第4話 天羽優衣は天使である。
でもしてみればよかったかもしれない。
逃げた先で俺は思った。べつに損することはないんだから、告ってみるのもアリだったかもな~。まあ今になって考えても遅いが。また機会があればしてみよう。
しかし……人が少ない。各学年の教室からも離れた場所だ。始業式の日の朝だからな。
ホームルームの時間も迫っている。こんなところにわざわざ顔を出すような生徒は少ないだろう。というか俺も早く帰らないとマズい。遅刻する。
「ん? ……斎賀か。こんなところで何してる?」
そう思っているとちょうど教師に声をかけられた。
『白衣を着とけば教師っぽくなるだろ』との思考から白衣を着た美人教師、志島先生だ。去年の俺の担任である。
俺と同じく目つきが悪いが美人なので生徒からは慕われている。俺もその中の一人だ。
ついでに言うとこの人は俺のことを最初から怖がらなかった人でもある。そういうところもポイント高い。好きだ。
でも教師だからな。背徳的な関係ってのもアリだが……この人は面倒くさがりそうなんだよな~。
『メンドい』だけで色んなことを捨ててそうな女性である。ちょっと心配になる。
「テメェなんか失礼なこと考えてるな? ん?」
「あがががが体罰反対体罰反対」
俺はアイアンクローを受けた。身体が宙に浮いている。この人どんな握力してるの? 化け物がよ……。
ちなみに志島先生は体育の教師である。なんで白衣着てるの?
「まあいい。いつものことだからな。それより斎賀、ちょっと荷物持ってくれ。か弱い私ひとりではどうにも、な」
「か弱い……?」
俺はアイアンクローを受けた。さっきより力が強い。万力で頭を締められているようだ。
あががががが割れる割れる頭がクルミみたいに割れる割れる。俺は命の危険を感じた。
そんなこんなで志島先生の荷物を持って教室へと向かう。
女性には確かに重いかもしれませんね。紙ってやっぱ重いですよね~。本屋とかでバイトしてるとこの世界でいちばん重いのって紙じゃね? って思いますもん。
目つきが悪すぎてクビになりましたけど。ハハッ。先生といっしょですね。
「いっしょにするな。しかし……またお前の担任か。しかも青井や折月まで……天羽が居るのが救いだが、面倒なクラスになりそうだ」
はぁ、と先生がため息をつく。あ、今年も志島先生が担任なのか。それは嬉しい。かなり嬉しい。やったぁ!
しかし聞き捨てならないことがあった。俺たち、教師の間でも評判悪いの……?
俺は動揺した。というかなんで俺まで入ってるんだよ。去年一年、こうして散々媚びを売ってきたというのに……!
俺が顔に似合わず優しい少年だということをまだまだ伝えきれていなかったのかもしれない。
「教師にはいい顔するよな、お前は。だから問題児だって認定しづらいんだよな……証拠もなかなか残さないし」
問題児じゃないですからね。勘違いされやすい顔ではありますが……先生にそう言われると、ちょっと悲しいです。
俺は同情を引こうとした。しかし効果がなかった。タイプ相性か。
これがチョロい先生なら効くんだが……志島先生とは相性が悪い。俺は胸中で舌打ちした。
「そうそう、ついでと言ってはなんだが……放課後にも頼みたいことがあってな」
「頼みたいこと? 内容にもよりますが……バイト代を弾んでくれるなら」
「教師相手に交渉するな。……ラーメンくらいなら奢ってやる。それでいいか?」
「つまり……デート!?」
