第22話 今後の計画


「ごめんくださ~い」


そう言って、荷馬車の横に立ててある衝立ついたての間から中を覗くと、直ぐに女性剣士が駆け寄ってくる。


「何者だ」と、その女性剣士が言った。知らない人物だが……ああ、キャラバンが雇った冒険者だな。


護衛が出来る冒険者は引っ張りだこだと聞いていたんだが、雇えたみたいだな。良かった。


「ああ、ジークに、千尋藻ちろもが来たと伝えてくれ」と、言うか言わないかで、中で酒を飲んでいたジークがこちらに気付く。


ジークは、手に持ったジョッキを掲げ、「おお~千尋藻じゃねぇか。早いな戻ってくるの」と言った。


「まあな、宿泊予定の宿が急遽駄目になってしまって。地べたでいいから泊めて」


ジークは、「まあ、とりあえず入りな」と言った。


俺達が衝立の中に入ると、何故か歓声が起こる。


手にお酒と惣菜を持っているからだろうか。手ぶらでは悪いと思ったので、屋台街に戻って買って来たのだ。まだ宵の口だし。


「済まん。寝床は自分達の分は持ってきた。警備とかただ乗りするわけにもいかんから、護衛代を分割かなんかするから」


俺達には、お昼のうちに買った大きめのタオルやゴザがある。それから解体予定の宿屋から持ってきた板の廃材など。衝立ついたてにしようと思って。


ここは、言わずと知れたモンスター娘達のキャラバンだ。場所を特定するのに少し手間取ったけど。


昨日は荷馬車置き場の中心くらいに駐めてあった荷車が、今は敷地の一番端に動いていた。

端っこが目立たないし警備もしやすいのだろう。


不良少年グループに襲われた俺達は、取り壊し予定の元娼館では危険と判断し、ここを頼ろうと考えた。


いくら俺達が強くても、こちらは少数、相手は集団。四六時中つきまとわれたらたまらない。


それに、このキャラバンにはお世話になったため、俺達が仕入れた情報を共有しておこうと考えたのもここに来た理由の一つだ。


俺は、食事担当のムカデ娘のセイロンに惣菜とお酒を渡し、促されるままにトカゲ娘が空けてくれた椅子に座る。


俺達が座ると、ジークが「さて、急にどうした? お前達のことだ。理由があるのだろう。一人増えているしな」と言った。


俺達は、とりあえずコップで出てきた酒で軽く乾杯を行った。



・・・・


「さて、不良少年グループに襲われた。どうもこの子の関係者のようだ」と、俺が切り出す。


その後、俺と小田原さんで、代る代る説明をする。


今日、ギルドでこの少女を拾った話。貴族が荷馬車や物資を買い集めている話。


この街でかつて起きた戦争の話。

そして、親を自分達で殺し、見捨てられた子供らの世代。


途中から、この街を拠点とする冒険者のリーダーからも話を聞く。

彼は、キャラバンが雇った冒険者『炎の宝剣』のリーダーだ。見た目年齢30前後の男性で、42歳のおっさんおれからするとまだ若い。なかなかのイケメンだが、どこか抜けている感じが憎めない。他のメンバーは、同じく30歳くらいの斧使いの男戦士と、20代後半くらいの女剣士、20代半ばの女スカウト、それから幼女魔術士の五名だ。


そのリーダー君は、「この街の過去の戦争は、僕達も知っている。貴族や有力な官僚達が皆処刑されたこともね。子供達は、皆、荘園や農場に就職したと聞いたけど」と言った。


「荘園や農場に就職ね……殆ど農奴だろうな。だが、そうした就職口もない連中が存在していたというわけか」と、ケイティが言った。


リーダー君は、「どこの世界にもこぼれるやつはいるさ」と言った。まあ、正論ではある。


「どのくらいの人数がいると思う?」と、俺が問うた。


リーダー君は、「分からないが、本職の地下集団に合流したやつらの方が多いんじゃないかな。少年達だけで纏まっている連中は、100人くらいと聞いた事がある」と言った。


窃盗少女ネムは、「僕もそのくらいだと思う。地下組織に入った人らは数百人。農場に行った人はもっと多いかな。まあ、半分は逆らって死んじゃったと思うけど」と言った。


ジークは、「なるほど。戦争でこの街の支配者が変わったこと自体は知っていた。俺達の情報網にも入っている。だが、火種が残っていたのか」と言った。


「この街で、これから戦争が起こる可能性はどうなんだ?」と、聞いてみる。


「それなんだが、この街の軍隊の主力は、ネオ・カーン領軍の歩兵だ。噂では一千程度だとさ。周囲の村に駐屯している警備兵を戻すともっと多いと思う。戦争が起りそうな時には、普通はその場所に軍隊が派遣されてくるもんだ。だけど、近々、国軍が派兵されてくると言う情報は聞かないな」と、炎の宝剣のリーダー君。


