たった一つの缶詰で彼女との仲が激しく変化した
!~よたみてい書
そんなカンカンに怒らないでも
「この丸い鉄箱の中には何が入っていると思う?」
「大きさ的に、食べ物しか考えられないでしょう。あと鉄箱じゃなくて、缶詰ね」
俺とイザベラは、テーブルの上に置かれた缶詰を挟んで座って語り合っていた。
この缶詰は調査隊が過去の建築物から持ち帰った戦利品で、2電池で買ったものだ。
俺はその缶詰に期待を抱きながら呟きを続ける。
「あ、そうそう缶詰缶詰。で、食べ物が入ってるとして、イザベラはもっと具体的に何が詰め込まれてると思う?」
イザベラは目を細めながら俺を見つめてきた。
「“として”って、私の言葉を信じていないように感じるんだけど」
「いやいや、そんなつもりで言ったわけじゃなくって」
「分かってるから、そんなに慌てなくていいから。うーん、なんかの切り身の絵が描かれてるから、肉系だと思うな」
俺は首を少しかしげて尋ねる。
「絵というか、写真ってやつじゃない?」
「うんうん、写真。
「俺? 俺は前回みたいに昔の果物の甘漬けだと予想してるけど」
「でも、写真からは果物の感じは見て取れないけど」
今回の缶詰は、甘さを感じる装飾が施されていない。
いや果物が全部甘い物だとは断定できないんだけど。
「う、確かに」
「あと、側面に漢字が描かれてるね。なんて書いてあるか分かる?」
缶詰の側面に書かれている大きめの文字をじっと見つめる。
あ、これ分からない漢字だ。
「えっと……。魚って漢字が混じってるのは分かるんだけど、それ以外はさっぱり」
イザベラが両手を合わせて目を輝かせる。
「すごい! 魚ってのは分かったんだね! てか、この缶詰魚が入ってるの?」
「それは分からない。漢字の一部分に魚って漢字が使われてただけで。違う意味の漢字かもしれない。魚と関係ない食べ物かもしれないよ」
「確かに。って、あ」
「どうしたの?」
イザベラは缶詰を指さす。
「側面に魚の絵が小さいけど描かれてるよ」
あれ、見逃してただろうか。
俺は缶詰の側面を凝視する。
「これ魚? 生き物みたいだなーとは思ってたけど」
「私には魚に見えるけどなぁ」
「うーん、じゃあ中に入ってるのは魚だろうか?」
「つまり……実際に開けて確認するまで! さぁ、早く開けましょう」
「ああ、うん」
俺は台所に行き、手のひらサイズの刃物を握ってイザベラの元に戻っていった。
「開けるもの持ってきたよ」
「うん。でも、これってわざわざ刃物使って開けなきゃいけないのかな?」
「え、どういう意味?」
「なんかこの蓋の部分っていうのかな、表面になにかでっぱりが付いてるでしょう?」
「装飾じゃないの?」
イザベラは腕を組みながら頭と長い金髪を少し傾ける。
「それって意味ある?」
「……昔の人は必要あると思ってたんじゃない?」
「そうかなぁ……私にはどう見ても手で開けられるようにデザインされてるしか見えない」
「うーん、じゃあちょっと手で開けてみる?」
「うん。というか今までの他の缶詰もきっと手で開けられるように出来ている気がするよ」
「もしそうだとしたら、俺の考えが浅いことになっちゃうなぁ」
俺はイザベラから缶詰を受け取ると、でっぱりをじろじろ見つめ、指で触れていく。
「それで、どうしたらいいかな?」
「輪っかになってるから、指を通す気がする」
彼女に言われた通り、でっぱりを指で触れていくけど、びくともしない。
固い。
「いやいや、ぴったり表面にくっついてるよ。無理」
「じゃあ、指をひっかけて横に引っ張っていくのは?」
「それが理想的な気がするけど、引っ掛けるにしてはでっぱりが短すぎるような」
「だよね……。だとしても、一回引っ張ってみたら?」
「うん、やってみるよ」
俺はイザベラに促され、缶詰の表面に出来上がっているでっぱりの輪に人差し指をひっかける。
そしてそのまま横に引っ張っていく。
しかし、缶詰はびくともしない。
イザベラを責めるつもりはないけど、これ明らかに間違ってる方法でしょ。
「無理。指が痛くなるだけ」
「恵夢の力が弱いだけじゃなくて?」
「それは否定できないかな」
でもそれが当たってたら自分が情けなくなって傷つくな。
イザベラは軽く微笑みながら宙をひらひらと手でたたいていく。
「下段下段」
「つまり、
「正解。でも開け方は不正解」
「開け方の正解を教えてくださいよ」
「なにか側面に開け方とか書いてないのかな?」
「うーん……小さな文字が書かれてるだけで、それ以外はなにも」
「その小さい文字が開け方だったりしたらどうしようもないね」
「くぅ」
「とりあえず、そのでっぱりをどうにかして動かすことはできないかな? 力技でもいいからさ」
