第17話 駄犬バター


「こんにちは。ギルドから派遣されてきました千尋藻ちろもです」と、立派な門から出てきたよぼよぼの老人に伝え、ギルドの書類を見せる。


「おお、助かった。こんなに早く後任が見つかるとは」と、その老人が言った。


俺は、

すでに受注してしまった仕事だし、なにより稼ぎが無いとまずい。ジーク達から報酬として貰ったお金は5万ストーンなので、数日分の生活費で消える。ピーカブーさんから貰ったお金は謎通貨だったし。


で、回復魔術持ちの小田原さんと生活魔術持ちのケイティは、ぶっ倒れた子供の世話をすることになり、俺がここの仕事に来たというわけだ。


ペットの世話は半日程度とのことだから、うまくこなせば午後からのトマト男爵の荷馬車曳きの仕事にも行ける。

行けなければ、ケイティか小田原さんに交代して貰えばいいだけだ。


老人に連れられて、一旦屋敷に入り、そのまま巨大な庭に通される。

ここは土足OKの文化のようだ。靴のまま屋敷に入っていいらしい。


それに、意外とギルドの信用はあるなと思った。俺みたいな怪しげな一見さんを紙一枚で屋敷に招き入れてくれるとは。まあ、ここは貴族区。この区画に入るだけでも門番に止められ、書類確認とスキル鑑定されてはいるのだが。



・・・・


老人に通された庭は、恐ろしく巨大だった。雑多な庶民区とは大違いだ。

ここを畑にすれば、相当の作物が育つだろうに。


そのまま、巨大な庭を屋敷沿いに歩いて行くと、そこには巨大な犬小屋があった。


石積みの壁と丸太で組まれた屋根。出入り口に扉はない。その入り口の高さは、優に2mを越えている。


すなわち、そのストレス溜め気味のペットとやらは、そのくらいの出入り口が必要なヤツということだ。


「ここが、ペットのバターくんの小屋です」と、老人が言った。


「それで、ペットの世話とは、何をすればよろしいのでしょうか」


その老人は、「ここで遊んでやってください。運動不足なんです。ヤツは小さい時からお嬢様に育てられているのですが、お嬢様にかわいがられているのをいいことに、わがまま放題に育ってしまいまして。世話係を何人も半殺しにしてしまい、もはやどうにも手が付けられない状態に……」と言った。


「そのお嬢が散歩させればいいんじゃね?」


老人が「散歩というレベルでは、最早どうにも」と言っているうちに、その犬小屋から、のそっと巨大な獣が出てくる。


それは、銀色に輝く毛並み、立ち姿はまるで王者。


体高は2m以上あるのではないか。頭から後ろ足までは、4m以上ありそうだ。

そんなヤツが、尻尾も振らずにのそのそと歩み寄ってくる。首輪や鎖は何処にも見当たらない。


「じゃ」と言って、案内してくれた老人はどこかに逃げて行く。


……なんだこれ。


そして、その巨大なフェンリル狼は、「がるる……(なんだこのおっさんは)」と言った。


なんだこれ。


「ぐるる……(ああ、お嬢さんと会いてぇ。臭い嗅ぎてぇ。こいつ噛み殺して屋敷の中に行っちゃおうかなぁ。ああ、ぺろぺろしてぇ、お又の匂い嗅ぎてぇ、交尾してぇ)」


「こ、これは……」


「ごあ(とりあえず、お前は殺す。おっさん臭いし)」


殺す? 臭い? この、犬っころがぁ、誰が誰を殺すだって? ああん?


