第9話 悪鬼来襲

「あれって、小田原さん」


巨大なクマの魔物を何らかの方法……おそらくスキルで倒したのは、先日一緒に飲み食いした小田原さんその人であった。


「間違いありません。やはり、彼もここへ?」と、ケイティ。


「そうみたいだな。だけど、キャラバンとの約束はここの偵察。でもよ、人同士の戦争じゃなければ別に加勢してもいいはずだ」


「そうですね。ここは手分けしましょう。スキル持ちの私が小田原さんと合流し、キャラバンには千尋藻さんが」と、ケイティ。


「そうだな。だけど、ここも危ない。魔物は人を襲うんだろう?」


「そうですね。でも、今なら村に行けそうです。大丈夫ですよ。私のスキルをご存じでしょう」と、ケイティ。


ケイティは、『不死身』というスキルを持っている。多少攻撃を受けても大丈夫だろう。


なので、「分かった」と言って、俺は来た道を急いで引き返す。


何だかどうにも胸騒ぎがする。何でだろう。


俺は、不思議と疲れない体に驚きながら、ひたすらと峠道を走って行った。



・・・・


爆音、剣戟、怒声……


俺の目的地からも、そんな音が響く。頭が真っ白になる。


まさかとは思うが、ジーク達のキャラバン隊が戦闘している?

普通の魔物の襲撃だったら、一瞬で蜘蛛のエサになる。今回は、そうではないということだ。

スタンピードがここにも来たんだろうか。


走る速度を上げる。俺は、陸上競技は苦手な方だった。

それが今では、相当の速度で走っている。おそらく異世界転移の影響と考えられるが、仮に俺が人間を辞めて『軟体動物』にクラスチェンジしていたとしても、軟体動物は走らないだろうに。


いや、タコは走るか。あいつらは海底を走るらしいからな。触手で。何を隠そう、サザエも実は二本足で歩く。


では、俺の足は触手……いやいや。


などと考えながら、怒声のする方角へ向かう。



・・・・


! 総員、戦闘態勢用意、不用意な攻撃はするな! 相手が疲れるまで防御だ。隙を見て逃げるぞ。荷物は気にするな。全員タケノコ島を目指せ。生き残ることを考えろ!」


この声は、ジークだ。


場所は、俺達と別れた街道から直ぐの平地だ。蜘蛛馬車を止め、それを盾にして何かと戦っているように見える。


馬車の後ろでは、料理番のムカデ娘が剣を構えているのが見える。


俺は、全速力で走り、木々の間を抜けてショートカットし、キャラバン隊の所まで到達する。着いたのは、蜘蛛馬車の裏手。ここには、剣を持ったムカデ娘と、マジックマッシュルーム娘がいた。馬車の上には、厳しい顔をしたピーカブーさんが見える。遠くでライオン娘と馬娘も。


「何があった!?」と、近くにいたムカデ娘に言った。


「アンタはスキル無し? 戻って来たのか」と、ムカデ娘が言った。


クールビュティー剣士兼料理番のムカデ娘……どうでもいいが、俺は子供の頃にムカデに噛まれてひどい目に遭ったことがある。何となく、そのトラウマが蘇る。


彼女は、基本的に人間の造形だが、腕や顔の頬の部分に黒い装甲の様な外骨格がある。黒い外骨格の縁にはオレンジ色のラインが入っており、ちょっとカッコ良い。

そのムカデ娘が、顔を真っ青にしながら隠れている。


「戻って来た。一体どうしたんだ?」


。最悪だ。すでに怪我人も出た。それに、蜘蛛がやられた。馬車が引けない」と、ムカデ娘。


「悪鬼?」


」と、ムカデ娘。


ヒトの魔物、だと? そもそも、俺は魔物というものが何か理解はしていないが、先ほど見た赤い目をした熊の人間版がいるということか。


「マジかよ……。他の皆は?」


「ジークが悪鬼を止めに行った。悪鬼はマズイ。あいつは、攻撃したら駄目なんだ。もちろん、殺しても駄目だ」と、ムカデ娘が言った。


「どういう意味だ?」


」と、ムカデ娘が言った。


なんだと? 思考が飛びかける。そんなの……


「そいつは、逃げるしかないんじゃ?」


ムカデ娘の横にいた、ちびのマジックマッシュルーム娘が、「。それに、逃げるにしたって、一体どこに」と言った。


「さっき、島まで逃げろって聞こえたけど」


「でも、ここから歩いてなんて……」と、マジックマッシュルーム娘。


「今、シスイが貴重品を纏めてる。準備が整ったら……」と、ムカデ娘が言った。


シスイとは、グレーのトカゲ娘の名前だ。ジークが足止めになり、シスイが皆を率いて逃げる作戦なんだろうか。


がぁああああああ


馬車の先から叫び声が聞こえる。この声はジークだ。


あいつ、男気があるやつだ。皆を逃がすために、そのヤバイ魔物を止めに行ったのか。


「ぐう、ジーク……自分達だけ逃げられない。でも」と、ムカデ娘が言った。気持ちは解るが……


千尋藻ちろも!」と、馬車の上からピーカブーさんが。


「ジークは大丈夫か?」


「大丈夫じゃない。あの悪鬼は異常に強い。でも、あなたなら、ひょっとしたら……」と、ピーカブーさん。


おりゃぁああああ


再びジークの叫び声が聞こえる。あいつを助けに行かないと。

昨日出会ったばかりの仲間達だけど、放っておけるほど、俺は薄情なヤツではなかったらしい。

しかし、攻撃したら駄目なヤツか……疲れさせるとか?


