一人が言った。この子も靴から履いている。
ナナセ子爵は、「シラサギよ。私の荘園」と言って、適当な上着を羽織る。
上着の首穴から出てきた彼女の顔は、プハァと言わんばかりの表情をしていた。服に頭を通すとき、息を止める人なのかもしれない。彼女、目付きが悪いと思っていたが、無表情なわけではなく、意外と表情豊かだ。
俺が、ポケェと彼女らが服を着るところを眺めていると、ナナセ子爵が近づいてくる。
「あなた、私が逃げるのが意外?」と言った。俺、そんな意外そうな顔をしていたのだろうか。
彼女、口の中を気にしながら、今はスカートをはいている。パンツは着けないようだ。あざだらけだった顔や体は、完璧ではないにしても、ずいぶん戻っている。悪臭もほとんどしない。衛生班の仕事だろう。
そんなことを考えていたら返答に困り、「なんとなく」と返しておく。本当は逃げない気がしたのだが、日本人的曖昧回答を選択する。
「あなた、私を連れて逃げるために来たんでしょう。ならば、逃げましょう?」と、ナナセ子爵が少しジト目で言った。
「ええ、そうですね」
ナナセ子爵は後ろを振り返り、「皆! 全員で脱出するわよ!」と言った。
女性達が慌ただしく、靴や服を身に着けていった。
◇◇◇
大剣を振るうバーンが、「うぉお!」と、叫び、間合いを離す。
対するケイティの体の周りには、青白い小さな稲妻が取り巻いており、強烈な電気の帯電を伺わせた。
これは、デンキウナギ娘直伝の電気ウナギ殺法。体に雷を帯電させ、触れたものを感電させるという攻撃的な防御系の技だ。
バーンは、「くそ! 動きは単調で素人なのに」と言って、もどかしさを見せる。
「おや? 素人とは失礼な……私の保健体育の成績は、『5』です。もちろん、5が満点です」とケイティが言った。
「バーン様、砦の方で何か動きが」と、部下が言った。
ここには、バーンの他、10名ほどの軍人と20名ほどの少年達、それから15名ほどのネオ・カーンの女性達がいた。
しかし、ケイティとの戦いの余波で、敵兵は巻き添えを嫌って距離を取っている。ケイティなりに、女性から敵を引き離していたようだ。
バーンは、「くそ! こんな雑魚に俺が足止めか。いいぜ、次で決める」と言って、大剣を両手で持ち、魔力を注ぎ込む。
「あれはスパーク。あなた、気を付けて!」と、領主夫人が言った。
先ほどまで少年の相手をさせられていた彼女も、今は開放され、周りのメイドや貴族女性の手伝いもあって、体の清掃や治療をほぼほぼ終えていた。
貴族女性のたしなみとして、魔術を身に付ける者は多い。特に下級貴族の子女は、生活魔術を覚えることが出来る専門学校を出ている者が多かった。
ケイティは、「ふむ。大剣使いのくせに、ちまちまとした攻撃ばかり……あなたは見かけ倒しだ。千尋藻さん達を、待つまでもありません。次で決めましょう」と言った。
バーンは怒るでもなく、にやりと笑い、一気に間合いを詰めて行く。
「死ね! スパーク!」
「私のスキルは、神の奇跡……マジカルTiN……」
剣から放たれる光の奔流。
それは一瞬でケイティに届き、細胞を破壊しながら無理矢理に電気が体を突き進んでいく。
対するケイティの一撃は、見た目には何の影響も無いように見えた。
だが……
二人が交差した後、どさりと倒れた方はバーン。白目を剥いて倒れている。
対するケイティは、立ったままで、体のあちこちが焼けただれ、煙を上げているが、その傷は瞬く間に元に戻ろうとしている。
「何!? バーン様!」
周りの兵士がバーンに駆け寄る。
「ふむ。彼は、今日から無限射精が発動する体になりました。少しでもエロい事を考えると、ああなります。普通の体だったら、耐えられないでしょう。すなわち、彼はもう死んでいます。あそこを切り取らない限り、はね」と、ケイティが言った。
周りの兵士は絶句し、主のあそこに注目すると、股間にシミが出来ていた。そして、生臭い……
「もう一度言います。彼は、あそこを切り取らない限り、死にます」と、ケイティ。追い打ちを掛ける気はないとばかりに、構えを解く。