俺は大げさに反応した。男女がふたりきりでディナーをともにする……それはもうデートと言っても過言ではないだろう。お持ち帰りが発生したとしてもおかしくはない。
「そうだな、デートだ。気合入れろよ、高校生」
しかしそうあしらわれてしまう。俺は本気なんですが……。
「本気ねぇ……」
先生はちらりと俺を見る。そしてため息をひとつ。
「どうしてお前はそんなに胡散臭いんだろうな……」
そう口にした先生の顔は、心の底から残念そうで――
そこまで失礼な反応しなくてもよくない? と俺は思った。
*
先生といっしょに教室に戻ると伊織がしょんぼりしていた。
俺の顔を見て「ぁ……」と小さく声を出して立ち上がろうとして、それから隣に居る先生の顔を見てさっと顔を青く染める。
俺に話しかけようとしたが先生が来たから話しかけられないと思っているな。他の生徒たちも自らの席に向かっているし。
……伊織のことだ。先程の俺の行動を重く見ているのかもしれない。謝りたいのだろう。
でも先生が居るからそれができない。そう思っている。席もちょっと離れてるしな。
俺はまっすぐに伊織の席に向かい、ていっ、とデコピンをした。伊織が「ふぇ!? ……?」と額を抑えて不思議そうな顔をしている。
「そんな顔されると俺が悪者みたいになるだろ。やめてくれ」
「ぅ……ごめんなさい」
「いや謝られるとホントに悪くなるからやめてくんない?」
周囲からの視線が痛い。「やっぱり……」じゃないんだよ。ひそひそ話してるつもりかもしれないが聞こえてるからな?
しかし天羽さんの目もある。これくらいのことで因縁をつけるわけにはいかない。さらにイメージを悪くする必要はないからな。
ここは先生の荷物を運んでいたことを主張して印象を上げるしかない。俺は善人アピールをした。
「ねっ、先生!」
「座れ」
俺は大人しく席に着いた。もうちょっと優しくしてくれてもいいじゃんね。
先生も俺が勘違いされやすいことはわかっているだろうに……「実は先生の手伝いをしてくれるいい子なんですよ」って証言してくれたらギャップに即オチしてくれる女子も居たかもしれない。そう思うと惜しい。
「……斎賀くん、また先生のお手伝いしてたの?」
後ろからひっそりと声をかけられる。天羽さんだ。彼女の席は俺の斜め後ろである。いい席だな。
俺は照れながらうなずいた。偶然だけど……俺は困っている人を見過ごせないからね。俺はいいカッコをしようとした。
隣のアオイがぷっと噴き出す。席順は出席番号順だ。
笑ってんじゃねえ! 俺はアオイに掴みかかった。先生に頭を掴まれた。
無言で頭を押し付けられる。身長が低くなったかもしれない。
「照れ隠ししなくてもいいのに~。……やっぱり、斎賀くんは優しいねっ」
そんなやりとりを前にしてなお、天羽さんはそう言って笑ってくれる。やはり天使だったようだ。
……ハッ!
俺は視線を感じて伊織のほうを振り返った。い、伊織が……こっちを見ている……! まさか……嫉妬!?
俺は固有スキルを発動した。念のため伊織の口元を注視する。唇を読むためだ。
伊織はつぶやく。
「……天羽さんと話すの、羨ましい」
折月伊織は天羽優衣に憧れている。
自分にはないものすべてを持ちながら自分にも優しくしてくれる天使――自分が最も求めるものを持ち、自分が最も求めるものを与えてくれる。
そんな彼女は、伊織にとっては崇拝の対象になってもおかしくない。
そっち?
