第17話 ホストとかに悪いハマり方しそう
「それじゃあ……そうね。いきなり台本に、というのも難しいでしょうし、小手調べに甘やかしてもらえる?」
自由に甘やかすようなことを言えってことか? 『いつも頑張ってるね。えらいよ』とか?
「それよ。もっと優しい声音で……もっと近くで、囁くみたいに」
くいくいと耳元に寄るように誘われる。それに従い近付くとめちゃくちゃいいにおいがした。なんでちょっと甘いにおいするの? 伊織もそうだけど……女の子ってなんでこんなにいいにおいするんだろう。天羽さんのそれは伊織のそれとはまた違うが……。
そうやってスーッと深呼吸してると「……何?」と睨まれた。いや、いいにおいだな~と思って。俺は正直に答えた。
「キモい」
だからキモいは禁止カードだろ!!!!!! 俺はキレた。しかしよく考えなくても女性のにおいを嗅いで深呼吸していいにおいだとか言うのは完全にキモいしセクハラだったので俺は素直に反省した。ごめんなさい。キモかったです。
「……まあいいけど。それじゃあ言って。優しく囁いて?」
……天羽さんは、頑張ってるよ。いつもえらいね。
「っ……や、やっぱり、斎賀くんは声だけは良いわね」
俺バカにされてる?
「……今度は『優衣』って言って、あともうちょっと甘くて、普段は優しいお兄さんがわがままを言う年下の女の子に呆れる様子で、ちょっと意地悪な言い方でお願いします」
握手会で声優に無茶言う女オタクか? 俺は思った。でもやった。
そんなことお願いして……優衣はわるいこだね。でも、優衣はいつも頑張ってるよ。俺は知ってる。そんな優衣のことが、俺は好きだよ。
「はにゃん……」
この人大丈夫か? 俺は顔を赤くしてその場に突っ伏した天羽さんを見て彼女のことが心配になった。それとも、俺の声にそれだけの力が……? 俺は調子に乗った。
でもあんな要求してこんな姿さらしてよく人に『キモい』とか言えたな。しかし美少女なのでそれでもかわいい。無敵か?
「じゃ、じゃあ、テストはこれくらいにして……本番ね」
こほん、と咳払いをして天羽さんが俺に台本を手渡す。これを読み上げればいいの?
「ええ。演技の方向性は今の感じでいいから……してほしいことがあればすぐにお願いするわ」
わかった。俺はパラパラと台本をめくってセリフを読んだ。さすが天羽さんと言うべきか。セリフに素人臭さがない。だが……。
俺は思う。本当に単に読み上げるだけでいいのだろうか。逆の立場になって考えてみると……天羽さんに好きなセリフ言ってもらえるって考えるとかなり良いな。良かった。うん。やっぱりこのままの方向性でもいいかもしれない。謎に天羽さんの俺の声への評価も高いし……。
ただ、もうちょっとなんとかできないかとも思う。べつに声優ってわけじゃないんだ。セリフを読み上げるだけで満足させられるような技量は持ち合わせていない。天羽さんは甘やかされたい。なら、とことん甘やかすべきだろう。金をもらっておいて適当な仕事をするっていうのは性に合わない。セリフだけでは満足させることができないなら――
「さっき、優衣は『意地悪な言い方』がいいって言ったけれど……そういうのがいいのかな」
耳元で囁き、手櫛で彼女の髪を梳く。天羽さんがびくりと肩を震わせる。台本にないセリフだからか。それとも……。
「どうしたの? 優衣。答えてくれなくちゃわからないよ」
『甘やかされたい』と言いながら『意地悪な言い方』と言うのは矛盾しているように感じるだろうか。
しかし、実のところ――それはおかしいことではないのかもしれない。癒やしを求めるからこそ『いじめられたい』と感じることもあるのだろう。それこそ、天羽さんは普段そんなふうに扱われることはないだろうから。単に甘やかされるよりはそういうもののほうが良いのか……あるいは、ただの趣味なのかはわからないが。
甘やかすことといじめることは両立できる。台本に書かれていたセリフもそんなものだ。『いつも頑張ってるね』『えらいね』。そんなものだけじゃない。『今日くらいはダラけてもいいよ』『俺の前では恥ずかしい姿を見せればいい』『――そんな顔して。他の人には見せられないね』『でも、いいよ。ちゃんと見ててあげる』そういったものも含まれていた。
『甘やかされたい』とはどういうことだろうか。俺はその中に『肯定されたい』という欲求が存在していると考える。承認欲求と言ってもいいかもしれない。自分の存在を承認されたい、肯定されたい……。そういった欲求の発露、その方向性の一つとして『甘やかされたい』というものがある。
そして『肯定されたい』という欲求であるならば……それは、自分が『悪い』と思っているところもそうなんじゃないか。いじめられたい。でも、その上で肯定されたい。自分の悪いところは『悪い』とした上で、その上で肯定されることに意味がある。自分が悪いと感じているところ――恥ずかしい姿そのものを褒められるんじゃない。甘やかされるんじゃない。恥ずかしい姿は『恥ずかしい』とした上で肯定される。その過程こそが重要なんじゃないだろうか。
つまり、『甘やかされたい』と『いじめられたい』を両立するのは『その上で肯定されたい』という欲望だ。
そう考えると、単に『甘やかされたい』と言うよりも……ずっと浅ましい欲望と言っても過言ではないかもしれない。
「――なんて思うんだけど、どうかな」
天羽さんが答えてくれないので俺はペラペラと推測を述べた。顔が真っ赤に染まっている。恥ずかしいのかもしれない。
「恥ずかしいに決まってるでしょ! そっ、そんなふうに解説されて……! あ、甘やかしなさいよっ!」
キッと目端を吊り上げて怒られる。……うん? 何か勘違いしていないだろうか。
俺としてはこれも『甘やかし』の一環のつもりだったのだが。
「……え?」
天羽さんがとぼけた顔をする。もしかしたら本当にわかっていなかったのかもしれない。
俺は天羽さんの頬を手で包み、額を合わせるほどに近づき囁く。
――恥ずかしいのが、いいんだろう?
そうやって尋ねると天羽さんは蚊の鳴くような声で「……ひゃい」と答えた。
チョロッ……。俺は天羽さんの将来を憂いた。
マジでホストとかに悪いハマり方しそう。
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