第29話 ボクちゃん 29 運動会

ボクちゃん 29

運動会




二学期が始まった。


子ども達の一層日に焼けた顔と素肌が目に焼き付いた。




さっそく運動会の練習である。


職員会議で、各担当を決めて、、、この競技はこうして、このダンスはこうして、と決めの細かい綿密な計画が為された。



この時はこの曲で、この時は一歩出して、とか、足踏みとか、、、




面倒くさがりやの僕としては、いちいちそんなところまで指導する必要があるのか、、、



そこまでする必要はないだろう、と思わないこともなかった。



職員会議の話し合いに参加していたものの、ぎこちない態度で席についていた。







「予行演習ができれば、運動会は成立する」


山岡先生が、過去の経験を生かした発言をした。



そして、準備係、放送係など、いろいろの係が決められた。



そして、運動場での練習である。




とにかく忙しい。


全員が走り回って各係の役割を果たしていく。



九月中旬までそんな日が続いた。



当然各種目は、担当者に任されている。



その力、熱の入れようには、各教師、必死の姿勢が見受けられる。


僕の担当は、ラジオ体操と、出発の合図のシグナルを鳴らす係である。



朝礼台に上がり、全校生を前にして、体操する係に決められた。


そして、僕はラジオ体操について、徹底的にしらべた。


音楽を聞き、間隔の動作を確認して、足の動きを図で調べて、、、納得のいくまで頭に叩き込んだ。



NHKのラジオ体操第一である。



もうひとつの係はシグナルを鳴らす係である。


簡単なことだ。


パーンと音を鳴らす役割である。


学生時代充分経験していたのでお手のものだった。






カマ男先生は、組み立て体操の担当で、何か嬉しそうな顔をしていた。


まかしといてよ、、と、得意気に返事をしていた。



運動会当日、天気は上々、晴れ晴れとした青空だ。


雲ひとつない。


透き通ったスカイブルーが視界空間を映し出している。


爽やかな上昇気流も流れている。



例によって例の如く、各町内会のテントが張られている。



もちろん、各テントの中には町の人々、父兄、母親、祖父、祖母、たくさんの人が見物している。



万国旗も張られている。


万国旗の色はとかく艶やかである。


この万国旗を除けば、運動会はテント一色のような様でもある。



何処にでも見られる運動会の景色である。



そして、運動会には、トラック150mのラインが引かれている。



言うまでもない運動場の配色である。





「日頃の練習の成果を十二分に発揮してほしい」



何処にでも在り来たりの挨拶である。



まず最初の演技、、、ラジオ体操が始まった。



そして僕は朝礼台に上がった。



目の前には、町の人が、二百人ほど、ずらりと顔を揃えて、露骨に僕を見ている。



無論、児童全員も、僕に目線を当てている。



そのムードは迫力さえも感じられる。



少し上がりぎみになった。


けれども、最後まで頑張ってこの種目をこなした。



全児童とテンポをあわせて、音楽にあわせながら、演技をこなしたのである。






各種目が始まった。



ダンス、綱引き、玉入れ、組み立て体操、リレー、帽子とり、騎馬戦、鼓笛、来賓の挨拶、消防団の防水披露、、、、




各係は、準備係、放送係、出発係、進行係、召集係、入退場の合図係、児童の監視係、接待係、救護係、決勝係など、、、


数えきれないほどの係がある。



全員が、目まぐるしく動かなければならないのである。



他から見ればなんなく見えるかも知れない。



ところが、この働きには、大変なものがあるのである。



全員必死である。


全員が汗だくである。



傍目から見たよりは、遥かに忙しいのである。





青空の下、児童は懸命に演技する。


やはり、歓声が沸くのは、僕の子どもの頃同様、町内会対抗リレーである。



拍手が沸き起こり、応援は激しくなる。



この競技は、午前中最後の演技として、おおいに盛り上がった。




それはまたしても、お祭り同様の賑やかな騒ぎである。


運動場の片隅には、ゴザをひいて酒を飲んでいるおじいさん連中もいる。



まあ要するに、またまたお祭りである。






カマ男先生の組み立て体操は、見事なものだった。



何で調べてきたのか知らないが、僕の中学生の時を思い出すようなレベルの高いものだった。



終わった後、どんなもんだ、、、と、如何にも自慢気な鼻をしている。


優越感に浸っているような目付きと顔つきである。




次は綱引きである。


高学年の、紅白に分かれての合戦である。



応援旗を持って、声を出して応援する空手先生がいる。



くも助先生も後押しをして、力をだしている。



「よう引け!よう引け!」


