第6話 誰かが侵入したのか?
部屋中のクローゼットやひきだしのなか、冷蔵庫まであけて調べてもらった。もちろん、火乃香にはもう見てまわる気力は残っていなかった。
異変があったのは玄関の収納スペースだけだ。ほかに怪しいものはないと言われ、ようやく、火乃香も見ることができた。が、ほんとに何も異常はない。
「やっぱり、気のせいね。怖い怖いと思ってたから、マネキンの首が本物みたいに見えたんじゃない? でも、なんでこんなもの置いてるの?」
要女に問われ、火乃香は首をふった。
「そんなの置かないよ。わたしのものでも、春翔のものでもない」
「ああ、結婚してるんだっけ。じゃあ、きっと、旦那がおどろかそうと思って、こっそり置いといたんでしょ? ただのイタズラだよ」
そう言われると、そんな気もする。春翔は決してイタズラ好きではないが、だからと言って、火乃香が完全に彼の人柄を理解しているとも言いがたい。仕事の関係で知りあったのは三年前。でも、つきあいだしたのはその二年後。つまり、一年前だ。結婚して同居するようになってから、ほんの数ヶ月。
「そうかも……春翔に聞いてみる」
だが、やはり電話が通じない。山奥に行くと言っていたから、電波が届かないのだろう。
「ダメ。出てくれない」
「困ったね。そこが確認とれないと、警察も呼べないよ。でも、もしもこれが旦那のイタズラじゃなかったら、誰かがこの部屋に侵入したってことになるし」
そう。そこなのだ。
もしも、春翔がやったんでなければ、夫婦二人しか住んでいない部屋に何者かが入りこんで、あのマネキンを置いたのだ。鍵はコピーできない。越してきたばかりなので、まだ春翔の知りあいも、誰も部屋のなかへ入れてないのに……だ。
「いったい、どうやって入ったの?」
「旦那じゃないとしたら、引っ越し業者じゃない? それか、水道局とか電気屋とか、点検に来なかった?」
火乃香は首をふった。ガスも電気も水道も、電話一本ですんだ。それも、春翔がやってくれた。誰かがあがったとしたら、姑くらいだろうか? 息子を溺愛してる人だから、引越し前にどんなところか見にきてるかもしれない。
だからと言って、義母が人形の首なんて隠して帰るとは思えない。やはり、もっとも考えられる可能性としては、春翔のイタズラだ。
でも、それなら、火乃香の感じた残り香はなんだったのか? それに、今はたしかにマネキンの首だが、これはあのとき、嘘偽りなく生きた人間の首だった。正しくは死人の首だ。こんなプラスチックだかセラミックだかの作りものではなかった。
なんとも言えず、薄気味悪い。
「どうしよう。今夜から一人なのに……」
ただの夫のイタズラだと思えば、要女や宮眉はこのあとすぐ帰っていってしまう。この部屋に一人とり残されるのはイヤだ。かと言って、近くに泊めてくれる友達もいない。
火乃香が不安な顔つきをしていたのだろう。宮眉が言いだす。
「旦那さんが帰ってくるまで、うちにいらっしゃいよ。そのほうがいいわ」
「でも、何日も帰ってこない予定なんです。そこまで甘えるわけには……」
「じゃあ、昼間はうちに、夜は前橋さん。あなたがここに泊まってあげたら?」
ふだんだったら、絶対に断っていた。今日会ったばかりの人を泊めるなんて、人見知りの火乃香には考えられない。二人きりで会話もなく、じっとしてるなんて息がつまる。だが、今日だけは特別だ。片時も一人でいられそうにない。誰かがそこにいてくれるだけで、ありがたい。
チラリと要女を見ると、彼女はうなずいた。
「いいよ。あたしの部屋より、こっちのほうが高級だしねぇ」
そう言ってアハハと笑う。
うらやましい性格だ。
「じゃあ、お願いします。ああ、でも、予備の布団が夏用しかない」
「それなら、うちのお客さん用のを貸してあげますよ」
宮眉がうけおってくれたので助かった。
3LDKとは言え、夫婦の寝室のほか、一室は春翔の書斎、もう一室は火乃香のアトリエだ。そのうち子どもができれば、また変わるかもしれないが、それまでには春翔も本社に帰るだろう。
夫婦の寝室でいっしょに寝るわけにもいかないし、春翔や火乃香のプライベートルームに他人を泊めたくない。となれば、リビングルームのソファを使ってもらうしかなくなる。夜は暖房を入れるとしても、かけ布団が夏用では、要女に風邪をひかせてしまう。宮眉の親切はほんとに嬉しい。
「じゃあ、さっそく、うちに来てくださる? アップルパイでも焼きましょうかねぇ。前橋さんも来る?」
「あたしは仕事があるので、またあとで」
「なら、夕ご飯はごいっしょにどう? 主人はどうせ遅くなるから」
「わおっ、ごちになります! 優子さんの料理、めっちゃ美味しいのよね」
そのあとの数時間は楽しかった。要女の言うとおり、優子はほんとに料理上手で、作りかたやレシピを習っているだけで、またたくまに時間はすぎた。
だからもう、何事もないと、思っていたのだが……。
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