第24話 デート
もちろん優衣が俺にだけ恥ずかしい姿を見せている話はこれから何度もするつもりだ。そういう契約だからな。優衣がそれによって『甘やかされている』と感じるならば言わないなんて選択肢はない。と言うか逆に聞きたい。ほんとうに二度と話さなくてもいいのかと。そう思って耳元で囁いてみると「はにゃぁ……」なんて声を漏らしながらその場に崩れ落ちた。顔が真っ赤になっている。弱すぎる……。俺は目の前のクソザコ天使が心配になった。これでよく今までナンパとかに負けなかったな……。
「さ、斎賀くんの声が好み過ぎるだけよ。他の人にこんなところを見せるわけがないじゃない」
お、おう……。あまりにもあざとい反応に俺は戸惑った。顔を赤くしたまま怒ったふうにしてぷいっと顔をそらすのかわいすぎる。ズルい。反則だろこれ。しかも『声が好み過ぎるだけ』って……何が『だけ』なんだよ。
そうやって互いに照れ合って変な雰囲気になってしまった。が、そのままで居るわけにはいかない。俺と優衣は甘やかしの契約を結んでいる。今日だってそうなのだから手を抜くわけにはいかない。仕事だ。切り替えろ。俺は意識を切り替えた。
ちょうど同じタイミングで優衣も復活したらしい。コホンと咳をしてこちらを見る。身長差から意図せず上目遣いになっている。
「とにかく、今日はデートなんかじゃないけど……私のこと、ちゃんと甘やかしなさいよねっ」
俺は思った。
これ、やっぱりデートじゃね? と。
*
映画館に来たのは言うまでもなく映画を観るためである。友人と映画を観ることはあるらしいが、そのときに観たい映画を観ることができるかと言えばそうでもない。もっとも、優衣は基本的にどんな映画でも楽しく観ること自体はできるらしい。多趣味だからな。メジャーな映画でもマイナーな映画でも、どんなジャンルであろうと関係ない。ただその中でも人とは観ない映画もある。それはマイナーな作品というだけではなく――単に『観にくい』映画もある。
要するにアニメ映画だ。それも一般に広く受け入れられているタイプではなく、もっとオタク向けの作品の、だ。
「……良かった」
映画を観た後、俺たちは近くの喫茶店に来ていた。小悪魔モードの優衣を初めて知った日に来た店だ。ちなみに優衣の希望である。お気に召したようで何より。俺としても鼻が高い。
「深夜アニメの映画ってさすがに観に来るのは難しくて……今まではだいたい配信で済ませていたんだけれど、やっぱり映画館で観ると違うわね」
そりゃあな。俺は同意した。映画館は映画を観るためだけに作られた施設だ。映画を観るためだけにバカみたいな金を投じて環境を整えている。優衣の家ならホームシアターくらい備えてそうだが、それでもさすがにシネコンほど設備を整えられているわけじゃないだろう。映画館ってのはそんだけ贅沢な代物だと俺は思うね。
「概ね同意するわ。べつに戦闘シーンがあるってわけじゃないんだけど……些細な日常シーンなんかでこそわかる違いもあるわよね。ほんのちょっとした音の質感がやっぱり『違う』って言うか……」
それから優衣は色々と語ってくれた。なんでも優衣は今日観た映画の原作のファンだったらしい。俺は知ってはいたけど原作まで……って感じだな。原作に触れたことがなくても楽しめるタイプの独立したエピソードだったこともあり、俺も楽しく観ることができた。めちゃくちゃに原作を勧められたし感想を尋ねられた。オタクは好きな作品の初見感想が何よりの好物。俺も率直に語った。優衣が天使モードのときみたいな笑顔になった。オタクの反応のくせにめちゃくちゃ綺麗な顔してる……。俺はオタクに対して失礼なことを思った。
「ごちそうさまですっ。えっと、お会計は……」
喫茶店を出るときに財布を取り出そうとしたので止める。優衣がお手洗いに行っているうちに払った。今日は甘やかすと決めている。なら当たり前のことだろう。まあ『ありがとう』の一言くらいは欲しいけどな。
「……あ、ありがと」
優衣は少し複雑な表情をしてそう言った。どういたしまして。それで次は?
