第36話 キャンプ地


北へ北へと、ひたすら荷馬車を曳き続ける。


隣にいたムーは、途中息が上がってしまい、休憩のためにトカゲ娘のシスイに変わってもらった。シスイはむっちりした足と肉付きで、ぐいぐいと荷馬車を曳いているが、日頃の運動不足が祟ったのか、すでに汗だくで今にも悲鳴を上げそうだ。


いや、ここはずっと登り坂だから、結構しんどいはずだ。途中、馬が駄目になった荷馬車を何台か追い越した。俺達も全部の面倒を見きれるはずもなく、脱落者は無視してこの先のキャンプ地に向かう。


だが、この登り坂、流石の俺も一人ではキツい。だが、重ね重ね不思議なもので、俺の体は悲鳴を上げつつも、もの凄い馬力で動き続けている。周りから感謝や賞賛の声を受けながら、モチベーションを維持しつつ、ひたすら荷馬車を曳いていく。


隣のシスイが、「ごめん、私もう限界」と言って、棒を持つ手を下げてしまう。


俺は、「休憩は早いうちに入れた方がいい」と言って、一人で曳き始める。


登山などでは、休憩は、相当疲れてから入れるよりも、こまめに入れた方がいい。そっちの方が、結果的に長く活動できる。だが、俺の体はまだまだ動く。


皆ヘトヘトで仕方がないので、俺一人でひたすら曳いて行く。


太陽は、すでにかなり傾いている。今、暗くなり始めた山道を進んでいる。

俺達のコンボイだけでは無く、あの時、周りにいた行商人達の皆が、ネオ・カーンの街から離れようと、この上り坂満載の山道を進んでいる。


しばらく何も考えずに曳き続けていると、登り道が下りに変り、さらに行くと、少し開けた場所に着く。


本来ならば、今日中に余裕で着いて、皆で楽しくバーベキューパーティでもしていた場所だ。


「到着だ、千尋藻。ご苦労だった。いや、この強行軍、よく頑張ってくれた」と、ジークが言った。


「いいってことよ」と、ぜ~ぜ~言いながらもそう答えておく。


周りから賞賛の声と拍手が起きる。少し嬉しい。


「ここまで来れば、エアスランのやつらも追っては来ないだろう。ここには俺達みたいな第三国の者達もいる。きっと大丈夫だ」と、ジークが言った。


なるほど。今回はウルカーンとエアスランの戦争だから、第三国人がいる行商人は狙われ難いということか。


「ああ、もう腹ぺこだ。何か食いたい」と、返しておく。本心だ。体中のエネルギーが無くなったかのようだ。


「分かった。急いで準備しよう。この人数なら早いだろう」と、ジーク。


俺達の前には、トマト男爵やバッタ男爵の荷馬車もあり、彼らはメイド部隊を持っている。皆で準備すれば早いだろう。


俺達は、そのまま河原付近に降りて、速攻で御飯と寝床の準備に取りかかる。今は、日が落ちた瞬間だ。そこまで遅い時間では無いが、みんなヘトヘトだから、さっさと御飯を食べて眠りたいはずだ。


ケイティとジェイクが、早速皆にクリーンの生活魔術を掛けて回っている。そうそう、汗のベト付きが無くなるだけで、結構快適になるものなのだ。生活魔術は、こういう強行軍で非常に助かるスキルだ。


俺が荷馬車を曳くための鉄の棒を地面に下ろすと、ミノタウロス娘のムーがやってきて、「ごめんね~」と言った。彼女はヘトヘトに疲れて、今まで休んでいたのだ。


「いや、良いって事よ。俺の仕事だからな」と返しておく。


「いやいや~。もう、アンタだけで曳いたらいいんじゃないかなって皆言ってる」と、ムーが言った。いつもは明るいのんびり屋のムーだが、少し元気が無い。ひょっとして、落ち込んでいるのではないか。誰かに言われたんだろう。誰だよ、そんなこと言ったの。いや、自分で自分を責めて、ナーバスになっているだけかもな。


