第35話 スタンピード戦

森から、何かがもの凄い勢いで出てくる。


俺達の進行方向、すなわち北の森ではなく、ネオ・カーン南部の森からだ。


今、俺達は北に向かっているから、まだ、その何かからは、結構な距離がある。


「あれは何だ!」と、俺が行商人のおっさんに言った。


「アレは、魔物の群れ、あの規模はスタンピードでしょう」と、おっさんが言った。


「魔物は森にいるんだよな」


「森と言いますか、魔物は地下迷宮で発生すると言われています」


地下迷宮? 今はスルーだ。


「じゃあ、目の前の森から出てくる可能性もあるのか?」


俺達の目の前には森の入り口があった。1キロほど戻ると街があって、その南にも森がある。

今、その南の森から何かが大量に出てきており、怒濤の勢いで街に迫っている。


「スタンピードは、普通は一方向です。ですが条件次第で複数方向から発生することはあり得ます」と、行商人のおっさん。


「その条件とは?」


「人為的に行われた場合です」と、返された。


このタイミングのスタンピード、考えたくは無いが、人為的に起されたものである可能性が高く、そうなれば俺達にも向かってくるおそれがある。


「ぐっ、俺は仲間のところに戻る」と言って、踵を返す。


「待ってください!」と、行商人。「なんだ?」と、少し不機嫌に返す。


「ここは、味方で寄り合って、陣形を組むべきです」と、行商人のおっさんが言った。


俺はキャラバンの方に行く足を止め、「それで?」と言った。こいつらがまだ仲間だと決まった訳では無いが、少なくとも、ここは共同作戦の方が良いような気がする。


行商人は、「バラバラで進んだら、各個撃破されます。陣形を組んだ方が強い」と言った。


俺は、「分かった。リーダーと相談する」と言って、走り出す。だが……目の前の森から、何かがうぞうぞと這い出てくる。


それは、魔物。巨大蜘蛛、巨大ヤスデ、目の赤い狼や熊やトカゲもいる。


「来た! こっちにも魔物だ!」と、護衛の冒険者が叫ぶ。


ぐう。南の魔物はまだまだ遠い。1キロくらいの距離がある。それに、おそらく街の方に向かっている。それより、こちらの魔物の方が、距離が近い。すでに、彼我の距離数百メーターまで迫っている。


要は、俺がキャラバンに戻るより、ここで踏ん張った方が、仲間のためになると思うのだ。


付近の行商人達が、一斉に荷馬車を一箇所に集め出す。そして、勇敢にも護衛として雇っている冒険者や私兵、あるいは行商人その人が、武器を手に取り、戦闘準備を始める。


みんな、たくましいな。


まあ、ここはスキルや魔術がある世界。みんな、魔物に対処する術は持っているのだろう。


皆テキパキと非戦闘員を荷馬車の影に隠し、荷馬車の上に弓兵と魔術士が登り、その前に接近戦闘を行う冒険者達が陣形を組む。俺も、一応、接近戦闘グループに陣取る。


「来るぞ! 魔術士、遠距離射撃だ!」と、荷馬車に登っている中年冒険者が叫ぶ。この場は、彼が戦闘指揮を執ることになったようだ。


彼の音頭に併せ、一斉に攻撃魔術が飛ぶ。そして、迫り来る魔物の群れの鼻先に数十発の火炎が着弾する。

一部の魔物は炎に巻かれているが、その勢いは止まらない。


そうこうしている間に、俺達の後ろに続々と荷馬車が集まってくる。


そして、各々が所持している戦力を前線に送ってくれる。こういう時は助け合いなのだろう。

そこかしこで、『俺は○○家の○○だ』とか、『私達は冒険者パーティ○○、助太刀する!』なんて声が聞こえてくる。


うちのキャラバン隊は、まだ後ろにいるようだ。俺は戻るべきかどうか迷ったが、おそらく戻っても、結局ここの加勢に回ると思うのだ。それならば、敵前逃亡は止めて、ここで戦うことにする。


「さて、俺は冒険者『三匹のおっさん』。助太刀だ。何をすればいい?」と言った。


すぐさま先ほどの土魔術士の女性が反応し、「アンタがいれば百人力さ! でも、スタンピードの一番槍は化け熊、どうするの?」と言った。少し挑発しているようにも感じる。


俺は、「倒す」と言って、ずかずかと防衛ラインの方に出て行く。かつて、小田原さんが倒した化け熊はもっと大きかった。あのサイズなら、俺でもいけるいける……大人数で対処すると、何だか勇気が湧いてくる。