運動場中、掛け声が響き渡り、どよめくばかりの音量である。






途中、カマ男が紅組に参加して、邪道のように綱引きに加わった。



これをテントの中で見ていた低学年の数人の児童が、カマ男に続け、とばかりに紅組に加わった。



数人の低学年の児童が赤組に参列したのである。


当然紅組は有利になる。


これを見た白組は慌てた。



そして、低学年の白組の児童、五、六人が、僕らも行こうとして、迷っていた。


この様子を見て、僕はシグナルを持ちながら、、「行け!」と号令を発した。






これを契機に、運動場中、全学生が走り回った。



そして、

全学年、入り乱れての、大綱引き合戦となってしまったのである。




騒然とした空気が運動場に流れ出た。



声が鳴り響くし、土煙は上がるし、、、半ば乱闘めいたこの騒ぎに、先生方は為す術がなかった。



周りの観客も半ば半狂乱で見ていた。



そして、未だかって見たことのない、前代未聞の大騒動となってしまったのである。




運動場は制止できない状態となった。



怒濤の渦と化したのである。



後で聞けば、このカマ男先生は、いつも何かを企んでいて、毎年運動会では、問題をおこしているとのことだった。





何はともあれ、運動会も終了した。


後で考えれば、驚くべき、圧巻とも言える運動会だった。



月日は早いもので十月に入ろうとしていた。








二日後、反省会が開かれた。



当然のことながら、綱引きの件である。



委員会から忠告を受けた。



関係者から「以後、充分気をつけるように」と、厳重な忠告を受けたのである。


校内でも論議が起こった。


賛否両論あったものの、二人は校長からも、注意を受けた。



児童の中にも論議が沸き起こった。



当然町の父兄にも論議が沸き起こった。



とにかく道徳上良くない、指導上よくない、と非難されてしまったのである。





が、まあ結局は穏便に取り扱ってくれた。



喧嘩両成敗ということで、事なきを得たのである。




しかし、この綱引きの件に関しては、町、学校共々およそ一ヶ月ほど論議が為された。



そして、かなり

長くまで論争を呼び、反響を轟かせたのである。












そして、次は水泳同様、陸上競技記録会である。


水泳記録大会と同じように、この町の一番広い小学校の運動場を使って、陸上競技の記録会が繰り広げられる。


短距離の六十m走、百m走、長距離の1500m走、走り高跳び、走り幅跳び、ソフトボール投げ、対抗リレーなどの種目が行われる。


それまでは、10日ほど前から自校で練習する。


その間の指導の熱、力の入れようにも言い様のないほどの熱弁が聞こえてくる。



水泳大会とおなじように、児童の代表者が出場するのである。



またしてもお祭りである。


当然見物客も多い。


5、6年生の町内の児童が集まって運動会以上の盛り上がりを見せる。


児童の応援の声も激しいものがある。


教師の声も、運動場の隅にいても聞こえるぐらい、大声を出して、叱咤激励の声を飛ばしている。


場内のアナウンスもまたしても、オリンピック並みである。



そして何と言っても大会のハイライトは、終盤の100m決勝、学校対抗リレーである。



その応援は言うまでもなく、歓声、歓声で声が高まる。



秋の青空の下、力一杯の競技が繰り広げられるのである。



子供達は、汗を流して無心で次々と身体を動かして、夢中になって競技に熱中している。


午前中から始まった競技も昼が過ぎて、時間も午後3時半を回ろうとしている。




西の空が赤く染まって夕陽が顔を出してくる。


それでも歓声は止まらない。



全種目終わった後の閉会式には、山の紅葉と相まって美しい風景が見られる。



夕陽と山々が重なりあい、自然の織り成す夕暮れのこの時期には、季節特有の独自の黄昏が浮遊している。



校舎と運動会とまわりの環境、児童達の清らかな恰幅、素晴らしい交歓が交わっている。


その風景には、感動するような気配も宿っている。


スッくと立ち並んでいる子供達の後ろ姿を見ても、満足感が漂っている。


充実した成就間を味わっているかのようにも見えてくる。


そして閉会の言葉と共に幕が降りる。






言うまでもなく、この陸上競技記録会の準備、後片付けは教師集団で行う。


とにかく、この町は、何事に於いても熱心なのである。


僕の小学校時代はこんな風情はなかった。


走り方の方法とか、テクニックとか、そんなことは教えてもらった記憶がない。


この町では、毎年、毎年こうして、このような行事が行われる。



当然その指導には、先生方も熱が入ってくる。



その力の入れようには、何においても激しいものがある。



僕はこの町をスポーツ王国と命名した。




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