第38話 断首作戦
ここは、ネオ・カーン貴族区のとある屋敷、この屋敷の主の部屋に、執事が駆け込んで来る。
この屋敷の主であるナナセ子爵は、デスクで書類仕事の最中だったようだ。
「ナナセ子爵、スタンピードに引き続き、暴動発生との連絡が」と、執事が言った。
ナナセ子爵は少しだけ悔しそうな顔をして、「……来たわね。もう少し早ければ、頼もしい味方と一緒だったかもしれないのに」と言った。
報告に来た執事は何の事か分からなかったのか、絶句している。
ナナセ子爵は、「まあいいわ。白の軍を領主館に集めて。扇動に乗っては相手の思うつぼ。私も武装して領主館に入るわ」と言った。
「は、はい!」
ナナセ子爵は執務室のデスクを立ち上がり、歩きながら「奇襲はどうせ少数。行政府さえ守り切れば、何とかなるはずよ、きっと。今、白の軍はどれだけ集められる?」と言った。
「百名が軍区で訓練中です。他百名は城門警護や市中警備に駆り出されています」と、執事が言った。
ナナセ子爵は、「軍区の百は全部領主館に集めて。市中にいる部隊は……この混乱じゃ無理か。仕方がない。他の軍は?」
「赤の軍500と援軍50は、ほぼ全員がスタンピード対策として城門の方に行くようです。緑軍は、そのサポートに」と、執事。
ナナセ子爵は、「敵はすでに街中にも潜んでいるとみていい。スタンピードは城壁を越えられない。優先すべきは領主館だと言っていたのに。領主の戦争音痴は致命的ね。まあいいわ。あなたは急いで軍区に行って」と、言った。
執事は「仰せのままに。私は軍区に行って、白の軍にその旨を伝えてきます」と言って、足早に駆けて行く。
一人残されたナナセ子爵は少し渋い顔をしながら、軍服に着替えるべく、更衣室に駆け込んでいった。
・・・・
「領主! ナナセ子爵参った! ご無事か?」と、ナナセ子爵が言った。
金の装飾が施された真っ白い軍服に身を包んだ目付きの悪い美人……
そのナナセ子爵が、手勢の白の軍の精鋭百名と銀のフォンリル狼一匹を引き連れ、領主館になだれ込む。
相手の執事が出てくるのを待たず、廊下をズカズカと進み、領主の執務室まで行く。
「おお、ナナセ子爵か。スタンピードの発生と暴動が同時に起こっておる。民衆からの情報で悪鬼も出たそうだ。悪鬼討伐隊も先ほど向かわせた」と、執務室の机に座る領主が言った。御年五十を超えるヴァレンタイン伯爵その人だ。小柄な体躯で、軍人ではなく、本来は文官だ。
「悪鬼ですと? このタイミングでまさか。流言飛語ではありませぬか? 虎の子の悪鬼討伐隊を暴徒やスタンピードで消耗させるわけには行きませんよ」と、ナナセ子爵。
「でもなあ。民が不安がっておる」と、領主。
「何を暢気な! これは恐らく、エアスランの奇襲です!」と、ナナセ子爵。
「エアスランか。お主が忠告していたやつだな。もしそうだったとしてもだ、先日は援軍もちゃんと届いておる。悪鬼討伐隊もいるし、この街の城壁は高くて丈夫だ。スタンピードなど、直ぐに鎮圧できよう」と、領主。
「あの援軍は、規模としては無きに等しいです。ハンターも集めておりますが、魔物戦しか使い物にならないでしょう」と、ナナセ子爵。
領主は、首を傾けて、「では、どうすればいいというのだ?」と言った。
ナナセ子爵はぶち切れそうになりながら、ぐっと堪える。
そもそも、自分はずっと軍備増強を訴え続けていたのだ。それを、のらりくらりと言い訳して何もしなかったのが目の前のおっさんだったのだ。平和主義なら、それはそれで別にいい。だが、このおっさんの愛人はエアスラン人だ。彼女がスパイだったかどうかは分からないが、エアスランへの警戒が甘かったのは確かだ。
「……とにかく、私の白の軍は、ここの防衛に当たらせます。赤の軍も、可能な限り戻してください」と、ナナセ将軍が言った。
領主館には、住民や企業を管理するための各種資料やギルドの情報、それらを扱う官僚たちが務めている。
