第43話 激闘! ネオ・カーン
「ぐるるるる(お嬢さんが……この、クソやろうどもが)」と、バターが言った。
一瞬分からなかったが、イケメンの若い男の足下に、ナナセ子爵がうつ伏せで倒れている。
後ろ手で縛られて、全裸にされている。
体中に傷があるな。そして……小汚い犬が尻の臭いを嗅いでいる。周りの女性達も同じような状況だ。
俺は、「バター。手分けするか」と言った。不思議と普通に声が出た。
事前に、陵辱されると聞いていたからかもしれない。しかも、信じられない方法でと言っていたから……
だが、皆の前で裸にされて、犬とさせて、顔に蹴り入れられて、頭を踏まれるくらい、信じられない方法というわけではない。日本人の想像力を舐めてはいけない。
だけど、あの男は殺してしまっても、そこまで気分は悪くならなさそうだ。
「わんわん(わかった。だが、敵が多い。お嬢を人質に取られちゃまずいぞ)」
その時、強烈な光がナナセ子爵の近くにいる謎イケメンに飛び込む。謎イケメンはまぶしそうにしながら、その光の主から距離を取る。
ふむ、あれは、小田原さんのシャインだな。小田原さんは、ここに飛び込んだ時に、バターから飛び降りたのだ。と、いうわけで、あの謎イケメンは、小田原さんが相手か。というか便利だなシャイン。
スキル『シャイン』は、体の一部が光るというだけのスキルだが、用途はかなり広い。日常生活から接近格闘戦に至るまで、非常に有用なスキルだ。
その時、怖い顔をしたお姉ちゃんが、鞭を持って近づいてくる。お姉ちゃんの両隣には、巨大な猫がいる。しかも二匹。いや、二頭か。
さっき首を思いっきり引っ張ったらちぎれてしまったやつはトラだったけど、あれは猫だ。いわゆる家猫をそのまま巨大にしたようなヤツだ。大きさはバターほどではないが、体高が俺と同じ170センチくらいあり、胴体は伸び縮みするのでよく分からないが、それでも2メーター以上はありそうだ。
「わんわん(こいつらだ。こいつらの連携が厄介だ。トラはさっき仕留めたから、大きいのは、後はあいつらだけだ」と、バターが言った。
お姉ちゃんは、そのまま無言で俺を睨み付ける。
「ふむ。そんなに凄んでもな。俺にとって、お前などエッチなねぇちゃんに過ぎん」
目の前の女性は、大きな胸にプリッとしたお尻。そして、それを強調するするかのような格好をしている。要は、ピチっとしたシャツとズボンをはいている。そして頭にはティンガロンハット。カウボーイスタイルだ。
「行くぜ」と言って、バターから飛び降りる。
バターは、「わんわん(俺は雑魚兵を押えておく)」と言って、陣形を組みつつわらわらと集まる兵士の群れに突っ込んで行く。なかなか頭が回るヤツだ。いの一番にご主人様ではなく、この場をかく乱させたいらしい。それが周り回ってご主人様が一番助かる方法だと分かっているのかもしれない。
「よくも……よくも私の友達を……許さない」と、鞭を持ったカウボーイスタイルのむっちり女性が言った。
「だからどうしたよ」と言って、手に持ったままだった巨大トラの頭部を相手に投げつける。
そして、相手に向けて走り出す。さて、どうやって無力化する? 相手はお姉ちゃん。こんな状態でも、斧で斬り殺すのは忍びないと思ってしまう。
と、俺の駆け足が足りなかったのか、一瞬で巨大猫が俺の前後に跳んできた。
「む?」 思わず足を止めてしまう。
二匹の巨大猫は、俺と間合いを詰めつつ、飛びかかる振りをしたり横に飛び跳ねたりして、攻撃のタイミングを伺っている。
こいつら、狩りに慣れているな? さっきのトラさんは簡単にやれたけど、奇襲だったからな。
だが……
「来ないなら、こっちから行くぜぇ!」
俺は、猫を無視してお姉ちゃんの方に走り出す。猫と遊んでいる暇は無いのだ。
「くっ!」
お姉ちゃんが鞭を振るうが、長い鞭だったため、軌道が読める。
鞭の来ないコースを走り抜け、そのままお姉ちゃんに体当たり。いわゆるショルダータックルだ。
ぼきぼきぼきという音と感触が体に伝わる。
俺から離れていくお姉ちゃんを見ると、衝撃で首まで変な方向に曲がっていた。あ~でも、まあ、これも戦争。悪く思うなよ。
「キシャ~~(よくも)」「シャー(食い殺す)」
おや? この猫の言葉は分かる。いや、ひょっとしてさっきのトラもそうだったのか。少し悪い気がする。
俺は、マスターキーを振りかざして、「当たると痛いぞ?」と言ってみる。
「にゃ~(当たるかぼけぇ!)」
二匹が再び俺の前後に跳ぶ。ふむ。言葉が分かる猫か。だが、おっさんを舐めるなよ?
