第23話 仕事再び


「おはようございます。本日のお仕事はこんな感じでしょうか」と、雑用ギルドの兄ちゃんが言った。


どうやら、この人が日雇い担当のようだ。俺は、体中にある巨大なムカデの咬み跡の痛みに堪えながら、テーブルの上に広げられた書類を眺める。


今日のラインナップは……


仕事その1;バッタ男爵発注。物資の購入と屋敷までの運搬。大八車は支給。スキル要件はないが、体力自慢募集。本日午前の仕事。急募。1日のみ。報酬は3万。待ち合わせは下町の市場。


仕事その2;ナナセ子爵のペットの世話。怪力スキルおよび回復スキル推奨。体が丈夫で体力自慢の方募集。半日程度。急募。1日のみ。報酬は15万。


仕事その3;ヴァレンタイン伯爵家の下僕となって、砦の清掃を行う。忍耐スキルおよび回復スキル推奨。1日。急募。報酬は3万。


「ふむ。1と2かな。両方こなす」と、言った。2のペットは昨日と一緒のやつだ。1は荷物を運ぶだけだから楽勝だろう。その3は論外だ。あやしい匂いがプンプンする。


ギルドの兄ちゃんは、「ええ、分かりました。ナナセ子爵には午後から、昨日と同じ方を向かわせますとお伝えしておきます」と言った。なかなか出来る男だ。


今日、ギルドへは俺一人で来ている。


ケイティは、直接トマト男爵の屋敷に行くらしいし、小田原さんは物資補給を前倒しで始めるジーク達と一緒に行動する。ついでにスキル屋にも寄ってみるらしい。昨日稼いだお金は、小田原さんに渡してある。



・・・・


「ああ、あれか」


俺は、市場横でギルドから教えて貰ったバッタ男爵の紋章旗を見つける。貴族用の馬車の横に、大きな大八車がある。あれが、今日俺が曳く予定の大八車だろう。


「ごめんください。雑用ギルドから派遣されてきました、千尋藻といいます」と、馬車の横に立っていた少年に声を掛ける。


少年は、俺にびっくりしたのか、「は、はぃい」と言って、後ろに下がる。

そして、馬車の中にいる誰かに話しかける。


そして……


馬車から現われたのは、深窓の令嬢……と思ったが、何かがおかしい。


フリフリのドレスやらレースを着込んではいるが、手足がぶっとい。顔も大きく、良く日焼けしている。


ドレスの中の人は、どうみてもおっさんに見えた。だが、人を見た目で判断してはならない。女性である可能性も捨てきれない。


そのドレスを着たおっさんは、野太い声で、「待ったぞ。このうすのろが!」と言って、手に持っていた棒を振り上げる。


こ、これはどうすればいいのだろうか。俺って、遅刻したのだろうか。それならば、ギルドの責任のはずだ。俺は、ギルドから真っ直ぐにここに来たのだ。


俺の頭に、ふりふりドレスのおっさんが振り下ろした杖がバシンと当たる。


だが、。かつて、俺は息子におもちゃの刀を買ってあげたことがある。長細い布に綿を入れて、波紋をプリントしてあるあれだ。

あれを買い与えた息子は、嬉しそうに俺にぽかぽかとその刀で切りつけてきた。

そのまま調子に乗ってお姉ちゃんにもぽかぽかし、思いっきり蹴られて泣いていたっけ。


俺が懐かしい思い出に浸っていると、ドレスのおっさんは、半狂乱になり、杖でバシバシと俺の体を叩く。でも、全然痛くない。手加減してくれているのだろう。昨日のムカデ娘の毒かみつきは相当効いたけど、彼の打ち込みは痛くない。


しばらく待つと、そのおっさんは息切れしたようで、ぽかぽかするのを止めてしまう。そうだな、こういうぽかぽかは涼しい顔をして、飽きるのを待っていてあげるのが正解なのかもしれない。彼は、今日のパトロンだし。


