第50話 青髭城の宴

 *



 一年後。

 初めての出産をひかえて、幸せいっぱいの火乃香は、ひさしぶりに東京へ来ていた。


 たまにイラストは描くものの、今では、それは趣味だ。仕事にしているわけではない。だからこそ、クライアントの要望にそったものをムリに描く必要もなく、ほんとに好きな絵だけをのびのびと楽しめる。

 生活はすべて、凛が見てくれる。ほんとに、何から何まで頼れる王子様だ。


 東京へは、しかし、遊びに来たわけではない。目的があるのだ。ただ、ターゲットにはそう思わせないようにしなければならないのだが。


 今日は腹違いの妹が通うバレエ学校の発表会だ。妹の結衣花ゆいかとは十歳違い。なので、結衣花はまだ十六歳だ。会場のホールから出てくる義母と異母妹を、停車中の車窓から見て、凛はうなずく。


「お母さんが違うから、そっくりってほどじゃないけど、たしかに目元は君に似てる。十六なら、まだ肉もやわらかいだろうし」

「妹と似てるなんて、わたしは思ってなかったけど」

「妬いてるの?」

「まさか。だって、あの子を食べてみたいのは、わたしを愛してるからだよね?」

「そうだよ。君を食べたいけど、我慢する。かわりにね」

「この子が生まれるまで、まだひと月あるもんね。それまで、あなたに我慢ばっかりさせとくのはかわいそうだし」


 それに、あの二人は絶対にゆるせない。母の形見ののビスクドールを粉々にした罰だ。手足を生きたまま一本ずつ切断して、本人の目の前で料理させよう。


 そのために、警察に足がつかないよう、最適の場所とタイミングを調べた。

 今から、ぐうぜん通りかかったふうを装い、二人を高級レストランに誘う。

 音信不通だった義理の娘が、ものすごい美青年と高級車で現れれば、義母はきっと腹の底から悔しがるだろう。どうにか凛との仲をきまずくさせようと機会をうかがうんじゃないだろうか? あるいは、金持ちになった娘には手のひらを返して媚びへつらうか。


 二人によく似た体形のクラブ会員を用意してあるので、車のなかで本人たちを眠らせたあと、防犯カメラのない死角の場所でその人たちと入れかえる。レストランへは替え玉とむかい、義母と妹は別の車でマンションへつれていくのだ。


 もちろん、替え玉の二人はレストランを出たあと、駅まで送る。二人は火乃香の実家最寄り駅でおり、途中でタクシーに乗って行方をくらます。そうすれば、義母たちがどこでいなくなったのか、誰にもわからない。


 予約してあるレストランのオーナーシェフはクラブの会員だし、そこから不利な証言が出ることもない。二人が行方不明になって警察に聞かれても、火乃香は心配そうな顔をしておけばいいだけだ。


(一本ずつ指をバラバラにして。手の指、足の指。それから、目玉を片方ずつくりぬいて。その前に鼻をそぎおとしてもいいかな? 義母の前で妹からそうしてやれば、大切なビスクドールを壊されたわたしの気持ちが少しはわかるんじゃない?)


 火乃香の復讐がクラブ会員の楽しみにもなる。大嫌いな義母や妹の肉など、火乃香は食べたくない。が、みんなが喜ぶなら、それでいい。とくに、凛が喜ぶなら。


「じゃあ、行こうか」

「義母は見えっぱりだから、凛のこの車見たら、きっととびついてくるよ」

「早くマンションに戻らなくちゃね。みんな、待ってる」


 言いながら、凛が車を発進させる。タクシーをひろおうと歩道でウロウロしている義母たちに、すべるように近づいていった。


「お母さん! 結衣花でしょ? スゴイぐうぜん。ひさしぶりね」


 スルスルおりるパワーウィンドの内から声をかける。火乃香の背後で、夢の友達や狐姫がクスクス笑う。後部座席は霊でいっぱいだ。

 でも、義母たちには見えないんだから、問題ないだろう。



 昔々、おとぎ話にあこがれる少女がいました。

 大人になって、少女は自分だけの王子様と出会い、死ぬまで幸福に暮らしたのです。少女の王子様には青い髭がありました。



 楽しい夜が始まる。

 青髭城は、今宵、パーティーだ。





 了

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