第4話 三匹のおっさん、異世界に立つ
<<一匹目>>
そこは、山中の森のようであった。俺は、そこに呆然と立っていた。
周りの植物は落葉樹だと思う。辺りには、大量の葉っぱと、どんぐりが落ちている。
木々の
東京の居酒屋で仲間と飲み、外に出たとこでバスが突っ込んできて、死んだと思ったら変なイメージというか映像が流れて、そして気付いたらここだった。
あの時、一緒にいた教頭とスキンヘッド、それから綾子さんは近くにはいないようだ。
途中、誰かと話をしたような気がするけれど、あまり覚えていない。
俺を改造するとか、誰かを倒すとか言っていたような気がする。だけど、あの時の出来事は、まるで夢のように忘れていっている。
自分の格好を見ると、居酒屋で飲んでいた時そのままだ。すなわち、スニーカーにズボンにユニク○のポロシャツ姿。だが、酔ってはいない。
ふむ。これは、まさか噂に聞く異世界トリップ?
だが、あの時バスが突っ込んできたのだから、俺はもう死んでしまっていて、どこかの地獄に落ちたのかもしれない。
しかし、視界に映る俺の手足は、いつもの俺のもので、とても地獄とは思えなかった。ここには、灼熱の鉄犬も、脳をついばむ凶鳥も、もちろん獄卒もいはしない。
死んだかもしれないが、今ははっきりと意識があり、感覚もあるのだから、とりあえず、これは現実として受け入れなければいけないのではないかと考えた。
とはいえ、何をして良いのかも分からない。そして、これからどうして良いのかも。
少なくとも、ここでじっとしていてはいけない気がした。今は空が明るいため昼間と思われるが、いずれ必ず夜が来る。そうしたら、どんな獣が襲ってくるかも分からない。いや、ある意味怖いのは蚊やハチなどの昆虫とか山ヒルなどではなかろうか。それから皮膚がかぶれるような植物。
今の俺は手ぶらだ。孤独だし、少し不安になる。
だが、幸運にも、ここの森は歩けないこともない。そこまで藪が茂っていないのだ。気温も、寒くもなく暑くもなく。
俺は、その辺に転がっていた適当な木の棒を拾い、山の中を歩き出した。
とりあえず、山を下ってみようと考えながら。
<<二匹目>>
二匹目のおっさんは、山の中で呆然としていた。
そのおっさんは、サイドフェードの七三分けで、革靴にスーツ姿で佇んでいた。
周りをキョロキョロとしながらも、何故か期待の籠った目をしていた。
そして、おもむろに「ステータス・オープン」と言った。
すると、スーツおっさんの視界には、不思議なものが映し出されていた。
名前;高橋ケイティ
種族;人間(40歳)
スキル;鑑定、マジカルTiNPO、生活魔術、雷魔術、不死身、言語理解、???
「ふむ」
ケイティは、次にスキルを『鑑定』する。
鑑定;あらゆるものを看破する能力。
マジカルTiNPO;あらゆるヒトがよがり狂い、無理矢理やっても問題にならない最強のチン○。立つも行くもいかせるも避妊も自由自在。病気もうつらない。
生活魔術;生活に必要な衣食住を支える便利魔術を使用できる。火をおこす着火。飲み水程度を生成するウォーター。汚れを分離させるクリーンなどがある。
雷魔術;電子を操る攻撃魔術。相手を痺れさせたり、強力な電で相手を攻撃出来る。比較的扱いが難しい。
不死身;物理、毒物、細菌、ウィルス耐性、さらには肉体の
言語理解;人類圏のあらゆる言語を理解出来る。
???;謎スキル。全てが謎に包まれているため、使い方もその効果も全てが謎。
<<三匹目>>
こちらも山の中、スキンヘッドで白いスーツのおっさんは、自分の拳を閉じたり開いたりしながら、自分が夢の中で聞いた話を思い出していた。
それは特に、『改造を施した』という下り。改造と言えば、バッタのようなヒーローを思い浮かべたスキンヘッドであったが、自分が望んだものはバッタではない。
それは……スキンヘッドが拳を造り、それに意識を集中させると、拳が徐々に輝き出す。