しゃべる猫だからって、
一瞬で前方にいる巨大猫に肉薄し、マスターキーを薙ぐ。猫は後ろに跳び下がろうとしたようだが、俺の横凪の方が早く、頭部半分が吹き飛ぶ。
そのまま後ろを振り返り、目をまん丸にしているもう一匹に、姿勢を下げて全力疾走を仕掛ける。
猫は横に跳んで逃げようとするが、もう遅い。
マスターキーの間合いに猫の後ろ足! まずは一撃とばかりに足を吹き飛ばし、地面をうまく蹴れずに戸惑う猫の脳天を、次の一撃でかち割る。
巨大猫はそのままドサリと地面に倒れ込む。ふむ。強いなマスターキー。俺は、右手に持った斧を左手でなでなでする。
猫を屠った俺が少しばかり足を止めていると、「化け物め!」と、声がして、何かが放物線を描いて飛んで来る。
余裕で避ける。と言うか、これまたお姉ちゃん、いや、お姉ちゃん軍団がいたのでそこに突っ込む。
中心にいるのは、水色の服を着た水色髪の綺麗な女性だった。
周りの女性達も似たり寄ったり。ある特定の兵種なんだろうか。
などと考えていると、一瞬で肉薄に成功する。なんだこいつら、弱いな。
「ひっ!」
「サイフォン様!」
中心のお姉ちゃんに体当たりしようと思ったら、横から別の女性が出てきた。眼隠れ属性の細身の女性だ。その子が身を挺して水色髪を守る。
なんだかやりづらい。斬り殺していいものだろうか……
「こいつは異常よ。水魔術で窒息させる」
サイフォンと呼ばれた女性の杖から、大量の水が流れ出る。
む? あの水はそのまま防御の役目も果たしそうだ。どうしよう。やっぱ、体当たりで情けを掛けるのではなく、マスターキー《これ》でたたき切るか……
躊躇していると、周りの十人くらいの女性兵士も水を出し始める。窒息させる、か……おそらくそのままの意味だろう。
「喰らえ、ユニオンスキル『ウォーターボール』」
周りの水が一気に動き、俺を呑み込もうと蠢き出す。
忘れそうになるが、俺は、実は水中でも呼吸ができる。しかし、この魔術で生成された水に酸素が溶け込んでいる保障はない。
だが……何故だか大丈夫なような気がした。いや、違う。水魔術なら、どうとでもなるような気がするのだ。
蠢く水に、言うことを聞けと念じる。
すると、水が不規則な動きを止め、静かになる。
俺が水の一部に動くよう念じると、思ったように動いた。何故だろう。俺は多分、水を操ることができる。
それはきっと、軟体動物だからなのかもしれない。
「奪われた!? 馬鹿な、この変態め!」と、水色姉ちゃんが言った。
「失礼な。とりあえず、窒息してな」と言って、周囲にいた敵兵を、操った水で呑み込む。
10人くらいが水の中でもがいているのが見える。
こいつら、魔術で水を出すくせに、泳ぎもできんのか。
というかこいつら全員女だ。水を操って、どさくさで全裸にしてやる。
その時、砦から地鳴りのような声が聞こえる。
何だ?
