第40話 バターの情報


「わおん(ネオ・カーンの領主館が占領された)」と、駄犬バターが言った。


バターは地面に伏せており、小田原さんが回復魔術を掛けてあげている。結構な深手を負っていたようだ。


あの時の俺の一撃がトドメだったようで、バターはしばらく気絶していたのだ。


その間の俺はというと、ムーと5回戦まで行ってしまった。バターを殴った時、抱いたまま走ったのが良かったらしく、途中、ひたすら走り続けたり、なかなか激しいことをしてしまった。


そして、ムーが気絶した頃、駄犬バターが起きた。


「領主館が占領されたそうだ」と、俺が言うと、話を聞くために集まっていたジークや行商人、トマトやバッタ達がざわめく。


「なんと! 早い。あそこには千の守備隊がいたはずだ」と、行商人が言った。


「わんわん(俺は、ご主人様と領主館にいた。そこに、敵がなだれ込んできた)」と、バターが言った。


その旨を通訳してやる。


「ふむ。断首作戦か。一気に領主を押えられたのか」と、ジーク。


「奇襲だったのなら、あり得る話ね」と、シスイ。


「わん(一気に魔術で攻撃された後、あいつが出てきたんだ)」


「あいつとはなんだ?」と、俺が聞き返す。


「わおん(悪鬼だ。最悪だった)」


「なに? 悪鬼だと?」


俺がそう言うと、周りがざわめく。


「悪鬼が領主館を襲ったというのか。悪鬼討伐隊はどうしていた?」と、バッタ男爵。


俺がその旨の質問をすると、バターは、「わん(わからねぇ。少なくとも悪鬼討伐隊は領主館にはいなかった)」と言った。


「ちっ。それで、悪鬼にやられたのか?」


「わんわん(俺達も、果敢に戦った。だが、味方が3人ほど悪鬼になって、味方を襲いだした。最後は、決死隊を決めて、倒すことが出来たが、今度は雷を使う大男が出てきた)」


「悪鬼は犠牲を払って倒したそうだ。だが、雷使いが出てきたのか? そいつが強かったのか?」


「わん(雷使いと水使いがいた。俺達は、最初百人くらいいたが、悪鬼を倒すまでに半数は減っていた。もうずたずただった)」


「雷使いと水使いか」と、俺が呟くと、隣のトマト男爵が「水だと? 雷なら分かる。雷魔術は、エアの風魔術の一種だからな。だが水は、ララヘイムの領域だ」と言った。


「うむ。我らウルカーンは炎を扱う。ララヘイムの水魔術とは相性が悪い。だから、我が国はララヘイムとは協調路線を取っていた」と、バッタ男爵。


相性が悪い相手が敵に付いているということか。それは分が悪い戦いだっただろう。


「わんわん(それでも、粘っていたんだ。だけど、途中であの女がやってきた。黒い猫を連れた女だ)」


「黒い猫を連れた女?」


「テイマーか。スタンピードを起した術者かもしれんな」と、トマト男爵。


「おいバター。お前のご主人様はどうなった? ナナセ子爵だ」


「きゅぅ~ん(分からない。ご主人様は、城に敵がなだれ込んで来た時、俺に父親の元に行けと言った)」


「分からないか。だが、戦力的にはどうだったんだ? 脱出の可能性は?」


「わんわん(俺達白の軍は、悪鬼との戦いでほぼ壊滅状態だった。赤の軍や援軍は来なかった。逆に、相手はどんどん増えていた)」


「そっか。それで、お前は何でここに?」


「わんわんわん(ご主人様の父親は、ウルカーンだ。遠い。道の途中でお前の臭いがした)」


「総括すると、領主館を守っていた白の軍百名は、悪鬼戦でほぼ壊滅。対する敵は援軍が合流して増えていき、最後は領主館に突入してきて、お前はナナセ子爵の命でウルカーンにいるジュノンソー公爵の所に行こうとしていたということだな」


「わんわん(俺は最後までご主人様を連れ出そうと頑張ったんだ。だが、相手のネコのせいで近づけなかった。仕方なく、ウルカーンに行くことにして、街を脱出したんだ)」


「むうう。領主館を押えられたのなら、軍の司令官どころか支配者のトップがいないということになる。赤の軍五百がどうなったのか気になるが、降伏したか、各個撃破されたか……」と、バッタ男爵。


「貴族は、捕まったらどうなるんだ? 身の代金?」


「普通は、身の代金による交換だがな」と、トマト男爵。少し歯切れが悪い言い方だ。


「5年前、国王派の馬鹿があの街で虐殺を行っている。命は取られないにしても、どんなことをされているかわからん」と、バッタ男爵。


「彼女、ナナセ子爵は、将軍なんだっけ?」と俺。


「そうだ。彼女は、白の軍という要人警護や諜報などを行う部隊を率いる将軍だ。赤の軍というのが城壁や市内警備を担う部隊だ。他に緑の軍というのもいるが、こちらはサポーターだ」と、トマト男爵が答えてくれる。


「彼女、今は捕虜になっているとして、ネオ・カーンの街から脱出したら、やっぱり逃げたことになるのかな」と、聞いてみる。


「ん? どんな質問だ? ネオ・カーンの街はすでにエアスランの占領下にあるとみていい。一般論だが、そこからの脱出は、別に敵前逃亡などではないと思うがな」と、トマト男爵。