それを感じた兵士達は、自分の主を肩に担いで去って行く。
少年グループも、兵士達の後ろに続いて逃げていく。
「た、倒した……でも、あなた、体は大丈夫?」と、領主夫人が言った。ケイティの体は、先ほどエアスランの秘術、『スパーク』をまともに受け、所々で炭化していた。
「私は大丈夫です。さて、もうすぐ仲間がここに来ます。貴方達はどうされます?」と、ケイティが言った。
領主夫人は、「どうって……」と言って、自分の少し離れた所にいたメイド達を見る。
虜囚の身だった女性の一人が、「伯爵夫人!」と言って、駆け寄る。
それから雪崩を打ったように、夫人の元に集まる。みな喜び、涙を流しながら夫人に感謝し、ひとしきり感情を爆発させる。
領主夫人は、優しい顔をして、少しだけ彼女達のなすがままに任せていたが、砦の方を向いて立ち尽くすケイティに向き直り、「あの、私はネオ・カーン領主、ヴァレンタイン伯爵の夫人、ケイと申します。助けていただき何とお礼を申し上げていいことやら。可能なら、貴女のお名前と、その、御事情をお聞かせ願いませ。そして、願わくば……」と言った。
「私はケイティ。仲間三人とここに来ました。囚われの姫君を攫いにね」と、ケイティ。
伯爵夫人は、「あの、その姫君とは……」と言った。
「彼女の名前はナナセ子爵。本名はアイリーン・ジュノンソー。私達は、彼女を連れ出しにきました」と、ケイティが返す。
「やはり、ナナセ子爵」と、伯爵夫人。
「私の仲間は強い。ナナセ子爵が連れ出されるのも、時間の問題でしょう。ですが、少し心配なのは、彼女の責任感が強かった場合、ここから逃げないという選択をしてしまうことです」と、ケイティ。
ケイティの皮膚は、すでにすっかりと完治していたが、シャツやズボンが所々破け、地肌がちらりと見えていた。
朝日に照らされるおっさんのチラリズムは、助けられた女性達にとっては数割増しで眼福であったらしく、すでに数人はうっとりとしている。
「ここの領主は、領主であることを放棄しました……すなわち、自ら死を」と、伯爵夫人。
「そうですか。ならば、この街はどの国が支配することになるのですか?」と、ケイティが問う。
「それは……ウルカーン国王からの任命が無ければ……私は貴族ですが階位は持っていません。息子はまだ幼く、王都で学園に……」と、伯爵夫人。
「暫定政府樹立の可能性は?」
「軍のナンバー2《ツー》であるナナセ子爵が望めばあるいは。ですが、敵兵が街にいて、すでに略奪も始まっています。ここでは、ウルカーン出身者は少数なのです。おそらく、民意はウルカーンにはありません。それに、水の国ララヘイムもエアスランに付いた今、外交的にもこの街は、すでにエアスランのものと言っても……」と、伯爵夫人。
ケイティは、「それが、元領主夫人のあなたの見解なのですね。なるほど。街とは、このようにして為政者が変わるのか……」と言って、少し遠くを眺める。
「あの! 恥を忍んで申し上げます。私達を助けていただけませんか? お礼なら、何なりと。私の実家は子爵家ですから、謝礼も出せます。私の体を所望なら、応じましょう」と、伯爵夫人。
ケイティは、目線を変えず、「その答えを、私は持ち合わせていません。ですが、直ぐに分かることでしょう」と言った。
ケイティの目線の先には、白く大きな犬、いや、フェンリル狼と呼ばれる魔獣。
そして、その後ろには、頼もしい仲間達の姿があった。
さらに、異国の服を纏った女性達がぞろぞろと小走りで近づいてくる。女性達は、武装した兵士に守られながら、しっかりとした足取りで進んでいた。
ケイティの存在に気付いたのか、近づいてくる集団のうちの一人のおっさんが、大きく手を振る。彼の大きく振る手とは逆の手には、斧が握られていた。
だが、彼の後ろには、見慣れぬ物がうぞうぞと付いてきていた。それは、朝日に照らされながら、黄金に輝く水の壁。その壁は、神々しさすら感じられたが、その中には、十人ほどの人影が入っているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます