第21話 オヤジ狩り


「問題は、X《エックス》デーだな」と、俺が呟く。


俺達は、所詮部外者だ。ここが本当に戦争前夜なら、さっさと立ち去る選択をするし、まだまだ先なら普通に生活するまでだ。


「ま、そういうことだ。そもそも、杞憂かもしれない」と、小田原さん。


「キミは、嬉しいか?」と、ケイティが窃盗少女に向けて言った。この少女は、侵略された側の生き残りだ。侵略者達からひどい扱いを受けた。うまくいけば、今度は母国がこの街を開放してくれることだろう。


目の前の少女は、「わからない。でも、僕たちは、歓迎されないと思う」と言った。


この子、意外と教養がある気がする。虐殺されたのは知産階級とのことだから、この子はインテリの令嬢だったのかもしれない。


俺は試しに、「どうしてそう思う」と聞いた。


少女は、「僕たちは、特別な教育を受けているから」と言った。


そうか。敵国の洗脳教育を受けているから、これから攻めてくる母国には受け入れられないと考えているのか。それは、正しいのかもしれない。なぜならば、この子の親はもういないから。母国が面倒をみるにしても、高い社会保障費を負担する必要がある。しかも、どんな思想を持っているのか分からない人物を。


「まあ、辛気くさい話は後でも遅くはない。この件は、一応ジーク達にも伝えておくべきだろう」と、小田原さんが言った。


「そうだな。彼女らのキャラバン隊には、義理も理屈も情も恩もある。ところで、今日の宿は?」


「ああ、考えがある。節約生活に最適な所を見つけたんだ。娼館街のはずれ、取り壊し予定の売春宿が安く貸し出されていた。短期だが、十分だろう」と、小田原さん。


「さすが。よくこんな短期間で」


「まあ、この子にも手伝ってもらったのさ」と、小田原さんが少女の頭をぽんぽんと叩いた。


少女は、嬉しそうな笑みをつくる。心が少しほっこりする。


まあ、おっさん三匹だけの所帯より、少女の笑みがあった方がいいのかもしれない。


そんなこんなで、俺達は雑談を交しながら、安酒を飲み、屋台で買った惣菜を平らげていく。



・・・・


食後、屋台街を後にし、小田原さんが借りたという安宿の方に歩く。


「しかし、よくそんなとこ知ってたな」


「えへへ。その屋敷って、今度壊されるんだけど、解体業者が来るまで何か有効利用したいって聞いてたんだ」と、窃盗少女が言った。


「ほう。そこに聞きに行ったらOKだったと。何か変じゃね? 世の中そんなお人好しじゃねぇだろ」と、窃盗少女に言った。


「うん。偶然ね、娼館組合の縄張り争いで喧嘩が始まったの。その時に小田原がね」と、窃盗少女が言った。嬉しそうに自慢するように言っている。ずいぶん小田原さんに懐いているようだ。


「まあ、その縁でね。1週間なら安く借りることが出来た」と、小田原さん。


「そうよ。小田原ってね、凄いのよ。娼館の用心棒をばしばしってね、皆倒してしまったの。それからスカウトの嵐。月に百万払うって言われたし、私にも高いお洋服買ってくれるって言われた。このお洋服はお近づきの印にって貰ったの」と、窃盗少女。


今日一日で色々あったようだ。確かに、少女の服は、ぼろぼろのものから町娘みたいな服になっている。


窃盗少女は意気揚々と先頭を歩き、時々こちらを振り返っては笑顔を振りまく。


天真爛漫な子だったのかな。五年前の戦禍で洗脳教育を受け、そして親を殺した世代。

この街の暗の部分。みんな語らないけど、確実に起こった悲劇……


まあ、余所者の俺が気にしすぎる事も無いか……


先頭をくるくる回りながら歩く少女にほっこりしつつも、少し街の暗い過去を想像しながら、風俗街を横切る。


この街の夜の風俗街は、実物は初めて見る。ストリートの活気は、そこまで無いような気がする。


今日、抗争があったからなのだろうか。日本みたいにネオンがあるわけでも客引きがいるわけでもない。


単に、それっぽい酒場があるだけだ。


この辺りの酒場は、入り口が大きく開け広げられて、外から中が見えるようになっている。

ストリートからちらちらと覗くと、労働者階級や冒険者っぽいおっさんやら若い男女やらが飲んでいるのが見える。


ここは一応、飲食店でもあるのだが、2階がヤリ部屋になっているらしい。


1階で意気投合した連中が、お店に金を渡せば部屋を貸してくれるというシステムだ。


もちろん、恋人や旅人が使ってもいいのだろうが、往々にして売春が行われているのが現状らしい。


売春目的の女性はぱっと見分かる。カウンターの奥などに座っていて、お金を出してくれつつ、それでいて自分の許容範囲に収まるような人を物色している。目が狩人のようだ。それから、買春目的の男も何となく分かる。目線が女性にチラチラと向かっているヤツらがいる。


まあ、俺は買春はいいや。第一金がない。多少、アリシアの尻のせいでむらむらしているけど。そういえば、俺ってこんなに性欲強かったっけ? 35歳を過ぎたあたりで、急激に性欲が衰えだしていたはずだ。それが、ここ数日は毎日やっているが、殆ど疲れが残っていない。軟体動物になったせい?


