第7話 楽しい焼肉パーティー



 優子は料理上手で、家事のことならなんでも知っている。ご主人の政夫が大手建設会社の営業部長で、かなり稼ぐ人だったらしく、結婚してからは働いていないという。


「ごめんなさい。こんなおばあちゃんで、若い人が好きそうなもの、何も置いてないのよ」

「お子さんはおられないんですか?」


 優子のおもてが少しかげる。


「どうしてもできなくてねぇ」

「……ごめんなさい」


 子どもができないことは悲しい。火乃香はまだ新婚だが、一日も早く欲しいと願っている。実の母を早くに亡くしているので、家族の愛情に縁遠かった。つきあいだして一年という春翔の早急なプロポーズを受けたのも、そのせいだ。本来の火乃香なら、もっと慎重になった。もちろん、憧れの人に求婚されて、舞いあがったせいもあるのだが。


(そういえば、今月はまだ生理が来てないな。そろそろなんだけど)


 火乃香は生理の周期が乱れがちなので、一、二ヶ月遅れるなどザラだ。慢性的な貧血があるからだろう。なので、少し遅れたくらいでは気にかけていなかった。でも、これからは妊娠の可能性も考えなければいけない。あとで検査キットを買っておこう。たしか近所に薬局があったはず。一階のコンビニにも置いてあるかもしれないが、さすがに恥ずかしい。


 そうこうするうちに、夕方になり、要女がやってきた。優子の手料理はほんとに美味しく、デザートのアップルパイまで堪能できた。美味しい料理は味も似てくるのか、春翔が作ってくれるミートパイに、なんとなく生地の味が似てる気がしたが。


「ああ、美味しかった。あたし、お肉大好きなんですよ。ね? 火乃香さん?」

「あ、そうね」


 華奢で病弱だから、そんなふうに見えないらしいが、じつは火乃香は肉料理が大好物だ。

 春翔はオシャレなパスタや魚料理をよく作る。火乃香が好きそうだからと言って、キレイに盛りつけた季節の野菜たっぷりのサラダを毎食につける。でも、火乃香が好きなのは肉だ。それもステーキや焼肉など、できるだけもとの形のまま、味つけも塩コショウくらいのほうが。そのほうが素材の味そのままを楽しめる。優子の料理は、まさに火乃香の好みに合致していた。


「火乃香さん。ステーキ、おかわりする?」

「ええ? いいんですか?」

「うち、わたしも主人もお肉大好きだから、いつも買いすぎちゃって。もうすぐ消費期限の切れそうなのがあるから、いくらでも焼くわよ」

「ありがとうございます!」


 ついつい誘われるままに肉ばっかり、たくさん食べてしまった。


「ああ、幸せ。春翔さんは魚のほうが好きだから、こんなにお肉食べたのひさしぶり」

「あらあら、そうなのね。これからはお肉が食べたくなったら、いつでもいらっしゃい。あなたとは気があうわ」


 優子のごちそうを味わい、映画を見たり、子どもみたいにトランプをして、あっというまに時間がたった。こんなに楽しい一日は何年ぶりだろうか。実の母が亡くなったあと、すぐに父は再婚した。妹の生まれたタイミングを考えれば、母が入院していたころから、父は今の母と浮気していたのだと思う。


 義母とはなんとなく折りあいが悪かった。義母も肉嫌いで、鶏肉は皮や脂身をすててしまう人だった。豚肉は買ってきたことすらないし、牛肉も年に数回ほど。それも焼肉は義母が苦手なので、すき焼きにかぎられていた。すき焼きだって美味しいが、わりしたで甘くなってしまう。火乃香は断然、焼肉派だ。死んだ実の母とは肉をとりあう仲だった。そんなことも恋しい。


 優子といると、実母とすごした日々を思い出す。年齢的には祖母と言ったほうがいい。母が病気で早くに亡くなったあと、何かと励ましてくれた優しい祖母。でも、その祖母も六年前に鬼籍きせきに入った。


 だから、こんなふうに心から笑える日はほんとに久しい。春翔のことは好きだが、いっしょにいると、どこか少し緊張する。自分をよく見られたいし、嫌われないか心配になる。でも、優子や要女にはそういう気遣いは不用だった。

 苦手のホラー映画も三人でなら見られたし、子どもに戻ったようなカード遊びも飽きない。


「ああ、もう十一時。政夫さん、帰ってきちゃうね。じゃあ、優子さん。また明日」

「あら、明日も来るの?」

「だって、火乃香の旦那が戻るまででしょ?」

「はいはい。また明日ね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 女の生首のことなんて、すっかり忘れて自室に帰った。

 こんなに楽しいなら毎日こうでもいい。どうせ、春翔は土日以外は仕事で家にいないし、火乃香のイラストは毎日、根をつめなければいけない種類のものではなかった。次は自分の部屋に優子さんと要女さんをお招きしようと考える。


「優子さん、いい人でしょ? 田舎のおばあちゃんみたいで。料理、めちゃくちゃ美味しいよねぇ」

「ほんと、そうね。今度、お礼しないと」

「いいの。いいの。彼女、困った人のお世話するのが好きなのよ。すぐ寝る? それとも、二次会やっちゃう? なんか飲みたいなぁ」

「春翔のお父さんから貰ったウィスキーがあるよ。水割り作ろっか?」

「ああ、お願い」


 ミックスナッツの袋があったので、それを肴に一杯やった。だから、ベッドに入ったのは夜中の一時すぎだったろう。火乃香にしてみれば、かなり夜ふかしだ。


 お酒のせいで、すぐに熟睡した。まだ深夜、暗いときに、ふと目がさめた。誰かが耳元でボソボソしゃべってるようだ。


 いっぺんに酔いと眠気がふっとんだ。

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