茶色い調味料

 翌朝、俺は可食できる小包を携えて自宅の玄関を出た。


 すると、家の中から母親が声をかけてくる。


「どこいくの?」


「イザベラのところだよ」


 玄関の石扉を閉じ、地面を蹴っていき、空を昇っていく。


 今日もこの町、ニシイワヒメは平和だ。


 俺は岩の天上から鎖で吊るされている数々の家の横を横切りながら宙を移動していった。






 数分後、俺は『283』と側面に描かれた家が建てられた島の上空に辿り着いた。


 そして、島を吊るしている鎖を軽く撫で、大地に体を降ろしていく。


 イザベラはまだ家にいるだろうか。


 不安を抱きながら、家の扉をゴンゴンと叩く。


「おはよう。恵夢です。イザベラさんに会いに来ました。……イザベラ、居るかな?」


 返事は無し。


 怒って無視をされているのか、本当に居ないのか。


 確かめるすべは玄関を開けて中を確認すればいいけど、それはとても失礼だ。


 あと1分まって何もなかったら、一度家に戻ろう。


 そう考えたとき、玄関がゆっくりと開けられた。


 イザベラの姿が奥から現われる。


「なに、どうしたの?」


「あ、おはよう」


「うん、おはよう」


 俺は硬い笑みを作りながら、包みを前に差し出す。


「あー、イザベラのために料理してみたんだけど、よかったらどうかなーって」


「わざわざそのために届けに来たの?」


「うん」


 イザベラは苦笑しながら会話を続ける。


「教えてくれれば私が家に行ったのに」


「あー、なんか来てくれそうにない気がして」


「え、なんで?」


「だって、昨日ほら」


「もう気にしてないよ」


「え、本当に?」


「いや、完全にってわけじゃないけど、流石に寝たら少しは、ね」


「だよね、ごめん」


 俺はイザベラから視線を外して彼女の足元を見つめた。


 なんだか気まずい。


 すると、イザベラが軽く手を叩きながら、


「で、で! 歩夢はなにを作ってきたの?」


「あ、ああ。これ」


 俺は包みを剝がしていって中に包まれていたものを彼女に見せる。


 イザベラは興味津々に俺の手の上に乗っている物を凝視した。


「茶色いおにぎり?」


「うん。食べてみて」


「食べるけど、朝食済ませてるから、美味しくないと感じたらごめんね」


「そこは大丈夫」


「そう? それじゃあ、いただきます」


 イザベラは茶色いおにぎりをつまみ、口に近づけていく。


 そして大きく口を開け、おにぎりの頂点にかぶりついた。


「……あ、この味は! 昨日の缶詰の!」


「うん。残ってた汁を使ってみたんだ。ちなみに包みも汁が少しかかってるから、いつもより美味しく食べれるはずだよ」


「甘みと旨味が凝縮されていて、本能が直感的に旨いって感じる! 本当に美味しい!」


 イザベラは笑みを浮かべながらおにぎりを食べ続ける。


 その姿を見ていると、俺もなんだか嬉しくなっていった。


 罪滅ぼしの為に作ったおにぎりだけど、彼女がそんなに喜んでくれるなら作ってよかったと思える。


 イザベラは微笑みながら俺を見つめ、


「……好き」


「えっ!?」


 突然何を言い出しているんだ。


 そんなことを考えて体を硬直させていると、イザベラはうっとりした表情を手の中に納めているおにぎりに向けながら、


「この味、好きかも」


「だって、あの美味しい缶詰を使ってるからね!」


「そうだけど、歩夢が作ったこのおにぎり、私好き。美味しい」


「そう?」


「また良い缶詰を手に入れられたら、期待しちゃうな」


「今度は均等に食べあえるように気を付けるよ……」


 俺は硬い笑みをイザベラに向ける。


 今日も下から太陽の陽光がニシイワヒメを照らしていて、いい天気だ。

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たった一つの缶詰で彼女との仲が激しく変化した !~よたみてい書 @kaitemitayo

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