第48話 青髭の告解



 凛の告白はまだ続く。


「初めのうちは衝動を抑えてたけどね。でも、それじゃ、うまくいかないのは、両親の事件でわかってた。抑えるだけじゃダメなんだ。上手に発散させないとね。僕は幸いにして祖父の財産のおかげで、働かなくても金には困らない。人脈もある。それで、金と時間を使って、仲間を集めた。いしずえはすでに祖父が築いてくれてたしね。祖父は母を亡くしたあと、そのぶんの愛情を僕にそそいでくれたから、きっと予測できてたんだ。僕が母と同じだって。だから、ひそかに秘密クラブを作って準備してた。僕が母みたいになっても困らないように。僕はそのクラブを経済的な面にも広げただけ。世の中にはけっこう、ほんとはいるんだ。染色体の異常だなんて言われるけど、後天的な嗜好しこうもあるよ。その味を教えてあげれば、何パーセントかの人はハマる」


「あのクラブ……」


 火乃香が指摘すると、凛は嬉しそうに微笑む。

「通称クラブ・クラブ。またはキャンサー。祖父たちはカニクラブって言ってた。ほんとは、カニバリズムクラブだ」


 激しいめまいに襲われる。

 カニバリズム。聞いたことがある。それは人間が人間の肉を食べる行為をさしている。人肉嗜食じんにくししょくだ。


「カニクラブって、じゃあ、蟹じゃないの?」

「違うね。正式名称はあえて会員同士のあいだでも口にしない決まりなんだ」


「クラブの人たち、みんな?」

「もちろん。もともとそうだったり、祖父や僕がその嗜好に目ざめさせたりして、増やしてきた仲間さ。今じゃ、政府や警察、裁判所のなかにも仲間がいる。日本全国、それなりの数だ。優秀で組織の管理職につき、または個人の才能で業界トップの人物。秘密クラブだから結束はかたいしね。急にできた死体なんて、みんなで食べれば、あっというまになくなる。。骨は飼い犬に食わせたり、スープの出汁にしたりね。クーリー病? あれは狂牛病の一種だよ。脳組織さえ食べなければ発症しない。脳髄だけは焼却処分だ」


 めまいがさらに激しくなる。立っていられなくなって、火乃香は椅子にすわりこんだ。


「もしかして、要女がいなくなったのも」

「若い女の肉は人気が高いよ。子どもほどではないが。男の肉は固いから、僕は好まない。でも、そういうのが好きな会員もいる。歯ごたえがあるって。心配しなくていい」


 言いつつ、凛は春翔を見る。パーティーに集まるあの人たちが、春翔の肉を料理して食べるのだと思うと、吐き気をおぼえた。


「もしかして、優子さんも?」

「当然、クラブの会員だよ。祖父の代からのね。中心メンバーの一人だ」


 頭がクラクラする。あの優しい優子が食人鬼たちの仲間。それも中心メンバー。だとすると、これまで、火乃香に親切にしてくれたのも、クラブ会員として、凛に協力したからでは?


「そういえば、わたしが中絶したいと言ったとき、優子さんは堕胎じゃなく、生んでから里子に出しましょうって説得した。あれって、つまり……」

「まあ、そこは申しわけなかったけど、春翔との契約だったから。今さら契約不履行にはできなかった。メンバーの団結力を保つためには、約束は絶対だからね。それはクラブ会長の僕でもまげられない」


 火乃香の子どもを受けとったあと、ほんとは里子に出すつもりなんてなかったのだ。クラブのメンバーで美味しく食べる予定だった。


「わたしが流産した子どもって、まさか?」


 凛はさもいたましげな顔をする。

「あれはほんとに残念だったね。ちゃんと生んで、一、二年育ってからのほうが美味いんだが、まあ、食べられなくはなかったよ」


 やっぱり、そうだったのか。めまいが止まらない。今にも倒れそう。

 それに、火乃香の赤ん坊だけじゃない。


「待って。このマンション、赤ちゃんの霊がすごく多い。それに、妊婦をよく見かける」

「定期的にメンバーに美味しい肉を提供しなきゃいけないからね。戸籍のない赤ん坊なら人知れず処理されても、どこからもとがめられない。契約母体は金をもらった上、子どもはどこかの金持ちの養子にされたと思ってる。みんながハッピーになれるんだ」


 本気でそう思っているようすの凛が、ちょっとおかしそうにクスリと笑った。


「君がほんとに霊の見える人だとは思わなかった。科学的には統合失調症、あるいは解離性同一性障害の疑いが強い。君が見えてると思ってるだけなんだ。でも、それだと、さっきの春翔が急に動けなくなった説明がつかない。ナイフが宙に浮いたしね。霊じゃなければ、なんらかの超能力だ。霊を信じるか、ESPを信じるか。そういえば、君が要女につきおとされたとき、藤江が母の霊に呼ばれたと言ってたなぁ。それがほんとなら、母も君を歓迎してるんだ。僕の花嫁と認め、守ってくれてる。嬉しいよ」


「凛さん。心霊研究家なのはほんと?」

「そうだけど、僕自身は見えるわけじゃない。世の中の99%の心霊現象は嘘か錯覚だよ。退屈してるセレブの肩書きとしてはいいほうなんじゃないかな?」


 小さな鍵であかずの間をあけたら、なかから秘密が次々とびだしてきた。いつまでも、やみそうにない。まだまだ、出てくる。

 さっきから、恐れてる事実があるのだが、思いきって、それをたずねてみた。


「クラブの食事会。わたしも何度も招待された。あそこで出される肉料理って……?」


 凛のおもてに今日一番の笑みが刻まれる。


「もちろん、うちで仕入れただよ。妊婦はたくさんいる。ここは牧場なんだ」

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