これは、人の声だろ。鬨の声? 多数の大声が轟く。
そして、砦の中から武装した兵士が駆け出してくる。あれは、敵の援軍ではないよな。おそらく、砦に籠っていたネオ・カーンの守備兵だ。早速炎で敵兵を攻撃している。
俺達の奇襲のタイミングで出てきたか。
少し冷静になって、周囲を確認する。
バターは……いた。敵兵集団の中を走り回っている。攻撃に固執しておらず、敵に陣形を組む隙を与えていない。大人数を相手取り、己の機動力を生かしてうまくやっているようだ。
そして、ナナセ子爵のところの小田原さん……なんと、まだ謎イケメンと戦っている最中だった。相手は剣で、小田原さんはもちろん素手だ。
小田原さんの後ろでは、辱めを受けていた女性達が、ひとかたまりになり、お互いの縄をかみ切ったり石に擦り付けたりして縄をほどいている。敵兵も女達にかまっていられなくなったのだろうか。
敵の本体は、バターにかく乱されつつ、迫り来るネオ・カーン守備兵の圧に押され、指揮官らしき人が何か叫びつつ徐々に後退している。
う~む。これって、どうしよう。予定ではナナセ子爵を攫って、ケイティを拾い、速攻で帰る予定だったのに……
このまま行くと、この戦争にどっぷりと加担してしまう。というか、ナナセ子爵も逃げると言わないかもしれない。
ふと気付くと、水の中でもがき苦しむ女性の一人が早速全裸になっていた。水を操って服を脱がせるのはなかなか難しい。俺は二人目に取りかかり、一応、水の中の10人は、呼吸ができるように、顔だけ外に出しておいた。そして、小田原さんの加勢をするべく走り出した。
走り出した際、その女性10人が入った水に、俺についてこいと命じる。そうしたら、俺が命じたとおり、水の壁が女性らを取り込んだまま、俺についてくる。
俺は、この謎現象のことは深く考えず、ピカピカと光る戦闘域に向かっていった。
◇◇◇
剣と拳の戦いはほぼ互角、いや、じりじりと攻撃を読まれ、間合いを詰められているのは剣の方で、拳の方は、後の女性達を気遣いながら戦う余裕があるように見えた。
なぜならば、剣の方が徐々に女性達から離れていっているから。
「ぐう、なんだお前は。何者だ」と、やけに若い身なりのよい童顔が、上等な剣を握り締めて言った。
「お前は将軍と呼ばれていたが、良いのか? こんなところで油を売っていて」と、スキンヘッドが返す。
「ごもっともだ。俺は、お前などの相手をしている暇は無い」と、クメール将軍。
「逃げたいなら逃げろ。兵を率いてな」と、スキンヘッドが言った。
スキンヘッドは、わざと手を抜いて司令官を残し、敵兵を引かせたい様だった。
将を失った兵士はどんな暴発をするか分からない怖さがある。確かに、将に兵を引かせるというのがスマートだろう。
クメール将軍は、「くっくくく。舐めるなよ」と言って、顔に片手を当てる。
「む? 目が赤く……おまえさん、その目は」と、スキンヘッドが言った。
「はははは、お前の心の闇を……「オラ!」
クメール将軍の目が赤く染まった瞬間、別のおっさんが跳び蹴りを噛ます。
クメール将軍は、片手を顔に当てたまま吹っ飛んでいく。
そのおっさんの後ろには巨大な水塊があり、それを引き連れたまま、てくてくと捕らわれていた女性達の前まで歩きいていく。
そして、「アイリーン、迎えに来た」と言った。
だが、アイリーンと呼ばれた女性の目線は、おっさんではなくその後ろに向けられている。
おっさんの方もそれに釣られて後ろを振り向く。そこには、真っ赤な目をしたクメール将軍がいた。吹き飛ばされた地点から、ゆらりと歩いてくる。
「その目、見覚えがある。悪鬼の目だ」と、そのおっさんが言った。
「くっくっく。さあ、心の闇を見せろ。お前も、悪鬼になれ!」
クメール将軍が、後から跳び蹴りを噛ましたおっさんを睨み付ける。
だが、そのおっさんはどこ吹く風で、片手に持った斧をブンブンと振り回しながら、スタスタとクメール将軍に近づく。
クメール将軍は驚愕し、「ありえない。そんなはずはない!」と言って、後ずさる。
「覚悟はいいか~」
「お前のような人間が、いるはずない!」
そのおっさんは、「お前は馬鹿か? 俺は、
曙の時間、うっすらと空が明るむ中、おっさんの振るうマスターキーにより、クメール将軍の首が宙に舞った。
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