第8話 スタンピード?


「魔物発見! 矢の方向」と、蜘蛛馬車の屋上に登っていたアンモナイト娘のピーカブーさんが言った。次の瞬間、彼女によって矢が放たれる。発見した魔物の位置を仲間に知らせるためだ。


この蜘蛛馬車は、10トントラックくらいの大きさがある。

この馬車を中心に、モンスター娘達が10人いる。もちろん、全員が馬車の中にいるわけではない。御者がジークとトカゲ娘の二人で交代交代。アンモナイト娘が屋上に登って偵察と指揮役。


ライオン娘とウマ娘が出てきた魔物の駆除役で、弓矢を持ち見つけた魔物の方に駆けて行く。


その他、オオサンショウウオ娘、ミノタウロス娘、デンキウナギ娘などの接近戦闘役もいるが、こういった戦闘ではあまり活躍しない。彼女らは、野営などの警備役らしい。そして、マジックマッシュルーム娘とムカデ娘というのもいて、調理や皆の体調管理やら備品の準備手配修理などを行っている。


もちろん、完全分業制ではなく、各々の仕事を手伝ったりはしているようだ。


「馬車はそのまま前進」と、アンモナイト娘のピーカブーさん。


俺とケイティは完全に役立たずで、俺は屋上に登ってピーカブーさんの横でくつろいでいるし、ケイティは俺らの後ろでデンキウナギ娘に雷魔術を教えてもらっている。デンキウナギ娘は、ちっちゃな田舎娘風の子で、ほっこりする感じの笑みを見せてくれる。カラーリングがウナギだけど……要は、首筋から背中にかけてが黒い。顔は白いので、きっとお腹は白いと思う。