前線では、荷馬車から運ばれてきた大盾を急いで身に付けているメンツがいた。


すでに、頭上では弓矢が雨あられと発射されているが、迫り来る魔物の波の勢いは止まっていない。


ふむ。凄い迫力だ。俺は、所詮身長170数センチでしかない。体重はせいぜい70キロくらい。如何に改造人間であろうとも、その辺の物理法則は曲げられないはずだ。


いやしかし、ここは異世界。俺の身体能力はかなり上がっている。不思議法則で体重差もなんとかなるかもしれない。


なので、俺は大盾戦士の間を縫って前に出る。彼我の距離は百メートルもない。


怖いけど、俺は、全身に血液が行き渡るのを感じ、どうにかなるかと考える。

あいつらも、殴ったら死ぬはずだ。それならば、魔物もヒトとあまり変わらない。俺は、一番槍を務めるべく、迫り来る魔物を睨む。


その時、「千尋藻さん、ずるいぜ」と、後ろから声がする。


「千尋藻さん、自分だけモテようとしてます?」と、更に声がする。


この二人は……


俺は、振り返らずに、「せっかく、俺だけで倒してしまおうと考えていたのに」と、答えておいた。


「腕が鳴るぜ、異世界で、空手がどこまで通用するか、試してやる」と、スキンヘッドが言った。


「私の雷は、神の雷霆らいてい……」と、七三分けが言った。


ドゴン! 


空気を切り裂く炸裂音! 最前線にいた魔物が一気に足を滑らせて転げ回る。感電して意識を失ったのだろう。


「来るぞ! 前線、食いしばれ!」と、誰かが叫ぶ。


それを皮切りに、一匹の何かが魔物の群れに突っ込む。


そのナニカは、光っていた。あれは、小田原さんのシャイン。いつの間にかゲットしていたという光るスキル……ちゃんと光らせているようだ。


スキンヘッドが、流れるような動きで瞬く間に突進する化け熊の後頭部に手刀を入れる。


化け熊はそのまま倒れ、動かなくなる。


「なんだあれは。凄いぞ!」「魔術士は注意しろ! 味方が敵に突っ込んだ!」


「ふむ。あいつらは雑魚キャラ。確かにこれは、モテるチャンス」


「そうでしょう? これは、プレゼントのようなものです」と、ケイティが言った。


俺は、重心を落とし、足の裏で地面の堅さを確かめる。かなり柔らかい土だが、おそらく、大丈夫だろう。


そして、小田原さんとは別方向に、一気に突っ込んだ。



・・・・


「うぉおおおお! どりゃあああ!」


気合いを入れて、化け熊の頭部にアッパーカットを入れる。


ゴン! という感触が伝わり、熊の首が変な方向に曲がる。そして、ズシンと言わんばかりの音を立てて地面に落ちる。


「今だ! トドメを指せ!」と、誰かが言って、槍を化け熊の首の辺りに突き刺し、絶命させる。


魔物といっても、首が折れると動きを止めるし、血を流しすぎると死ぬし、首を切られると、当然死ぬ。いわゆる魔物とは、野生動物に変な存在が取り付いて人間に襲い掛かってくるだけで、その他は普通の動物とあまり変わらない。


一体、どれほどの魔物を倒しただろうか。


俺は、不思議と疲れが来ない体で、次の魔物の処理に取りかかる。


ゴァアア!


化け熊が、下から手の甲で俺を弾き飛ばそうとする。余裕で避ける。が、化け熊の攻撃に呼応するかのように、化け狼が俺の足に噛みつく。


だが、俺の体はそんなことではびくともしない。


足に噛みついた化け狼を、思いっきり殴り付けて、沈黙させる。


後ろを見ると、冒険者パーティ達も連携を見せ始めており、盾役が大物の攻撃を防ぎ、中距離役がそいつをチクチクと攻撃。隙を突いて近距離が仕留めるという塩梅になっている。

まあ、こいつらはプロだからな。


俺は、その辺にいた巨大ヤスデの頭を蹴っ飛ばす。しかし、これはいつまで続くのか。というか、そろそろキャラバンも心配なのだが……


すると、俺の方に向かっていた化け蜘蛛が、体が真っ二つになって弾き飛ばされる。何かもの凄い威力の攻撃を受けたようだ。


「うへへ。こんなとこにいたんだ。私も混ぜて」と、女性の声がした。これは知り合いだな。


蜘蛛の横には、身長二メーター近い筋肉質かつ巨乳の女性、ミノタウロス娘のムーがいた。相変わらずの腹筋バキバキだ。二本の斧を持っている。


「私もいるんだけど」と、ムーの肩に乗っているオオサンショウウオ娘のギランが言った。戦闘中、この二人はペアらしい。


「ああ、いいぜ。ここももう少しだ」と言って、その辺にいた狼を蹴飛ばす。


ムーは「ハイこれ」と言って、手に持っていた小さい方の斧の一振りを俺に投げ渡す。


「俺は斧なんて使えねぇぜ?」と言って、その斧を空中キャッチする。


ムーは「簡単だから。何も考えなくていいから。あんた、素手だし戦いにくそうなんだもん」と言った。


確かに、俺は小田原さんのように空手マンではない。力任せに殴ってはいるが、手足の長さにも限界があるし、踏み込みが甘いと、一撃で倒せない時があるのだ。


「じゃあ、使わせて貰う」と言って、柄の部分が150センチくらいある斧を持って、近づいてきた蜘蛛の魔物の群れに突っ込む。


「ハァ!」


ギランの声が聞こえたのでちょっとだけ振り向くと、ムーの肩の上から飛び降りたギランが器用に化け熊の背中に乗り移り、首を掻き切ったあと、後頭部をメッタ刺しにする。あれが、あいつのサイの戦い方か。本来、魔物では無くて、対人戦の得物のような気がする。コワイコワイ……



