第31話 今後の方針のご相談


悪鬼討伐隊の百鬼夜行を見届けた俺は、速攻で仕事を終わらせるべく、貴族街にやってきていた。


一刻も早くキャラバンとケイティ、小田原さんの元に戻りたかったが、仕事は仕事。そこはちゃんとしなければ。


途中、ロバが曳く鈍足荷馬車がもどかしく、ロバの代わりに俺が曳いた。


速攻でバッタ男爵の屋敷に物資を運び込み、次にトマト男爵家。


ここでは、物資の搬入の他に、メイド達との戦闘訓練もある。速攻で全員伸して帰ろうか……などと考えながら、アリシアとは別の老執事に案内されて勝手口から物資を運び込む。


「いつも助かっております」と、トマト家の老執事が言った。


「いえ、いつもと言ってもここ数日ですし」と返す。


老執事は、「貴族屋敷の下働きは、結構大変なので離職が激しいんですよ。ご存じの通り、ここの下町は五年前までは別の国でしたし、ウルカーンからの入植者は手に職を持つ物ばかり。荷物持ちや、身の周りの世話を頼める人材は希少なんです」と言った。


「ふうん。本国からは連れてこられないんです?」


「旦那様がここに赴任された時に、渡された支度金はあまり多くはありませんでした。人材を無心するのは、なかなか難しいと思います」


「でも、メイドが一杯いるけど」


「あれは、戦闘メイド見習いです。一流の剣士をお金で雇うより、一から育てた方が安上がりなのです。今回、アリシア様をお雇いすることができましたから、希望する女性を引き受けて育てているのです」


「ふうん。人手不足ではあるけど、女性は別なのか? 戦争で男手が減ったとか」


老紳士は、「そうですなぁ。あのメイド達は、殆どが下級貴族の子女なのですよ。本来のメイドは、花嫁修業のようなものです。男性の場合は、戦争の影響というよりか、腕っ節に自信のある男性は、騎士団に入団するか、開拓村に行くか、ハンターになるか、冒険者になるかしますから。わざわざ田舎貴族の屋敷では働きません」と言った。


でも、バッタの所には少年の下働きがいるな。まあ、いっか。腕に自信が無いヤツなんだろう。


「あ、千尋藻、ここで水を売っていたか」と、奥の部屋から現われたメイド服のアリシアが言った。今日はフル装備だ。皿を割らなかったんだろう。


「物資の積み込みは終了だ。訓練なら今から行く。それと、今日は早めに帰りたい。ビシバシ行くぞ」と言った。


「その前に、トマト男爵がお前に話があるそうだ」と、アリシアが言った。


「俺に? 何だろ。一体」



・・・・


トマト男爵の執務室に通されると、そのままソファに座るように促される。

アリシアは男爵の斜め後ろに立って控えている。

普通、メイドというものは、お茶か何かを出してくれるものではないのだろうか。まあ、いいけど。


「千尋藻、この数日は、物資の購入と搬入、そしてメイド隊の訓練と、とても助かっている」と、トマト男爵が言った。


「いえ。仕事ですので」と返した。


「それで、だ。我々は、本国ウルカーンに出張に出かける」と、トマト男爵が言った。


「は、はあ」


トマト男爵は、真っ直ぐに俺を見て「冒険者パーティ、『三匹のおっさん』だったか? お前達を、護衛として雇いたい」と言った。


そうきたか。


「しかし、私達は2日後にこの街を立つ約束をしております。タケノコ島のキャラバンに雇われているんです」と返す。こればっかりは譲れない。


「コンボイでどうだ? ステシアを置いて行くわけにはいかん。お前達の所のパーティ編成は見させて貰った。不死身のケイティ、回復術士のスキンヘッド、スキル無しの千尋藻、それから新人スカウトと生活魔術士の5名だ。バランスが良いな」と言った。


このおっさんは雑用ギルドの株主だ。調べようと思えば調べられるのだろう。しかし、どうしよう。私利私欲のためというより、アリシアの妹の看病のためだと言われると、ちょっと断り辛い。