などと考えていると、少し嫌な予感がする。


隣の小田原さんを見ると、彼も気付いたようで、先を行く少女に「ネム、止りな」と言った。ネムというのが窃盗少女の名前だ。


少女は、「え? なぁに~」などと言いながら、止まらない。嬉しそうに歩いている。


これは、囲まれているな……


おそらく、俺達と一定の距離を保ちながら、ついてくる集団がいる。何故だが、それが分かった。


しばらく歩き、周りの人混みがなくなった時に、その集団が道路の方にわらわらと出てくる。


そして……


「待ちな」と、若い男性の声がした。ああ、やっぱりな。


「え?」と、窃盗少女が声のした方向を振り向き、そして硬直する。


ふむ。こいつの知り合いか。そういえば、こいつをギルドで拾った時、顔や体がボコボコだったのと、あの匂いがした。男の、あの匂いだ。


「へへ。おい、ネム、こっちにこい」と、先頭にいた男が言った。ずいぶん若い。ネムと同じ歳か、それより少し上に見える。


「けけけ、お前何男を垂らしこんでいるんだよ。もうやったのか?」


「エロいおっさんだな、こんな貧相なガキの体が目的だなんて。まあ、貧乏人は、そいつで十分か」


「今からそのおっさんらとセック○するつもりだったのかよ。好きだなおい」


「お前はこっち。そのおっさんらはお金を置いて帰れ。知ってんだぞ。そっちのおっさんは、今日、貴族の荷馬車を曳いてたヤツだ。きっと金持ってる」


「ネム、今日来なかった罰だ。ご奉仕しろよ。お前も好きだろ。いつも途中からぐちょぐちょさせやがってよ」


「げははは、この淫乱が。ネム、お前は肉穴なんだよ。お前は夢を持つな。あそこをぐちょぐちょさせておくだけでいいんだよ」


「やっぱ、おっさんらは身ぐるみ剥げ。ネム、お前はその後全員とセック○だ。なんだよ、いい服着て女になってやがる。お前は、俺達の処理していればいいんだよ」


その不良少年らは、ただひたすらニヤニヤしながら隣の別の少年達と談笑している。


さてどうしよう。こいつらガキだ。おそらくは、噂の地下少年グループ。親殺しの洗脳世代。かわいそうではあるけれど、同情はできないな……


しかし、いかに地下少年グループとはいえ、ここの住人を殴っていいのだろうか。ここの法律とかよくわからない。


俺達が厳しい顔をしながらも攻撃に躊躇していると、先頭の少年が「やれ。こいつら余所もんだ。殺したって、俺達が黙ってりゃばれねぇ」と言った。


窃盗少女の方を見ると、泣きそうな顔をしながら、小田原さんの方を向いている。


暗闇から、少年達が一気に飛びかかってくる。手には武器、少し離れた所では、手から炎を出しているやつもいる。戦い慣れているのか? まあ、素人ではないのだろう。


拳を握り絞める。だが、今の俺が殴ったら、こいつら死ぬんじゃ……


などと思っていると、武器を持った不良少年が目の前にいる。


パァン! 


強烈な閃光が発生し、爆音が鳴る。


これは、おそらくケイティの『雷魔術』だな。


近づいていた少年グループの数人が、バタバタと倒れる。感電したんだろう。


遠くからこちらに火の玉が飛んで来る。


コース的に狙いは小田原さんだ。


小田原さんは、飛んで来る火の玉に回し蹴りを一閃。その火の玉は簡単にはじけ飛ぶ。


「小田原ぁ!」と、少女が叫ぶ。


小田原さんはそれを無視し、フトコロに入れていた何かを投げる。


そういえば、彼は投擲スキルを持っていた。飛び道具だろう。投げたモノは、真っ直ぐ飛んで、先ほど火の玉を打ち込んできた少年の口元に当たる。


少年は、ぎゃとか言って、辛そうな顔をする。


いいな、飛び道具。などと思いながら、俺は暗闇に目をこらす。


そういえば、不思議だ。。明らかに暗闇なのだが、その暗闇の中が視覚的に分かるのだ。俺は、ここに来てから身体能力が格段に上がっている。その一つが視力だ。


例えば、軟体動物のイカ……ヤツラは、目が異常に良いと言われている。俺に、そのような力が宿ったのかもしれない。その俺の視界に、暗闇にいる少年が映る。


あれで隠れているつもりなのだろう。滑稽だ。


そして、俺の異常な心肺能力……イカには、心臓が三つある。


メインは一つ、サブが二つ。イカは、いざと言う時にサブの心臓を動かし、外敵から逃げたり獲物を捕らえたりする。


ひょっとしてな……俺の心臓も、三つあるのかもしれない。急激に鼓動が増し、体中の筋肉に血流が送られる。


そして、筋肉が興奮し、意識が鮮明になる。


ああ、この感覚、あの時、悪鬼の時以来だな。でも、こいつら殴ったら死ぬよね。でも、殴りたい。

まあ、手加減すれば、多分死なないだろう。死んだとしても、日本ではないのだし。


俺は、暗闇に隠れる少年に向けて、思いっきり地面を踏み込んだ。



◇◇◇


暗闇の中、おっさん三匹と少女の声が聞こえる。


「殺したの?」


「峰打ちだ」


「……顔面陥没、それから、頸椎が折れている。だが、動かさなければ、死にはしないだろう」


「ふむ。どうしましょうか。ここに泊まるのは、危険だと思います」


「もう、あそこで良くないか?」


「そうだな。そうしよう」


「あそこ?」


「仲間達の所です」


「ふうん」


三匹と一人は、どこかに向けて歩き出した。

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