第36話 定食屋

 キルオの奥さんは美人だった。

 やや青い髪の毛に、大きな黒い瞳。

 白くて卵型の顔は整っていて、白いワンピースを着ていた。

 ただ、そのワンピースは裾がボロボロで、貧乏な生活を感じさせた。


(それにしても、こんなスラムで、こんな美人が住んでたら、いつ襲われてもおかしくないよな)


 キルオが一生懸命、彼女を守っていたんだろう。


 愛妻弁当を食べながら、幸せそうな笑顔だった彼を思い出し、俺は何とも言えなくなる。


 直感だが、キルオが奥さんに惚れて、結婚したのだろう。

 それくらい、彼女は美人だった。


「申し訳ありません。旦那さんはクエストの途中で亡くなりました」


「え?」


 キルオの奥さんは、両手を口に当てたまま固まってしまった。

 

 無理も無い。


 俺が背中に背負っているのは、彼女の夫で……

 その夫は、今や、物言わぬ--

 頭が無いから無理も無い……


 死体なのだから。


「嘘よ……嘘……」


 口をパクパクさせながら、奥さんは後ずさりした。


「今日も元気に仕事に行くって出ていったのに。帰りに、市場で甘いものを買ってくるって言ったじゃない。一緒に食べようっていったじゃない……約束したじゃない」


 奥さんの口から、歌詞の様な言葉があふれ出て来る。


「まだまだ、これから一緒に色んなことしようって言ったじゃない。子供だってこれから作って家族を作ろうって言ったじゃない……」


 言葉と共に、彼女の目から涙があふれて来る。

 俺はこう言う時、どういう言葉を掛けていいのかいつも迷う。

 一回目の時、沢山の仲間が死んだ。


 その都度、仲間の家族のところに謝りに行った。


 大抵、大事な人を失い残された家族は、キルオの奥さんと同じ反応をする。


 言葉は無力だと思う瞬間だった。


 だから、俺は……


 花の種が入った袋を握り締めた。


「クエストを終えて帰ろうとした時、モンスターが現れて……。そして……キルオさんは、俺の……身代わりになって」


 俺は恨まれても仕方がない。

 俺のせいで大事な人が死んだんだから。


「そうですか。あの人らしいですね」


 キルオの奥さんはそう言うと、涙を拭き笑顔になった。


「私、ワービスって言います」



 地面に横たわったキルオの死体を挟んで、俺とワービスは向かい合った。


「私とあの人は幼馴染なんです。子供の頃、森で迷子になった私は、モンスターに襲われそうになりました。傷だらけになりながらも助けてくれたのが彼なんです」


 そして、

 愛する人のためだけでなく……

 今日出会ったばかりの俺のためにも、キルオは生きてくれた。


「ここでの生活から抜け出すために、彼はギルドに登録して、いずれは冒険者として一人前になり、私と表通りで定食屋をやりたいと言っていました」


 そんな夢があったのか。

 一緒に草むしりをして昼飯食ってる時に、もっと話せばよかった。

 そうすれば、俺は、モンスターからキルオを守るためにもっと底力を出していたかもしれない。


「ワービスさん。あなたの卵焼き美味しかったです。こんなことになったけど……俺、定食屋やった方がいいと思います。それが、キルオさんのためでもあるし……」


「そうですか! 嬉しい!」


 初めて見た彼女の笑顔。


 そして、俺は思った。


 ……ってか、飲食店っていくらくらいで開業できるんだろう!?

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