「コンボイと言うことは、連なって行くということですか。仲間と雇い主の同意が必要ですね。雇い主はタケノコ島のキャラバンですから」


「タケノコ島の住民は、政治的中立を大切にする……お主、何故コンボイでそれを想像した? まあよい。コンボイで移動するが、わしらがお主達に依頼するのは、ステシアの看病と、何かあった時の回復魔術だけだ」


「タケノコ島のキャラバンに配慮していただけると……それから、途中にナナセ子爵の荘園に寄りますからね。米があって、温泉が沸いているという」と、ついでに温泉も押し込んでみる。


「そうか。ナナセ子爵の荘園なら、わしから話を通そう。このこと、仲間と雇い主に聞いてみてくれぬか? こちらは、食料と荷馬車と護衛は自分達で用意する。キャンプの見張りやスカウトも手伝おう。もう一度言う。わしらがお前を頼りたいのは、冒険者パーティ『三匹のおっさん』の看病要員と回復魔術だけだ」


ふむ。このおっさん、スジは通すと言うことか。だが、一緒にいて敵襲にあったら、集団的自衛状態にならざるを得なくなる。なし崩し的に共同防衛をしてしまうという恐れだ。そのあたりはどうなのだろう。


その旨を問うと、「コンボイ中における、第三国からの攻撃に際しての取り決めか、わはは、お前は意外と細かいの、まあよい。その時は、加勢はいらん。お前達だけ先に行け。我らは我らで護衛はいるでな」と、トマト男爵が言った。


「まあ、聞くだけ聞いてみますよ」と返した。


「そうか。よろしく頼む。こちらは、小型馬車二台、大型一台だ。戦力は、騎乗槍兵4、火魔術士2、剣士3,弓兵2、スカウト3。それからステシアは、おそらく感染期は過ぎている。今は用心のために余裕期間を取っているだけだ」と、トマト男爵。


タコの呪い病は、骨が完全にぐにゃぐにゃになったら、人にはうつさなくなるんだったっけ。


「分かりました。ところで、一つだけ聞いていいですか?」


「何だ?」


「何故、ウルカーンに行くんです? しかも皆で」


「悪鬼が怖い、では駄目か? いや、悪い予感がするのだ。どのみちウルカーンには仕事で行かねばならん。ならば、きな臭いこのタイミングで出かけるまでだ」と言った。


そう言われると、何とも言い返せない。なので、俺はナナセ子爵の謎かけをトマト男爵に投げかけることにする。


すなわち、「概ね分かりました。ところで、悪鬼討伐隊の列に、グリフォンの旗はなかった。その意味は、どう推察されますか?」と問うた。


トマト男爵は、目を大きく見開き、「何故外国のお前がそれを気にする? そうだな、わしが思うに、グリフォンがいないというこは、この街が見捨てられる可能性が高いということだ」と言った。


「見捨てる? ここには、ナナセ子爵もいるのに」


「ナナセ子爵は、五年前、のだ。ジュノンソー公爵は、傷心の彼女に子爵位を与え、ここに赴任させた。女としてではなく、為政者として期待したのだろう。だが、今回の仕打ちを見るに、どうしても守りたい存在では無かったようだ。いや、あの方の事だ。実子を試しておられるだけなのかもしれん」


今の一瞬で、色んな情報が飛び出した。


まずは婚約破棄、か。彼女の何がいけなかったのだろう。知り合いの過去を知って、少しブルーになるが、まあ、今はスルーするしか無い。


そして、この街が見捨てられる可能性か。もしくは、スパルタ教育の親が実子を実戦で鍛えようとしている可能性。いずれにしても、この街の住人は本当に見捨てられてしまうことになるのではないか。


俺は、「とにかく、仲間と話をします。それから、出発が早まるかもしれません。それでは」と言って、ソファを立つ。


即座にソファの後ろに立っていたアリシアが、「お、おい、千尋藻、これから訓練が……」と言った。アリシアは今の話を聞いていなかったのか、理解出来なかったのか、それとも余計な事は考えない質なのか。


