第34話 ボクちゃん 34 三学期後半

ボクちゃん 34

三学期後半


また、ある昼休みの掃除の時期である。



廊下を歩いていると、またまた大きな声が聞こえてきた。



「みなさん、お掃除ですよ、お掃除よ、サッサとお掃除しなさい」と、



井上先生の黄色い声である。


何があったのかと思って、窓の隙間から覗いてみた。


すると、井上先生が、頭にナプキンをつけて、自ら率先して、教室の清掃指導をしていた。



児童達は、このあまりにも奇妙な声に、どうしたらよいのかと、右往左往していてたじろいでいた。



何となく窓の外にいたものの、この井上先生の奇声には、僕もこわばりの表情を隠さずにはいられなかった。



この井上先生はこの時、まるで別人のようにも写ってきた。



が、清掃時間終了のチャイムが鳴った時、井上先生は

「あー、スーとした」と言ってさっさと職員室へ帰って行ったのである。




用務員の松田さんに聞くと、井上先生には、年に二度か、三度こんな現象が起こってくるという。


自分でも趣味だと言っているという。



最初の頃は、他の先生方も、「あの先生、大丈夫なの」という囁き声があったらしい。







それはそうと、僕の邪推である。



例のカマ男先生についてである。


何とも理解し難い奇々怪々な人物である。


とにかく奇妙な活動を行って、つかみどころがない。


誠に変わった男である。






それはそうと、僕は今まで、この町へ来て、少しもやりすぎではないか、、、と思っていた。



過ぎたるは及ばざるが如し


この格言が身に沁みていた。



しかし、山岡先生に尋ねると


「教育にすぎたるものはない」と言う。



未だにこの言葉の謎が解けない。



教育とはそういうものなのかなあ、、、



と、少々疑心を持つことが時々あったのである。



また「学力保障が大切だ」と教頭の谷先生が言ったことかある。


僕はこの学力保障に関しても少し合点のいかないものを感じている。


児童の学力保障、、、果たしてそんなことができるのか、もちろん教えるべきことは教えなければならない。


基礎、基本的な事柄は身に付けさせなければならない。


が、考えさせられる点がある。



こんなことを言えば反感を買うかも知れないが、、、



もちろん、指導方針、指導助言には、的確なものが列挙されている。



学力の向上を図る方針や指針、様々なスタイルのシステムが導入、推進されている。



学力の向上を目指している考え方が積極的に導入されているのである。



がしかし、この教頭の谷先生の言った、全児童の学力保障、、、ということについては思案せざるを得ないものがある。



と同時に、この教頭の谷先生の言うことは、聞いていればいつも良さそうに思える発言が多い。



ところが真剣に考えてみると、何処か不満感を抱いてくる。



そして、おそらく自己単独の意見としての言い分であろう、、、としか理解のしようがなかったのである。





また、「机上整理、机上整理」と、やかましくこの教頭から言われたことがある。



机上整理ということは、よく言われている文言である。



そして、仕事のできる教師ほど机の上に、文書、プリント、その他の雑物が置かれているということである。



よく仕事のできる教師ほど机上は乱れているということである。


机上整理に関しては常々注意されれことが多い。



このことも、僕としてはあまり気にはしていなかったけれども、、、、


また現在では、教育関係諸事情に於いて、過去とは考えられないほどの変革が見られる。



難しい問題が多々蓄積されているのである。



何とも如何ともし難いものがある。












またある日の中休みの時間である。



くも助先生と六年生の男女の児童数人が、廊下で話をしていた。



くも助先生は、聞くところによるば中学校の英語の免許を持っているという。



ところがこの時、児童がしごく単純な英語を使って対話を交わしてた。



するとくも助先生は

「頼む、英語だけはやめてくれ、頼むからやめてくれ」


と助けを求めるように、悲痛感を抱いた声で叫んでいた。


僕は一瞬驚いた。


英語の免許を持っているのに、何故どうしてか、僕にはわからなかった。



英語に対して何か劣等感でも持っているのだろうか、、、そんな気がした。



ある時、部外者の外来客が来たことがある。






そして、その外来者は一言こう言った。


「この学校は一体どんな学校だ」








