第11話 裏切りの証



 火乃香は興味がないので、そうしたものは使っていない。が、スマホの遠隔操作で外部からでもあやつれるスマート家電なるものがあるという知識は持っていた。タイマー式なら、出かける前に仕掛けてさえおけばいい。


「じゃあ、やっぱり全部、作りものなんですね」


 凛は肩をすくめる。

 また泣きそうになるのを、火乃香はグッとこらえた。今、泣けば、完全に理性を失ってしまいそうだ。


 火乃香には苦い思い出があった。

 母を亡くしたばかりのころ、義母が来て家に居場所もないし、さみしくて、あてもなく街なかをふらふらしていた。優しそうなおじさんがカラオケに誘ってくれたのでついていった。急に冷たくなった父にかわる父性を求めたのかもしれない。


 最初は楽しかった。いろいろ悩みや愚痴を聞いてくれて、好きな曲を歌って、パフェやウィンナーもおごってくれた。だが、おじさんのすすめるジュースを飲んだあと、眠くて眠くてたまらなくなり、急に気が遠くなった。


 どのくらいのあいだ、意識を失っていたのかわからない。下半身がしびれるような重い疼痛で目がさめたとき、おじさんはいなくなっていた。テーブルの上に一万円札が置かれていた。金さえ渡しておけば、警察には訴えないと思われたのだ。


 白い歯でかじると、パリッとはじけるウィンナー。

 あんなふうに、薄い皮がやぶれたみたいなビリビリした痛みと、血でよごれた下着だけが残された。


 ひそかに終わった初体験。まだ高校一年だった。男の子とキスもしてなかったのに、ムリヤリふみにじられ、散らされた。

 とうぜん、泣き寝入りだ。恥ずかしいのと悔しいので、誰にも相談さえできなかった。


 あれ以来、男なんて大嫌い。父も、父に似たおじさんも、エッチな目で見てくる幼なじみも、話したこともないくせに告白してくる同級生も、すれ違いざまにいやらしい笑みを見せる老人も、みんな、みんな。


 春翔だけが違っていた。いつも爽やかで、紳士的で、少しもところがなかった。きっと、黙っていても女の子のほうからよってくるからだ。

 もともとの人見知りとあいまって、高校、大学と一人の男性ともつきあわなかった火乃香にも、いい距離感でうちとけてきた。いつのまにか大切な人になっていた。この人なら守ってくれるという安心感。

 まさか、こんなにも早く心変わりされるなんて。


 だからと言って、やけになるのは怖い。また痛いめをみるに違いない。

 凛は女性のように美しいから、つい心をゆるしてしまいそうになる。もっと気をひきしめないと。


「じゃあ、今度こそ防犯カメラだ。怪異の種あかしは二つともできたが、君の夫がなぜそんなことをするのか、つきとめないとね」


 凛にうながされ、部屋を出た。昨日、いっしょになったエレベーターに二人で乗りこむ。

 だが、今度は上に行くわけではなかった。凛がボタンを押し、ついたのは一階だ。


「こっち」という彼についていく。

 エントランスの真横にある防犯室だ。セキリュティ会社から派遣されたガードマンが常時、交代で詰めている。


「こんにちは」


 凛が入ると、ガードマンは椅子から立ちあがり、敬礼する。さすがにオーナーの孫だ。


「昨日の防犯カメラの映像を見せてもらっていいかな?」

「どうぞ、ごらんください」

「君は見まわりに行ってくるといいよ」


 凛はガードマンを部屋から追いはらう。オーナーの許可を得てからと言っていたのに、事後承諾にするつもりのようだ。あるいは、心霊研究家だかなんだかの調査で、いつもこういうことをしているのか。

 きっと、オーナーは可愛い孫を溺愛しているんだろうなと、火乃香は思う。


 防犯室にあるパソコンから、データを見られた。早送りで流されるそれを、凛のとなりでながめる。


「あっ、ここ。春翔さんが出ていくところ」


 エレベーター付近にあるカメラの映像だ。廊下を一人で歩く春翔が映っている。凛は黙って画像を進めた。しばらくして、封筒を手に火乃香が走ってくる。エレベーターに乗りこんだ。


「このあと、駐車場で春翔さんの車を見たんです。車内に女の人が同乗していました」

「駐車場はあとで調べよう。別のカメラのデータだ」


 そのまま、廊下の映像を見る。まもなく、火乃香は驚愕した。エレベーターから降りてくる女がいる。その風体はあきらかに異様だ。大きなマスクはコロナ後の昨今、不自然でないにしても、色の濃いサングラス、大きなスカーフを頭全体にまいて、顔を隠している。火乃香が目撃したクローゼットの生首女に間違いない。


 女は廊下をまっすぐ歩いていくと、映像から消えるギリギリのところで立ちどまった。ポケットからカードキーを出して、部屋のなかへ入る。火乃香と春翔の新居へ……。

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