気を遣わずに遊びたいならどんなものがいいだろうか。友人とは行きにくい場所? あるいは逆に友人ともよく行くような場所か。
優衣は言った。
「そうね、とりあえずは……コスプレのために必要なものとか、買っておきたいわ」
伊織と色々話していたらしい。ウチのコミュ障さんは変装が趣味でコスプレも自作しているのにも関わらず実店舗に行くのが苦手過ぎて通販サイトを利用しては実物が思っていたのと違って落ち込むタイプのオタクである。パシリにされてる……。俺は優衣に憐れみの目を向けた。
「いや、私から申し出たに決まってるじゃない。……できれば、伊織ちゃんといっしょに行きたかったんだけどね。その話をすると『あばばばば』って壊れちゃったから」
容易に想像できる。伊織は買い物ができない。話しかけられなくても会話が一瞬でも発生するならキツい。外に出られないってわけじゃないが……。そんなんでよく優衣の変装をして外に出るなんてマネができたなと思うが、あのときの伊織は『伊織』じゃない。そうであればコミュニケーションもできなくはない。もっとも、そのときの伊織は『折月伊織』ではないわけだが。
ということで俺たちはぴょんっと飛び跳ねてコスプレショップにワープした。過程は編集でカットしてくれ。ちなみに跳んだのは俺だけだった。寂しい。
「……布、いっぱいあるわね」
コスプレショップと言っても厳密には『コスプレの店』ではない。手芸用品店だな。コスプレ専用コーナーも充実しているようなトコだ。なんならコス衣装が飾ってあるからな。わかりやすい。手芸が趣味の老婦人も通るところにフツーにコス衣装が飾ってあるがわざわざリアクションをとることはない。むしろ『燃えるわね……』なんてつぶやいているところを見たこともある。対抗意識を燃やしてらっしゃる……。
「甘やかしにコスプレを使うのはどうかしら」
色々と吟味しているところに優衣が言った。めちゃくちゃエロいこと言うじゃん……。そういう意味ではないことはわかっているが、言い方がもう『そういうプレイ』のことじゃん。
「首輪とか使うのいいと思うのよね」
完全にそういうプレイのことじゃん!!!!!! 俺は叫びたくなった。しかし周りのお客さんの迷惑になるため「ほーん。そっか。確かに良さそうだな」と澄ました顔で答えるしかなかった。
「でしょう? ……ふふっ、斎賀くんはバズィーちゃんってかわいい黒猫さんを飼ってるけど……私は犬になっちゃうぞー、なんて」
わんっ、と優衣がかわいく鳴く。天使みたいな顔してドスケベなこと言いやがって。あまりにも純粋な顔して言うから邪なことを考えている俺がおかしいみたいじゃん。俺の頭が性欲だらけなだけなのか……? これ、べつにエロいことじゃないの? マジ? いやそれならそれでいいんだけど……俺はエロい目で見るよ? 優衣とわんわんプレイしちゃうよ? ねぇ?
「……ちょっと、なにか反応しなさいよ」
わんわんと手を犬みたいに丸めていた優衣が恥ずかしげに顔を赤らめて俺を睨む。いや、優衣がかわいすぎて。犬みたいになった優衣を見たら、きっと我慢できなくなるだろうな、と思って想像してたら……つい、ね。
「我慢……? まあ、私は犬みたいになっても間違いなくかわいすぎるわよね。想像しただけで悶絶するのはわからなくはないわ」
よかった。ごまかせたみたいだ。さすがに『めちゃくちゃエロいこと考えてます』とは言えないからな。しなくなっちゃうかもしれないし……。俺は優衣とイメージプレイをしたかった。犬以外でもいいわけだからな。
「そうよね。ただ、本格的なコスプレとなると……そのキャラ『らしさ』を追求したくもなるのよね」
あー、わかる。それはあるよな。二次創作でもそのキャラ『らしさ』を重視するタイプのオタクね。エロいこととかさせるのに抵抗があるやつ。いやエロいことじゃないけど。
「でもあの子が『甘やかしてほしい』みたいにするのは、それはそれでかなり良いわね」
わかる。エロいこととか絶対しないキャラにそういうことさせるのも良いよな。二次創作だからこそできることだと言ってそのキャラにエロいことをさせるタイプのオタクな。わかるわかる。
「……どうしてかしら。ものすごく食い違った解釈をされてるような気がするんだけど」
優衣が俺に疑いの目を向ける。してないしてない。原理主義派のオタクかどうかって話だろ? 俺はどっちつかずな程度問題派だな。ちなみに伊織は割となんでもいけるタイプだ。自分がコスプレするときはかなり『なりきる』タイプだけどな。
「そうなの? ……リオは配信でコスプレすることなんてほとんどないから。ビフォーアフター動画とかは上げてたけど」
伊織は演技派だからな。憑依するみたいに『なりきる』。声帯模写が特技なのは知ってるだろ? 合わさるとホントに伊織だとは思えないからな。ウチのポンコツ美少女さんは得意なことしか得意じゃないが、その『得意なこと』に関しては突出した能力を持っている。
そんなこんなで衣装に使うものを揃えた俺たちは最後の目的地に向かった。荷物のことを考えると買い物は最後にするべきだったかもしれないが、そうするわけにはいかない理由がある。
例えば、そう……『買い物をするだけの体力が残っているかどうかわからない』とか。
「じゃあ、カラオケに行きましょうか!」
ふんす、と張り切る様子の優衣が言った。
年頃の男女が密室でふたりきり……。
俺は思った。これエロいことが起こるやつじゃない? と。
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