御者席のジークが、「分かった。しかし、少し魔物が多いな」と言った。ジークは、相変わらずの濃い紫色をしている。


ジークは、デーモン娘と呼ばれている種族らしい。体が紫で、尻尾と角がある。翼は無い。

しばらく眺めていると、矢が飛ぶ方角に駆けて行った二人が戻ってくる。巨大なヤスデを担いで。


あれが魔物? 造形はヤスデにしか見えないが、大きさは公園の滑り台くらいのサイズ感がある。


というか、なんで持って帰ってきた? まさか……


「よし、化蜘蛛にエサを食わせよう。小休憩だ」と、ジークが言った。良かった、あれは俺達の飯ではなくて、俺達が乗っている馬車を曳く巨大蜘蛛のエサになるようだ。


蜘蛛馬車がゆっくりと止る。今、蜘蛛馬車が進んでいるのは交易路で、森の中に人々が築いた道なんだとか。そこまで険しい山では無いらしいけど。



・・・・


蜘蛛のお食事を済ませ、街に向けて移動を再開する。


しばらく進んだところで、そろそろ我々の補給、すなわちお昼御飯というところで、ピーカブーさんが異変に気付く。


「火の匂い」と、ピーカブーさんが言った。


「え?」と、ポケェとしていた俺が素っ頓狂な声を出す。


「ここは火の神殿ウルの勢力下だから、火のスキルを宿しているものが多い」と、ピーカブーさん。


「どうしたの? まさか戦闘?」と、俺の横でケイティに魔術を教えていたデンキウナギ娘が言った。


「多分そう。ジーク、要注意」と、ピーカブーさんが御者席のジークに言った。


「了解、少し速度を落としてそのまま進もう。状況が分かり次第、教えてくれ」と、ジークが言った。


「この先に、小さな村があるようね。寄ってみる?」と、グレーのトカゲ娘が何かのメモを見ながら言った。


このキャラバンは、デーモン娘のジークが意思決定責任者で、トカゲ娘が補佐官みたいな役割のようだ。



・・・・


しばらく進み、お腹が空いてくるくらいの時間帯になったところで、ピーカブーさんが再び口を開く。


ピーカブーさんは、「やっぱり戦闘。村で何かと戦ってる」と言った。


「マジか、どうする。何対何の戦闘だ?」と、御者席のジーク。


「まだ不明。でも、火の匂いだけ。血と鉄の匂いはしない」と、ピーカブーさん。


ジークは、「そりゃあ、魔物に襲われてんのかもな」と言った。


「そこが開拓村なら、魔物に襲われたくらいでは負けはしないはずよ。負けないから、村が成り立っているわけだし」と、トカゲ娘が言った。


「う~ん、どうすっか、いや、寄ろう。人同士じゃねぇみてぇだし、魔物戦だったら助太刀だ」と、ジークが言った。


この世界には、魔物に襲われていたら、助太刀するルールでもあるんだろうか。

まあ、そんなことは後で確認すればいいことか。今、このキャラバンのボスはジークだ。

彼女の決定に従う。


俺達は、そのまま戦闘行為の匂いがする村に、荷馬車で近づいて行く。



・・・・


さらに街道を進むと、確かに焦げた匂いや爆発音、そして怒声などが聞こえてくる。これは確かに戦闘音だ。


御者席から、ジークが「どうだ、何か見えるか?」と屋上のピーカブーさんに向けて叫ぶ。


ピーカブーさんは、「魔物戦だと思う、でもおかしい」と言った。


「ああ、確かにな。魔物戦にしては長すぎる」と、ジークが返す。


確かに、巨大ヤスデの魔物は、一瞬で仕留めたし。


「どうすんの? まさか、スタンピードかもしれないわよ」と、トカゲ女。


「馬鹿な、こんな何も無いところで? いや、ここは国境地帯だ。」と、ジーク。


国境地帯と来たか。異世界もきな臭いのだろうか。今は、俺達がいた世界でもずいぶん、きな臭くなっている。


「故意なら、下手したら戦争に巻き込まれる。ここは静観が得策よ」と、トカゲ女。


俺とケイティがぽかんとしていると、デンキウナギ娘が、「私達の国は、中立を貫いているんです。うちは孤島の国家で、規模がとても小さな国ですから、どこの国にも肩入れしません」と言った。


そうか、国家には、その国家なりの生存戦略がある。今このキャラバンはモンスター娘達のものなのだから、俺も当然彼女らの方針に従うつもりだ。というか俺は戦力外だし。


「でも、単なる魔物の襲撃だったら、私達のイメージをアップさせる良い機会なんです」と、デンキウナギ娘が言った。彼女は、背が低いがおっぱいはそこそこ大きい。体が小さく細いから、余計大きく見える。


ケイティは、「ならば、先に私達が様子を見てきましょうか。私達なら、戦争とかは関係ないはずです」と言った。


「俺も、様子見だけなら」と応じる。戦闘行為に自信はないが、いざとなれば、川に逃げればいい。ケイティはスキル『不死身』持ちだからなかなかしぶといだろうし。


「全く、お前達はお人好しだな。何のメリットもないだろう」と、ジークが言った。


「いや、そうでもないさ。私達は根無し草だ。恩を売っておくことに越したことはない」と、ケイティが言った。


俺は、なんとなくピーカブーさんをチラリと見て、「まあ、世話になったしな。偵察くらいいいだろう」と言って、立ち上がる。


ピーカブーさんは目線を道の先に向け、「入り口発見。あそこを曲がるとあの村に着く。どうするジーク」と言った。


確かに、街道の先には、左に枝分かれしている道がある。


ジークは、「ああ、分かった。偵察頼もう。だが、何があっても、様子を見たら一旦戻ってくるんだ。いいな。俺達は、この付近で大休憩を入れる」と言った。


俺達は戦闘をする気は無い。だから、「わかった」と言った。


ピーカブーさんからの視線を感じる。貝の中から俺を覗いている。あれで心配してくれているんだろうか。


だが、何も言われなかった。まあ、また戻ってくるしな。


俺とケイティは蜘蛛馬車を降り、村に続く道に入っていく。



・・・・


蜘蛛馬車キャラバンと別れ、俺とケイティは村へと続く道を早足で進んでいく。


「教頭先生……いや、もうケイティでいいか。ケイティは、魔術はどうなんだ? 雷のスキル持ってただろ」


「私の方が年下ですし、ケイティで良いです。ええつと、雷は扱いが難しいらしくって、普通は雷魔術用の魔道具を使って使用するとデンキウナギ娘が言っていました。生身で使うと自分が感電してしまうと」と、ケイティ。