・・・・


「おらぁ!」


気合いを入れて斧を振ると、巨大トカゲの頭が吹き飛んでいった。凄い。これが、武器というものか……


俺は、調子に乗って、次々と手当たり次第に魔物を弾き飛ばしていく。


「千尋藻か! お前、斧使いだったのか?」と言って、近くの超巨大ゲジゲジを剣で突き刺すヤツがいる。


「アリシア! お前、護衛はいいのか?」と、アリシアに向かって叫ぶ。


アリシアは、軽やかなステップで軽く敵を捌きながら、「後ろは大丈夫だ。前線で、ほぼ食い止めてる」と言った。


そして、アリシアの隣にいる人物は……「ふん、お前はやはり、剛の者か。一体どこの出だ?」と、野太い声で言った。


フリフリのドレスを着た手足がぶっといおっさんだ。ヤツは、バッタ男爵だ。

こいつは剣豪と聞いたのだが、本当に剣を持って戦っている。

バッタ男爵も軽やかなステップでサクサクと敵を刺しては蝶の様に舞っている。その度にドレスが捲れ、少し気持ち悪い。


というか、魔物の密度もずいぶん減った気がする。辺りはモンスターの死骸だらけになっている。


「千尋藻、皆移動し出している。街から離れるために。お前はキャラバンの方に行ってやれ」と、アリシアが言った。


なぬ? そうなのか? まずったな。俺は戦闘員ではなく、荷馬車を曳く係なのだ。


俺は、「分かった。ここは任せた」と言って、仲間を探しに街道に戻る。



・・・


キャラバンの巨大荷馬車は直ぐに見つかった。街道を塞ぐように倒れていた巨大イノシシの魔物を、ムーが押しのけている所だった。


千尋藻ちろも! よく戻って来た。助かるぜ!」とジークが言った。ジークは剣を持っていた。彼女も戦闘に加わっていたんだろう。よく見ると、料理番のムカデ娘セイロンやデンキウナギ娘も槍を持っている。


「皆移動しているって聞いた。俺の仕事は荷馬車曳きだからな」と、返す。


ジークは深く頷くと、「了解だ。一刻も早く、ここをずらかるぞ」と言った。


『炎の宝剣』の荷馬車も、うちの大八車も一緒にいる。大八車は、ジェイクとネムが一緒に曳いており、小田原さんが随伴して警備に当たっている。


俺は、巨大荷馬車を曳くときの鉄の棒を持ち上げ、「了解だ。ところで、街はどうなった?」と聞いてみた。


ジークは、「あの街は、もう駄目だろう」と言って、剣を持ったまま荷馬車の横に立つ。


俺の隣では、イノシシの死骸を撤去する作業から戻って来たムーが荷馬車の紐が繋がっている鉄の棒を持つ。


俺は、ムーと息を合わせて荷馬車を曳きつつ、後ろの街の方を見る。


あれは、煙? ネオ・カーンの街中から、煙が上がっている。一つや二つじゃない。街中が煙に巻かれているんじゃないかってほどの煙が立ち上っている。


というか、城門が開いている。ここって、守備隊がいるんじゃないのか? 確か千人規模の職業軍人が。それに、あの城壁がある。それがスタンピードごときで?


「千尋藻、あのそこの門は、締まらなかった。と言う者もいる。おそらく、そういう計略だ。これは本格的にまずい」と、ジーク。


計略……中から城門を開けさせる計略か。このネオ・カーンの街は、僅か5年前はエアスランの都市。反政府勢力もいたようだし、そういった計略は十分あり得る。


その時一際大きい爆発音が聞こえる。


発生源は、街の中心部付近か? おそらく、貴族区だ。抵抗しているんだろう。あそこには、軍の総司令やら行政府やらが集まっている。そこを落とされたら、この街は占領されたということになる。


城門は守れなくとも、あの街には守備隊千人と援軍プラス悪鬼討伐隊二百がいるのだ。


何とか粘って欲しいが。というか、あそこには知り合いがいる。


ナナセ子爵……決してアカの他人では無くなったが、ここでこの任務を放り出して助けに行く程の義理はない。少し薄情だが、俺はこのキャラバンの荷馬車を曳くことを選択する。


第一、俺一人が行ってももはやどうすることも出来ないだろうし、彼女には、愛犬、いや、愛フェンリル狼のバターがいる。あいつは、怠惰な性格だが、ご主人ラブの強力な魔獣だ。きっと、何とかするだろう、いや、して欲しい。


俺は、今はそれ以上の事は何も考えず、ひたすら急いで荷馬車を曳き続ける。


爆音がゴウゴウと鳴り響き続ける、ネオ・カーンの街を振り返らずに。

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