俺はぽかんと口を開けた。隣でアオイがくつくつと笑いを堪えながら肩を震わせる。
心を読むな。
*
天羽さんは慕われている。自然と中心人物になり、みんなのリーダーとして祀り上げられる。
と言っても、天羽さん自身リーダーシップがある人だ。自分からそれを発揮するタイプでもある。
無理やり担がれようとしているなら止めるが、そうでもなさそうなら静観するべきだろう。
なんでも抱えこんで大変そうだとは思うが……ほら、今だって。色んな頼み事をされている。
昼休み、アオイと伊織といっしょにメシを食べに行こうとした。弁当なのでここで食べてもいいんだが……人が多いと伊織がリラックスできないからな。できるだけ人気の少ないところを定位置にしている。
そうして俺たちが出発する前から、天羽さんは色んな人たちに誘われて――色んなことを頼まれようとしていた。
そのすべてに天羽さんは笑顔で返す。困った顔なんて一切見せない。
明らかに無理だろうって要求――スケジュール的に不可能だろうってものに関しては断るが、それもすかさず『ならこうすれば』って案を出す。フォローもバッチリってわけだな。
ただ、それもできないって場合には……申し訳なさそうにして断ることもある。天使の顔が曇るんだ。申し訳無さそうな顔をされたら大抵のやつは引き下がる。
ただ、引き下がらないやつも居る。
「そこをなんとか! おねがいっ! 優衣!」
あれは……俺は両手を合わせて深く頭を下げる女子生徒を見る。割りとイケてるグループの女子だな。天羽さんとつるんでるところもよく見る。
天羽さんは誰にでも優しく誰とでも仲の良い人間だが、そんな中でも親交の濃さには違いが出る。イケてるグループの女子とは自然と話すことも多くなるってことだ。
天羽さんが天真爛漫に色んなところに首を突っ込むのはそういうキャラだから仕方ないと思われている。
元気で明るく積極的、行動力に溢れて無邪気で正義感の強い美少女。そんな彼女のことを心配している様子すらよく見るものだ。
……女子のグループでは自分たちのグループの外に顔を出すことが良く思われないこともあるが、天羽さんはそこらへんの管理が抜群にうまい。天然かもしれないが……それでも『しょうがないなあ』と受け入れられている。
もっとも、まったく独占欲が働かないってことはないだろう。自分たちを優先して欲しいくらいのことは思っているはずだ。
そういう傲慢さは当たり前のことだし、それほど悪いことだとも思わない。どうしようもないことだろう。
ただ、それと天羽さんが困ることは別問題だ。
「うぅ~ん……私も、できれば手伝いたいんだけど……」
珍しく天羽さんが困ったような顔をしている。それで引くような相手ならいいんだが……相手の女子生徒は冷静さを失っている。
『できれば手伝いたい』という言葉から天羽さんはむしろ前向きであると判断するだろう。
実際、天羽さんは手伝いたいとは思っているのかもしれないが……その上で無理だと言っていることの意味までは、きっと意識が回らない。
感情を優先して『なら、手伝ってくれてもいいだろう』と思い込む。頭を冷やすことができればいいんだが……無理そうだな。
口出しするか。俺は適当なことを言おうとした。だが、その前に――天羽さんが言った。
「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ。ちょっとだけだよ? それくらいなら、私も付き合えると思うから」
……遅かったか。いや、天羽さんのことだ。彼女は頭が良い。
何か考えがあってのことかもしれない。人が良すぎるとは思うが、自分なりに『なんとかなる』と判断したからこその答えなのだろう。
「ありがと! 優衣! やっぱり優衣って天使だよ~!」
そう言って女子生徒がぎゅっと天羽さんにハグをする。「も~! 調子よすぎ~!」そんなことを言って天羽さんも笑っている。大団円。うまくおさまったな。
「……し、慎くん」
「顔、気をつけなよ。……あだ名に『殺し屋』とか増やしたくないなら、ね」
伊織とアオイが何か言ってる。ああ、顔ね。俺は顔をぐにゃぐにゃと捏ねて整形した。笑顔が輝く爽やかな好青年になる。じゃあ、行こうか。
「ぴぃっ……!」
「サイコパス殺人鬼みたいになっちゃったよ」
伊織が悲鳴を上げてアオイが呆れる。
ハハッ。いったい何を言っているのか。俺はこんなに爽やかな好青年だと言うのに。
俺は歯を見せて笑った。芸能人顔負けの白い歯がキラッと輝く。
その姿は歯磨き粉のCMに出てきてもおかしくないものだった……。
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