第3話 穴場スポット そして、異世界転移?

<<夕方 居酒屋 赤城屋>>


「かんぱぁ~い」「はい、乾杯」「おつかれっす」


俺たち三人は、お互いの用事や仕事を済ませ、夕方に安居酒屋で再会、1杯50円の安っすいビールで乾杯する。


俺だって、晩飯を半額見切り品弁当にしたり、出張手当をこつこつ貯めたりして、交際費くらいは捻出できるのだ。というか、俺のフトコロ事情のため、会場は俺がたまに行く安居酒屋にしてもらった。


「いやいや、それで、ええつと、千尋藻ちろもさん、千尋藻さんは単身なんですよね」と、背広のおっさんが言った。めがねにポマードで固めた、サイドフェードの七三分けおっさん。今年で40歳だそうな。俺より2つ下だ。クールで仕事が出来そうな印象を受ける。


「そっすね、単身です。あなたは教頭先生でしたっけ」と言って、ビールをグビリと飲む。


「そうです。まあ、合格しちゃいましてね。今年からです。そして、あなたは自営業ですよね、小田原さん」と、教頭が言った。


「はい。まあ、タピオカ屋を数店舗」と、スキンヘッドの小田原さんが言った。タピオカ屋の店員ではなく、数店舗のオーナーさんらしい。白いスーツで高そうな革靴を履いているし、結構お金持っているのではなかろうか。


「いやぁ~私はてっきり、極道的な人かと思いましたよ」と、お酒のノリで言ってみる。


「あはは。まあ、あまり詮索しないでいただけると助かりますが、スジ者ではありませんよ」と、スキンヘッドの小田原さんが言った。


何だか含みを持たせた言い方だが、少なくとも、今は極道さんでないのは事実なのだろうし、悪人には見えないので、気にしないことにした。


と、自分と他二人のビールが八割ほど減っているのに気付く。


俺は、「あ、次飲まれます? 綾子さぁ~ん!」と、奥に引っ込んでいるバイトを呼ぶ。


ここは、いわゆるコの字居酒屋である。コの字居酒屋とは、店の真ん中に見せ厨房があり、その周りにカタカナのコの字の配置でカウンター座席が並んでいる形式の居酒屋のこと。見せ厨房の奥にさらに厨房があり、そこで大将の奥さんやバイトらが簡単な料理やらお酒やらをつくってくれるのだ。


「ああ~はいはい、何? 注文?」と言って、綾子さんが奥から出てくる。


「そうそう、飲み物の注文。俺はホッピー」「私はビールお代わり」と、教頭、「あ、自分はウーロンハイで」と、スキンヘッド。


綾子さんは、「はいはい」と言って、再び奥に引っ込む。


綾子さんの歳の頃は、おそらく30過ぎ。詳しくは聞いていないが、おそらく俺と一周り12さいも離れていない。だが、いつもはいているジーパンから感じ取れるお尻はつんとしていて、なかなかの色気を感じてしまう。しかも、そこそこ膨らみがある胸は、白Tシャツに水色ブラが透けて見える。目付きは少しキツいけど、個人的には美人だと思う。


だが彼女、。緑のショートカットだ。もちろん緑に染めているんだろうが、まるで罰ゲームで緑のペンキを頭から被った人みたいだ。俺が思うに、彼女はサブカル好きだと思うのだ。きっと緑の髪の毛の誰かに憧れているとみた。


それはそうとして、彼女は面倒見が良い性格なのか、貧乏人の俺に対し、凄く良くしてくれる。

ホッピーを頼むと、ナカを少しサービスしてくれるのだ。500円くらいで延々と飲めるほど。


ここは、この辺りの下町名物『大串屋』といって、一皿二百円から三百円くらいで大きな串2本が乗って出てくる。普段なら1皿か2皿あたりでお腹が結構膨れてしまう。今日は連れもいるし、大盤振る舞いで10本入りの盛り合わせを頼んだ。


俺は、速攻で好物のいかげそ焼きをゲットし、それを美味しく頬張っている。


「まあまあ、単身なら大変でしょう。私独身貴族ですし、ここの名物とやらの刺身くらい奢りますよ。私、それ食べてみたいですし」と、教頭が言った。


「え? 奢りは何だか悪いですよ」と、一応断る。でも、食べることが出来たら嬉しい。


彼が言うこのお店の名物とは、その名も軟体動物セット。なんと一皿二千五百円也……俺の安月給では手が出ない。だが、それには、イカ、タコ、アサリボイル、ツブ貝、イシガキ貝、ホッキ貝、ホタテ貝、赤貝とアワビのファンタジー仕立て、岩牡蠣などがセットになっているのだ。実は、軟体動物は俺の好物だ。というか、このお店に来る人は、結構これを頼むので、ついつい目が向いてしまうのだ。