俺は、拳を握り絞めた。




◇◇◇

<<異世界ラブホテル>>


「ん? 起きたようだな」と、サイドシェード七三分けの男性が言った。


「……あ、あの、おじさん達、だれ?」と、小汚なかった少女が言った。


「心配しなさんな、ここはホテルだ」と、スキンヘッドが言った。


「しかし、異世界にも2時間2000くらいの貸し部屋があったんですね」と、七三分けが言った。


「まあ、この人口密度だ。恋人達は、愛し合う場所に困っているんだろうさ」と、スキンヘッドが返した。


少女は、ベッドから体を起し、自分の顔をペタペタと触りながら、「あれ? なんで? 痛くない」と言った。


「顔が腫れていたようでな。治しておいた」と、スキンヘッドが言った。


「では、これにてお節介は終了かな。私達は、そこまで余裕があるわけじゃない」と、七三分けが言った。


スキンヘッドも、その言葉を否定しなかった。一時的に助けはしたが、どこの子供かも分からない少女を、ずっと面倒を見る気は無いようだった。


「助けて、くれたということ? 回復魔術は高いんでしょう? 一体何が目的なの? 僕の体?」と、少女が言った。


その言葉に七三分けがピクンと反応し、「私にとって、お前の体など、何の性的価値もない」と言った。


「何を! 僕は、これでも、僕を!」


「だから、体を売るな。子供が取引で、性を使うな。お前を助けたのは、気まぐれだ。礼はいらない」と、七三分けが言った。彼の後ろには、部屋の出入り口があった。


少女は、「く、くそ」と、悔しそうに言うも、ベッドの上から動けないでいる。


「まあまあケイティ。そう言うな。大丈夫か? 一人でお家に帰れるか?」と、スキンヘッドが言った。


少女は怒りの表情をして、「家? 家なんてあるもんか! 全部、全部あいつらが奪った。家もお父さんもお母さんも」と言った。


「奪った? ならば、衛兵に駆け込め」と、ケイティ。


「衛兵? 奪い尽くしたのは、あいつらだ。今の衛兵や貴族たちだ!」と、少女が叫ぶ。


「うん? それはどういう意味だ? まさか革命? いや、戦争かな?」と、ケイティが言った。


「戦争だ。僕たちは、戦争に負けた国の生き残りなんだ」と、少女。


七三分けとスキンヘッドは、少しだけ目を合わせる。


そしてスキンヘッドが、「お前の、情報を買う」と言った。


少女はきょとんとした表情をして、「情報? 買う?」と返した。


「そうだ。お前は、怪我をして倒れた。その怪我は、この人が治した。その対価は、お前の話だ」と、ケイティが言った。


少女は目をまん丸にして、「話が、お金になるの?」と言った。


「時と場合によるがな」と、スキンヘッドが自分の顎をいじりながら言った。


「とりあえず、この部屋のレンタルもタイムリミットが近い。外に出て、早めのお昼にしましょう」と、ケイティが言った。


「そうだな。でも千尋藻さん、俺達の場所分かるかな。レンタルルームのボーイに伝えておくか」と、スキンヘッドが応じた。



◇◇◇

<<ナナセ子爵邸 犬の躾中>>


「きゃうん(も、もう限界です)」


「駄目だ。走れ。この、馬鹿犬バターが」


「きゃううん(もう走れません)」


俺は、軽く踏み込み、馬鹿犬の下顎にアッパーを食らわせる。ぼぐん、と音がして、駄犬の頭部が揺れる。だが、流石はフェンリル狼、少しふらりとしただけで踏ん張った。


「この駄犬が。あと百周。全速力だ」


「きゃう(は、はい)」


とぼとぼと歩く駄犬のケツに、追いかけて行って跳び蹴りを噛ます。


駄犬は、きゃうんと鳴きながら、広大な庭を走り出す。


運動不足らしいからな。運動不足なヤツは、走らせるに限る。


しかし、びっくりした。まさか、獣の言葉が理解できるとは。


これって、俺だけなんだろうか。そうだとしたら、俺ってどんな動物の言葉も理解出来るのだろうか。イノシシとかの言葉が分かったら、とても締めて殺して食べるなんてことは出来ない気がする。


いや、こいつが特別なんだと思っておこう。


駄犬の躾を頑張っていると、後ろから「あら? 今日は元気に駆け回っておりますわね」との声がした。


振り向くと、そこには背筋の良い、凜とした美人が立っていた。髪をアップに束ね、うなじを惜しげもなくさらしている。細身だがおっぱいはほどほどにあり、背も高い。だが、目付きがとても悪かった。いわゆる三白眼だ。


庶民的な俺は、「あ、ども」としか言えなかった。


「あら、あなたは? ああ、ギルドから派遣されてきた方ね」と、目付きの悪い美人が言った。


最初貴婦人かと思ったが、結構若い気がした。


ふと横から風を感じると、そこには駄犬がいた。ああ、この女の人がこいつのご主人サマなのか。


駄犬は、「くぅ~ん(ああ、お嬢さん!! いい匂いやぁ。交尾してぇ)」と言って、お嬢さんとやらに飛びつく。


その美人は、駄犬に顔をペロペロ腰をふりふり尻尾をぱたぱたされながら、駄犬の頭を撫でて、「あら、良い子良い子。今日はどうしたの? 機嫌が良いわね」と言った。


そいつ、交尾したがっていますが、この落ち着きよう……まさかっ。


俺が白い目で見ていると、その美人は、「あら、何かしら。この子は私のペットで、私があなたの雇い主」と言った。


「そうですか、まあ、入らないですよね」


この駄犬バターは、もちろんオスだ。ブツもぶっとい。対してこの美人さんは、体付きを観察するに、結構細い。お尻もそんなに大きくない。ヤッたら、軽くブッ壊れるだろう。


「ん? どうかしたのかしら。まあいいわ。それにしても、この子が私以外の人の言うことを聞くなんてね」と、美人さんがさらりと言った。


このお嬢は、言うことを聞かないと分かっていて、なんでこのような依頼を出したのか。


「そうなんですね。あの、まだ走らせましょうか?」と言うと、駄犬はまるで負け犬の様な顔をして、目付きの悪い美人さんの後ろに下がってしまう。


その人は、「……いえ、今日はもう良いわ」と言った。


「そうですか。それでは、書類にサインを」と言って、手に持っていた書類を手渡す。


俺は、この後トマト男爵のお使いの方もあるのだ。依頼はサクサクと進めたい。


「……この依頼、明日も出すわ」と、美人さんが俺を見て言った。


「ええ、まあ、ご縁があれば」と言っておく。


当面、俺達三人は、共同生活を送ることにしている。なので、明日の約束は出来ないのだ。でも、この仕事は楽勝な気がした。これで15万だから、とても魅力的だ。


その美人は、「そうね、ご縁があれば、またお会いしましょう」と言って、サインを入れた書類を手渡した。


さて、あいつらと合流しなければ。


俺は、貴族区から平民区に戻るべく、来た道を逆走していった。

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