第32話 男運レベル10
今日は朝一で、ナナセ子爵の屋敷を訪ねる。ムカデ娘の咬み跡の激痛を我慢しながら……
ドアをトントンとノックする。
しかし、あのムカデ娘、気が高ぶってくると噛みつくだけならまだしも、超猛毒をドクドクと流し込んでくるのだ。
普通、噛まれた場所は壊死して生死の境をさまようことになるらしいのだが、俺は激痛が走るくらいで耐えることができることが分かった。
一方の彼女、毒を流し込む瞬間が、超快感らしく、何発も何発も俺にドクドクと……
その度に『ごめん、ごめんよ』などと言いながら、煌々とした表情を見せてくれる。美形のクールな表情が崩れる感じがたまらない。癖になりそうだ。彼女も癖になったらしいけど。
そんなこんなで、痛みを我慢してドアの前で待つ。
俺達は出発を一日早め、出発は今日になった。仲間達は、もう門を通過する列に並んでいるはずだ。門を出た先で、仕事を終えた俺とケイティ、それからコンボイでついてくるトマト男爵を待ち、合流後に一気にキャンプポイントに行く。
最初の目的地は、俺の提案通り、ナナセ子爵の荘園に行ってみることになった。要は補給ついでに温泉に入りに行くのだ。まあ、本当に敵襲があった場合、その辺はどうなるか分からないけど。
ポケェと待っていると、玄関から老執事が出てくる。
彼は、「ああ、千尋藻様。ようこそ。旦那様が中でお待ちです」と言った。
この老執事、最初は俺をあの巨大ペットの前に置き去りにして逃げ出したくせに。今では顔パスだ。
「はい、お邪魔します」と言って、玄関を上がる。
勝手知ったる子爵邸。
俺は、ずかずかと駄犬バターのいる庭の方に向かおうとする。
「千尋藻様、本日は、旦那様の執務室にまずは向かうよう仰せつかっております」と、老執事が言った。
「そうなんですね。分かりました」
この依頼も、今日で最終日だ。ナナセ子爵もそれは分かっているはずだ。それに、悪鬼討伐隊やらグリフォンやらの事もある。きっとその辺の話があるのだろう。
・・・・
部屋に入ると、ナナセ子爵は部屋の隅に設えられたミニディスクに座っていた。
「良く来たわね。そこに座って。今日、お茶のクイズは無し。グリーンティーよ」と、ナナセ子爵が椅子に座ったまま言った。彼女のテーブルには、急須と俺のためのカップが置いてあった。
俺は、「ありがとうございます」と言いつつ、部屋をキョロキョと見渡す。この部屋には、ナナセ子爵が座っている椅子以外の椅子がない。どこに座ればいいのか分からない。
というか、この部屋、ベッドがある。ここは、執務室じゃない?
「あなた、これを飲むとき懐かしい顔をしていたわ」と、ナナセ子爵が言った。俺って、そんな顔をしていたのか?
「あの、犬の散歩はいいので?」と、俺は立ったまま言った。
ナナセ子爵は、「今日、バターの事は考えなくていいわ。座ってくださらない?」と言って、急須から俺のカップにお茶を注いでくれる。
座れと言われた俺の席は……ベッドの上だよな。
というかここは、明らかに応接室では無い。気のせいか、部屋の中からほんのりと良い匂いがする。
「……あなたが来てくれるの、今日で最後よね」と、ナナセ子爵が言った。
「そうですね。出発も、明日では無くて、今日になりました」と、言ってみる。
「そうなのね。はぁ~もういいわ。ぶっちゃける」
「え?」
「私の情報とカンだけど、ここに、エアスランの連中が攻めて来る」と、ナナセ子爵が俺の顔を真っ直ぐ見据えて言った。エアスランとは、この街の隣国。この街の、元々の支配者……
俺は、少しだけ動揺しながら、「攻めて来る、ですか。私に国際情勢は分かりません。それならば、逃げるまでです」と言った。
「私がぶっちゃけているのに。この堅物。でね、ここの守備隊は歩兵千人ね。それから昨日の援軍が五十。悪鬼討伐隊が百五十はいたから、合計千二百ね。これは補給などの非戦闘要員も含む。いいわね?」
俺は、「はい。いいです」と言って、仕方がないので、本当にベッドに座る。マットレスではなく、少し堅い。でも、ちゃんと布団が敷いてある。
「相手の軍隊は、数千から数万」
「数万対千二百ですか。一見絶望的な数字ですが、籠城して援軍を待つとか?」
「そうね、この戦力差なら、籠城しかない。でも、相手は中央集権を進めている国家。対するうちは、貴族や豪族が私兵を持っている地方分権国家。派兵するにも準備や調整に時間がかかる。分かりやすい褒美がないと、動かないのが貴族なの。それに、今回の援軍に、ウルカーン最強のジュノンソー公爵軍が来ていない」
「神兵は拙速を尊ぶ。これは思った以上にマズいかな」
逃げる準備をしておいて良かった。でも、エアスランはどこまで攻めるつもりなのだろう。千人で防衛する街に万単位の兵を出す……ネオ・カーンを取って終わりという兵士の数では無い気がする。
「いいこと言うわね。兵は速さが重要。行商人からの情報によると、物資が不自然にこの付近で下ろされている。あいつら、先遣隊をうまくこの街の近くに隠している可能性が高い」
「それが分かっていて、なんで手を打たないんです? これは国家間の戦い。外国人の俺には関係ありません」
俺は、巻き込まれないのに必死になる。なんで俺が言い訳しなきゃならんのかはわからないけど。
ナナセ子爵は俺の言を無視し、「しかも相手は、スタンピードを人為的に起す
「ええつと、タダでさえ兵力差があるのに、スタンピードを起されて兵力を削られる可能性もあると」