こいつは全く……。きっと、無傷で人を気絶させることができるから雷スキルを選んだんだろう。


「要は、現時点では攻撃魔術として使えないと」


「そういうことです」と、ケイティが返す。


「そっか。俺はスキル的なものは無いからな」


俺には、スキルがない。だが、体質的なもので、水中呼吸ができる。だからどうしたという話なんだけど。


「ええ、私の鑑定では、千尋藻ちろもさんには、スキルが宿っていませんでした。ですが、」と、ケイティが言った。


「はい?」


「え? 気付いていないんですか?」と、ケイティ。


「いや、水中で呼吸が出来るようになっていたんだけど……」


俺が軟体動物? 何となく、自分で自分の手をペシペシ叩く。ちゃんと骨が入っているような気がする。でも、軟体動物である貝や烏賊も骨というか貝殻やフネや軟骨はある。それと一緒か? いやいやいや……


「正確に言いますと、私の鑑定では、千尋藻さんは、軟体動物と表示されます」と、ケイティ。


「でも、昨日の彼女らの鑑定では、何も言われなかった」


「それは、モンスター娘達が使用したのがスキル鑑定の魔道具だったからです。私のスキルは、その上位互換の『鑑定』です。種族や年齢まで判るのです」と、ケイティ。


そうか、だから昨日、アンモナイト娘のピーカブーさんに好かれたのか。同じ軟体動物だから、惹かれたのかも。


その時、風に乗って、何かが焦げた匂いが漂ってくる。


「戦闘区域に近いです。どうしましょう」と、ケイティが言った。


一瞬、森の中を進もうか迷ったが、森には魔物がいるかもしれない。それならば、見晴らしがいい街道を進んだ方がマシだろうと考えた。


「いや、このまま道を行こう。ゆっくり」


「了解。そうですね。ここは軍隊が通った様な跡は無い。ならば、単にスタンピードとやらでしょうか」


俺は、ケイティの問いに対する答えを持ち合わせていなかったため、回答保留のまま、村の方に移動する。


そしてそこには……


村の囲い、いや、意外と立派な城壁上に陣取る村人達の姿があった。そして、その村を襲うのは、馬鹿でかい蜘蛛やヤスデなどの虫型魔物。大きなクマやオオカミ、トカゲなどの動物型もいるが、いずれも目を真っ赤に光らせている。おそらくあいつらが魔物なんだろうと思う。


そして、村の城壁の外には、大量の魔物の死骸が転がっている。


城壁の上から火魔術が飛び、接近しようとしていた巨大蜘蛛の側に着弾する。

火魔術は着弾速度が遅く、その巨大蜘蛛に簡単に避けられてしまった。


俺達2人は、その様子を遠巻きに観察する。


「襲っているのはモンスターしかいないな。少なくともここは、人が指揮している感じではない」


「そうみたいですね。じゃあ、キャラバンに連絡しに行きましょう。私達は単なる偵察ですし」と、ケイティ。


「そうしよう。ん? あれは……」


次に城壁に近づいて行くのは、巨大クマの魔物。体高がもの凄く高い。あの体の体当たりを食らえば、城門の木製門なんて突き破られるかもしれない。


即座に城壁上から火の球が降り注ぐ。


だが、クマの魔物は火の球を意に介さず、門に突撃する。

これは流石にやばくないか?


だが、クマの前側から、黄金の光が輝く。


その光の光源は、ちょうど俺達からは死角になっている。ここから見えるのはクマの背中だ。


そして、ドン、という音と共に、そのクマの頭が、一瞬で消えて無くなった。


マジかよ……ズシンと音と振動を立てて倒れる巨体。あのクマ、多分、全長3m近くあるんじゃなかろうか。


その倒れたクマの先から見えたのは、白いスーツでスキンヘッド……


俺は、「あ、小田原さん」と、呟いてしまった。

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