第15話 カーテンのかげ



 夜遅く、火乃香は要女と凛をつれて自宅へ帰った。今夜は二人だから、要女には火乃香といっしょにベッドで寝てもらうしかない。

 昨夜のようなことがあるといけないから、そのほうがかえって助かる。一人で寝るのが怖いなんて、子どもみたいだが、我慢できなかった。


「おやすみなさい」

「ええ? もう寝るの? 今日も飲もうよ」

「ちょっと疲れたから」

「そう?」


 要女は不満そうだが、十二時前にはベッドに入った。

 でも、照明を消しても、眠れない。むしろ、要女のほうがすぐに寝息を立てる。うらやましい寝つきのよさだ。


 寝室の外はベランダだ。カーテンに少しすきまがあった。なぜか、その端がユラユラゆれている。窓は閉めてある。鍵もかけたはずだ。昨日今日、洗濯もしてないから、一度もベランダへは出ていない。


(変だな。要女があけたのかな?)


 要女はよほど酒好きなのか、夕食のとき、かなり飲んでいた。たしかに、優子の出してくれたジンギスカンは絶品だった。やわらかく、思っていたより癖もなかった。彼女のすすめる上等の赤ワインにもよくあった。つい飲みすぎてしまう気持ちはわかる。


 きっと、火乃香がお風呂に入っているうちに、要女があけたのだ。暖房がききすぎていたのかもしれない。要女が暑いというので、そのエアコンもさっき切った。


 それにしても、やけにヒラヒラする。しかも、風が吹きこんでいるのなら、カーテン全体がフワフワするはずだ。なのに、二枚のカーテンがあわさるまんなかの片側だけが、ピラリとする。それも下の端っこだけ三角形にめくれあがり、また落ちる。風にしては変な動きだ。ほんの一、二センチだが、もしかして、裏に虫かネズミでも隠れているのだろうか? こんな設備のしっかりしたマンションにネズミ? どこかのペットのハムスターが逃げだして迷いこんだとか?


 じっと見ていると、そのうち、カーテンの奇妙な動きは止まった。ホッとして、火乃香が目を閉じようとしたときだ。急に大きな音がした。ふたたび窓辺を見ると、あのカーテンが大きく二十センチも持ちあがっている。そのまま、バサリと窓ガラスをたたいて、もとに戻った。


 火乃香は悲鳴をあげていた。要女は起きてこないが、リビングルームのドアがひらく。


「火乃香さん?」


 凛がとびこんでくる。

 火乃香は彼の顔を見て泣きだしてしまった。


「大丈夫。もう安心してくれ。何があった?」

「カーテンが……」

「カーテン?」


 それ以上、説明できない。

 凛はためらうことなく窓に歩みよる。あのカーテンをめくったあと、こっちをふりかえる。


「何もない。窓も閉まってる」

「鍵も?」

「ああ」


 鍵はふつうのクレセント錠だ。防犯用に上下にストッパーがついている。火乃香の位置からでも、どちらもかかっていると確認できた。


 では、さっきのアレはなんだったのか? すきま風が入りこむはずはない。なぜなら、二重窓だ。それに、すきま風ていどで重いカーテンが、あれほど大きく持ちあがるわけがなかった。


 今、凛があけてみせたカーテンの陰には、なんの異常もない。虫一匹いない。


「カーテンがどうかしたの?」


 凛に問われて、火乃香は涙をこられきれなかった。信じてもらえていないことが、ひしひしと伝わった。


「さっきは……生き物みたいに動いたんです。ほんとです。わたし、見たんです」


 泣きじゃくる火乃香を見て、凛はため息をつきながら近づいてくる。ベッドの端にすわると、火乃香の手をにぎりしめた。


「明るくなってから、もう一度、調べなおそう。今は暗いから、外までよく見えない」

「……」


 調べれば、あるいはまた春翔が細工した仕掛けが見つかるかもしれない。そうだったらいいと思う自分がいる。もし、何もなければ、それは完全に霊的な原因だ。または、火乃香の頭がどうかしてしまったのか。そっちのほうが怖い。


「君が眠るまで、ここにいるよ。だから、安心していい」


 火乃香の手をにぎる凛の手に力がこもる。

 本来なら、それは春翔の役目だったはずだ。春翔にそれを期待していた。あの嬉しいような悲しいような、切ない感情がまたこみあげてくる。


 でも、目を閉じると、いつのまにか眠っていた。

 夢のなかでを聞いたような気がした。


 だから言ったのに。忠告してあげてるのよ。今のうちに逃げないと後悔するから。バカな女。必ず裏切られるんだから……。


 誰かの声が、耳元で。

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