俺は、「遅れたようで済みません。後でギルドに伝えておきます」と言った。


だが、時間を間違えたギルドは許さん。痛くなくても精神的な苦痛というものはあるのだ。何が楽しくてふりふりドレスを着たおっさん顔に、棒でぽかぽかされなきゃならんのだ。


おっさん顔は、「ふ、ふん。行くぞ。品物は発注済みだ。早く回収して屋敷に戻るぞ」と、野太い声で言った。


こいつ、絶対に女性じゃないよなぁ……秋葉原の街でもちょくちょく見かけるおっさんメイドかなぁ。

俺の隣では、世話役と思しき少年が、信じられないものを見るような目で俺を見ていた。



・・・・


「え? ない? なんで?」


そのままバッタ男爵に連れられて、最初の集荷ポイントにつく。


バッタ男爵が、俺に市場から荷物を取ってこいというので、言われるがまま向かったところ、市場のおっさんに「ねぇ」と言われてしまった。


「無いのは困る。こちらはバッタ男爵の使いなんだ。約束してあったんでしょう?」と言ってみる。


だが、市場関係者は、「ねぇもんはねぇ」と言った。こいつ、バッタ舐めてんのか?


「おい、お前じゃ駄目だ。上司連れてこい」と言ってみた。こっちも仕事なのだ。


だが、その市場のおっさんは、「忙しい。出直せ」と、言って、スタスタとどこかに行ってしまう。


うぐぐ……何故だ? こいつは平民のはずだ。バッタ男爵の威光が通じねぇ。



・・・・


俺は、とぼとぼとバッタ男爵が居る方に戻って行って、「あの、ねぇって言われました」と言った。


バッタ男爵はこめかみに青筋を立てて立ち上がり、「馬鹿もん」と言って、俺をぽかぽかした。


バッタ男爵は、「お前、バッタ男爵である俺を舐めてんのか? 金は払ってある。契約書もある。ちゃんと取り立ててこい」と言った。


俺は契約書を盾に何かを取り立てた経験はない。どうしよう。


「あ、あの、失礼ですが、この市場の利権はどなたが握っていらっしゃるんで?」


「ん? 100%領主だ」と、おっさん顔のバッタ男爵が言った。


「領主の階位は何でしょうか」


俺がそう言うと、おっさん顔はさらに鬼のような形相をし、「伯爵だ馬鹿もん」と言って、ぽかぽかを開始する。


俺は貴族の事に詳しくないが、絶対に男爵より伯爵の方が上だ。


どうしよう。でも、上司命令で取り立ててこいと言われたのだ。取り立ててこよう。


商取引上は、あちらに非があるのだ。



・・・・


俺は、勇気を振り絞って、市場の事務所にトンボ帰りする。


「あのぉ~契約書を確認しましたが、確かに今日、納品予定となっております。小麦の規格袋が10個ですね。支払いは前金で済ませています。頂かないと困ります」と、言った。


