第154話 おっさんは、大会を待つ

 弓術会場には競技を観戦しようとそこそこの人数が集まっていた。

 おっさんはサファイアと共に立ち見席でガーネットの出番をまだかまだかと待ち望む。


 「あるじ様、もしよろしければ水分補給ほきゅうを」


 隣に立つサファイアはそう言うと、いつの間にか用意していた水筒をおっさんに差し出した。

 おっさんはありがたく受け取るが、はて、出かける時は手ぶらじゃなかっただろうか?


 「ありがたいけど、いつから水筒なんて持っていたんだ」


 おっさんは水筒の水をゆっくり飲みつつ、サファイアに疑問を投げかけた。

 うん、美味うまい。いつものミネラルウォーターって感じか。

 サファイアはその場で静かにたたずみながら、なんてことない風に説明した。


 「精製しました、体の一部から」

 「ぶっ!?」


 おっさん思わず口に含んでいた水を吹いてしまった。

 サファイアはハンカチを取り出すと、おっさんの口元を丁寧ていねいぬぐう。

 おっさんはわなわな震える手で水筒を持つが、つまりこれサファイアの肉片いちぶ

 いや何でも変身出来るショゴスたって、自分の身体の一部を水筒にするか?


 「ちなみに水は魔法から」

 「うん、飲み慣れた味だと思ったよ」


 水や氷の魔法のスペシャリストのサファイアは、味はもちろん、水の柔らかさまでおっさん好みの水を完璧に把握はあくしている。

 以前海でも、そうやって紅茶を用意したからな。

 おっさんはもういいと、水筒をサファイアに返した。

 サファイアは水筒を身体に取り込むと、何事もなかったように佇んだ。

 本当に良く出来た子だよ、度肝を抜く行動には問題を感じるが。


 「サファイアさんや、心臓に悪いから、あの水筒は禁止な」

 「かしこまりました、主様がそうおっしゃるならサファイアは従います」


 ペコリ、うやうやしく頭を下げるサファイア。

 うん、おっさん素直な子は大好きだよ。

 おっさんの存ぜぬところで、サファイアさんがどれだけトンチキ行動してるのか、軽く不安になったけれども。

 サファイアの献身けんしん的な姿、正直ありがた迷惑ってところもある。

 奉仕ほうしして当たり前、って思考も難はあったもんだな。


 「ガーネット様、まだ出てきませんね」


 競技場にはまだ選手の姿はない。

 サファイアもガーネットの出番は楽しみにしているのか、少しだけうずうずしているようだ。

 おっさんは空を見上げながら言った。


 「ガーネットなら、まず予選落ちって事はないだろう」

 「はい、ガーネット様は素晴らしい腕をしております」


 おっさんはガーネットの腕にはこれっぽっちも心配はしていない。

 サファイアも大きく評価する通り、アイツはプロだからな。

 まして今回は優勝賞品がガーネットの欲しがっていた弓なら、なおの事はりきる筈だ。


 『大変おまたせしました。ただいまより選手入場です』


 しばし退屈していると、競技場に設置されたスピーカーから音声が聞こえた。

 再び競技場に目を向けると、三人の選手が入場してきた。


 「あっ、ガーネット様です。おーい」


 サファイアは淡々とした声で、ガーネットに声をかけた。

 いくらエルフでもそれじゃ聞こえないと思うが……いや、ガーネットがこっちを向いたわ。

 サファイアの声さえ聞き取ったのか分からないが、ガーネットは笑顔で手を振った。


 「ガーネットのやつ、調子は良さそうだな」

 「はい、いつものガーネット様です」


 おっさんはガーネットの様子に安心すると、小さく頷いた。

 他の選手を見ると、一人はガーネットの知り合いの冒険者、同じエルフのテティスさんだ。

 改めて見比べると、テティスさんの方がガーネットより一回り小さいな。

 ガーネットよりも非力そうだが、エルフに常識が如何いかほど通用するかは、疑問か。

 おそらくガーネットも相当苦戦する相手だろうな。


 「主様、あの方……」


 ふと、サファイアはおっさんの服を引っ張ると、一番後ろから入場した選手を指差した。

 山吹色のフード付き外套がいとうまとったミステリアスな少女だ。

 ただ、その肌は緑色、見慣れない肌をしている。


 「なんだ、種族が分からないが……」

 「もしかしてゴブリンでは」

 「ゴブリン? ゴブリンが堂々と弓術大会に出るか?」


 そもそもゴブリンにメスがいるなんて初耳だぞ。

 少女はガーネットよりもテティスさんに体格は近い、ただ女性としてはガーネットよりもむちむちだった。


 「相対的にデカく見えるな」

 「主様は巨乳好きですか?」

 「ぐは!? サファイアさん突然何を……?」


 サファイアはおっさんの顔を見上げると、悲しそうな顔をした。

 どちらかといえば確かにおっさんもおっぱいに夢を持っているタイプだが、それを肯定こいていしたらさもしいだろう。

 サファイアは自分の胸に触れると、傷心したようにがっくり肩を落とす。


 「おっさんはサファイアも素敵すてきだと思うぞ」

 「ですが女性として見られていないかと」

 「うぐ……っ」


 おっさんはぐうの音も出なかった。

 確かにサファイアは可愛いが、女性として意識した事なんて無かった。

 妹か娘のような感覚なのは事実だ。

 おおう、とにかくサファイアを納得させなければ。


 「……ガーネット様を応援しましょう。私の魅力みりょくは私の問題です」


 彼女に掛ける言葉が見つからない中、サファイアは首を小さく横に振って、勝手に納得した。

 おっさん的には助けられたが、サファイアがそんな事で悩むとは。

 もう少し女性として意識するべきなのかもな。


 「さて、ガーネットは無事勝てるか」


 おっさんは改めてガーネットの背中を目で追った。

 これから弓術大会は始まる。

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