スキンヘッドは目の前の樹木を睨み付ける。幹の大きさは、成人男性の胴体くらい。
スキンヘッドは、『改造』の威力を確かめるために、その樹木に拳を突き出そうとする。だが、その瞬間、近くで何かの気配がする。それは、ガサッガサッと何かが落ち葉の上を走ってくる音。
スキンヘッドは試し打ちを止め、その何かが来るのを待った。
そして……そこに現われたのは一人の子供であった。
「ハァハァ、あ、ああ? 誰? ハァハァ、逃げて、魔物が出たの。ここには、あんなの滅多にいないのに」と言った。
その姿は、まだ十代前半と思われる少女だ。息を切らせている。
ただし、その服装は、現代日本のトレッキング姿ではなく、どこか古風なズボンとチェニックだった。手には、竹か籐製と思われる籠を持っている。
「魔物だと? それはどんなやつだ?」と、スキンヘッドが言った。
「巨大蜘蛛です」と少女が返す。
スキンヘッドが聞きたかったのは魔物とは何かということであったが、少女は出会った魔物の種類を答えたようだ。
スキンヘッドは、走る少女の後に続き、「巨大蜘蛛とはどんなやつだ」と、併走しながら言った。
少女は、「ハッハッハ……肉食なんです。家畜にも被害が出るし、ハアハア、時には人も襲います。今も追いかけられてて」と言った。
「人食い蜘蛛か、ここは、やはり日本ではないな」と、スキンヘッドのおっさんが言った。
「あの、あなたは誰ですか?」と、少女。
スキンヘッドは、「私か? 私はな……」と言いながら、僅かな気配を感じ、後ろを振り返る。
スキンヘッドは、そこで信じられないものを見る。それは、軽自動車くらいある蜘蛛の化け物。殆ど音を立てずに忍び寄ってきたようだ。
巨大蜘蛛は、一瞬歩を止めるが、何事も無かったかのように、少女に飛びかかろうとする。
「ハァ!」
スキンヘッドは、巨大蜘蛛の進行位置を予測し、そこに跳び蹴りを加える。
蹴りはパン! という音を立て、巨大蜘蛛の頭に直撃する。
しかし、一瞬だけ八本の足を縮めてしゃがみ込むが、直ぐにまた立ち上がる。
その巨大蜘蛛は、足が太く短かった。蜘蛛の巣を張るタイプの蜘蛛ではなく、蠅取り蜘蛛のような造形だ。
走る少女が立ち止まり、「おじさん? おじさんって冒険者だったの?」と言った。
おじさんと呼ばれたスキンヘッドは、「冒険者? まあ今はいいか」と言って、拳を造る。
スキンヘッドの握る拳が、徐々に輝き始める。
一方、巨大蜘蛛は体勢を立て直し、目の前の
スキンヘッドは、間合いを詰めて、拳を放つ。
「セァア!」
一瞬だけ黄金に輝いた正拳突きが、跳躍した巨大蜘蛛の頭部に当たる。
そして、ボン! という音と共に蜘蛛の頭部が消し飛ぶ。
「むう?」
巨大蜘蛛は頭が無いまま、慣性力でスキンヘッドに伸しかかる。
「うお? しまった」
巨大蜘蛛の体は、スキンヘッドの足を下敷きにし、そのまま動かなくなった。
「おじさん? 大丈夫?」と、少女が駆け寄って来て言った。
スキンヘッドは「ああ、キミは無事か? おじさんもまだまだだな」と言って、巨大蜘蛛の死骸の下から左足を引き抜く。
タイミングが悪く、巨大蜘蛛の突撃を躱せなかったようだ。
「折れてはいない……だが」
スキンヘッドは、両手を自分の傷んだ左足にかざし、少しの間集中する。
すると、両手が輝きを放ち、みるみると痛みが引いていく。
その様子を目の当たりにした少女は、「すごい! おじさん、回復魔術士だったんだ。まさか、ノートゥン神殿出身の人?」と言った。
スキンヘッドは、「ノートゥン? 街があるのか。ここはどこだ?」と言った。
少女は、「ここはネオ・カーン近くの小さな村の裏山だよ」と答える。
スキンヘッドは立ち上がり、「そうか。おじさん、少し記憶が混乱していてな」と言った。左足で地面を2,3回踏みしめ、違和感などを確かめる。