「そ。この街は、戦争前夜ではなくて、敗戦前夜」と、ナナセ子爵が涼しい顔で言った。
「あの、対策を打つとか逃げるとかすればいいと思いますが」
「馬鹿。私は貴族。しかも、この街の将軍の一人なのよ。逃げたら、完全に失脚する」と、ナナセ子爵が真顔で言った。
別に失脚してもいいのではと思わなくもないが、それは彼女のプライドが許さないのだろう。若しくは敵前逃亡は死刑とか? まあ、はっきり言うのも失礼だと思ったので、「失脚しても、生きてさえいたら、なんとかなりますよ」と言った。
「……あのね、相変らず会話がかみ合わないわね。でも、いいわ。どこから来たのか分からない不思議な男。私が言いたいのは、生きるとか逃げるとかじゃない」と、ナナセ子爵。
「す、済みません。要領が悪いもんでして」
また失敗してしまったか。貴族の会話はよく分からない。
「私はね、学園時代、王子に婚約破棄されたの。知ってる?」と、ナナセ子爵が言った。
「お噂では」とだけ言っておく。
「私は公爵家、王家と結婚してもなんら遜色は無い家柄なのよ。それなのに、何故か突然意味も無く婚約破棄された」
「それは、相手に思い人がいたとか? いや、何かの戦略とかですかね」
「わからない。婚約破棄のあと、色々調べたけど分からなかった。まあ、平民のおっぱいが大きい小娘と浮気はしていたようだけど」
「私に、なんでそのような話を?」
「あ~あなたには、はっきり言わないと分からない? そうね。私の仲間になって。ここに残って、私を守って」と、ナナセ子爵が言った。少し、破れかぶれ感がある。凜とした彼女らしくないと思った。
俺は、「あの、私は今日にも出発する予定で……」と言うしか無かった。俺は、こんな時の気さくな返し方を心得ていない。
彼女は、「駄目なのね、じゃあ、私を抱いて」と言って、喉の付近のボタンを数個外し、鎖骨の辺りを俺に見せた。
まじか、まさかの色仕掛け?
「あの、何故私なんです? 希少なテイマーなのかもしれませんが」
「私のカン。私は、カンは外したことない。あの王子も、カンでは結婚するのが嫌だった。ここの子爵位を得る話があったとき、良いカンがしたから受けた。荘園『シラサギ』に来た時、私の居場所はここだと思った」と、ナナセ子爵。
彼女は立ち上がり。俺を真っ直ぐ見据える。
そういえば、今日は豪華なドレスじゃ無い。質素なスカートにブラウスだ。髪はいつものようにアップに束ねており、うなじが艶めかしい。
彼女は背が高く、華奢な体付きだが、ちゃんと女性らしい体付をしている。
彼女は、俺をじっと見つめながら、少しずつブラウスのボタンを外していく。この世界に何故かある、ブラジャーが見え始めた。
だが、少し一方的ではないか?
「あの、何度も言いますが、私には仲間がいます。私は、彼らを優先します」と言った。少し強い口調だったのかもしれない。
彼女は、少し服を脱ぐ手を止めて、「え? だから何?」と言った。
「え? だからその、私にも予定がありますので、仲間には……」
彼女は少しだけあきれた顔をして、「あなた、話聞いてて? 仲間になる話はあなたに断られた。私は、今何のお願いをしているのかしら?」と言った。
「うん? いや、抱いてって」
「そう。抱いて」
ナナセ子爵は、脱ぐのを途中で止めて、俺にずずいと近づく。目付きの悪い彼女の顔が、目付きが悪いまま近くに寄る。
「そ、その……」
彼女は、狼狽える俺の口を、自分の口で塞ぐ。ここまで近くで見ると、そこまで目付きが悪く無いと思ってしまった。
そして、ゆっくりと口を離し、「お願いは、抱いて欲しいということ。分かる?」と言った。
そうか、抱いて欲しいだけか。仲間になるという約束を迫っているんじゃないのか……だが、相手は貴族。どんな理屈が飛び出すか分からない。
彼女は、俺の目の前10センチくらいのところで、「私はね、この街の将軍の一人なの。だから今、私がここを離れるわけにはいかない。しかも、おそらくこれ以上の援軍は間に合わない。そして、負けたら、私は陵辱される。きっと、信じられない方法でね」と言った。
目の前の、しかも決して知らない人ではない女性の陵辱……俺が無言でいると、彼女は「だから、処女を捨てたい。今日の依頼はこれ。お願い」と言った。
俺は最後の抵抗として、「な、なんで俺?」と言った。
「もう大きいくせに。私も捨てたもんじゃないでしょ? いいわ、説明すると、私が子爵位と一緒に継いだスキルは、『男運レベル10』よ。だから、理屈じゃ無い」
なんだよそのスキル……男運が無かったから、親が気を使ってくれたのか? というかそのスキルを持っているくせに、今の今まで処女だったのか? スキル、仕事しろよ……
「ああ、分かった。だけど、時間は無いぞ」
絶望的な戦争前、覚悟を決めている女性の頼みだ。無碍にはできないと思った。
彼女は、「はいはい。別に、優しくしなくてもいいわ」と言って、ベッドの上に手をついて、お尻をこちらに向けた。俺は、彼女の覚悟に、敬意を表することにした。
「いきなりバック?」と言って、お尻を撫でる。
「脱がせてよ」
「はいはい」
俺は、彼女のスカートをするりと下ろす。
少し小ぶりだが、形の良いお尻が現われる。
「アイリーンよ」
「へ?」
「私の名前」
どうか、
俺は、彼女の、少し華奢な体にむしゃぶりついた。
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