「一応のリスクとして、ウルカーンから国軍が派遣されてくれば、北の街道はほぼ軍隊優先で使用される。俺達の脱出は難しくなるぞ」と、ジークが言った。


この世界は、どうも車や飛行機、さらには巨大ロボットの類いは無いらしい。ましてや反重力の様な不思議現象も、今の所見かけない。


この会議に参加していたトカゲ娘のシスイは、「でも、確かに、荷馬車は飛ぶように売れていると聞いた。うちの荷馬車を曳いてくれる使役獣も入荷待ち。少し変ね」と言った。


俺の斜め前に座るトカゲ娘は、肉付きの良い足を椅子の上で組んだり組み替えたりしており、ついついVゾーンに目が行ってしまう。きっと、俺をからかっているんだと思う。


ジークは、「そうか。一応、俺たちの出発日を知らせておくと、一週間後の予定だった。もちろん、荷馬車用の使役獣が手に入ったらの予定だけど。だが、今日、お前達から少し不穏なことを聞いた。物資の積み込みの予定を早め、商取引が完了次第、速やかにこの街を後にしたい」と言った。


俺はジークを見て、「それで、使役獣? が手に入らなかった場合はどうするんだ?」と言った。


ジークは、「お前を雇いたい。いや、使役獣がいようがいまいが、お前達を雇いたい。何が何でもな。とりあえずは、次の目的地、ウルカーンまで」と即答した。


「足りない分は、体で払うわよ。ジークが」と、トカゲ娘が言った。


俺は、チラリとケイティと小田原さんの方を見る。表情的に異論は無いようだ。なので、「俺達は、荷馬車すら持っていないその日暮らしの日雇い労働者だ。渡りに船だな」と言った。


「なら……」と、ジーク。ジークはこのキャラバンの安全を第一に考えている。その結果が、荷馬車を曳くことができる俺と、その仲間達を雇うという選択だったのだろう。


俺は、命を掛けて悪鬼と戦うジークの姿を目撃している。こいつは、信頼できそうだと思う。なので、「分かった。ケイティの仕事の契約が終わるのが六日後だったな」と、ケイティに向けて言った。


ケイティは、「そうです。後六日ですね。一度受けた仕事はちゃんとこなしたい。問題があるとすれば……」と言って、窃盗少女を見る。


窃盗少女ネムは、その意味を知っているのか、うつむいてしまう。スキル『窃盗』なんて持っていれば、街に入れて貰えるのかすら怪しい。


「この子は、スキル窃盗を持っている」と、小田原さんが言った。


迷惑を掛けていることが分かっているのだろう、窃盗少女は泣きそうな顔になる。


「窃盗なら、条件次第でスカウトになる」と、冒険者チームのリーダー君が良いことを言った。


「そうだな。スカウトなら、組織の偵察要員と言えばどうとでもなる。窃盗でも、保証人を付ければ街に入れないこともないが……保証人になるには、貴族が発行する身分証が必要だったはずだ」と、ジーク。


「流石に僕たちの知り合いの中で、判子を押してくれそうな貴族はいないな」と、リーダー君。


「俺の知り合いと言えば、トマト男爵とナナセ子爵だが、どちらも出会って一日だな」と俺。お前には誰も期待していないとばかりの視線を受けてしまった。


「あの、こんな時に何なんだが」と、リーダー君がジークに言った。


「何だ?」と、ジーク。


リーダー君は、「僕たちも、念のためしばらく活動拠点を移そうと思う。護衛料は格安にする。代わりに、自分達も一緒にウルカーンに行っていいだろうか。うちの荷馬車を一緒に連れて行きたい」と言った。


彼のパーティーリーダーとしての読みは、この街の脱出か。即断即決とは、なかなかやるな。


「ふむ。俺たちで10人、千尋藻達が4人、『炎の宝剣』が5人で荷馬車が一台追加か」と、ジーク。


トカゲ娘のシスイが、「攻撃魔術士が、うちのデンキウナギ娘とケイティさんと炎の宝剣の女子。スカウトがうちのピーカブーと炎の宝剣の子で2人、随伴隊が、ライオン娘とケンタウロス娘と……」と言って、チラリとリーダー君の方をみる。


