第33話 心の売り方


俺はナナセ子爵邸を出て、早足で次の目的地に向かう。

色々と疲れた。だが、今日はもう一仕事ある。いや、厳密には仕事では無いんだけど。


トマト男爵から、ギルド経由で『少しだけ顔を出せ』と言われているのだ。


あそこには、今ケイティが行っている。

これからコンボイでしばらく一緒に旅をする仲間だし、行くのはやぶさかではない。アリシアがまたお皿を割っているかもしれないしな。


トマト男爵の屋敷に着くと、すでに屋敷の前に荷馬車が数台駐まっていて、見知った戦闘メイド達が忙しそうに準備を行っていた。メイドと目が合うと、何故か嬉しそうに会釈される。まあ、俺達は、今日からしばらくは仲間だ。


メイド達に軽く手を振って、急いで屋敷に入る。アリシアも老執事もいない。ケイティとアリシアの妹のステシアはどうなったのだろう。


どうしようかと思っていると、廊下の奥からパタパタと見知った顔が走ってくる。


「あ、千尋藻さん、いらしたんですね」と、その人物が言った。いや、こいつ、何でここに?


俺は、名前は知らないのだが、彼はバッタ男爵の所の召使い少年だ。物資の購入と搬送の仕事では、何度か顔を合わせていた。


何故か俺に懐いているという……そういえば、バッタ男爵とアリシアを雇っているトマト男爵は、同じ宰相派で仲がいいんだったか。その縁で、俺は何度か物資の共同購入任務を受けたりしていたのだ。


「ああ、お前か、何でここに?」と応じておく。


少年は足を止め、ゆっくりと、「あの、千尋藻さん、こちらにおいでください」と言って、元来た道を戻って行く。


俺は、「お、おう」と言って、彼の後を付いて行く。


勝手知ったるトマト邸。俺は、バッタ男爵のところの召使い少年と廊下を歩く。そして、見知った部屋の前で止まる。


召使い少年は、「こ、ここです」と言った。


「こ、ここかぁ……なんでここ?」と返す。


ここは確か……


少年は、大きく頭を垂れて、「あの、ごめんなさい! ご迷惑でしたか?」と言った。


「何の話だ?」


「ここは、その、女子更衣室です」


「そうだと思った」


俺は、かつてスカートを脱ぐアリシアが待ち遠しくて、ここまで来たことがあるのだ。


「その、お願いします!」と、少年が頭を垂れたまま言った。


「いや、意味が解らない」と返す。


「僕と、ここに入ってください」


「なんで? トマトかアリシアに怒られるだろう」と返す。


「いや、ここは借りています。入っても大丈夫です」と、少年。


「話があるなら、ここで話せ」


「ぼ、僕を、僕を抱いてください!」


「帰る」と言って、踵を返す。


少年は、「な、何でですかぁ。いつも僕の股間を見つめているじゃないですか」と、人聞きの悪いことを言った。


何が楽しくてこいつを抱く必要があるのか。この国の貴族は少年趣味でもあるのだろうか。そういえば、こいつの主人はごついおっさんなのに、いつもフリフリのドレスを身に着けている。貴族趣味というのはいろいろとあるのだろう。


少年は俺を後ろからガバッと抱きしめ、「だ、抱いてください。そうでないと、僕は旦那様に……」と言った。


「あの男爵、お前に折檻でもするのか?」


「は、はい。ご存じのとおり、旦那様は剣豪なんです。旦那様から、杖で折檻を受けてしまうんです」


何が楽しくて、ナナセ子爵の覚悟のあと、バッタ男爵のとこの少年の折檻回避に付き合わなきゃならんのだ。


少年は、俺を力一杯引っ張りながら、「お、お願い、お願いです。僕と、その、いや、何でもします。何でもしますから。お願いします」と言った。


「お前なぁ。なんでそんなにバッタ男爵に尽くすんだ? お前が体張る必要はあるのか?」


「僕、小さい頃、バッタ男爵に拾われて、その、バッタ男爵の役に立ちたいんです。男爵をコンボイに加えていただくために、僕は!」


「コンボイの参加可否は俺の領域じゃ無い。キャラバンのリーダーに……「僕は、千尋藻ちろもさんのことが好きなんです!」


「……いや、告白されても知らんし」


「僕が、あまり魅力的では無いっていうのは知っています」と、少年が言った。


魅力がどうとかそういう問題では無い気がするけど。


「だから、コンボイだったらキャラバンに……」


こいつは、全くわがままなやつだ。大体、キャラバンに加えて欲しいというお願いと、自分をかわいがって欲しいという願望が二つあるし、どちらも俺のメリットは無いという……俺にロリ・ショタ趣味はないのだ。