市場のおっさんは、「ねぇもんはねぇ、お前、領主舐めてんのか?」と言った。


完全に俺を見下した言い方だ。

というか、このおっさんの横にあるのは、パンパンに詰まった小麦の規格袋だ。10個積み重ねられている。


「あの、ありますよね。ここに」と言ってみる。だんだんいらいらしてきた。


「お前は馬鹿か? 俺がねぇつったらねぇんだよ」と、おっさんも引かない。


「あの……「帰れ」と、おっさんが俺の言葉に被せ言う。


キレた。そもそも、今の俺には貴族のバックがあるのだ。


一瞬で間合いを詰め、おっさんの汚い顎を下から握り締める。


そして、「ありますよね?」と言った。


「う、うごごごご」


俺はさらに握力を強め、顎を握り潰していく。我ながら凄い握力だ。異世界転移してからというもの、身体能力は別人だ。


指が歯茎にめり込んで、歯がボキボキと折れる感触がする。


ここには、他の職員はいない。人を呼ばれる心配も無いだろう。


「この小麦、持って行きますね?」


市場のおっさんは、口から血を垂れ流したまま、気絶してしまった。


まあ、歯が一気に10本ほど折れたくらいで、死にはしないだろう。後で、誰かが回復魔術でも掛けたら治る治る……多分。



・・・・


「ありました。隠し持ってました。小麦です」と言って、大八車に小麦の規格袋を積み込む。数往復で済む量だ。


バッタ男爵は、「ふん。積み込んだら、次だ」と言って、馬車に戻って行った。今回はぽかぽかされなかった。


その後、干物類やらお酒やら色々と大八車に積み込み、平民区を後にする。


そして、貴族区の中に入り、バッタ男爵の屋敷へ向かう。


先行する馬車の速度に合わせ、大八車をひたすら曳いて行く。そしてついに、とある屋敷の前で馬車が止まる。ミッションコンプリートかな?


そこは、今ケイティが仕事で行っているトマト男爵の屋敷の近くだった。この次の仕事があるナナセ子爵邸はもう少し先だ。昼食を取りに一旦平民区に戻る必要があるのが面倒だと思った。今度こういうときは弁当を買ってこよう。


などと思いながら、ギルドから預かっていた書類を封筒から出そうとしていると、「あの、旦那様が、荷物は屋敷の中まで運ぶようにと……」と、召使いの少年が言った。まあ、いいか。


その後、大八車を屋敷の勝手口の真横まで運び、指示されるまま倉庫や厨房に運んでいく。

料理人や使用人達には非常に感謝された。


荷物をほぼ運び終えた頃、屋敷の執事と思しき人物が、俺が預けておいた書類を持ってきた。


老執事は、「本日はありがとうございました。旦那様はあんな方ですが、あいつは見所がある。などと言って褒めておられました」と、書類を渡しながら言った。


あいつに褒められてもあまり嬉しくない。というか、この仕事は二度とやらない。


「あの、しばらく、こう言った仕事は続くと思います。今、物資の入手が厳しくなって……」と、老執事が言った。


俺は、「そうですか」と言って書類を受け取る。言いたいことは分かる。でも、俺は二度とこの仕事はやらないと誓った。というか、仕事を受ける前に、良くギルドの話を聞くことにしようと反省した。



・・・・


午後、俺は、ナナセ子爵のご令嬢が座るテーブルで、何故かお茶をご馳走になっていた。


俺と、昨日出会った目付きの悪いご令嬢の目の前の巨大な庭では、これまた大きなフェンリル狼が、ぐるぐると全力疾走をしていた。バターになる勢いだ。


「あの子、あなたの言うことには、ちゃんと従いますのね」と、ご令嬢が言った。


「はあ、あいつはああ見えて、まだ5歳くらいなんでしょ? 人間でいうと、わがまま盛りの子供ですよ」と応じた。


「……あなたは、あの子の言葉を解することができる。そう考えてよろしい?」と、目付きの悪いご令嬢が鋭い目付きになって言った。


どう答えよう。他の人には解らないのだろうか。


「ああ、はい。何となく分かるのですよ」と、応じた。


「分かるだけではなく、言って聞かせることも、出来るのではなくて?」と、ご令嬢。


彼女はそう言うと、かちゃりと紅茶の入ったカップをお皿に戻す。凜とした背筋の良い人だ。

紅茶を嗜む姿も、様になっている。


「さて、どうでしょうね。でも、言ったらその通りに動きますね」と、応じた。嘘ではない。


「……今、市場では出荷制限が掛かっている。今日、バッタ男爵が契約を盾に、市場関係者から荷物を取り立てたと聞いたわ」と、ご令嬢。情報早いなこの人。


「それって、今朝のことですかね。そんな強引な取り立てして、大丈夫なんでしょうかね」と、言ってみる。貴族の威光があるとはいえ、領主の利権100%の市場であんなことをしてしまったのだ。面倒なことにならないか、少しびくびくしていたりするのだ。


「ここの領主は国王派。バッタ男爵は宰相派。派閥が違うから、嫌がらせしたんでしょうね。でも、派閥は違えど、領主の印が押してある契約書を見せて、それを無碍にする市場関係者が悪いわ。下手にバッタ男爵側を罰そうとすれば、他の貴族からの信用も失う。今回は間違い無く、バッタ男爵に、おとがめはない」と、ご令嬢がはっきりとそう言った。


