第34話 出発進行!


紆余曲折の末、お昼前にはトマト男爵の荷馬車を出発させることができた。

ちゃっかり、バッタ男爵も紛れ込んでいるが。


馬車は、総勢5台にも及んでいる。まさに夜逃げって感じだ。


俺は、ゆっくりと進む馬車の前を、早足で歩いている。馬車も街中ではスピードを落とす。


「ケイティ、ステシアの方はどうだ?」と、俺の横を進むケイティに言った。


「順調ですよ。といいますか、慣れたら結構あの体でも日常生活は送れるんです。彼女は、今後そういった訓練を積む必要があります」と、ケイティ。


「そうか。病気の方はもう人にはうつさないくらいなんだろ?」


「私はこの世界の医学の知識がありません。ですが、彼女の骨の柔らかさと、性欲の強さから察するに、ほぼほぼその段階に入ったのかと」と、ケイティ。


あの奇病『タコの呪い病』は、徐々に骨が柔らかくなり、それに伴って、人にうつすリスクが低下し、最終的にヒトヒト感染はゼロになる。だが、その反動で、何故か性欲が異常に増すのだとか。


「ふうん。そっちはお任せするとして、バッタどうしよう。ついて来ちゃってるよ」


ケイティは、「私もコンボイのルールなどはよく理解していません。ですが、勝手について来るにしても、一言は挨拶と承諾が必要ではないでしょうか」と、七三をかき分けながら言った。


「確かにな。護衛のタダ乗りされると、真面目に護衛を雇っている方が馬鹿を見る」


そんなこんなでケイティと駄弁りながら、ネオ・カーンの平民区を進む。

今日も至って平和だ。俺達は夜逃げ同然の行動を取っているのに、皆平然としている。情報通信が発達していない世界だからなのだろうか。


いや、少し想像してみる。この街は、僅か5年前まではエアスランだったのだ。そして、今攻めようとしている国もエアスラン。彼らが、ハイブリッド戦を仕掛けていたとしたら。


要は、表面上は何事もないような噂を流す。そして、一気に……


まあ、その杞憂も、街の外に出てしまえばまた違ってくる。この街を囲む城壁は、日頃は外敵から街を守ってくれる頼もしい味方だが、有事の際には、脱出を拒む牢獄の壁になる。


俺は、早足で歩きながら、チラリと後ろを見る。馬車の周りでは、スレイプニールに騎乗した戦闘メイドが、ハルバードを手にして睨みを利かせている。アリシアもどこかにいるはずだ。



・・・・


無事に、ウルカーンに続く方の城門に到着する。東門の方だ。


俺達がここに来た時に通った方ではない。そっちはエアスランに続く西門だ。


城門を潜る際に、門番が、「なるほど。ウルカーンへはお仕事で」と言って、トマト男爵とバッタ男爵の荷馬車を眺める。


五台は流石に多いのではないだろうか。


俺の隣では、少年改め僕っ子がバッタ男爵の書類を示して必死で説明している。まあ、通れる様になるのも時間の問題だろう。


ふと横を見ると、そこは平民用の門。この街は、貴族用と平民用、それから行商人用で門が異なる。


なので、並び具合も異なるのだが、平民用の方は、長蛇の列が出来ている。今はもうお昼前。いつもこんな感じなのだろうか。


貴族用にも列は出来ているが、そこまでの混雑ではなかった。


「はい。分かりました。お通りください」と、門番の声が聞こえた。少しほっとする。


ここから出てしまえば、後はもう、ナナセ子爵の荘園『シラサギ』までまっしぐらだ。


だが、ゆっくりと城門を潜ると、ちょっと気が遠くなる光景が見えた。


それは、行列。城壁の外の街道では、長い荷馬車の列が出来ていて、ちびちびとしか動いていなかった。また、数十台の荷馬車が列を外れ、空き地や荒野に無造作に駐車されていた。


進み出すのを待っているのか、それとも……俺は、道を外れて駐まっている馬車をチェックしていく。


そして、いた。ミノタウロス娘が、俺達に向けて大きく手を振っている。手を振る度に、巨大なおっぱいもゆっさゆっさと揺れる。あいつらは、手はずどおり、城門を通り過ぎて、俺達を待ってくれていた。


