第17話 夢のなかの友達
あのときみたいなことが起こるのだろうか?
いや、現に奇妙な事件が続いている。
死人の影におびえる日々。生きた男も嫌い。義母も嫌い。父も嫌い。幼なじみも嫌い。何より、亡霊が一番嫌い。
不安なままで眠ったせいか、また夢を見ている。
火乃香は自室のリビングルームで誰かといっしょに話している。お茶を飲みながら、おだやかに微笑んでいた。古くからの友達のようだ。
火乃香に友達なんていただろうか? 中学まではふつうの女の子だった。ふつうに仲のいい子がいた。ふつうに学校へ行き、ふつうに笑っていた。義母とウマがあわないぶん、学校でのつきあいがより重要だった。
まるであのころのように、その人と話している。
だが、確実に変なことが一つある。知らない人なのだ。顔を見ても誰だかわからない。
年齢は火乃香と同じくらい。小柄で年のわりに少女っぽい。ボブカットのせいもあるだろうか。でも笑うと目尻にしわがよって、それがキュートだ。
十二月なのに、ずいぶん薄着だ。ノースリーブのワンピースを着ている。麻素材は夏にはいいが、冬には見るからに寒い。
「それは、わたしが……のが夏だったからよ」
「そっか。寒くないの?」
「今は……だから、平気」
「そう」
自分でも何を言ってるのか理解できない。でも、夢のなかでは意味が通じている。
「わたしに何かできることある?」
火乃香が問うと、彼女は悲しげに首をふる。
「一日も早く出ていったほうがいいよ。じゃないと……」
「じゃないと?」
答えを待っているのに、いつまでたっても返ってこない。彼女のおもてがだんだん無表情になり、すべるように遠くなる。
「待って。じゃないと、なんなの? 教えてよ」
こたえはなく、いきなり、場面が変わった。
息をしたとたんに水が口中に入ってくる。状況がわからない。自分は水のなかに沈んでいるようだ。頭をあげようとするが、強い力で押さえられていた。たとえば木の板や金属の固さではない。手のようだ。頭皮に食いこむ指の感触が、ありありと伝わってくる。浮きあがろうとすると、ぐっと、その力が増す。
誰かが火乃香を殺そうとしている。よく見れば、マンションの浴室のようだ。浴槽に顔面だけつけられ、ジタバタもがく自分が、一瞬、
(やめて。誰? 春翔なの?)
力の強さから、男なのはたしかだ。それも、自分の愛した男。愛しい人に殺されようとしている。鼻からも口からもガブガブ水が入ってくる。それが肺につきささる。痛くて、苦しくて、悲しくて、涙と鼻水が風呂水に溶けていく。
なんでなの?
信じてたのに……。
水音のむこうで、ぼんやり男の声が聞こえる。どこかで聞いたような? でも、意識が急速に遠のいて、判別できない。
だが、とつぜん、もっと激しい罵声が響いた。
「なんだ、おまえは? 火乃香に何してる!」
春翔の声だ。
火乃香はとびおきた。
夢を見ていたのだ。溺死したのは、夢のなかの友達。彼女はもうこの世にいない。
何かを教えたくて現れたのだろうか?
だけど、のんびり考えている場合じゃなかった。
春翔の怒鳴り声がリビングルームからしている。
これも夢だろうか? いや、でも、夢のなかの感覚ではない。春翔は出張中で、まだ二日くらいは帰らないはず。
さすがに、要女も起きだしてきた。二人でそっと、リビングルームの扉をあける。ソファーの前で春翔と凛が争っていた。と言うより、迷惑げな凛に一方的に春翔がなぐりかかろうとしている。
「ちょっと、やめなさいよ。あんた、なんなの?」
要女があわてて、とびだしていく。春翔は要女を見て戸惑った。
「……女? あんたら、人のうちで何してんだ?」
「ああ、そっか。あんたが火乃香の旦那か」
「火乃香の知りあいなのか?」
火乃香は遠慮がちに口をはさんだ。
「二人とも、わたしがさみしいから泊まってもらったのよ。要女はここの管理人で、凛さんはオーナーの孫。要女の友達なの」
春翔はバツが悪そうな顔で黙りこむ。凛が胸ぐらをつかむ春翔の手をふりはらった。
「では、今夜は帰ろうか。要女」
「しょうがないね」
出ていこうとする二人を見て、火乃香は不安になった。昨日の朝、春翔が出ていったときには、彼の不在があんなに心細かった。でも、今は夫と二人きりになるのが怖い。
春翔はほんとに浮気してないのか? それとも、凛の言ったとおり、すべては春翔の仕組んだカラクリなのか? まだ確信が持てないから……。
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