実質、領主館とは、司法、立法、警察、軍事に至るまでの、全ての権力の中枢が集まっている場所なのである。
その時、一人の伝令が領主館に駆け込んでくる。
「伝令! 伝令です」
「何だ? スタンピードに暴徒に悪鬼の次は何だ?」と、領主が少し自嘲気味に行った。
「は! エアスランです。スタンピードの背後に、エアスランの軍が。強襲です!」と、伝令。
「やはりね」と、ナナセ子爵。
「やつらは、ウインドカッターに乗って、もの凄い勢いで城壁に迫っております」と、伝令。
ウインドカッターとは、風系の魔道具で、地面をホバリングで進む事ができる移動型の戦術兵器であった。
「そんなもん、城壁から狙い撃て。フレイムで焼き殺せ」と、領主
「それが、相手のカッター部隊は手練れで動きが速く。それに、相手はウォール・アイスを使っています」
「ウォール・アイス? ララヘイムの秘術をエアスランが? まさか共闘? そうだったら最悪ね」と、ナナセ子爵。
「そんな馬鹿な。ララヘイムと我が国ウルカーンの関係は良好だったはずだ」と、領主。
「兵士をララヘイムに留学させたのかもしれない。いずれにせよ、これは厄介ですわね。領主、兵を分散させず、火力で押し切ることを提案します。相手は強襲部隊。おそらく寡兵です。スタンピードや暴動は、目くらましに使っているだけです」と、ナナセ子爵。
「しかし、城壁を放棄するわけにもいかんだろう」と、領主。
「スタンピードと市中の暴動は無視し、兵を集約し、エアスラン兵に当たらせるべきです。いや、敵の狙いはここかもしれない。それならば、直ぐに防御を固めないと」と、ナナセ子爵。
「そんなばかな。いきなり本陣を落とすなどと」と領主。
「敵襲! 敵襲です! ここに敵襲!」と、別の伝令が入る。
その直後、強烈な音と閃光がほとばしる。
「くっ、今のはエアスランのスパーク!? 白の軍、ここを死守する! 伝令、一人でも多くの兵をここに向かわせて!」と、ナナセ子爵が叫ぶ。
◇◇◇
時は少しだけ遡り、エアスラン軍の断首作戦部隊が貴族区に到達する。
貴族区の門番をこともなげに殺害し、足早に領主館を目指す約60人。バーン率いる選りすぐりの歩兵戦力50人と、サイフォン率いる水魔術士の精鋭直属10人だ。彼らの視界に、ついに領主館が入る。
だが、そこにいたのは百名近い武装した軍人と、大きな白いフェンリル狼一匹。
「あれが領主館だ。ちっ、カンがいいやつがいるな。ここの防御を固めるつもりだろう」と、バーンが言った。
「あれは、グリフォンのマーク。ジュノンソー家の者ね」と、サイフォンが言った。
「ジュノンソーと言やぁウルカーン最強の公爵家か。そこの兵士がうじゃうじゃいやがる」と、バーン。
「だけど、着いたばかりじゃ無い? 陣形はおろか、見張りすらも立てていない」と、サイフォン。
バーンは、「そうだな。ヤルなら今だ。あの数じゃ分が悪い。最初にスパークをぶちかます。ここで、悪鬼の出番だな」と言って、後ろにある白い包みの方を見た。
サイフォンは、「じゃあ、このまま強襲ね。皆、アイスランスの準備!」と言って、自分の部下に命じる。
バーンは、走りながら「はぁあああ……スパーク行くぜぇ!」と言った。
大剣からほとばしる魔力の奔流……
そして、大剣を薙ぎ払い、「スパーク!」と叫ぶ。
ドゴン!
空気を切り裂く爆音。さらに、一気に別の遠距離系の攻撃魔術が飛ぶ。完全に不意を突いた奇襲だった。
「よし! 悪鬼を出せ。俺達は、しばらく身を潜めるぞ」と、バーンが言った。
後ろでは、白い包みが剥がされ、そこには、目隠し、猿ぐつわを噛ませて、縄で縛り付けられたヒトがいた。
急いで縄を解くと、エアスランの精鋭は、一気に領主館を離れて行った。
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