第23話 ぷるぷる

 コスプレをしようと言っても優衣は忙しい。衣装を自作するのは無理と言ってもいいだろう。技術的には可能でも時間が足りない。優衣はどこかに依頼することを考えていた。候補としては知り合いのデザイナーだろうか。母に頼むのもナシではないが……(噂に聞く溺愛っぷりからすると、むしろ母親に頼めば最も喜ばれそうな気もするが)、気恥ずかしい。さて、どうしたものか。


 そんなところに伊織が提案したのは「わ、わたしが、作ろうか……?」である。伊織はこれまでの衣装もすべて自作だ。コスプレ衣装に特化した技術を持っている。それにまったく忙しくはない。配信の準備なんかはぜんぶ俺任せだからな。むしろそっちはからっきしだ。

 優衣はその提案に乗った。衣装作成のためにスリーサイズやらなんやらの計測が必要だ。伊織は凝り性なのでスミからスミまで計測するだろう。お泊りイベントだ。俺は混ざれなかった。くそっ……! 女子だけでお泊り会とか……許せねぇ……! お風呂で洗いっこイベントとかも合ったの? じゃ、じゃあ、おっぱいの触り合いとかは……あ、それはないか。ないのか〜。俺は残念そうに呻いた。女子どうしでおっぱいを揉み合ってキャッキャウフフするのは男にとって楽園を象徴するものである。野郎どうしで『いいカラダしてんな……』と筋肉を見せ合うことはなくはないからな。そんなノリだ。俺? しないが。男の裸を見ても嬉しくない。アオイしか見ないようにしている。


「……あなたとアオイくんって、仲良すぎない?」


 小悪魔モードの優衣が言う。俺たちの友情を邪な目で見るなッ! 俺はキレた。でもアオイってマジで外見は美少女だからな。風呂入ってても湯船に浸かってるときとかは実質美少女よ。そこらの野郎どもとは違う。見るならやっぱりアオイよな。アオイのことならずっと見つめられるけどあんまり見てるとアオイも恥ずかしそうにするんだよな。照れ隠しに目潰しされる。キモいって言われるし。でもだからって胸を隠すように自分を抱くのは違くね? アレされると変な雰囲気になるんだよな。アオイも「……ご、ごめん」って謝るし。そんなことされたら俺も謝るしかないだろ? 付き合いたての幼馴染かってーの。


「やっぱりふたりって……」


 俺とアオイの友情を邪な目で見るな!!!!! 俺はキレた。伊織にも「慎くんとアオイって、いつの間にかわたしよりも仲良くなってるような……」とか言われてるけど男どうしだからな。そりゃ異性の関係とはまた違った関係になるだろ。男の友情ってやつよ。わかる? 


「……確かに、男の人にしかわからないことはあるのかもしれないけれど」


 だろ? と言うか俺とアオイの話はいいんだよ。優衣と伊織の話のが重要だろ。


 そうやって優衣に話の続きを促す。『伊月リオ』の正体がバレてから数日、俺たちは『甘やかし』のために集まっていた。


 その前に優衣と伊織の間で何があったのかを聞いてるわけだ。優衣は伊織の家に泊まったらしい。優衣は予定が詰まっているが、さすがに夜までそうってわけじゃない。学生だからな。夜にまで予定が詰まっていたら問題だろう。


 そういうわけで優衣は伊織とイチャついたらしい。じっくり計測に時間をかけて、どんな衣装にするのかを話し合った。相手が優衣とは言え、あの伊織が……。成長は嬉しいが少し寂しくも思ってしまう。


 まあめちゃくちゃチャット送ってきてたけどな。『どうしよう』『天羽さんめちゃくちゃいいにおいする』『おっぱいすごい』『かわいい』『優しすぎる』『ママ……』『たすけて。好きになっちゃう』『もうなってた』と最悪な実況チャットを送ってきていた。伊織……そういうのは送らないようにしような……。


「伊織ちゃんはやっぱり面白いわね。ついからかっちゃった」


「オイ天使」


「天使でもからかうことくらいあるわよ。むしろちょこっとお茶目な面を見せたほうがいいとは思わない?」


 思います。俺は何も言い返せなかった。ギャップ萌えだ。実際伊織にはめちゃくちゃ効いていたっぽいからな。もうメロメロよ。優衣の話ばっかりするから嫉妬したわ。嫉妬したら伊織も「ふ、ふーん……嫉妬するんだ? 相手は女の子なのに」とかによによしながら言ってきたし。そりゃあ嫉妬するだろうが。もちろん男ならこんなもんじゃ済まないよ? でも相手が女だからってあそこまでメロメロになられると妬ける。そういうもんだ。