また三学期のある日、例のカマ男先生と、複数で六年生の授業を行ったことがある。


この時カマ男先生は、漢字を網羅して黒板に字を書いた。



ここで僕は初めて気がついた。



このカマ男先生は、板書の字が下手だったのである。



そう言う僕も板書の字は下手な方である。



が、しかし、このカマ男先生の板書は言い様のないほど下手くそだったのである。


そしてこの授業中にふたりで期間巡視をして指導に当たった。



その時、カマ男先生は、ひとりの女子児童のノートを見て、こう言った。


「あなた、字が汚いねー、もっと綺麗に書きなさいよ」と、オカマチックな音色でこんなことを言ったのである。




そしてこのカマ男先生の言ったことに、一同全員がどっと笑い転げた。



するとカマ男先生は、「関係ない」と鼻を赤くして教室から出て行ったのてわある。



そして教室には、何となく不思議な感覚が匂ってきたのである。



















学習発表会の本番の日が来た。


2月初旬、とにかく寒い。


講堂内での寒さは、格別なものがある。


会場の準備は、町の父兄、大人達が手伝ってくれて、前日に用意されている。






その講堂内は、かなりの数の座布団が敷き詰められている。



およそ、百二、三十枚ほどはあると思える。



また数個の石油ストーブが座布団の間にポツンポツンと置かれている。





当然、観覧の父親、母親もかなりいる。


暗幕が張られて、講堂内は真っ暗に等しいほどの暗さである。




ブザーが鳴り、


「ただいまから、、、」と放送係の児童がアナウンスした。



そして、緞帳が静かに上がっていく。







児童会会長の挨拶、PTA会長の挨拶、例によって決まりきったような流れで、進んでいく。


そして、幕があがり、演技に移っていく。




劇あり、オペレッタあり、合唱あり、体育表現の縄跳びあり、楽器演奏あり、、、格先生方の趣向を凝らしたプログラムが次々と舞台で行われた。


演技中には、舞台の横から、担任教師が、見守っている。



講堂内には、赤ちゃんを連れての母親、おじいさん、おばあさん、中学生、、、、町挙げての参観である。



時々赤ちゃんの泣き声も聞こえてくる。



おじいさん達の酒臭い匂いさえも匂ってくる。



運動会以上の犇めきである。




子ども達はとにかく張り切っている。



僕、私達の演技をみてほしい、、、そんな気持ちも充分伝わってくる。




そして演技も終了して、緞帳も降りた。




こうして学習発表会も終わった。





そしてまたもや、後片付けである。



教職員全員、五、六年生全員、役員全員で整理する。



もともと、あまり持久力のない僕としては、演技指導で精一杯である。




疲れがきてそこまで余力がない。



この町の先生、この町の父兄は、何処にそんな原動力が残っているのだろうか、、、と僕は不思議に思った。


実によく身体を動かす。



この風土には、本当に感心させられる。



とにかく、よく働くし、よく話すし、よく勉強する。



そんな風景が多分に見受けられたのである。








また、ここに来て、僕はこの町の先生方、この町の父兄、とのいろいろなふれあいを通して、様々な心情を感じたのである。



この町の人々にはハートがある。心があると思えてきたのである。


この町の人々と接することによって、また色々様々な諸事を通して、言い様のない人間模様を見せられてきたのである。



笑ったり、怒ったり、泣いたり、、そんな人間の情緒をこの一年間で感受してきたのである。



温情、温かみを受け取ったのである。



よく言われているように、、、世の中なかなか捨てたもんじゃない、、、こんなことが僕の胸に浸透してきたのである。



人間、生きるに価値ある、生きるのに意味がある、気概を持て、、、こんなことが沁みてきたのである。




そして感謝、感慨ひとしお、、の心境に浸ったのである。




そして生きるということをつくづくと実感せずにはいられない気持ちになってきたのである。




そしてこの町には、歌がある、、詩がある、、、こんなことも実感させられたのである。





そんなこと、こんなことで、一年が過ぎ去ろうとしていた。



そんな年度末のある日、山岡先生がポツリと言った。「ほはもう今年で退職するよ」


突然のこの言葉に僕は驚いた。



「何故ですか」と尋ねると「もう年老いて体力、気力がない」との理由だった。



何故か心寂しくなった。


師として仰いできた山岡先生が今年で退職する。