俺は、加勢するべく、馬車を迂回して声のする方向に行く。


俺が行って何か役に立つのだろうか、いや、何かできるはずだ。


戦闘音の方に行くと、そこに、傷だらけのジークがいた。ジークの横にはミノタウロス娘もいて、傷を負ったオオサンショウウオ娘を担いでいる。オオサンショウウオ娘は、肩口からバッサリと切られており、血がドバドバと流れ出ている。


そして、その前には悪鬼とやら……その悪鬼は、赤く光る目をした少年だった。


「なんでだよぉ。俺ってさぁ、凄いやつだっただろ?」


悪鬼は、そう言って剣を振るう。悪鬼はどうやら人の言葉をしゃべるらしい。


ジークはそれを見切り、己の剣で受け流す。だが、悪鬼は、剣を持っていない方の手でジークを触ろうとする。


ジークは、その手をさっと避ける。


悪鬼は、歪んだ笑みを浮べ、「なんで触らせてくれねぇんだよう。俺のドレインタッチをよう」と言った。


「ジーク!」


叫ばずにはいられなかった。


「なんで来た! ここは俺は時間を稼ぐから、お前達は逃げろ! こいつは手練れの悪鬼だ。最悪だ」と、ジークが叫ぶ。


「でもさぁ。俺って、されちゃったんだよねぇ。無能なんだって。なんでだよう!」


赤い目をした少年が、ジークに向かう。


ジークは、「こいつの攻撃スキルはドレインタッチだ。触れた者の魔力を奪う。防御に徹すれば時間が稼げる」と言って、相手の剣を剣で弾く。


ドレインか。しかも、ジークはすでに手負い、ジークに勝ち目は……


「ご、ごめんねぇ~」と言って、ミノタウロス娘が馬車の方に走っていく。早くしないと、あの肩に担いだ子も持たないだろう。


その直後、森の中から弓矢が飛ぶ。おそらく、ライオン娘とウマ娘がいるんだろう。だが、その矢は当たらない。けん制しているだけに見える。おそらく、飛び道具で攻撃しても駄目なのだろう。


悪鬼は、「危ないじゃないか!」と言って、森の中に何かの魔術を放つ。光線系だ。


悪鬼は、顔を歪ませて、「ああ、また魔力が無くなった。ねえ、お姉さん、魔力頂戴よ。そして、うん、犯したいな。そのお尻、大きくて気持ちよさそうだ」と言った。


ヤツの股間はいきり立っていた。

心臓が跳ね上がる。血流が一気に全身に行き渡る。


悪鬼は、「俺って、追放されちゃったから、もうギルドの規範なんかも守らなくていいんじゃね? 外国の弱い女犯してもいいんじゃね?」と言いながら、すたすたとジークの方に歩いて行く。


「逃げろ! 俺を犯すんなら、それだけ時間を稼げる。最悪、相打ちだ」と、ジークが後ろを振り返って言った。


逃げたはずのミノタウロス娘が途中で止り、逃げるのを躊躇している。ジークは皆に慕われているんだろうな……


悪鬼は、「けははは。やってる途中に首を絞めたら、とても良く締まるって酒場のおっさん達が言ってた。締まるかな。うん。後ろの大きな人にもしたいな。さっき切った人とも。うん。死んじゃってるかもしれないけど。関係無いかな」と言いながら、スタスタとジークに迫る。


……何でだろうか。怒りで頭の血管がどうにかなりそうなのに、意識はとても澄んでいる。


まるで、深い深い海の底。深淵から覗くその風景は真の闇。だが、感覚ははっきりしていて、周りの全てが手に取るように感じられる。これは、いわゆる可視光線で見える風景では無いのかもしれない。空気を伝わる振動なのか、いわゆる魔力の波動なのか、それは判らない。


だけど、よく分かる。こいつは強いが、殴れば倒せると。何故だか分かる、そして、今なら、やれそうな気がした。こいつは、殴る。絶対に殴ってやる。悪鬼はヒトにうつる、悪鬼を殺すとこちらも死ぬ……だか、どうでもいい気がした。目の前のガキに、目の前の女達を好き勝手にされるくらいなら……


