第152話 義妹は、予選に挑む

 会場には大勢の選手が集合していた。

 まずは予選――といったところかしらね?

 私はやや後方から周囲を見渡す。テティスさんの姿を発見した。

 彼女は意気込いきごんでいるのか、その顔はけわしい。折角せっかくの美顔が勿体もったいないわね。

 他に気になる選手がいないかチェックしていると、大会の実行委員が説明を始めた。


 「大会ではこちらで用意した弓矢を用いてもらいます」

 「質問、弓矢は我々が選ぶのですか?」


 とある坊主頭の参加者が挙手をする。

 実行委員はそちらを振り返ると、淡々たんたんとした物言ものいいで返した。


 「はい、人数分以上の数を用意していますので、お好きな弓をどうぞ。他に質問は?」


 さらなる挙手きょしゅはなかった。

 ちょっと意外だけど、自前の弓は駄目だめなのか。

 ……まあ冷静に考えれば、弓の性能が腕前に関わっちゃそりゃ駄目か。


 (んー? でもそれならそれでなんで私たちが選ぶんだろ?)


 ふと、妙な疑問に囚われる。

 性分なんでしょうけれど、私って一度気になった事って夜も忘れられないのよね。

 用心深ようじんぶかさを臆病おくびょうさととらえる人もいるけど、私はこれで今日まで生き延びたんだもの。

 なにかあるわね……この大会は、もう選考を始めているって訳か。


 「では、皆さん弓矢を選びましたら、次はあちらの射撃場へ向かってください。そこで競技説明を行わせていただきます」


 射撃場は遮蔽物しゃへいぶつもなにもない、野ざらしの上にまとが横一列に整列している。

 その的も不審点ふしんてんはなく、ただ丸い的に円が3本引かれている。

 中心は朱色、そこが一番高得点ってわけね。

 再び周囲に目を戻すと、既に弓矢が並べられた置き場に選手達が殺到さっとうしている。

 いけない、のんびりしてちゃ出遅れるわ。


 弓矢はすべて同じ木材を用いた粗末そまつで原始的な弓だ。

 それが無造作むぞうさつつの中に押し込まれており、何人か先行して弓矢を持って行った。

 ちょっと出遅れたかしら、私は後方で順番待ちしていると、ふとある少女に視線が移った。

 なんで気になったのか山吹やまぶき色のフードを被った顔のよく見えない少女だったが、一瞬緑色の肌が見えた。

 ゴブリン? いや……まさか、ね? ゴブリンがなんで大会に出るのよ。

 ていうか、ゴブリンのメス個体なんて聞いたことないし。

 ゴブリンは全てオスで構成された魔物だ。

 人間の女が大好物で、他種族を強姦ごうかんして種族を増やす危険な魔物だ。

 一匹一匹は弱いけれど、数が集まると脅威きょういなのよね。


 さて、そんなゴブリンみたいな肌をした少女は筒をごそごそまさぐっていた。


 「んー、違う」


 違う? 何が違うのか。

 彼女は弓を持つと、何度か弓を揺すっては、違うとつぶやく。

 もしかして重さをはかってるの?


 (そうか、最も使い慣れた弓の重さってあるわ)


 私は重たい重量級の機械弓を好むから、原始的な競技用はどれも羽のように軽いだろう。

 小弓ショートボウもちいるなら、軽くて取り回しがいいものを、私のように大弓を用いるなら、重くて重心の安定した弓を。

 なーるほど、それが最初の選考か。

 自分に最適な弓も選べない選手は予選に出る価値もないって事。

 街のどっちかって言えば明るいおおやけの大会だってのに、意地悪いじわるな選考だこと。

 やがて緑肌の少女は最適な弓を見つけると、笑顔を浮かべて小走りで射撃場へと向かった。

 私は順番がくると、弓矢を吟味ぎんみする。


 (んー、これはげんゆるいわね、調整すれば別だけど。こっちは軽すぎ、私の力に耐えられるかしら?)


 予想通り、弓矢のコンディションはそのほとんどが実戦に耐える代物じゃなかった。

 悪い予感って当たるものよねえ。

 なんて呆れてていいのは、今までだ。

 ここからは、そんな悪環境から如何いかに良い物選ぶか、目利めききが求められるわね。


 「……おし、これにする」


 私は吟味ぎんみした上である弓を選んだ。

 そして矢筒やづつを背負うと、競技場に向かう。


 「ゼッケン29番、こちらへ」


 私は自分が29番だと確認すると、私を呼んだ実行委員の下に向かった。

 すでに予選は始まっており、次々と矢は的へと放たれている。

 とはいえ、予想通り命中率は悪い、そりゃ使い慣れない上に粗末な弓で、だもんね。


 「ゼッケン29番、貴方には五射まで許されています。その五射の内的に三本当てれば、予選合格です」

 「的の中心を狙わなくてもいいの?」

 「構いません、当てるだけで十分です」


 ……まるで、出来るものならやってみろ、って態度たいどね。

 気に食わないが、実際周りを見ても、たった三本というノルマがこうも重いのかが理解できる。

 私はとりあえず射撃位置に着くと、弓を構えた。

 軽い弓だ、あそこにあった弓じゃどれも大弓とはいかないもの。

 信頼する武器を使えないのは、それだけで不利、でもこれはお祭りでしょ?

 そんじゃ、第一射、いってみよう!


 私は矢を弓に引っ掛け、おもむろに弦を引く。

 照準器しょうじゅんきさえついていない原始的な弓だが、エルフの目からすれば三十メートル先の小さな的もはっきり見える。

 ただ問題があるとすれば――。


 私は矢を撃った。第一射は的を僅かにれる。

 わざとヽヽヽ外した、これで分かったことがある。


 「さあて、次元の違いを教えてやる」


 私はやじりを舌で舐めると、再び矢を弓につがえた。

 気温――湿度――風速――風向き。

 だいたいヽヽヽヽ分かったもの、もう外さないわ。

 第二射を撃つと、それは的の中心点に突き刺さった。

 私はニヤリと笑うと、私のそばで結果を記録していた委員の顔を見る。

 いけ好かないまし顔の委員は、驚いたように目を丸くしていた。

 ざまぁみろ、なんてはしたない事は口にはしない。

 そのまま私は第三射、第四射、第五射と終えて委員に振り返った。

 矢は五本中四本が命中、それも四本全て的の中心だ。

 「ふふん」と得意げに鼻を鳴らすと、私は。


 「どう? これで問題ないのよね?」

 「……予選合格です」


 開いた口がふさがらない様子で、その澄まし顔を崩せた事に私は満足する。

 ちょーと、大人気なかったかしら?

 本気出しすぎたわねー。


 「おほほ、次は? 何すればいいの?」

 「予選終了まで休憩きゅうけい室でお待ち下さい」


 私は言われた通り指先で指示された休憩室へと向かった。

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