第12話 霊の正体
やはり、女は生きていた。鍵を使って、こっそり侵入したのだ。その鍵は、春翔から受けとって……。
画面のなかでは、しばらくして火乃香が帰ってきた。封筒は持っていない。だが、部屋に入ってすぐ、またとびだしてくる。壁ぎわでうろたえ、泣いたり、しゃがみこんだりしている。そのうち、となりの部屋から優子が来て、二人で隣室へむかう。
そうだった。優子に声をかけられて、部屋で紅茶をごちそうになったのだ。このあいだ、二十分ていど。
案の定、侵入者が逃げていったのは、そのときだ。火乃香たちの部屋から出ていき、エレベーターにかけこむ姿が映っている。ただ、あわてたのか、マスクとサングラスを外したままだ。青白く、腐ったような肌が見える。さらにはエレベーターの前でゴムマスクもとった。カバンに押しこむその顔に、火乃香は見おぼえがあった。
「この人!」
「知ってるんですか?」
言葉にするのに勇気が必要だった。それを言えば、春翔の浮気が確定してしまう。ためらいながら、でも、言わざるを得ない。
「……春翔さんの元カノです。わたしは会ったことないけど、卒業アルバムに写真があって。大学のときにつきあってたって」
「名前は知ってますか?」
「フルネームは知らないけど、たぶん、
まだ結婚前だ。三人で居酒屋に行った。火乃香がトイレに立って戻ってきたとき、春翔たちが話しているのが聞こえてしまったのだ。
「てっきり、臼井と結婚するんだと思ってたのに」
「あいつと結婚はできないよ」
「あんだけラブラブだったろ?」
うん、まあ、とかなんとか、春翔が口をにごした。そのときに、あの写真の女だとピンと来た。春翔は臼井に対して、まだ特別な感情を持っていると。
どんな理由で別れたのか知らないが、ほんとは、まだ彼女と続いていたんじゃないだろうか? それとも、ひそかに再燃した?
だから、転勤になったのを幸いと、元カノを使って、こんな大がかりなお芝居をしたのか。そんなことをして、なんになる?
(わたしを怖がらせて……追いだすため?)
どうにかして、火乃香のほうから離婚を切りだすように仕向けるつもりなのかもしれない。
うなだれていると、凛の指が頬にふれてくる。こわれものをあつかうように、そっと。
「君はどうしたいんだ? 調査はここでやめる? それとも、続行する?」
もう怪異の正体も、その起こったわけもあばかれた。あとは春翔の真意を確認するだけだ。それはつまり、火乃香が春翔をゆるせるか、ゆるせないか、そこにかかってくる。離婚するのか、しないのか。
「ちょっと、考えさせてください……」
「そう?」
「決心がつかなくて」
「君にその気があれば、臼井については、僕が知りあいの探偵に調べさせておくけど?」
「ごめんなさい。それも、時間をください」
「わかった」
もう調べることはないようなものだが、いちおう、春翔の車が駐車場から出ていく映像は確認した。地下道からのゆるいスロープをのぼり、車道へ出ていくところが、しっかり撮れている。そのときには、女はすでに降車したのか、体を伏せているのか、見たところ春翔一人だ。
エレベーター前で火乃香が見かけた瞬間は、手前に駐車された車のかげになって、春翔の車内までは映っていない。あのとき、たしかに女が乗っていた証拠はないと判明した。火乃香が目視しただけだ。
とても、さびしい。
世界中で一人きりになった気分。
火乃香の気持ちを察したのだろうか。
「そろそろランチタイムだ。お昼をごちそうしよう」
「えっ? でも?」
「いいから、おいで」
強引に誘われる。
防犯室を出ると、ガードマンは廊下の端で待っていた。火乃香たち二人を見て、ふたたび敬礼する。
凛に肩を押されるようにして歩いていった。このマンションの一階には、コンビニのほか、レストランやスポーツジムもある。
レストランは引っ越してきた初日に春翔と行ってみたが、なかなか高級感のある店で、味も悪くなかった。地方にしては値段は高めかもしれない。てっきり、そこへ行くのだと思ったのに、凛はエレベーターに乗りこむ。地下駐車場なら外へ出るためだが、そうでもない。凛が押したのは最上階のボタンだ。
「どこへ行くんですか?」
「レストランにルームサービスを頼むんだ。イヤだった?」
てれくさそうに頬を染めた凛は、少年みたいで可愛い。イヤではない自分がいることに、火乃香は気づいていた。
それに、これほどの高級マンションの最上階がどうなってるのか、少し興味もあった。ミーハーなつもりではないが、美しい内装なら絵の勉強にもなる。そんなふうに考えたのは、自分への言いわけだったかもしれない。
静かに、すべるように昇りつめるエレベーター。
やがて最上階に到着し、ドアがひらく。
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