第二章

第9話 萱野凛



 萱野凛はあいかわらず黒ずくめで、そして、やはり素晴らしい美男子だ。かるくカタカナでイケメンって感じじゃない。江戸川乱歩の小説のなかに出てきそうな、どこか倒錯的なまでの美貌。新婚の火乃香がとなってもいたしかたない。


「萱野です」


 その見ためからは想像もつかない男性的な声だ。だが、口調はとても静かで、アンニュイである。


「よ、よろしくお願いします。姫原火乃香です。あの、心霊研究家だそうですね。じつは——」


 昨日のことを説明しようとする火乃香を、凛はかるく手をあげて制する。その手にも黒いシルクの手袋をはめている。師走に入ったばかりだから、手袋はおかしくない。だが、部屋のなかでも外さないのは、なんとなく異様な気がした。


「まず、部屋を見せてください」


 凛は窓辺や玄関、キッチンのレンジフードまわり、浴室の小さな窓や換気扇のあたりを観察した。ほんとに霊が見えているのだろうか? 生首が見つかったのは玄関の収納だし、話し声が聞こえたのは寝室だ。


「あの? 女の人が……首だけの……隠れてたのは、収納ですけど」

「僕は霊媒師じゃないんだ。あくまで、科学的な目線で霊の存在を探求する。端的に言えば、証明するために」


 なんだか予想していたのと違う。霊視などして、この部屋には女の霊が取り憑いていますと宣告され、お祓いしたり、高額のお札や魔除けの数珠など買わされるのだと思っていた。


「オカルトを信じているわけじゃないんですか?」

「信じている。だが、霊現象と言われるその99%以上は、ただの勘違いや錯覚、あるいは作り話だ。そのなかにまぎれる、きわめてわずかの本物に出会いたい。ただそれだけだよ」

「はあ」


 とても綺麗だが、なんだか浮世離れしている。この世の人ではないようだ。他人と異なる容姿を持っているから、思考法も変わっているのだろうか。

 でも、なぜだろう。

 変人だが、魅力的。


「それで、何かわかりましたか?」

「この部屋に、物理的に侵入した人物はいない。侵入経路に痕跡がないね。窓はすべて内側からロックされ、点検口や換気扇もボルトで固定されてる。周囲に残るホコリに乱れがないから、誰もしばらくさわっていないね」

「それって、つまり……」


 霊の仕業だったのだ。そうに違いない。

 が、凛は沈黙を守った。


「じゃあ、君の話を聞こうか。できるだけくわしく。どんな些細な内容でもいい」


 そう言われて、ことこまかに話す。だが、最初の無言電話については黙っていた。春翔の浮気を怪しまれるからだ。それに、怪奇現象とは関係ない。


「女の首を見たのは、この収納スペース?」

「はい」


 ようやく、凛は収納スペースを見物する。マネキンの首は気味が悪いので、優子にあずけてある。しばらく、ダンボールを動かしたり、なかをあけてみたりする。


「ここにマネキンの首が載ってたの?」

「最初はマネキンじゃありませんでした。ほんとに実物の首で……」

「それが、ニヤリと笑った」

「そうです……」


 きっと信じてもらえていないのだと思っていたのに、凛は妙なことを言いだす。


「この収納スペース、横幅はせまいけど、天井まで高さがある。充分、人間が立てるね」

「でも、ダンボールがつみあげてあります」


 なかみのほとんどは、春翔の本だ。春翔は大のミステリー好きなのだ。学生時代からためこんだ本がある。そのうち、書斎の本棚にならべるからと、五つ六つとつんでいる。それも数列。


「逆にそれが細工をしやすくしてる。底面と上部をくりぬいたダンボールを用意して、そのなかに人間が入れば、首だけが外から見えるわけだ」


 そんな方法、考えもしなかった。そう言われれば、皮膚の腐った感じなど、気持ち悪くて、よく見なかったが、ゴムマスクをかぶるとか、特殊メイクみたいなもので作れたかもしれない。薄暗いし、ダンボールの切り口が見えないようにすれば、重なっているようには細工できた。


「でも、そうです。ミカン箱がありました。それにスナック菓子やペットボトルのお茶とか。スーパーでもらってきたダンボール箱だけど。もともとの箱と同じものでした」

「そうなると話が変わるね。箱の種類やならびを知っている人でなければ準備ができない」


 つまり、春翔か、火乃香自身。春翔なら、鍵だって持っている。女に渡しておけば、侵入はたやすかった。鍵をあけて玄関から入り、火乃香が廊下へ出てワアワア泣いてるうちになら、こっそり出ていけたはず。ずっと玄関を見守っていたわけではないし、そもそも、あのときは気が動転していたから、よくおぼえていない。


「……それじゃ、あなたは春翔の仕業だと?」

「まだ断定はできないが、可能性は高い」

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