今、俺は少し、嫌そうな顔をしてしまったのかもしれない。目の前のアリシアが少し怪訝な表情になる。


そのやり取りを見ていたトマト男爵は、「アリシア、彼の今日の依頼は、キャンセルだ」と言った。


「は、はあ」とアリシア。


トマト男爵は、「千尋藻よ。仲間とよく話をしろ。お前は、おそらく気付いている。この街の運命をな」と言った。


俺は、「私は外国人、キャラバンも同じです。出発が早まる場合は、連絡入れます。では」と言って、そのまま部屋を出て行く。


今日は色々あった。早く仲間と相談せねば。


急いで雑用ギルドで報酬を受け取り荷馬車置き場に戻ると、幸運にも主要メンバーは揃っていた。

すなわち、日本人のケイティと小田原さん、それからキャラバンのジークとトカゲ娘のシスイ。冒険者パーティ『炎の宝剣』のリーダーだ。


俺が到着すると、皆直ぐに各々の作業の手を止め、緊急会議を開くことになった。皆、今が異常事態だと気付いているのだろう。



・・・・


「悪鬼討伐隊と一緒に入場した正規軍とこの国の大物貴族の旗が無い問題、それからこの国の貴族とのコンボイか。千尋藻、お前は俺達が中立を貫いていることは知っているんだよな」と、ジークが鋭い目をして言った。


ここはキャラバンの超大型馬車の真横に設えられたテーブル。このテーブルの周りに、主要メンバーが座っている。


「分かっているつもり。だから、イエスとは答えていない。それに、彼らはコンボイとは言っているが、集団的自衛モードで移動しようとは言っていない。病気の人物の看病を依頼したいがために、俺達『三人のおっさん』の近くを付いていくだけだ」と答える。自分で言っていてなんだが、言い訳にしか聞こえないな……


「まあ、これはお前の頼みではなくて、単なる伝言だと受け取っておく」と、ジーク。


「それでかまわない。俺も、彼らにそこまでの恩とか義理があるわけではない」と、俺。


アリシアとは知り合いになってしまったから情はあるが、恩があるわけではない。


ジークはじっと下を見つめ、「わかった」と言った。どういう『わかった』なんだろう。


俺が返事出来ないでいると、ジークは「たまたま近くを通って、たまたま野営場所が一緒だったというのなら、目をつぶる。俺達の旅程の不都合にならない範囲で、治療なり看護なりすればいい」と言った。


彼女は、見た目は悪魔なのに、とても義理人情味がある。他人を見捨てることが出来ないのだろう。

俺は、彼女が困った時は、支えてあげようと思った。


「ありがとう、ジーク」


ジークは、少し意外な顔をして、「へ? いや、感謝うれしい。本来感謝して欲しいのはその貴族だがな。そいつらからお礼を受けると、後々面倒な事になりかねない。なので、今回はお前の感謝だけでいいな」と言った。俺の感謝にどれほどの価値があるのか分からないが、嬉しいのならいっかと思ってしまった。


「ところで皆さん、出発はどうするの?」と、ジークの横のトカゲ娘シスイが言った。


俺達の出発は、予定では明後日だ。だが、別に早めてもかまわないはずだ。そういうことを言いたいのだろうと思った。


俺は、「ケイティ、看病の仕事は? 契約では明日までだが」と言って、ケイティの方を見る。


「確かに明日までです。ですが、彼らも一緒に行くのなら、別にいつでも良いはずです。いや、私が明日の朝一番にトマト男爵の屋敷に行って、ステシアを馬車に乗せれば、出発を一日早めることが出来ますね」と、ケイティが言った。


彼女が罹っている『タコの呪い病』というのは、免疫がある人ならうつらない。特に免疫力アップ系のスキルがあれば、ほぼうつることは無いとされている。それに、あの病気には段階があって、『感染期』を過ぎたら人にうつすことは無くなるらしい。