「僕、今年で20になるんですけど、これでも処女です! 不満ですか?」


何故か逆ギレされる。こいつは、見た目と違って20歳だったのか。少年あたらめ青年は、半ばやけくそ気味で、ぽいぽいと服を脱ぎ出す。まったく色気が無い。ナナセ子爵を見習ってほしい。あのアリシアでさえ色気があるのに。


などと考えながら、俺は脱ぎ出す目の前の人物を止めることができず、呆然と立ち尽くす。

しかし、何か変だ。


傷やシミ一つない綺麗な肌、そして……いや、マジか……こいつ……こいつ、ついてない??


「お前、まさか、女……」


「僕の、どこが男なんですか?」


少し怒気を放っている。


俺は、視線を必死で逸らし、「性的なサービスで、見返りを求めるな。服を着ろ」と言った。


「これが、僕の、僕の最後の、切り札だったのに……」


青年改め僕っ子は、裸のままさめざめと泣き出してしまう。ちょっと面倒臭い。


「キャラバンの件は、お前達が直接話をしろ。間をつないでもいい。だから、服を着ろ」


僕っ子は、「はい……」と言いながら、ゆっくりと脱いだ服を身に着ける。


そう、それでいい。こいつは、少し欲張りすぎだ。


そうこうしているうちに、廊下から気配がする。


俺は、「人が来る。どうなるかわからんが、お前達もこの街を出るんだな?」と言った。


僕っ子は、服を着ながら「う、うん」と言った。


「そうか。お前、多分、バッタ男爵から大切にしてもらっていると思うぞ?」


僕っ子は、「え? よくわからないけど。そうかもしれない」と言った。バッタ男爵は怒ると手は上げるが、本気で殴らない。こいつは小さい時に拾われて、今まで処女だった。折檻は受けると言っているが、傷一つない綺麗な体をしている。そして、一緒にこの街を脱出。今日のことは、こいつのソロプレーだろう。まあ、本当のことは、どうか分からんが。


「ん? お前達、何やっているんだ?」と、廊下からひょっこり現われたアリシアが言った。今日はズボンスタイルのメイド服だ。すでに剣を腰に下げている。


「ああ、ちょっとな」と返す。


僕っ子は、少し着衣は乱れているが、服はちょうど着終わっている。


アリシアは、「まあ、いいか。その様子だと、抱いて貰えなかったようだな。きっと、お前の尻の肉が足りないからだ。私を見習え」と言って、自分の尻をペチンと叩いた。


それを聞いた僕っ子は、ふるふると震え出す。


「おい、アリシア。その言い方だと、俺がお前を抱いたみたいに聞こえるだろう」


俺とアリシアに、肉体関係はない。セクハラ対決はしたけど。


「ん? そうなのか? まあいいや。準備はほぼほぼ完了だ。最後の見回りをしたら、出発だ」と、アリシアがノーテンキに返す。まあ、ここは、こいつに助けられたと思っておこう。


「アリシア、俺、トマト男爵に呼ばれて来たんだけど」


アリシアは、「そうか? おそらく荷馬車の数やメンバーが増えることを伝えるためだろう。来い。男爵はすでに外にいる」と言って、踵を返す。


今日も色々あったわ……


アリシアの比較的大きなお尻を眺めながら、気になる事を聞いてみる。


「ところでアリシア、お前、今日はそそうしていないのか?」


今日はばたついているから、絶対に粗相をしているはずだ。


「ん? 今日は積み込みの際に、お高い壺を割ってしまったな」と、アリシア。


「どこを売ったんだ?」


何故か、アリシアに会うと、どこを売ったのか気になってしまう。


「今日は、心を売った。体は売っていない」と、アリシアが返す。


はい?


「どういう意味だ?」


「だから、何でも言うことは聞いてやる。だが、体で何かすることは駄目だ」


「難しいお題だな。どんなことならいいんだ?」


「こころの中で何か考えてやる。少しくらいなら、何かしゃべってもいいぞ」


「じゃあ、俺を好きになれ」


好きになったのなら、体でも何かしてくれるのでは? と考えた。


俺がそう言うと、アリシアは歩くのを止め、俺に熱い視線を向けてくる。

そして、口元を拳で隠し、目を潤ませながら見つめてきた。


「やっぱなし。気持ち悪いから止めてくれ」


「す、好きだぞ、千尋藻……」


「止めろ」


「好きだ」


「気持ちわりぃ」


このお遊びは、しばらく続いた。

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