「いや、お前と一緒に曳くと、俺も楽になるんだぞ?」


「でも、一人でも曳けるでしょ~」


「そう言うな。二人で曳いたら楽だし。一人より、二人の方が楽しいだろ?」


「んむ~分かった。少しほっとした。私、いらない子なんじゃ無いかって、少し思ってた」と、ムーが言った。


「お前なぁ。いらない子なわけないだろ。お前がいるから、皆安心して旅が出来るんだ」


パーティの一人に、荷馬車が曳けるやつがいたら、きっと心強いはずだ。


「ん~そうお? ありがと。でもさ、私より強い男、初めて見たよ」


「強いとは何か、という話ではある。俺は、意外と弱い」


特に精神が。


「んふ~そうね。最初は守ってあげたいって感じの人だったな」と、ムーが言った。そうなのか? いや、ムーに取ってはそうなのだろう。


「俺の方がおっさんだぞ?」


「こういう感覚に、年齢なんて関係ないじゃん」と、ムーに返された。


彼女は、そのまま自分のお腹やら肩やらをなでなでしながら、こちらに歩いてきた。


そして、「でも今は、見直した。いや、あんたらって強いね」と言って笑った。にぱぁと効果音が着くような笑顔だ。そして、自分の銀色の髪を掻き上げる。


ムーのカラーリングは、色白の肌、銀の髪、でもって、瞳は黒い。彼女、実はミノタウロスというよりかは、ホルスタインに見える。おっぱい大きいし。母乳は出なかったけど。


「まあ、何でだろうな。殴ったら魔物も倒せるな」と返しておく。


ムーは、「疲れてなかったら、今日私としようよ。どんなことでもするから」と言って、寝床の準備をしている方に帰って行く。


『私としよう』か……若いっていいなぁ。



・・・・


「「「いただきま~す!!!」」」


そして、何故か始まる酒盛り。一応、乾杯は止めにして、頂きますにした。

ネオ・カーンの街のこともあるし、このキャンプ場では敵襲を懸念して交代で護衛と監視隊を編成しており、うちらからもピーカブーさんとウマ娘を出している。なので、彼らの前であまりどんちゃん騒ぎするのも憚られる。


だけど、こんな時でも、楽しまないと。沈んでいても、何も良いことは無い。


それに、今回、俺達の仲間内では、誰も死者がいない。それは、他の行商隊達も同じようなもので、けが人は多数いたが死亡者は少ないだろうとのことだ。


小田原さんがアルバイトがてら有料で回復魔術を掛けて回っており、そういう情報を得たそうだ。

被害が少なかった理由は、皆ちゃんと護衛を雇っていたのと、あの時の咄嗟の判断で連携したこと。それから、こちらに来たスタンピードの規模が少なかったことも理由だそうな。

敵さん、こちらを本気で狙っていなかったということかな?


逆に、ネオ・カーンの街は本気で狙われたということになるので、ここにいるネオ・カーン出身者や家族を残してきている人などは、気が気でないだろう。


などと考えながら、炭火の上でしっかりと焼いていた巨大な二枚貝をパクリと頂く。口の中に塩味の強いうま味が広がる。うまい。素晴らしい。今日は出発初日だから、生鮮食品があるのだ。


貝料理を堪能していると、斜め前に座る小田原さんが、「千尋藻さん、素手で熊の頭部を吹き飛ばし、斧も使えるんだって?」と、言った。少しにやにやしている。


「まあ、そうですね。何ででしょうね。スキル無いのに」と、返しておく。


小田原さんは、少し真面目な顔をして、「スキルとは、魔術を最適化したものに過ぎない。おそらく千尋藻さんは、すでに魔術士なんだ」と言った。


「魔術士というのは、ひょろひょろの紙装甲キャラを思い浮かべてしまうけど」と、返しておく。俺のイメージは、おそらく昔にやったゲームなどの影響で、『魔術が使える』イコール『防御が弱い』なのだが、よくよく考えると、それはゲームバランスの関係でそうなっているだけで、実際には肉体派の魔術士が存在していてもおかしくは無い。


「千尋藻さん、それはうちら世代の感覚でしょう。そもそも魔術士の定義にもよります。別に防御力を高める魔術や筋力があがる魔術があって、それを使っている重戦士は、果たして戦士でしょうか、それとも魔術士でしょうか」と、ケイティが言った。こいつは難しいこと考えるな。


「まあ、要は、俺の怪力や心肺機能は、魔術を使っているということか」


「仮定だがな。そう考えておいた方がすっきりするし、私も自分の鍛え甲斐がある」と、小田原さんが言った。


「小田原、あなたまだまだ修行して強くなるつもり?」と、焼き肉を頬張っていたネムが言った。彼女も今回は、スカウトとして頑張って、矢を撃ち尽くした後は大八車を曳くなどの頑張りを見せている。なお、食事の時、彼女は小田原さんの隣が定位置だ。