少女は無垢な笑みを浮べ、「ふうん、助けてもらったお礼。私達の村に来てみない? 神殿の僧侶様なら、みんなきっと歓迎してくれるよ」と言った。
スキンヘッドは、空を見上げて太陽の高さを確認し、「その村まではどれくらいだ?」と言った。
少女は、「あと一時間くらい。次の村まではさらに数時間かかるから、うちに来ないと日が暮れちゃうよ?」と言った。
スキンヘッドは優しい笑みを浮べ、「分かった。世話になろう」と返した。
◇◇◇
<<山中を彷徨う一匹目のおっさん>>
行けども行けども木、木、木……少し焦ってきた。知らない森の中で、行けども行けども一人だと、かなり不安になる。
ここは結構深い森だとは思うのだが、獣も鳥にも出会わない。意外と昆虫も少ないらしく、半袖のポロシャツを着ているが、蚊に刺されるようなこともない。
焦って早歩きになるが、不思議と疲れない。
不思議だな、とか考えていると、沢のせせらぎが聞こえてくる。
沢か……さてどうしよう。川沿いに下れば、理論上、湖か海に出る。川や海は人の営みに必要なもの。そこをたどれば人に出会えるかもしれない。
だけど、川は山を削って発達する。川沿いを下れば、人が通れないような崖や段差に出くわし、多くの場合に行く手を阻まれる、と、どこかで読んだ事がある。
なので、山で遭難した場合、川を下るのは正解ではないと。だが、このままいくと、この山で夜を迎えることになる。ならば、水場を確保することもまた必要ではなかろうか。
などと考え、沢のせせらぎが聞こえる方に歩いて行く。
・・・・
せせらぎは崖の下から聞こえてくる。
やはり、川があるところは谷の底だ。
さてどうしようかと考えながら、谷底沿いに歩いて行くと、森の中に異分子が見える。
あれは……スーツ姿の人間。そして、そのスーツには見覚えがあった。
「教頭先生!?」
つい先ほどまで一緒に飲んで、おそらく一緒にトラックに跳ね飛ばされたはずの教頭が、そこにいた。
教頭は、木の陰に隠れるようにして、谷の底を見下ろしていた。
そして、「
俺は、出会ったばかりの知り合いに再会し、心からほっとした。ひとまず、孤独ではない。俺は一人部署に飛ばされて思い知った。同僚のありがたみというやつを。一人よりは、二人のほうがいい。
俺がズカズカと教頭の方に歩いて行くと、彼は「千尋藻さん、しゃがんで。声のトーンも落としてください」と言った。
俺は言われたとおりにしゃがみ、ゆっくりと教頭の方に近づく。おそらくだけど、崖の下に何かいるのだろう。
俺はしゃがみ姿勢でゆっくりと教頭に近づき、小声で「一体何が?」と言った。
教頭は、無言で目線を崖の下に向ける。
そこには……動物? いや違う、女性だな。しかも、多分裸だ。
裸の女性達がいる。教頭は、彼女達を覗いていたのだろう。
おそらくだけど、アレは水浴びだ。女性ら5人くらいが、体を拭いたり髪を洗ったり、泳いで遊んだりしている。
でも、色がなんかおかしい。裸だとは思うのだが、お肌が紫とか、背中だけが黒い人がいる。入れ墨にしては……
俺が彼女らの体を観察していると、教頭が「千尋藻さん、お気づきですか?」と言った。
何の事か分からないので、「何の事?」と返す。
教頭は、「ここは、日本ではない。いや、地球ですらない。おそらく異世界」と言った。
それは同意見だ。今の状況は尋常ではない。
川縁にいるヤツ、四つ足の動物だと思っていたものに、女性の上半身が生えているように見える。
あれは、ケンタウロスではないのか。
そして、俺の目線の先、全裸女性達に気を取られていて気付かなかったが、川縁には、車輪のついた馬車的なものがあり、その隣には……超巨大な蜘蛛がいた。
あれは、ラノベでいう魔物というやつではないのだろうか。
ここは、魔物のいる世界だったか……少し、気分が悪くなりそうだった。
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