第18話 窃盗少女


「お疲れ」と、屋台街のテーブルに座る三人に言った。


貴族区から戻った俺は、一旦ケイティらが言ったホテルに寄って、そこで彼らの行き先を聞いて来たのだ。


探す事数分、テーブルで食事をしている三人を発見するに至る。なお、三人とは、ケイティ、小田原さん、そして、あの小汚なかった子供のことだ。


「ああ、千尋藻ちろもさん、済まんね。先に頂いてるよ」と、小田原さんが応じてくれた。


「いえいえ。あの異世界ラブホ、2時間単位ですよね。というかその子、良くなったんですね。凄いな回復魔術」


「どうやらそのようだな」と、小田原さんが言った。彼の横では、例の子供が野菜を煮込んだスープをちびちびちと飲んでいた。あれだけ顔が腫れ上がって、いろいろと汚かったのに、今は綺麗になっている。小田原さんの回復魔術とケイティの生活魔術『クリーン』の成果だろう。


というかこいつ、やっぱり昨日のスリだよな……


昨日は小汚すぎてよく分からなかったが、よく見ると目がくりっとした可愛らしい顔をしている。体はガリガリで女性を感じないが、腰つきが少し大きいのでかろうじて女性と分かる感じだ。

髪の毛は茶色のくせっ毛のままで、まだ小汚い。


俺が少しだけ視線を向けると、その少女は、視線を落とし、「あ、あの……」と呟いた。


その少女もあの件に気付いたらしく、微妙な空気が流れる。


小田原さんが、俺と少女の顔を見比べ、「どうした?」と言った。


俺が「こいつ、多分スリ」と言うと、少女は少し落ち込んだ顔を見せる。



すると、横からケイティが「ああ、彼女には、窃盗のスキルがある」と言った。


「窃盗のスキル……そんなもん宿していたら、色々制約があるんじゃないか?」と、返す。


「少なくとも、貴金属店に入ることは出来ないでしょう。それから、常識的にギルドの仕事もなかなか斡旋してくれないでしょうね」と、ケイティ。


そりゃそうだ。ギルドは自分達の品位と信頼を保つべく、スキル鑑定やらの努力をしている。そういったギルドの努力があるからこそ、こんな俺でも貴族区に入ったり貴族の屋敷に通して貰えたりしているのだ。


少女は、「だって、生きるために仕方なく!」と、少し声を荒げて言った。怒っている顔も可愛らしくはあるのだが……


俺は面倒になって、「まあ、否定はできんが、肯定もできんな。飯買ってくる」と言って、三人のいるテーブルから離れて行く。


しかし、窃盗スキルを宿した少女か……彼女のこれからの人生を想像すると、きっと碌なもんじゃないだろう。だけど、別に俺達が面倒を見続けなければならないわけじゃない。目の前でぶっ倒れられて、同情心で助けたが、回復したんなら、それまでだ。



・・・・


テーブルについて、遅めの昼食をとる。


すると小田原さんが、「千尋藻さん、この子の話によると、この街は、わずか5年前に戦争に負けて、支配者が変わったらしい」と言った。


「ほう。それは知りませんでしたが」と応じた。この待ちの門番が数年前に戦争があったと言っていたけど、まさか支配者が変わっていたとは。


「まあ、その他、色んな話がこの子から聞けた」と、小田原さんが言った。


ははあ……小田原さんが何を言いたいのか分かった。要は、この子の介抱代とここのスープ代は、情報料代わりと言いたいのだろう。


俺達には、この世界や街の情報を収集するという課題もあった。この子のお陰で、色々と話が聞けたようだ。


「そっか。この街にはそんな歴史が。そういえば、貴族街はとても新しくて綺麗だったな」と、言っておく。


「あいつらがここに来たとき、貴族街の大人達はみんな殺されたんだ。子供達は命だけは助けられたけど、特別な教育を受けさせられた。でも、その後は放置されたから……」と、少女。


「貴族は皆殺し、知産階級の一般市民も相当殺されたらしい。その反動で、人口比的に異常な数の少年不良グループが出来上がっているらしいな」と、ケイティ。


「親の愛情なく育った連中か」と、呟いてみる。この待ちの規模はいまいち把握していないけど、若者は元気だから、纏まった数が不良化したら結構な勢力になるのではないか。


「親に対する愛情? 僕たちは、。その時は、それが良いことのように思えた」と、少女が言った。


ふむ。同情しなくもない。この街を滅ぼした勢力、すなわち今の貴族街の連中は、戦争に負けたこの街の貴族と知産階級の大人達を根切りにし、同時に子供達は労働力だかにするべく洗脳し、洗脳の最終段階として、自分の親を自分達で殺させた。


元いた世界でも、どこかで聞いたような話だ。

俺は、飯が不味くなる話を聞いてしまったことを少し後悔し、買って来たパンをスープで流し込む。


「それが5年前なら、まだ戦争は続いているのか?」と、聞いてみる。


「いや、停戦したらしい。外交的にはな。今では交易も始まっているようだ。不思議なもんだ」と、小田原さん。


「この街を攻めて占領したのは、ウルカーンという国家です。元はエアスランという国家の街だったそうです。その二カ国のトップ同士が手打ちをしたのであれば、日常に戻るのは早かったのでしょう。住民にとっては、徴税権が移るだけですから。この世界の支配者達は、グレートゲームを興じているんでしょうかね」と、ケイティ。


