第30話 勇気の人

「キルオさん!」


「うううう。アオイ君」


「どうして、どうして! 俺なんかの身代わりに!?」


 今日会ったばかりの、言ってしまえば、ただの赤の他人じゃないか。

 仕事が終われば、どちらかが望まなければ、もう出会うことは無い。

 そんな関係なのに……


「だって、さっき僕を、逃がしてくれたじゃないか」


 血まみれになった顔。

 だが、笑顔だった。

 脳天から吹き出す血が、キルオの顔面に幾重にも血の線を描いている。


「そんな……。だって、あんたは逃げていいんだよ」


 俺より弱いんだから。


 だけど、それは言えない。


 だって、今……


 この人は俺より強い。


 だって、今の俺じゃ勝てそうもないモンスターに、一人で立ち向かって……


 俺の身代わりになってくれたんだから……


「アオイ君。一つ頼まれてくれないか」


「はい」


「妻に……僕のことを、僕の最後を伝えてくれ」


 そんな……

 

 死んじゃうの?


 あの愛妻弁当は死亡フラグだったのか……


「ゴアアアアアア!」


ゴンッ!


 無慈悲なサイクロプスの棘棍棒による鉄槌が再度振り下ろされる。


 キルオの頭は、キルオの身体にめり込んだ。


 まるで首無しの騎士、デユラハンのようなたたずまいになった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺は怒りに任せて、銅の剣を持ち飛び上がった。


 自分でも驚くほど高く飛べた。


 サイクロプスの頭上に、仕返しの様にその刀身を叩きこむ。


バキイ!


 サイクロプスの硬い頭は、銅の剣を弾き飛ばした。


 剣は虚しく俺、虚空にその刀身を舞わせた。


「くっ……」


 着地した俺は、唇を噛み締める。

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