その『感染期』を過ぎた時期の目安なのだが、骨が完全にぐにゃぐにゃになったあたりということだが、ステシアはそろそろ感染期を過ぎ、『末期』になる。末期になると、性欲が強くなってしまう。なので、この病気に罹った者は、末期になるまでに彼女彼氏セック○パートナーをゲットしておかないと、悲惨なことになるらしい。彼女の性欲は相当強いらしいので、末期だと思われる。だが、今は余裕期間を取っている状態なのだそうな。


「そっか、ケイティも仕事するんなら、俺も、最後にペットの世話のヤツだけはしようかな……」


短い間だったけど、ナナセ子爵とは縁があった。婚約破棄されてここに飛ばされてきた人らしいし、実の父親から見捨てられたかもしれないと聞くと、何だか同情してしまう。温泉が沸く稲作の荘園を所有している人だし。


「よし、明日は早朝から活動し、荷馬車は午前中には城門を出す。そのまま門の外で待機し、全員が揃った段階で出発しよう」と、ジークが言った。


「門は朝から混むからな。ここから一番近いキャンプポイントまでは数時間だ。明日はそこに泊まろう」と、『炎の宝剣』のリーダー君。


「では、私はその旨、明日の仕事の時にトマト男爵に伝えてきます」と、ケイティが言った。


「よし、私は少し夜なべして、大八車と備品を完成させよう」と、小田原さんが言って、席を立ち上がる。


「うちらも仲間達に伝えてくる」と言って、『炎の宝剣』のリーダー君も席を立つ。


さて、ネオ・カーン脱出計画、うまくいくといいが。



・・・・


今日はもう寝ようかと思ったが、後ろから気配がする。いい加減分かってきた。


振り向くと、やっぱりオオサンショウウオ娘のギランがいて、『てへ』と言わんばかりの顔をする。


ギランは、「ねえ、今日もしたいんだけど」と、笑顔で言った。これが、若さか……


「あのなあ、お前、まだ聞いていないかもしれないけど、出発は明日になったんだぞ」


「ん~でもさあ、出発前日でも、当日でも、別に変わらなくない?」と、ギラン。


アレをしたら、次の日辛いってことをこの若い娘は知らないのだろう。天真爛漫というやつか。


「いや、な、俺はおっさんだぞ?」と言ってみる。


「おっさんだから何? よくわかんない。そんなことより、私、もう少しで喉でイケそうなのよねぇ」と、ギランが言った。


だから何だというのだろう。まあ、オオサンショウウオ娘の性感帯は、喉の奥にもあると言うが……


「それから、ムカデ娘のセイロンが、アンタのこと好きなんだって」と、ギランが続けて言った。


何? セイロンさんは、外骨格持ちのクールビューティだ。そんな人が俺を好き?


「ムカデ娘って、噛んで相手に毒を注入するとき、もんのすごい快感があるんだって。あんたってさあ、セイロンの猛毒受けても痛がるだけで、次の日けろっとしてんじゃん」


「え? いや、アレってもの凄く痛いんだぞ? 次の日も結構痛いんだぞ?」


「セイロンの毒噛みつきは、普通は患部が壊死して、最悪死ぬし。だから、ムカデ娘が恋をするのは禁断なのよ。でも、あなた死にそうにないじゃない?」


「あれ、死ぬほど猛毒なの? 流石の俺もアナフィラキシーショックが心配に……」


「そんなイケずしないでよ。私も一緒に寝てあげるし」


いや、イケずでもなく、激痛が本気で嫌なんだが……というか、自分が寝てあげることがなんでムカデ娘の猛毒を喰らうことのトレードになるんだ?


「あの子の名器、あんたも好きって言ってたじゃん」


ギランはそう言って、俺の腕を取り、彼女らの寝床に連行していく。


俺は、あの名器の感触を思い出しながら、為す術も無くとぼとぼとギランについていった。


そして、今日も死ぬほどの激痛と快楽を同時に喰らい、外骨格ありのクールビューティーと両生類娘に押しくらまんじゅうされながら、狭苦しい寝床で眠りについた。

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