第30話 悪鬼討伐隊の到着


ナナセ子爵の仕事の後、平民区に戻り、適当なところで昼食を食べ、そのままバッタ男爵家の荷馬車との待ち合わせ場所に行く。


俺はバッタ男爵の仕事はもうしないと誓ったはずだが、この依頼はトマト男爵とバッタ男爵の合同依頼なのだ。その内容は、街に出て買い物して帰るだけ。たったそれだけで、4万ストーンも貰えるのだ。


今の俺は、ナナセ子爵とお茶して15万、男爵家の少年召使いと買い物して4万、アリシアの所のメイドと遊んで2万……締めて1日21万の稼ぎなのだ。すばらしきかな雑用ギルド。しかもこのお金、税金は天引きだから、お金はまるまる俺達の所に入ってくる。


この街がきな臭くなかったら、もう少しここで稼いでもよかったかな、などど考えながら市場の方に歩くと、バッタ男爵家の荷馬車といつもの召使いの少年がいた。


今日はバッタ男爵本人は来ていないはずだ。なお、この少年は最初の依頼で来ていたヤツと同じ少年で、俺担当みたいになっており、何故か俺に懐いているような気がする。


その少年は、俺の姿を確認すると、嬉しそうな顔をして、「お疲れ様です千尋藻さん、今日もよろしくお願いいたします」と言って、深々と頭を垂れる。


「おう。今日もさくっと行くか。配達もあるしな」と言って応じる。


少年は、「はい! 千尋藻さんがいたら、どんなところも怖くありません」と言った。


こんなことくらいで頼られるのは、別に悪い気はしないのだが、俺、この少年の名前知らないのよねぇ……



・・・・


今日も何事もなく、大量の物資の購入に成功する。


あの事件、俺が無理やりバッタ男爵の発注物資を取り立てた事件だが、それが噂になり、トマト男爵が乗っかってきた。要するに、トマト男爵も物資が入手しづらくなってきており、仲のよいバッタ男爵に共同購入を申し入れたのだ。


お陰で買い物するだけで2件分の依頼を消化できるというお得感。

しかも、荷馬車は俺が曳くのではなく、ちゃんとロバが曳いている。


ただ、荷馬車の中は物資で一杯で、俺はと言うとロバの隣を歩いている。手持ち無沙汰なんで、ロバの下顎をなでなでしながら。ちなみに、このロバとは会話ができない。会話が出来る動物は、魔獣と呼ばれる特別な個体だけのようだ。


「千尋藻さん、今日も何ごともなく終わりましたね」と、少年が言った。とても嬉しそうだ。こいつは、ことあるごとにバッタ男爵にぽかぽかされていたらしいが、ここ数日は俺とのお仕事のお陰で一目おかれているらしい。


「まあ、帰って物資を倉庫に運ぶまでが仕事だ」と、答えておく。まだ俺の仕事は終わっていないのだ。というか、俺はこの後、バッタ男爵の屋敷に物資を運び込んだ後、共同依頼者であるトマト男爵のところに行く予定にしている。そこでも物資を屋敷に運び、そのままアリシアの弟子メイド達の稽古を付ける予定なのだ。


