まーちゃん、みーちゃん、あおくん。

「まーちゃんっ!もうそろそろ起きてっっ!!」


私の声が私の娘、戸田 真和とだ  まあおの部屋に響き渡る。


「もうちょっと、あと1分だけ~~」


真和はまだ眠っていたいのか、そう言って布団を出ようとしない。


「それ、5分前にも聞いたよ。

はいっ、起きて。」

私はそう言って、真和から無理やり布団を引きはがす。


すると真和は少し不満そうに頬を膨らましながらも、洗面所へ向かう。


そう、これはわが家の、そして一般的な家庭の日常の風景。

当たり前のように過ぎていく当たり前の日々。

けれど、かけがえのなく、当たり前ではない日々。

これを絶対に崩してはいけないと、私は知っている。


しかし、わが家はほかの家庭とは違うところがある。



「みーちゃんっ!今日の朝ごはんなに~??」

「今日はトースト。作ってあげるからなにトーストがいいか教えて。」

「ピザ!!ピザトーストがいいっ!!」



それは、親も子も、基本的に立場は同じということ。


もちろん、親は子を教育しないといけないから、「教育」という面では私たち、親の方が立場は上になってしまう。


けれど、それ以外の普段の会話の時は対等な立場で話す。


こちらが間違えたときは、もちろん謝るし、指摘もきちんと受け入れる。

子供が楽しんでいるときは一緒になって楽しむ。

自分たちの意見を押し付けない。


当たり前のように思えるかもしれないけれど、それはとても大事なことで、そして忘れがちなこと。


このことは絶対に忘れないように、いつも真和と同じ立場でいるようにしている。



だから、わが家ではお互いことを名前やあだ名で呼び合っている。


私は真和のことを「まーちゃん」、真和は私――戸田 瑞葵みずき――のことを「みーちゃん」と呼んでいる。

父親、戸田 碧陽あおひのことも、「あおくん」、「あーくん」と呼んでいる。



これが、絶対に崩してはいけないわが家のルール。


「フレンドリーなのね。」

そうママ友から皮肉られることもあった。


けれども、気にしない、気にしない。


これは、幼い頃の経験に基づく私の、そして碧陽のやり方だから。




私も碧陽も育った家庭はそういいものではなかった。



私は記憶内では3歳の頃から大学を卒業し、自立するまでずっと虐待を受けていた。


暴力や暴言が日常茶飯事で、痛点が自己防衛のために狂って痛みを感じなかった時期もあった。

かけかけられてきた数々の言葉は今でもトラウマとして、そしてとして残っている。


そんな日々を乗り越えて、私は今、”親”という立場になっている。


正直、あの頃の私は自分が親になるとも思ってはいなかったし、親になることが怖かった。自分自身の親の二の舞を踏んでしまいそうで。


それは、実は今でも思っている。


いつか、自分が真和に虐待をしてしまわないか、怖くて眠れないような夜もある。



だからこそ、その予防も兼ねて、わが家のルールはある。



碧陽は、浮気性の母のもとで育った。


そのせいで再婚と離婚を繰り返し、時には母の再婚相手に蔑ろに扱われることもあったそう。


家も貧困を極め、ついには食事もなかった時もあった。


そんな日々を乗り越えた碧陽は、子供に貧しい思いをさせないように、そして親の事情で振り回さないようにしている。



そのせいで、多少真和に甘いところもあるけれど、そこには目をつぶってあげている。


”子供には私たちのような思いはさせない。”

それが私たちの教育、そして家族における信念だった。



おかげで真和はすくすくと素直で人懐っこい子になった。



「みーちゃーんっ!もう行くよっ!」

玄関から真和の声が聞こえる。


「あおくんにいってきますって言った?」


「言った!」

真和が元気に返事をする。

一刻も早く学校へ行きたいみたいだ。


「聞いてないよ、笑」

碧陽が笑いながらそう真和に突っ込んだ。


「はいはい、いってきますっ!」


くすくすと碧陽が笑う。

「”はいはい”じゃないでしょ」



他の家庭だったら、「はいはい」なんて親に使ったら怒られるだろう。

けれども、わが家ではそれが笑って軽く注意される。


のびのびと、ひねくれることなくまっすぐに今日も真和は笑顔で学校へと出発した。

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真直ぐに。 葉月楓羽 @temisu00

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