するとそのリーダー君は、「うちは、2頭引きの馬車に自分が騎乗するスレイプニールで護衛移動します。御者は剣士が可能だしな。その他は斧使いとスカウトと魔術士が護衛戦力になる。ウマのエサと食料は自分達で準備する。ここからウルカーンまでなら、詳細な野営ポイントも知っている。どうだろうか」と、リーダー君。それだけ聞くと、お買い得な気がするな。


「よし、いいぜ。前向きに進める。詳細は後で詰めるとして、直ぐに荷馬車はここに持ってきておいてくれ。物資もな。盗まれたらいけねぇ。遅くても一週間後には、ここを出立する」と、ジークが言った。彼女も即断即決タイプだ。


リーダーは「分かった」と言って、早速女剣士と斧使いを連れて街に戻って行ってしまった。


さて、難しい話は終わりかな? と思い、ジーク達に雑用ギルドの話でも披露しようと考えていると、「スカウト……スカウトになるにはどうしたらいいの?」と、窃盗少女が呟いた。


「低位のスカウトクラスのスキルは、スキル屋に売ってあるはずよ」と、トカゲ娘が言った。


そう、この世界のスキルは、本来複雑な魔術を、単純な魔術回路というものに置き換えたものだ。その魔術回廊を体に刻み込んでおくことで、いつでも精神統一や詠唱なしで、魔術を放てるようにならしい。

その魔術回路は、スキル版という透明な板を使用して体に宿すことができるらしい。


ここで重要なのは、一度刻んだ魔術回路は、後天的に修正するのはとても大変だということ。だけど例外があって、同じ系統ならその魔術回路を上位互換的なものに昇華させることが出来る。


なので、窃盗という下位スキルは、スカウトのスキルで上書きすることが出来るというわけだ。


「窃盗が消える様なスキルは?」と、俺が聞き返す。


「レベル1スカウトでも大丈夫だと思うけど。レベル1は、手先が器用になって、遠くを観察したり気配を察知する能力が上がる程度よ。どの程度かは知らない」と、トカゲ娘。


「それって、いくらくらいするんだ?」


「ごめん、知らない。でも、レベル1スカウトでも、よっぽどの信用がないと貴金属店には入れないはずよ。街に入るのにも、色々と説明しなきゃいけない。冒険者チームを組んでいて偵察を任せているとか」と、トカゲ娘。


ふむ。解決の方向性が見えたな。今の所、貴金属店には縁が無いし。


窃盗少女ネムは、お金、お金かぁなんて呟いているが、それは今考えてもしょうが無い。


だから、「ま、明日考えよう。今日は飲んで寝るぞ」と言った。



・・・・


夜もなかなか忙しかった。


冒険者チーム『炎の宝剣』の荷馬車が到着し、野営設備を大急ぎで設置し出したり、小田原さんが持ってきた廃材の板を木魔術で上手に立てて囲いを造ったり……窃盗少女もお金を貯めて今の境遇から脱出したいとの思いからか、精力的に頑張っていた。


そんなこんなで、就寝の時間には、荷馬車二台の横にテント幕、それからプライベートを守る衝立やら寝床やらが出来上がっていた。


俺たちの寝床は、今日の所は四人部屋の雑魚寝だ。窃盗少女をどうするか迷ったのだが、一日くらいは、我慢して貰おう。


俺が、出来上がった寝床を満足げに眺めていると、後ろから肩をちょいちょいと突かれる。この感じはギランだ。


後ろを振り向くと、やっぱりギランがいた。


ギランは小声で、「ねえ、今晩もしよう?」と言った。


うぐ。何とも抗いがたいお誘いだ。今日はアリシアのお尻を触りまくったせいでムラムラしているのだ。


「ムカデ娘のセイロンも、あんたに興味があるんだって」とギランが言った。


マジかよ……俺は子供の頃に、ムカデに足を噛まれたことがあるのだ。地獄の苦しみを味わったのだ。そのトラウマが蘇りかねない。

だが、セイロンさんは、すらりとしたクール美人ビューティだ。体の所々に外骨格があり、少しカッコいい。


「あの子、名器だってよ?」と、ギランが言った。


めーき? 一体何のことやら……

俺は、ふらふらと二人の寝床に連行されて行った。


「あの子、かみ癖があるらしいのよねぇ」と、不吉な呟きが聞こえた。


その夜、俺は快楽と激痛を同時に味わう事となった……

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