稽古といっても、今の俺の異常な身体能力をもってすれば、一方的にメイド達のお尻を撫でまくるだけだけど。もう、いい加減全員のお尻の触り心地を覚えてしまった。

不思議なもので、お尻の撫で心地というヤツには、個性がある。堅いヤツ、柔いヤツ、張りがあるヤツ、異常に柔らかいヤツ。十人十色だ。


尻の撫で心地を思い出していると、街がざわついているのを感じる。


「おい、何かあったのか?」と、馬車の御者を務める少年に言った。


「わ、分かりません、でも、確かにおかしいです。何が……」


「軍隊だぁ~」と、誰かが叫ぶ。


何? 軍隊? だが、敵が攻めてきた風では無い。


「あれは、悪鬼討伐隊だ~」「討伐隊だぁ~」「ちょ、道を空けろ」


民衆がざわめく、悪鬼討伐隊と聞こえたか。


御者席の少年は、「あの、千尋藻さん。悪鬼討伐隊なら味方ですし、その、ここに来ることは事前に連絡がありました」と言った。


ふむ。ナナセ子爵も、悪鬼討伐隊が来ると言っていた。だが、他に何と言っていたか……人数と旗、だったか。それをよく見ておけと言われたのだ。


「そいつらは、どこを通るんだ?」


少年は、「入城は東門からでしょうから、そこから軍区までの道のりですと、私達の目の前の道を通りますね」と言った。


「よし、少し見学するぞ。お前、貴族の紋章とか旗は分かるか?」


「紋章判別は勉強中です。ある程度は分かりますが、まだ責任ある仕事は任されていません」


「見てみよう。その悪鬼討伐隊とやらを」


「は、はあ。まあ、わかりました。千尋藻さんがそう言うなら」


・・・・


そして、俺は見た。この国の、悪鬼討伐隊というものを。


一言で表すと、百鬼夜行。どっちが悪鬼か分からなかった。


討伐隊の鎧や服装に統一感はなく、皆思い思いの格好をしており、車輪の付いた牢屋を多数引っ張っていた。


移動式の牢に入れられているのは、目が血走った超巨大な猫。大きな猿。そして、人間……


身長2mを越えるような、異常に発達した筋肉を持つ大男。

とても理性があるような目をしておらず、ガチガチと歯を食いしばりながら、いきり立つ自分の逸物を握り締めている。


そして、そいつがいる牢の中に、女性だったと思しき死体が転がっている。

何でそんな状態なのかは知らない。知ろうとも思わない。ただただおぞましい、それだけだ。


そんな牢が10個以上あり、とても正気とは思えない輩が堂々と展示されている。幌くらい掛けたらどうだとも思うが……


悪鬼と戦うということは、壮絶なんだろう。とても正気を保っていられない。いや、悪鬼と戦うモノだからこそ、正気を封殺しているのかもしれない。


俺は、悪鬼討伐隊から目を離さず、「なあ」と、御者席の少年に声を掛ける。


「はい、何でしょう」と、同じく悪鬼討伐隊の列を眺める少年が応じる。


「こいつらの人数はどうなんだ?」と聞いてみた。


少年は、討伐隊の列から目を離さず、「に、人数ですか? よくわかりません。ですが、かなり多いような気がします。いや、正規軍っぽい人もいるような……」と言った。


正規軍ときたか。確かによく見ると、鎧や装備が上等で統一感がある連中が混じっている。そいつらが正規軍なのかもしれない。


「正規軍も、悪鬼と戦うものなのか?」


「いえ、それは聞きませんね。ご存じのとおり、悪鬼と戦うと自分も悪鬼になったり、倒すと殆どが死に至りますから」と言った。


死ぬと分かっているのに、望んでその職につくものはなかなかいない。


戦時中の僅かな期間なら分かる。洗脳すればいいだけだから。だが、こいつらは年から年中、何時死ぬかわからない任務についている。


必然的に、悪鬼討伐隊は、消耗してよい戦力を保持したがる。おそらくそうだろ。あの檻に入っている巨大猫や人間は、捨て駒だ。

そう考えると、理解ができる。捨て駒には、何も考えさせてはいけない。クスリか魔術か知らないが、おそらく理性を抜かれていると思う。


だが、何で正規軍も一緒にいる? 例えば援軍。ここが攻められると考えたとして、早めに手を打ったとか? ここの軍事事情はよく知らないけど。ふと、立派な鎧を着た軍人さんが掲げている旗を見かける。そういえば、旗をよく見ろと言われていたっけ。


俺は、「なあ、次は旗だ。何か気付くことはないか? 旗の種類とかで」と、少年に言った。


少年は、「旗ですか? ま、まあ、色んな貴族家の方がいらっしゃっていますね。私がおつとめさせていただいておりますバッタ男爵は宰相派ですが、同じ宰相派の旗も見えますね。もちろん、国王と国王派の貴族の旗も。この街の領主、ヴァレンタイン伯爵家の旗が多いです」と言った。


百鬼夜行の列には、様々な文様の旗が掲げられている。


「なあ、なんで正規軍がここに来たと思う?」


「分かりませんが、基本的に正規軍は、国王軍と諸侯貴族で構成されます。彼らが派遣したということなのですが……」


ここに軍を派遣した理由か……


「単純に兵士が足りないと判断したんだろうか」


「ここの常駐軍の情報は秘匿されていますが、おおよそ千人規模と言われています。流通関係の官僚が言っていました。それが悪鬼討伐隊と一緒に増兵されてきたと言うことは……」


ここで気になる事を一つ。


「ところで、悪鬼って、人が制御できるものなのか?」と聞いてみる。例えば、敵が悪鬼を戦争に使っているという可能性を考える。


少年は、「いえ、出来ないはずです。出来ないからこそ、悪鬼なのです」と返す。


ふむ。一理ある。


「もう一度言うが、掲げられている旗の種類で何か違和感を感じないか?」


「いえ、済みません、私は勉強中ですが、まだまだ役立たずで……」


「なんでもいいぞ? 例えばナナセ子爵、その父親のジュノンソー公爵関係者はどうだ?」


「ナナセ子爵はともかく、ジュノンソー公爵は国王派の最重要貴族です。紋章の一部にグリフォンが入っているのですが、そんなのよく見かけますよ」


「そっか。考えすぎか……」


「……いや、いない? 通り過ぎた? でも、私達は最初からここに……まさか、そんな……」


「どうした?」


「グリフォン紋の姿が無いような気が……」


「グリフォンって、ライオンの胴体に猛禽類の頭と爪と羽根を持つヤツだよな」


「そうですね」


グリフォンの旗が無い理由か……


要は、自分の実子に爵位を与えて、新しく奪った土地に派遣しているような実力ある貴族が、ここに派兵してきていない?

少なくとも、ここの列にはいない。


偶然? 別働隊? 到着の遅れ? 


大物貴族が軍を送らない、若しくは送るのが遅れている理由は?


負け戦と分かっているから? 同時に政敵の軍にダメージを与えておきたい? それとも裏切り? 


考えても分からないが、少なくとも、碌な事が起きない気がした。


「ちっ」


俺は思わず、めったにしない舌打ちをしてしまった。

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