教頭は、「だって千尋藻さん、食べたそうに見てたじゃないですか」と言った。


「まあ、自分も美味しそうなんで、頼みましょう」と、小田原さんも乗ってきた。皆いい人だなぁ。


教頭はそのまま、「じゃあ綾子さん、軟体動物セット……ええつと、赤貝とアワビのファンタジー仕立て入りを一つ」と言った。


綾子さんは、奥の厨房からこちらをチラリと見て、「はいはい」と言って、棚の中から大皿を取り出す。ここは、お言葉に甘えようかなぁ。



・・・


出てきた軟体動物セットを、おっさん三人でつつく。ここの名物、赤貝とアワビのファンタジー仕立てとは、魚介類を女性のあそこの造形っぽく仕上げている一品だ。店主のこだわりが感じられる。


教頭が、さっそくアワビの口辺りを箸でつくじり回している。小田原さんは、速攻で赤貝のびらびらを摘まんで口に運んでいる。


なかなか、シュールだ。


「ねえ、綾子さん」と、今は中央の見せ厨房に立つ綾子さんに言った。


ここの店主は、普通にバイトを厨房に立たせ、料理を作らせている。いいのだろうか。まあ、俺的には店主のおっさんが目の前にいるより、綾子さんの方がいいんだけど。


綾子さんは、「何?」と、こちらを向いて言った。今は、別の人が頼んだジャガバター用のジャガイモを焼いているようだ。蒸し芋では無く、焼き芋を使うのがこのお店の流儀だ。


俺はファンタジー仕立てを箸でつつき、「ねえ、これ、綾子さんが造ったの?」と聞いた。


綾子さんは、「うん。上手でしょ。わたしのより形が悪いけど」と言った。ちっ、恥ずかしがると思ったのに。セクハラ失敗だ。


俺たちの様子を眺めていたスキンヘッドの小田原さんが、「仲が良いですなぁ。しかし、千尋藻さん、良いとこ知っていますね。この値段で料理も美味しいし、かなりの穴場ですよ、ここは」と言った。


俺は、「でしょ? お小遣いで行ける数少ない酒場」と返す。


俺の逆隣では、教頭が「ふむ……」とか言いながら、アワビのファンタジーな部分を箸で摘まんで口に運び、瞳を閉じて舌触りを楽しんでいる。このおっさんは、おそらく相当エロい人なんだと思う。まあ、人それぞれ。


俺は教頭を放置し、「綾子さぁ~ん、ナカナカ、ナカ頂戴、ナカに頂戴!」と言って、空になったグラスを差し出す。ホッピーはまだビンに残してあるので、中の焼酎を補充してもらえば、またビール風味の飲み物が楽しめるのだ。


綾子さんは、「ああ、もううっさいわね。金取るよ。まったく」と言ってこちらを睨みつつ、ナカの入ったビンを掴んで俺のジョッキに注いでくれる。


「ごめん、綾子さん、悪気はないんだ」


綾子さんを見ると、何故か息をするようにセクハラをしたくなるのだ。


まあ、俺はへたれだからちょっと言ってみる程度だけど。手は出していない。

ここに来るようになった最初の頃、酔った勢いでデートに誘う的な事を言ったこともあるけど、相手にはされなかった。


なので、俺と綾子さんの関係は、こうして少し絡む程度……


その後、三人でわいわいと駄弁る。

お互い年齢も近く、社会的地位というか管理職的な立場に立つ者同士、同じ悩みや愚痴などを言い合って、それなりに盛り上がっていく。


こうして、奇妙な縁で出会った三人組は、コの字居酒屋、大串屋の『赤城屋』で親交を深めていった。



・・・


「綾子さん、お会計」と、教頭が言った。


明日は月曜日。平日だから、あまり飲み過ぎてもいけない。というか、俺は下戸なのだ。

最初のビール1杯とホッピーのナカ多めですでに結構酔っている。安上がり体質なのだ。


「あ、はぁ~い。合計八千円です」と、綾子さん。この出来るバイトは、すでに俺たちが店を出ると踏んで、計算していたようだ。


「ああ、千尋藻さんは二千円でいいですよ。刺身分私持ちますし」と、教頭が言った。


「まあ、千尋藻さんが二で、私ら三払いましょうか。安いですよここ」と、小田原さんが言った。


皆いい人だ。ちなみに、教頭は独身、小田原さんはバツイチらしい。俺は単身赴任だから、家に帰ったら一人なのは三人とも一緒だ。



・・・


お金を払って外に出る。


綾子さんがパタパタと小走りで外まで見送りに出てきてくれた。この辺りも出来るバイトだ。


綾子さんは俺に近づくと、「じゃあお疲れ。また来てね」と言った。


俺はとっさに、プライベートゾーンに入って来た綾子さんの腰に手を回す。

自然と手が出てしまった。酔っ払ったおっさんの近くに寄ってきた綾子さんも、悪いと思うのだ。


綾子さんは、特に嫌がるそぶりを見せず、「あら、私に手を出す気? 奥さんにチクるよ」と言った。


俺は、最初にこのお店に来たときに、格好つけて名刺を渡したのだ。だから、その気になれば、お店から俺に連絡を取ることができる。それが仇となったか……。

だが、綾子さんは、口で言うほど嫌がってはいない気がする。何となくだけど。


「綾子さん、この辺からがセクハラかぁ……残念だぁ」と言って、手を離す。とても名残惜しい。しなやかな腰つきだった。


綾子さんはジト目になって、「ふん。意気地無しが。奥さんと別れてきたら、させてやんよ」と言った。


ま、まじかぁ……今の俺は、きっと、目をまん丸にして綾子さんを見つめているに違いない。条件付で目の前の女性とセック○できるようなのだ。これは、凄いことだ。今は、精一杯綾子さんを視姦している。