重心を落とし、地面を蹴る。周りの空気が動き、信じられないほどの推力が出る。


円弧に駆けて、肉弾となる。


そして、右のアッパーカット……


ぐちゃという音と、ボキという音が併せて聞こえた気がした。



・・・・


戦闘後の後始末。俺は、何も傷ついていないが、一応、様子を見させて欲しいとのことで、ジーク達と一緒に診察を受けている。悪鬼を殺しても、死ななかったようだ。


「なあ、お前、何ともないのか?」と、ジークがムカデ娘の手当を受けながら言った。


俺はジークの隣に座り、「別に何も」と言った。


俺の右手は、マジックマッシュルーム娘が消毒してくれて、マジマジと観察されている。何かめずらしいのだろうか。


ジークは、俺の言葉を信じたらしく、「そうか。後の問題は俺だな。悪鬼と結構戦ったからな。俺が悪鬼にならなけりゃいいが」と言った。


「ジークはデーモン娘だから、悪鬼になりにくい。この人も、きっと大丈夫。ヒトじゃないから」と、馬車の上からピーカブーさんが言った。俺がヒトじゃないだなんてひどい。脊椎動物を辞めただけだ。


「そうか、お前は人に見えて人では無かったのか。異世界人だからというわけではなく、ヒトそのものではなかったのか。まあ、俺も人の事は言えねぇ。俺はデーモンだ。人とは大分違う遺伝子を持っている。だから、悪鬼にはなりにくいらしいんだ」と、ジークが言った。


遺伝子がヒトと遠いと悪鬼にならないか……ムカデやマジックマッシュルームは……まあ、今はスルーだ。大方ヒトとそれ以外の遺伝子の割合とか類似性とかそんな話だろう。


「俺って、ヒトじゃなかったのか。悪鬼とやらを倒しても死ななかったのは事実だけど」


軟体動物であっても、ヒトはヒトだと思っていた自分がどこかにいた。


「そう。あなたは軟体動物」と、ピーカブーさん。ケイティからそれは聞いていたから驚かないけど。


俺は、「悪鬼というのは一体何なんだ?」と言って、軟体動物というキーワードを受け流す。


「悪鬼というのは、人間が変異して成る魔物だ。一度悪鬼になると、攻撃欲求だけが増していく。さっきのヤツみたいにな。なんでそうなるのかは分かっていない。だが、ヤツを攻撃すると、悪鬼の瘴気が近くにいる者にうつるし、殺してしまうとその瘴気が遺伝子に作用して、殺害者を殺してしまう」と、ジークが言った。


「でもよ、それが本当なら、世の中悪鬼だらけになっているんじゃ?」


ジークは、「弱い悪鬼だったら、捕らえて何かしらの自動仕掛けで殺害すればいいんだ。魔物に食わせてもいい。強い悪鬼は、決死隊を結成して事に当たる必要がある。どこの国も、悪鬼に対処するセクターを持っている。それから、悪鬼は、悪鬼同士でも殺し合う。そこまで数は増えんだろうな」と言った。なるほど。


トカゲ娘のシスイは、「国家は、どこも悪鬼討伐隊を持っている。人では無い巨大生物などを調教して事に当たらせたり、本当に決死隊を組織している国家もあるわ」と言った。


そりゃそうかと納得し、周りを見ると、切られたオオサンショウウオ娘の手当も終わったようだ。彼女の生命力は非常に強いらしく、多少切られたくらいでは直ぐに元に戻るらしい。


俺は、少し疲れが見える彼女らを見て、「ふむ。馬車が使えないなら、この先の村に向かったらどうだ?」と言った。


「そうだな。そこには、ケイティとお前の同胞もいたんだろう?」と、ジーク。そのあたりの話は、手当を受けながら、一通りの報告は済ませている。


「ああ、いた。心配していたんだけど。クマの魔物を一撃で倒していたな」


「分かった。ここでこのまま夜を迎える訳にもいかん。皆、その村まで馬車を曳くぞ」と、ジークが言った。



・・・


お亡くなりになった巨大蜘蛛の代わりに、俺とミノタウロス娘で馬車を曳く。

男手が俺だけだからというのもあり、俺が格好つけて立候補してみた。今の俺の体はパワーがみなぎるようで、日本にいた頃のおっさんボディだったら絶対にそんなことしないだろう。

荷馬車はとても重たいが、何故だが曳くことができる。やはり、異世界転移後の俺の筋肉と心肺機能は異常だ。


「あんた、見かけによらず凄いね~」と、隣のミノタウロス娘が言った。彼女の背丈は2mは優に越えており、超巨乳に巨大なお尻の持ち主だ。さらに、筋力も相当なもので、10トントラックくらいの大きさがある馬車を、俺と二人でぐいぐいと曳いて行く。


質問には、「まあな」と、曖昧に答えておく。俺の身体能力は、異世界転移が原因であることは間違い無い。が、だから何故そうなのかはよくわからない。


俺は、悪鬼を思いっきり殴ってしまった右手を見る。傷一つ無い。

俺のアッパーは、ヤツの顎を砕き、顔を粉々に吹き飛ばしていた。

気がおかしくなりそうだったが、こうして肉体労働をしていると気が紛れる。


そうこうしているうちに、「みんな! 合流していいって」と、村に先行していたウマ娘が戻ってきて言った。


話がついたみたいだ。良かった。これで、今晩は安全な場所で眠ることができる。

俺は、殺人いやなことを忘れるために、体を酷使することにして、ひたすら馬車を曳いていった。

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