 しかし……優衣の目から見ても伊織がおかしくなかったならよかったよ。いい機会だとは思ったが、まだ伊織には難しいとも思っていたから。


「いや、めちゃくちゃおかしかったけどね」


 それ絶対伊織に言うなよ。


 やっぱりおかしくないなんてことはなかったらしい。あんな実況チャットを送ってくるくらいだ。おかしくないわけがなかった。


 ウチのかわいいコミュ障配信者さんの先はまだまだ長い。


 それはそうと、今日こうして顔を合わせているのは優衣を甘やかすためだ。世間話をするためじゃない。


 では、今日はいったいどんなことをするのか、と言うと、だ。


 ――今、私たちは映画館に居ます。




      *




「――誰にも気を遣わずに遊んでみたいの」


 天羽優衣は天使だ。誰かと居るときは常に天使の仮面を被っている。それはどのようなときも例外ではなく、遊びに行くときだって同じだ。

 もちろん、誰だって多かれ少なかれ気を遣っているものだ。『気のおけない友人』相手であったとしても、まったく気遣わないなんてことはないだろう。

 大小あれど演技はする。人生はRPGだ。いつだってなんらかの役割を演じている。ロールプレイしない瞬間なんて独りで居るときだけだろう。


 しかし、優衣の場合はそれが重すぎる。天使だからな。何より優衣自身それを負担に感じている。

 そんな状態で遊んでも楽しくない……なんてことはないらしいが、それでも気疲れしてしまうこともまた事実だ。少なくとも『何も考えずに楽しむ』ことはできない。


 だから今回は『気を遣わずに遊びたい』だ。そのために今日は一日空けたらしい。そんなに空けられるものかと思ったがかなり頑張って調整したらしい。優衣の能力において最も優れるのはコミュニケーション。こと擦り合わせや調整に関しては右に出るものが居ないほどだろう。

 それができるならひとりでもできたのでは? と思わなくもなかったので口に出したが「ひとりで行ったらナンパされたり私だってバレることもあるでしょ」とのことだ。今だって多少の変装――いつも着ている系統の服とは違う系統の服を着たり、帽子に眼鏡をかけてみせたり――はしているものの、近くで見られたりすればバレることもあるだろう。優衣は親が経営しているアパレル会社、そこで出している優衣のためのブランド『エンジェル』の専属モデルだ。芸能活動をしているわけではなく露出と言えば本当にそれだけなのだが、それだけでも十分すぎる。そもそも金髪碧眼だからな。ちょっと変装したところで隠せるようなものじゃない。伊織のようにウィッグやカラコンを使うならわからないが……。

 

 だから同行者が欲しいというのはわかる。わかるが……俺は思う。


 これ、デートじゃね?


 ふたりきりで遊びに行くとかデートじゃない? デートだろ。これはもうデート。甘やかしとかじゃなくない? 正直そう思う。そう思うが口には出せない? なぜかって?


 優衣とデートがしたいからに決まってんだろ!!!!!!


 デートできるものならデートしたい。当たり前のことだ。なんたって相手はあの天羽優衣。天使のような美少女だ。天使モードじゃないとか関係ない。優衣は優衣だ。役得でしかない。


「……デートだなんて勘違いしてないでしょうね」


 目を細めて睨まれる。してるに決まってんだろ。そう思うが口に出すとパーになるかもしれないので言わなかった。自制心の勝利である。


「言っとくけど、私は伊織ちゃんとは違うから。あなたには甘やかしてほしいけれど、それ以上でもそれ以下でもない。勘違いされやすいようなことはお願いしてるけれど……変な期待はしないで」


 それがお互いのためだから、と優衣は言う。ヒューマンのオスはすぐに期待するからな。固有スキルだ。優しくされたらすぐに好きになるしワンチャンあるんじゃないかと思うし惚れられていると勘違いする。そういう習性を持っている。優衣がそれを知らないわけがない。あそこまで『誰にでも優しい』を実践してると少ないだろうが、それでも勘違いするやつは居るからな。俺とか。そのことを思えば多少の牽制は必要なんだろう。自惚れでも自意識過剰でもなんでもない。むしろ相手の期待に応えられないのだから先にそれを明示しておくことは優しさでもある。

 それは俺もわかっている。今はまだそうなんだろうってな。今のところ脈はない。それはわかる。だが『期待しないで』と言われて本当に期待しないでいられるなんてこともない。女の牽制なんて挨拶みたいなもんだ。スパッと諦めることはできない。まあ牽制されても過度なアプローチを続けるのは迷惑行為になるから程々にするつもりだが……。

 要するに今は完全に脈ナシだがそれはそれとして俺は諦めてないってことだ。


「それ、口に出されたほうはなんて反応すればいいのよ……」


 呆れた様子で優衣が腕を組む。ムッ! 乳が腕の上に乗っている。たまにこのポーズするけど楽なのかな。

 それはそれとして優衣の質問に答える。なんて反応すればいいのかって? 覚えておいてくれればそれでいい。脈ナシってことは弁えてるが俺の下心は消えない。消せるものじゃない。そう伝えておかなきゃフェアじゃないからな。優衣が勘違いするなって言うのと同じようなもんだ。変に隠して本当に下心ゼロで接してると思われても困るだろ? お互いにとって良くないだろう。だから言った。納得できたか?


「納得はね。……あなたのことを好きになる自分なんて想像できないんだけど」


 あんな恥ずかしいところを見せておいて? そう言おうと口を開いた瞬間、視界が揺れて激痛が走った。……!? い、今、何が……?


「さ、斎賀くん!? どうしたの? 大丈夫?」


 優衣が周りにもわかるように大袈裟な反応をして俺を案じるように近付いてくる。そしてぼそりと警告した。


 二度とその話はするな、と。


 こ、コワ〜……俺は身震いした。小さくなってぷるぷる震える。ぼく、わるいにんげんじゃないよぅ。


「キモ……」


 俺は泣いた。


 俺はかわいいマスコット枠を目指してるのに……。

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