うん。何だか嬉しい。俺は、手を振り返し、仲間達が待つエリアに向けて、荷馬車を進めていった。



・・・・


俺がキャラバンに到着すると、ミノタウロス娘のムーが、何故か無言でハイタッチの構えを取る。


俺は、何となく彼女の大きな手をパチンと叩く。これから彼女とともに、しばらくの間、キャラバンの巨大荷馬車を曳くことになるのだ。大切な仲間なのだ。


俺とムーが親睦を深めていると、ジークが出てきて「さて、揃ったのか? ずいぶん多いようだが」と言った。確かに多い。


キャラバンの方は、巨大荷馬車1台に『炎の宝剣』の二頭曳きが1台。それに、うちらの大八車が1台のみだ。

対するトマト男爵の方は、バッタ男爵が合流して四頭曳きが2台、二頭曳きが3台の合計5台になっている。


すると、いつの間にか馬車から降りていたトマト男爵とバッタ男爵が、俺とジークに近づき、「この件は、ワシから話をする」と言った。是非そうして欲しい。



・・・・


男爵達とキャラバン隊幹部で話し合いが始まってしまったため、手持ち無沙汰になった俺は、自分の冒険者パーティの様子を見に行くことにする。


そこでは、頼もしい仲間達が出発の下知を待っていた。


我が『三匹のおっさん』のメンバー、日本人三人に、元窃盗少女で今は我がチームのスカウト・ネムと、オールマイティな活躍が期待できるジェイク青年。彼は28歳独身なのだそうな。


そして、目の前には大きめの大八車が。


「どうだ? 千尋藻さん、うちのマシンは」と、小田原さんが言った。この機体は、小田原さんとジェイクの力作だ。


横幅は1.5mくらいしか無いが、長さは3mくらいある。予備のシャフトや車輪を積んでおり、今からの長旅を想定した造りとなっている。そして、ネム用のクロスボウが2台、取りやすい箇所に置いてある。


この大八車の積み荷は、水と食糧と寝床だ。それから各々の着替えなど。俺達は、元々身に付けていたスニーカーなどはボロボロになったので、今はこの世界の物を身に付けている。

俺は茶色のシャツとベストにズボン、靴は丈夫な皮のブーツを履いている。


そして、これを曳くのは男衆三人で交代交代だとか。俺はキャラバンの方の超巨大荷馬車を曳くから、こっちは手伝えない。


「じゃあ、僕は護衛の会議に出てくる」と言って、スカウト・ネムがキャラバンの方に行く。今回のコンボイでは、皆それぞれ戦力を出し合う。特に偵察は安全な旅の要の部分だ。交代交代で休みながら、監視任務を二十四時間体制で行う。


「頼んだぞ、ネム」と、小田原さんが言った。


ネムは、「うん。行ってくる」と言って、笑顔を振りまく。


残されたおっさん三人と、ジェイク青年は、ほっこりとした顔になった。



・・・・


俺は、2mくらいある鉄の棒の片方を持つ。

俺の隣では、同じく鉄の棒の逆側を持つムーがいる。


「じゃあ、行くよぉ~」とムーが言って、一気に力を入れる。彼女の大きな太股や腹筋が、バキバキと隆起する。カッコいい。


俺も負けじと力を入れ、巨大な荷馬車が動き出す。話合いの内容は知らないが、トマト男爵とバッタ男爵のコンボイは、許可されたようだ。


なので、総勢、7台の馬車と1台の大八車のコンボイが街道を進む。長蛇の列はかなり改善されており、今はぞろぞろと動き出している。


この巨大荷馬車の位置は、2番目になった。一番目は冒険者パーティ『炎の宝剣』のもの。

スレイプニール二頭引きの上等な馬車だ。いや、この度、お金を出して少し補強したんだとか。このパーティのリーダーは、仲間の備品などにお金をしっかり掛けるタイプのようだ。


リーダーはポニーテールの青年で、別のごつい戦闘用のスレイプニールに騎乗し、先頭を進む。


随伴兵に、身長190くらいありそうな斧使いが続く。このパーティは、御者を務める女剣士と、女スカウト。そして、幼女にしかみえない、というか本当に幼女の魔術士だ。色々と訳あってこのパーティーが成立しているんだろうと、勝手に想像する。


だが、街道に戻って数分後、その進行は止まってしまう。渋滞というやつだ。


渋滞原因は……数百メーター前くらいに、トラブっている荷馬車が見える。車輪が穴にはまっているのか、みんなで必死に押しているが、なかなか抜け出せないようだ。後続車は、彼らを迂回するべく、街道では無い箇所に馬車を回しているが、いかんせん時間が掛かっているようだ。それに、街道ではない箇所を走ると、車輪が傷む原因になるのだそうな。


まあ、最悪な渋滞原因、すなわち、敵襲や、軍隊による街道の封鎖や独占などではないようだが……あれ、俺が行って助けてあげては駄目なのだろうか。持ち上げたら直ぐだろうに。