「それじゃあ、ちょっとでっぱりを立てるように倒してみようかな。このでっぱりは表面とくっついてるわけじゃないから、動かせる可能性が高いはず」
「うんうん、やってみて!」
俺はでっぱりを引っ張ろうと試みる。
がしかし。
「くっ、指が痛い」
「大丈夫?」
「きつい。でもいけそうな気がする」
すると、でっぱりは上に曲がっていき、パクァッという音と共に缶詰の端に小さな隙間が出来上がっていく。
イザベラは歓喜の表情を浮かべながら、
「開いた!」
「きた!」
成功だ。
しかし、缶詰の中に詰まっていたものは。
俺は慌てて中身を凝視した。
「うわぁっ!? ●●●!?」
「いやぁぁぁっ!!! って、そんなもの詰め込むなんてどんな嫌がらせよ。意味ないじゃない」
「あ、うん。それに臭いもしないから違った。色が似てたから間違っちゃった。でも、お腹を下した時のとそっくり」
「これから食べるからやめて。その話は終わり」
「ああ、ごめんね」
イザベラは軽く頭を横に振る。
「それより、早く食べよう。もちろん一緒に。半分ずつね」
「皿いる?」
「うーん、そうしよっか」
俺は台所から皿を一枚、フォークを二個持ってきて、イザベラの元に戻る。
そしてフォークを一個イザベラの前に置いたら、缶詰の中身を皿の上にフォークを使って移していく。
「こうして実際に確認してみると、魚の切り身に見えなくもないね。イザベラの予想が当たったかな?」
「どうだろう。似てるだけかもしれないし」
「あ、細かいのも全部?」
「もちろん」
俺はイザベラに言われた通り、缶詰に散らばった細かい肉片をフォークの上に乗せて、大きな切り身の上に乗せていった。
「出来上がり」
「半分に切り分けてよ」
「はいはい」
横に傾けたフォークを切り身の中央に押し込んでいくと、身が左右に分かれていく。
柔らかい。
イザベラは不服そうにつぶやく。
「もっと切り分けられない?」
「えー、もっと?」
俺も不服そうな顔で抵抗するけど、渋々、切り分けられた切り身をさらに半分にしていき、八つの切り身が出来上がった。
それでもイザベラはまだ不満そうな顔を浮かべている。
「それじゃあ、一人4つしか食べられないよ?」
「これ以上分けろって?」
「出来る出来る!」
仕方ない。
不安を抱きながら小さく分けられた切り身にさらにフォークで分断していった。
のだけれど、もう切り身と呼べる姿ではなく、細切れ肉になってしまった。
「ねえ、原形をとどめてないけど、これでよかったの?」
「いや、まさかこんなことになるとは」
イザベラは困惑した様子を見せる。
困惑したいのはこっちもだよ。
「でも味は変わらないよね。食べちゃえば一緒」
「うん、そうだよね」
「それじゃあ、早速確かめるとしますか」
フォークで細切れ肉をすくいあげ、口の中に運んでいく。
イザベラも同じように口の中に運搬していった。
「……あれ、甘くておいしい! 果物とは違うけど、甘い!」
「甘いのは俺も感じたけど、それよりも旨い! 直感的にうまさを感じる味わいだよ。なんだろう、切り身が本来持っているうま味成分みたいなのが直接口の中に入ってきて、シンプルに旨いと感じる!」
俺とイザベラは再びフォークで皿の上に残っている細切れ肉をすくいあげ、口の中に入れていく。
イザベラは目を見開きながら微笑む。
「うん、本能が旨いって感じる」
「この茶色いのはなんなんだろう。この調味料がその旨味と味が喧嘩してなくて美味しすぎる」
「少なくとも最初に勘違いしたヤツではないね」
俺たちは夢中になって皿の上に置かれた細切れ肉を食していく。
フォークが止まらない。
美味しすぎる。
故に、問題が起きてしまった。
イザベラが
「ちょっと、私の分一個多く食べてない?」
「え、あれ!?」
「“あれ!?”じゃないでしょ。半分ずつっていったじゃない」
「ごめん。缶詰が本当に美味しくてつい食べ進めちゃった」
「私も美味しい缶詰もっと食べたかったのに」
「ごめん。本当にごめん」
「ダメ。許さない」
イザベラは鋭い目つきで俺を睨めつけたあと、家から飛び出していってしまった。
ああ、俺はなんてことをしてしまったんだ。
彼女との約束を破ってしまった。
くっ、この缶詰が美味しすぎるのがいけないんだ。
缶詰が俺の食欲を誘惑してこなければ。
いや、俺の意志の弱さが招いたことだ。
苦笑を浮かべて、ため息を漏らす。
自分が犯した罪は償わなければ。
俺は机の端に放置されている蓋が開けられた、茶色いドロっとした小さな水たまりを作っている缶詰を見つめた。
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