要は、戦勝国が敗戦国の街を根切りや民族浄化しても、支配者の間で手打ちになれば、それが何事もなかったかのように、また平和的な期間が訪れる。残念だけど、ここではそれが現実なのか……いや、元の世界でも、それはあまり変わらないと思った。世界が変わっても、人間のやることは、あまり変わらなかった。その事実に、俺は少し悲しい気持ちになる。


俺は、「さて、どうするか。とりあえず、今日の午後と、それからこの先」と言って、少女を見る。少女は、びくっとなって、うつむいてしまう。


「千尋藻さん悪い。午後の仕事もお願いしていいか?」と、小田原さんが言った。


小田原さんは日本にいたとき、何店舗もタピオカ屋さんを経営していた人だ。これまでの付き合いでも、信頼できる人だと思っている。その人の判断なら、まあ、信用しよう。


なので、「いいですけど」と言った。


小田原さんは少女の方を見て「私は、もう少しこの子とこの街の情報を収集したい」と言った。


小田原さんも、彼なりに何か考えがあるのだろう。


それは少女のためか、自分達のためなのか、その両方、すなわちWinWinの関係なのか……


まあ、この少女のことは、小田原さんにお任せしよう。


少女は真面目な顔をして、「僕頑張るよ。絶対に冒険者になって、のし上がってやるんだ」と言った。


夢を語る少女を見て、おっさん三人が少しほっこりした顔になった。


まあ、おっさん三人いれば、窃盗少女一人なんて、なんとかなるだろう。


少女は、「かつて、スラムから冒険者になってのし上がった、剣士アリシアのように」と、続けて言った。まるで何かを決意するように。


目標があることは良いことだ。特に、その目標が実在で現役の人物なら、心の支えになるもんだ。


俺達は、仕事が終わった夕方、またここの屋台街で待ち合わせをすることにし、俺とケイティは、トマト男爵の屋敷に向かった。



・・・・


再びやってきた貴族街。


今度は、ケイティと一緒である。


仕事の発注者であるトマト男爵屋敷のドアノックを打ち付け、「ごめんください」と言う。


なかなか出てこない。今朝の子爵家は直ぐに老人が出てきたのに。


もう一度ドアをノックし、しばらく待つと、やっと扉が開いていく。


ぎ、ぎぎぎぎぎ……と、木製の扉がゆっくりと開く。一体何なのだろうか。


扉が開いた先には一人のメイド。銀髪の短めのポニーテールに銀のカチューシャ。黒くシックなメイド服だが、白いフリル付の襟がとても可愛らしい。少々がっちりとしている肉付きのいい体だけど、立派なメイドだ。


だが、このメイド、何かがおかしい。


「い、いらっしゃいませ」と、そのメイドが言った。とても恥ずかしそうだ。


そのメイドは、自分の下腹部を、自分の手で必死に隠していた。


そう、そのメイドは、……


どうしても視線が下半身に向いてしまう。


この女性、がっちりとした体にも関わらず、胸や腰や太股の肉付きが良く、結構むっちりした体も持ち主である。

だが、何故かスカートをはいていない。ぱんつははいているようで、恥ずかしそうに両手でそれを隠している。


「あの、大丈夫ですか?」


思わず聞いてしまった。

このメイド、スカートを忘れたか何かしたのだろうか。


俺達は、ギルドから受け取っていたトマト男爵からの依頼書をそのメイドに見せる。


「い、いえ、何でもありません。ギルドからの派遣ですね。ど、どうぞ、こちらにいらしてください」と言って踵を返す。


すると、今度はお尻が丸見えになる。しっかりと丸みを帯びた、いいお尻だ。


歩く度にプリプリと……


そのメイドは、俺達の視線に気付いたのか、手を広げてお尻を隠してしまった。

やっぱり、視線というものは分かるものらしい。


しばらく、ケイティと一緒にメイドのお尻を眺めながら歩くと、一際立派な扉の前に案内される。


そのメイドは、扉を数回ノックして、「旦那様、雑用ギルドから人が派遣されてまいりました」と言った。


『入れ』と、低い声がする。


そして、メイドがかちゃりと扉を開ける。


その中には、小太りのおっさんがいた。彼が仕事の依頼主、トマト男爵だろう。

歳の頃は、俺達よりも少し上だろうか。机に座って書類仕事をしていたようだ。


そのおっさんは「良く来たな。入れ」と言った。ギルド情報では、人使いが荒いとの情報だが……


俺とケイティが中に入ると、メイドがドアを外から閉めようとする。


だが、「お前もだ、アリシア。お前も入れ」と、目の前のおっさんが言った。少し不機嫌なようだ。


俺達は、お尻丸出しのアリシアさんとともに、トマト男爵がいる個室に入っていった。

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