そうか、『彼女』は、ネオ・カーンからの脱出は駄目だと言っていた。だけど、今の状態ならいいのかもしれない。


「おいおい千尋藻。お前、まさか助けに行くつもりか?」と、ジークが言った。


「う~ん。知らない仲ではないしな。どうかな」と、ジークに言った。


「どうもこうも、お前が一人で行ってどうにかなる問題じゃねぇぞ」と、ジーク。


「人一人連れてくるだけだ。この駄犬に乗って行けば、片道一時間くらいだろう。着く頃は、ちょうど朝日が登る時間帯だ。奇襲にはちょうど良い」


「お前はお人好しだな。お前の女でもあるまいし……ん? お前、まさかその貴族の女と……」と、ジーク。


「やっちゃった」と返す。


その瞬間、トマトとバッタがぎょっとした顔をした。


「お前は、公爵令嬢を……それで? 行きたいということでいいんだな」と、ジーク。


「駄目?」


「面倒ごとはごめんだぜ。だが、お前、本気で助けられると思っているな? 俺は、もう少し、お前というものを見たくなった」と、ジーク。


「じゃあ、ちょっと行ってくるか」と言って立ち上がる。


「まったくお前は……ピーカブーが言う通り、お前は普通ではないのかもしれないな」と、ジーク。


「失礼な。俺は、おっさんだぞ?」と、返しておく。


「おっさんってよ、うちの荷馬車を一人で曳いて、占領下の街に一人で乗り込むようなやつのことか? まあいいや、行くんなら、勝ってこいよ」と、ジーク。


「悔いは、ないようにしてくるつもりだ」と応じる。流石に軍隊相手に一人で勝つつもりはない。


俺が地面に伏せているバターを見ると、やつはのそりと立ち上がった。怪我の方は、見た目には治ったようだ。


近くでみると、やはりデカい。そして、息が生臭い。


「わん(お前を乗せて、街まで走ればいいんだな)」


「ナナセ子爵のところまで頼む。もちろん、帰りの分まで体力を残しておけよ」と言って、首をポンポンと叩く。ふさふさの毛並み。こいつに跨がって毛を握り締めておけば、何とかなるだろう。


俺は、てくてくとバターと一緒にキャンプ地の空き地まで進む。


と、ついてくる気配が数人……見送りか? と思って振り向くと、そこには二匹のおっさんがいた。


「戦争時、占領された街では、すべからくレイプが起きます。レイプを戦争に用いるのです。兵士達への褒美と、敵国の男達の気概をへし折るために」と、ケイティが言った。


ナナセ子爵、アイリーン・ジュノンソーは、俺に『負けたら、自分は陵辱される』と言った。それも、信じられない方法で。


「千尋藻さん、重ね重ね言うが、自分だけずるいぜ」と、スキンヘッドが言った。目がギラギラとしている。


「まさかだけど、二人とも来るつもり?」と聞いてみる。


「この犬は大きい。おっさん三人くらいは乗れるでしょう」と、ケイティ。


ケイティも来るのか。こいつ、レイプ多発地帯に行ってみたいだけじゃないだろうな。


「小田原!」と、少女の声がした。あらら、起きてきたか。眠っていたはずのネムやらジェイクやらが寄って来た。


結局、深夜のキャンプ地が賑やかになる。モンスター娘の面々、バッタやトマトにアリシア、その他行商人や冒険者の人々までいる。


「ネム、大丈夫だ。やばそうなヤツがいたら、逃げてくる」と、小田原さんが優しい顔をして言った。


「千尋藻、行くんなら、ちゃんと勝って戻ってこい。その時は、お尻くらい触らせてやる」と、アリシア。何だか、少しだけうれしい。


「ケイティ、頑張ってきてね」と、あの子はデンキウナギ娘だ。あの二人は、結構いつも一緒にいる。マジックマッシュルーム娘との3Pにハマっていると聞いた。


「千尋藻ぁ~お土産よろ~」と、ピーカブーさん。貝の口から眠たそうな顔を出している。全く心配していないなこりゃ……

対して、心配そうに見つめるムカデ娘にオオサンショウウオ娘。


「一緒に行くにしても、ナナセ子爵を助けるだけだぞ。速攻で攫って逃げてくる」


「いいですよ。私ら、一蓮托生ではないですか」と、ケイティ。


「電撃戦なら、素手の方が良い時もある」と、スキンヘッド。


俺は、「では、行くぞ、バター」と行って、首の辺りの毛を掴む。ケイティとスキンヘッドの小田原さんもバターに駆け寄る。


その時、「餞別~」と聞こえ、空から何かが振ってくる。


それを空中でキャッチし、モノを投げた主、すなわちミノタウロス娘に、「ムーか。借りていくぞ」と言った。


俺の手には、斧が握られていた。お昼に使った斧だ。よく船に付いているマスターキーみたいなやつ。柄の部分まで金属で出来た、無骨で丈夫そうな斧だ。


「私を抱いた後、直ぐに別の女の所に行くの~」と、ムーが眠たそうに言った。ムーは、さっきまで気絶してよく眠っていたのだ。


「すまん、ムー。直ぐ戻る」と言って、バターに飛び乗る。


「ばうわう(走るぞ。掴まれ)」


俺に続き、ケイティとスキンヘッドも、走り出す巨大なフェンリル狼に飛び乗り、しがみついた。


時は深夜深く。もうすぐ夜明け。


アイリーンの愛犬バターは、おっさん三匹を乗せ、森の中を疾走した。

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