「はぁ~皆さんお強いんですねぇ。雷魔術の使い手に、鉄拳スキル。そして、スキルが無いと見せかけて、もの凄い身体能力を持った人。こんな冒険者パーティが無名だなんて」と、ジェイク。


「まあ、冒険者始めたのは最近だからな」と、返しておく。真実だ。


「しかし、小田原だけじゃなくて、やっぱり千尋藻やケイティも強かったんだね」とネムが言った。


あの時、不良少年グループ的なヤツを伸したとき、ネムは一応、俺達の戦いぶりを見たはずだが。まあ、あの時は真っ暗だったからな。


「私はまだまだですよ。せっかく雷魔術のスキルを持っているのに、未だに相手を感電させる技しか使用できません」と、ケイティが言った。


ケイティは、最初、雷魔術を使うと自分が感電していたようだが、デンキウナギ娘に雷魔術のコツを教えて貰い、地面を通じて相手を感電させる技を身に付けた。だけど、本来の雷魔術というのは、それ専用の魔道具で強力な一撃を放ったり、広範囲の同時多数制圧用の電撃を放ったりできるそうな。


「雷魔術といえば、エアスラン軍の奥義、スパークが有名ですよね。ケイティさん、一体どこでそんなスキルを?」と、ジェイク。


ケイティは、澄ました顔で「秘密です」と言った。


「おうおう、おめぇら、何仲間内だけで連んでんだよ。ばらけようぜ」と、ジークがやってきた。


こいつは、リーダーとしてコミュニケーションをはかりたがる。でも、まあ楽しいからいっか。


「分かった分かった。でも、ほら、あいつらどうするんだよ。トマトとバッタ」


結局、気を使われているのか、貴族達ご一行は、俺らから少し離れたところで食事を取っている。


「ああ、貴族連中か。一応コンボイだからな。別に一緒に飲んでもいいんじゃねぇか。何かネオ・カーンの情報が得られるかもしれねぇ」と、ジーク。


「どうしよ。アリシアでも呼んでくるか? でも、あいつポンコツだからなぁ」と、俺が呟く。


「え? アリシア?」と、ネムが反応する。そういえば、前にもアリシアが何とか言っていたような……


「ん? トマト男爵んとこのアリシアだ。メイド剣士だな」と、返しておく。


「へ、へぇ……メイド剣士。貴族に仕えている剣士なんだね。ふぅ~ん」と、ネムが言った。


「おや、そうこうしているうちに、向こうから来たようだぜ?」と、ジークが言って、俺の斜め後ろに目線を向ける。


俺が振り向くと、そこには、あの時、馬車が穴にはまっていた行商人とその護衛冒険者達がいた。


目が合うと、その中の行商人のおっさんが、「いや、千尋藻さんでしたかね。それから冒険者パーティ『三匹のおっさん』の方々。あなた方には、本当に助けられました」と言った。手にはお酒とグラスが握られていた。


「ああ~あの時の。いやいや偶然でしたね」と、返しておく。


「我々行商人は、あのようなことは偶然と受け取りません。あなたは、おそらく善意で私どもを助けた。その結果、我々は九死に一生を得た。このことは、恩であって、偶然とは言わないのです」と、行商人が言った。


次に、その隣の女性、あの時の土魔術士の女性が、「アンタにはどう言ってお礼を言えばいいか」と言った。赤い髪のお嬢ちゃん。よく見ると、結構若い。おそらく20歳前後かな?


土魔術士の隣の中年男性は、「俺達は、冒険者パーティ『土のヒューイ』だ。『炎の宝剣』も良く知っている。何か人手が必要な時は、いつでも言ってくれ」と言った。


「プロに感謝されて、悪い気はしない」とだけ応じておく。


その後、行商人にお酒を振る舞われ、場の雰囲気が盛り上がる。


わいわいがやがやと盛り上がる中で、俺の隣に座った行商人が、「行商人にとって、情報は命。今回は、私達を助けていただいたお礼に、情報をご提供しましょう」と言った。


俺の逆隣に座るジークが、「ほう。それは俺が聞いていてもいいものなのか?」と言った。


行商人は、「良いですよ。今の千尋藻さんの雇い主はあなただ。千尋藻さんの働きに関し、何も主張しないあなたは、お人好しというか、おそらく恩を売っておくことを良しとするお方だ。逆に私は、恩は直ぐに返したい質でね」と言った。商人って難しいことを考えるなと思った。


そして、行商人の情報提供、それは、あのとき、ネオ・カーンの中から逃れてきた人の、生の情報だった。


確かに、その情報には価値があるなと思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る