なので、「時間がもったいない。俺が行って持ち上げてこようか?」と言った。


「でもね、私も一人じゃなかなかしんどくて」と、ムーが言った。確かに、この馬車は10トントラックくらいの大きさがある特殊なタイプだ。壁も天井も丈夫に造られている。相当重いと思う。


「そっか、とはいえ、あいつらが道にハマっていたら、いつまで経っても先に進まない」


なんていうやり取りをしていると、御者席の後ろから、ひょっこりと誰かが出てくる。


「ああ、もう、私が曳くわよ」と言って、荷馬車からトカゲ娘のシスイが降りてきた。こいつが? と思ったが、こいつは結構膂力があるはずだ。俺は、こいつとセック○したことがあるから分かる。こいつは、多分体が強い。足も腕も太い。ついでにお尻もむっちりしていて大きい。シスイは、これまで肉体労働にはあまり参加していなかったが、人手不足だから、協力する気になったようだ。


「お前か。任せていいか?」


それを受けて、御者席に座っていたジークが、「ああ、行ってこい。その方が早そうだ」と言った。


俺は、「すまん、ムー、それからシスイ。行ってくる」と言って、駆け足で数百メートル前の傾いた荷馬車の方に急いだ。



・・・・


「大丈夫か?」


俺は、必死で荷馬車を戻そうとしている行商人達の元に到達し、声を掛ける。


「大丈夫じゃねぇ。済まんな」と、ここの責任者らしきおっさんが言った。


「あんたら、荷物積み過ぎだ」と、この行商人が雇っていると思しき冒険者パーティのおっさんが言った。彼も必死に荷馬車を押したりしている。


「ごめん、私の土魔術じゃ、この穴からは抜け出せない」と、少ししょんぼりしている女性が言った。


この荷馬車、深い轍掘れの中に車輪が突っ込み、動けなくなった様だ。


「手伝ってやる。俺は、後ろの方にいる冒険者パーティ『三匹のおっさん』の者だ」と言って、荷馬車の後ろの方に移動する。


「す、済まねぇ。恩に着る。迷惑掛けちまって」と、行商人のおっさんが言った。


「いやいや、こういう轍掘れは、あんたらだけの責任じゃ無い。強いて言えば、この街道の整備責任者のせいだ」と言った。


ここの街道に整備責任者なんているか知らないけど。


俺は、男性冒険者が必死で押していた箇所に変わって入り、「行くぞ!」と言った。


行商人のおっさんは、「おう、せ~ので行くぜ!」と言った。音頭を取るようだ。


俺は、そのそのおっさんの掛け声に合わせ、手、肩、腹筋背筋・腰、足の筋肉に力を入れる。心臓がドクドクと唸りをあげる。


「せ~の!」


みしりと、俺の指が荷馬車のボディに食い込むのが分かる。そのまま強引に持ち上げる。


「うお! あんたすげぇぜ」と、誰かが言った。


そして、ブヒヒンという馬の嘶きが聞こえ、荷馬車の車輪が穴から抜け出す。


「やった! 抜け出した。何とお礼を言っていいことやら」「あのままじゃ、ここで、荷物を全部下ろさなきゃならないとこだったな」「すっごい! その穴は、私が直しておくよ」


外野がわいわい言っているところで、俺は荷馬車から手を離し、「これでよし。俺は仲間達のところに戻るわ」と言った。


さっきの土魔術士と剣士らしき若い男が、スコップで穴に土を入れ、水を少し掛けながら、何やら魔術を使っていた。後続の人達のために骨を折っているのだろう。感心感心……


俺が、少しポケェとして作業を眺めていると、「冒険者パーティ、『三匹のおっさん』でしたか……あまりお伺いしないお名前ですが、拠点はどちらで?」と、行商人のおっさんが言った。


「え? まあ、活動拠点は、登録上ネオ・カーンですね」と答えた。真実だ。いや、これは言う必要は無かったのではと思いながら、踵を返す。


だが、振り返った瞬間、信じられないものを見る。


この街ネオ・カーンは、街の外しばらくは樹木の少ない草原地帯があるが、その先は樹木で覆われる。


その森から、何かがもの凄い勢いで迫ってくる。しかも、数が半端ではない。

というか、あれは、魔物ではないだろうか。


「スタンピード?」と、誰かが呟く。


このタイミングのスタンピード……


『相手には、腕のいいテイマーがいる』


ナナセ子爵の言葉が思い浮かんだ。

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