今までのことを思い浮かべるとさびしさが込み上げてきた。



今日の帰りの山岡先生の後ろ姿には、何かもの悲しいものを背中から感じた。



老いてきて、何かに挫折したような気配も感じられたのである。






その山岡先生は「現在に於いては教育職というのは実に難しい職業であると思える。洋の東西を問わずその重要性は昔から問われている。が、教育職というのは、日頃の日常生活の私的な面に於いて、自由な行動、言動をすることができない。通例のように何かあると、マスコミが入ってくる。そして、好景気には無視されて、不景気には持ち上げられる。とにかくがんじがらめにみつめられて、縛り付けられているような傾向がある。在職中は、先生、先生と煽てられ、退職すれば世間の荒波についていけない。とてもじゃないが通用しない。俗にいう潰しが聞かない。そして見捨てられる。退職後の先生方を見ていると、途方に暮れての毎日の生活を送っているようにも見受けられる。在職中は、次世代を築き上げる児童の育成に務め、噂、評判を気にして好きなこともできない。何か事を起こせば問題として取り上げられる。人間らしく生きたいと思っていても、一般社会が許してくれない。その上一般人とは違い、姿を見れば、その老けようは比較にならないほどである。考えてみると、実に不条件な職業だと感じられないこともない。」と、嘆くように、また少しの怒りを込めたように言った。




またこうも言った。


「現在では高学歴社会の浸透で、かなり見識の高い若い教師が出現してきている。学問的にかなり実力のある若者教師が多い。超エリート級の教師が現場にやってきる。厳しい関門を突破して、その学力にはすごいものがあるように思える。対話してもレベルの高い話術を持っている。確かに学問というものが身に付いている。物事に対しての姿勢、考え方がしっかりしている。見習う点が多分にあり、期待できそうな若者教師が多いと思える。僕らの時代とは全く異なる教育見識を身につけて、現場に登場してきているように見受けられる。実力があるようにも思える。僕らはどちらかと言えば、落ちこぼれだった。言うなれば、デモシカ先生だったのかも知れない。とにかく教育が悪かった。知識注入主義てついていけないものは切り捨てられた。ある意味では、戦後、最悪の教育を受けた世代だと言われたこともある。即ち、学問が身に付いていないのである。生きた学問ではなかった。受験のための勉強でり、受験のための上滑りの勉強だったのである。学問というものを生かすことのできない勉強だったように思える。今から思えば、納得のいく学問ではなかった。本当の学問というものがしっかりと身に付いていないのである。常に机上の空論のような感覚で学んだように思える。」



「考えてみれば、学問を生かす、このことが最も重要視されなければならない命題である。でなければ何のための学問かわからなくなってくる。」




「教職に就くにはなんと言っても使命感というものを考えておかなければならない。使命感を持って教育活動に対処していかなければならない。」



「つい最近の若者教師を見ていると、かなりの認識、見識を持っているとは思える。が、しかしやはり若い、若さはある意味では力であり、素晴らしいものがある。若い力はどんどん登用していかなければならない。がキャリアがない。若さには勝てないものがあるが、また若者は若者の論理があり、優れたものもある。しかし、いつの時代でも言われれように、最近の若者は、、、というような言葉がでてくる。道理とか常識をあまり弁えていないようにも思える。若さだけで生きているようにも見えてくる。時代の変遷も付随してきているとは思うが、、、若者達にも充分期待する面もあるが、、、」




「今日ほど教育のむずかし時代はない。それ相当な実力、能力を包括的に持っていなければならない。」




「授業というものは、一番の要素として楽しさがなければならない。授業を通して楽しく学ぶということが必要である。児童にとって苦痛となるような授業では授業として成り立たない。そして、教師とのやり取り、受け答え、ゆさぶり、発問、意見の吸い上げ、対話、説明等の指導技術を用いて、楽しくて学びやすいことが重要となってくる。そしてこの授業を通して学力の向上を図らなければならない。児童に学習意欲を持たせ、向上心を培い、楽しく、学ぶことが必要である。学校の教育活動というものは、すべての場において行わなければならないが、受験というものが基本的な教育活動である。また他の活動の中での啓蒙も考慮して、積極的な教育活動を推し進めていかなければならない。」





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