そうか、良かった。


「ところで、なんで出荷制限が掛かっているんでしょうね」と、聞いてみる。この人は情報通なのかもしれない。


ナナセ子爵は、「それは言えないわ。あなたは、うちの家臣ではないもの」と、言って、紅茶のカップに口を付ける。残念、情報収集失敗。


情報収集に失敗したところで、俺は気になる事を聞いてみる。それは、この目の前の人が、実は単なる深窓の令嬢というわけではないのではということ。


「ところで、この屋敷の主は、あなたなんで?」


「おかしい?」と、返された。どういう意味だろう。


「偏見かもしれませんが、屋敷の主は男性が多いというイメージが」と、言った。


「あら、あなたは、なんで私が女だと思ったの?」と、ご令嬢(仮)が言った。


俺は、ぎょっとして目の前の人物の体付きをじろじろと見てしまう。俺としたことが、間違ったのか?


「あはは、素直ね。私は女よ」と、ご令嬢(自称)が言った。心なしか、背筋が先ほどより伸びた気がする。まるで、くびれと乳房を主張するような……


「そ、そうですよね」


今のは、この人なりのユーモアだったのだろう。


そんな会話を続けていると、駄犬がフラフラと俺達の前に戻ってくる。


今日の仕事は、これで終わりかな。駄犬に走れと命じて、美人とお茶して会話して、これで15万。楽勝な仕事だ。


「私の親はね、ジュノンソー公爵。私は、父が持っていたナナセ子爵位を頂いて、ここの屋敷とここから北にある荘園を経営しているの」と、ご令嬢が言った。いや、ご令嬢だけど、やっぱり子爵ご本人だったのか。


「そうなんですね」と返す。まあ、この人が爵位持ちご本人だったからといって、何が変わるわけでもない。今日は帰って換金して、食材を買って皆と情報共有だ。


「……明日も、この依頼を出すわ」と、子爵殿がギルドの書類が入った封筒を渡しながら言った。


明日もこの仕事を受けて欲しいという意味だろう。その遠回しな言い方、何故か悪い気はしなかった。なので、「ご縁があれば」と、言っておいた。



・・・・


お仕事が終わり、換金のためギルドへ。ギルドの建物に入ると、見知った顔がいた。


「あ、千尋藻さん」と、ケイティが言った。ギルド職員と何やら話し合っている。


「あ、ケイティ。どうしたんだ?」


ケイティは、「いえ、今の私の仕事は半日ですから、短期の仕事を相談していたんです。稼がないといけませんからね」と言った。


ギルド職員は、「では、明日は午後からアブヤハブ男爵夫人の出張マッサージですね。多少変態と聞いておりますので、お気を付けて」と言って、テーブルを立って行った。


ケイティは、一体何を目指しているのか……


「まあいいや、今日はどうだった? アリシア元気だった?」


ケイティは、「アリシアさんは、今日はお皿は割らなかったようで、スカート姿でしたね。タコの呪い病に罹っているステシアさんは相変らずです。今日も四回しました」と、ケイティが言った。


元気だなぁ。ケイティは。まあ、タコの呪い病は、性欲があがるらしいからなぁ。


「アリシアのスカート姿か。俺の時はズボンだったな」


「ああ、アリシアさんは名の知れた剣士のようです。屋敷では剣の指南役として、メイド達を鍛えているそうです。おそらく、外に出るときはズボンなんでしょう」と、ケイティが言った。


「そういえば、街に出る時は剣を持っていたな。流行なんだろ? 戦うメイドっていうのが」


「ほう。戦うメイドですか」


俺達がしゃべっていると、ギルドのカウンター側から、「何で!? 何でですかぁ!」との大声が聞こえる。


一瞬でがやがやしていたギルドが静まり返る。


その静謐の中、「」と、はっきりとそう聞こえた。


追放者が出たようだ。


追放者……あの時の、悪鬼の顔が思う浮かぶ。

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