今の俺には、彼女を脱がせた時の姿が網膜に映っている。


彼女のおっぱいの形や乳○の色。あの時の声や感じ方、そして抱き心地……


綾子さんは、無言でびっくりする俺を見て、何故か異常に恥ずかしがっている。


セクハラにもめげない綾子さんがこんなことくらいで恥ずかしがるのか……今度色々試そう。


そんなことを思いながら、綾子さんの瞳を見つめる。彼女も負けじと視線を背けない。彼女、きっと負けず嫌いなんだろうなぁと思いながら、俺も目を離せずにいる。


俺は……ゆっくりと綾子さんを…… 店の方に。


いや何故だ? 何故だが、そうしなければならないと思った。





あれは、大型車? まさかバスか? なんでここに。


そのバスの経路には、俺、教頭、スキンヘッドの三人が、身動き取れずに留まっている。



何故か、その瞬間を鮮明に感じ取り、意識が反転した。




◇◇◇


イメージが流れる。そこに、無数に蠢く不思議なモノがいる。おそらく微生物だろうと思う。もしくは細菌とか? うぞうぞと蠢いている。


少し気持ち悪いが、元気いっぱいに動いている。


ずっと見ていると、気持ち悪さはなくなり、逆に応援したくなってくる。


だが、その動くものに、何かがポトンと落ちる。透明の液体だろうか。

すると、その液体が落ちた周りの蠢くものは、瞬く間に動きを止めてしまう。


さらに、ポトンポトンと複数の液体が落ちる。すると、その周りの蠢くものが次々と動きを止めていく。


しばらくすと、そこに全くの静寂が訪れる。


瞬間、意識が反転し、別のイメージが流れ込む。今度のはやけにリアルで具体的なイメージだ。



・・・


慣れ親しんだ街から追放され、途方に暮れる青年……


何不自由なく気ままに生きてきた深窓の令嬢が、婚約破棄により絶望に打ちひしがれる姿……


何故か、奴隷市場に次々と美女や優秀な人間が安値で売り飛ばされている光景……


普通にエロいくせに、絶世の美女に肉体関係を迫られながらも、それに全く気付かないおっさん……


凄い能力を持っているにもかかわらず、些細なことで世界を逆恨みして滅ぼそうとする少年……



・・・・


様々な人達の人生が走馬灯のように再生される。いや、されているように見えた。なぜならば、見た瞬間に、それが幻の如く、見えなくなってしまうから。一体俺は、何を見ているんだろうか。


そして、イメージの再生が終わり、静寂が訪れる……


……


……


……


奈落に落ちそうな気分になってくる。




誰だ? 急に何かの意思が流れ込む。せっかく、気持ちよさそうに眠りに落ちるところだったのに。


『このままでは、世界が止まってしまう』


一体何の話だ? なので、『何でだ?』と口に出す。いや、口に出しているつもりではあるが、本当に音を発しているのかは定かではない。


『世界を、止めてはならない』


そんな声が聞こえた。だが、そんなこと言われても困る。俺にどうしろっていうんだよ。


『やつらを、のだ』


と、そんな声が聞こえた気がした。


要は、『侵入者!』⇒『そいつのせいで世界が大変』⇒『侵入者を倒せ』倒す、だと? いやいやいや。


そんなに大変なヤツなら、自分でなんとかすればいいだろう。俺は、ただのサラリーマンだぞ?


そんな面倒な事は、ごめんだ。


を、施すことにした』


マジかよ。というか、俺の意見は無視かよ。



何?


存在? 


俺の気持ちを無視し、俺の認識の中に、何かの光景が見える。


その戦いの中心には、少女がいた。少女が指揮を執り、大軍を率いて、何かと戦っている。


少女は鬼のような形相で、必死に剣を振るい、そして弓をつがえる。


周りには、古風な鎧を纏った兵士がおり、彼女を守るように一緒に突き進む。


とても不思議な光景だ。なぜならば、必死に戦っているはずの、彼女達の敵の姿が見えないから。


少女は何かを叫んでいるが、声は聞こえない。


あれは……彼女は何者なんだろう。


『時間がない。それでは、さらばだ。私の子らよ……強く、生きよ』


他にも何か感じた気もするが、俺の意識は深淵に沈んでいった。


深く、深く……まるで、底なしの海底に沈むように……

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