第150話 おっさんは、人生もピリ辛

 「兄さんそろそろ」


 ガーネットがおっさんの服のすそを引っ張った。

 むぅ、少し生徒たちの前でしゃべり過ぎたか。

 本来の目的はどこかで飯を食うことだったんだが。


 「なんや用事でもあるんか?」

 「まぁ先に腹に何かを入れとこうってな」

 「ああ、これから混んでいくからねー」


 フリーマーケットで野菜を売っているルルルたちも、ぼやぼやはしていられないだろう。

 そろそろ休憩も兼ねて昼飯を取った方が良い筈だ。


 「皆は休憩はどうするつもりだ?」

 「交代でやるしかないわな、シャトラ、アンタから昼休憩入るか?」

 「えっ? 私?」

 「アンタ言わんかったら、絶対最後にするやろう。ちょっとは自分を可愛がり!」


 ルルルはあきれたようにそう言う程、シャトラは自分をないがしろにするところがある。

 才色兼備さいしょくけんび、国語科を受ける生徒の中では群を抜いた俊才しゅんさいなのだが、その実彼女が目立つことはなかった。

 何故なのか、シャトラは学業において、なんでもやっている様だが、その実何に本気になっているかは、おっさんにもわからない。

 まるでこの歳で人生を達観している――慨世がいせ感を持ってしまっている気がする。


 「シャトラ、テンの好意には甘えておけ」


 おっさんが指摘してきすると、シャトラは少しだけ困った顔で笑った。

 まるで自分が可哀想かわいそうだと思われて心外といった顔だが、彼女は「じゃあお言葉に甘えます」と、ゆっくり椅子から立ち上がる。


 「……振る舞いがどことなく良家のお嬢様っぽいわね」


 ガーネットはシャトラをそんな風に評価すると、自分と比べて溜息を吐いた。

 わかる、シャトラって貴族っぽさがあるよな。


 「どうする? シャトラよ、おっさん達とくるか?」

 「いいんですか? 家族と団欒だんらん中では?」

 「別に知っている生徒が一人くらい混じってもおっさんは気にせん」

 「……クス、ではお言葉に甘えます」


 シャトラは温和な笑みを浮かべると、「よろしくお願いします」と、頭を下げた。

 ガーネットはちょっと嫌がる様子もあったが、割り切ったのか何も言わなかった。

 おっさん達は歩き出す、とりあえず何が食べられるか。


 「それじゃ、適当に店を探しましょ、えと……レオパードさんは行きたい店とかある?」

 「実は外で食べることはほとんど無く」

 「あら自炊派?」

 「はい、普段自炊しているもので」


 それは知らなかったな。

 シャトラは確か実家通いだと思ったが、自炊していたのか。

 ふーむ、やはりシャトラはミステリアスだな。


 「シャトラ、親御さんは作らないのか?」

 「両親は……その、私が当番ですから」

 「当番、ですか」


 意味深な言葉に思えた。

 サファイアは何かを察したのか、静かに目を閉じる。


 「……他人の家庭事情なんざ知ったってろくなことはないわ、それなら食べたいものを一杯食べましょ!」


 一方ガーネットは、シャトラの事情に関しては殆ど気にしなかった。

 その割り切りが時として必要だな。


 「でもあまりお小遣いがないので」

 「出してあげるわよ、兄さんが!」

 「うぐ……おっさん薄給だから、高いのはあんまり」

 「出すことに文句はないのですね、主様」


 出すことには問題ないが、ここ最近飲み代が実は気になっていたり。

 学園祭以降、学園の教師たちと飲みに行く機会が着実に増えていて、今月は厳しいのだ。


 「あはは……それじゃあ、あ」


 ふと、シャトラの視線がある店舗に向いた。

 おっさんはそこで働いていた人蛸族スキュラの女性に覚えがあった。


 「ブンガラヤ名物、エビチリを使ったホットサンドイッチいかがですかー! ピリ辛で甘くってとっても美味しいよーっ!」


 「あの人って、たしか路上演奏家ストリートミュージシャンで有名になりつつあるスキュラの人……」

 「スキラだ」

 「えっ? あっグラルー! こっちこっちー!」


 赤珊瑚のネックレスを首から下げた爆乳の蛸人間スキラは、おっさんに気づくと南国の太陽のような笑みで手を振ってきた。

 その際ぷるんぷるん揺れるたわわな胸におっさん思わず視線を逸らすと、ゾッとする顔をしたガーネットと目が合ってしまった。


 「そんなにあの胸が良いわけ?」

 「ありゃりゃ? グラル私だよー、最近演奏にも来てくれないし寂しいよー?」

 「主様、あの女史が呼んでいますが?」

 「分かってる、分かってるんだけどさ?」


 スキラとは赤珊瑚事件以来、親しくなった仲だ。

 おっさんの中では良き友人なのだが、まあなんというか間が悪い。

 珍し過ぎる組み合わせに、おっさんは思わず顔を覆ってしまう。


 「おーグラルー、グラルー、こっちを見ろー」

 「歌い出しましたが?」

 「ブンガラヤ人って本当に音楽好きですね」


 ブンガラヤ人と音楽は切っても切り離せない。音楽こそ人生である、スキラもそんな音楽家の一人だ。

 彼女が無名の中苦渋を味わいつつも、歌い続ける姿はおっさんも応援したものだ。

 おっさん覚悟を決めると、正面を向いてスキラの前に向かった。


 「グラルー、会いたかったよー! アハハッ」

 「うんまぁ、結構忙しかったもんな」

 「前にママのペンダント贈ってくれたのは、ビックリしたけど嬉しかったよ、まだあのお礼もしてないね」

 「いや、現地で二千ゴールドで買った工芸品なんだが……」


 たしかマール・アルメリア製と言っていたが、なんとなくスキラと性が一緒だなーと思っていたら、まさかのスキラのお母さんだった。

 単純に故郷の匂いが付いたものをあげれば喜ぶかと思っただけだったが。

 冷静に考えるとスキラっていやに持参金がやたら多かったし、まさかブンガラヤ商業組合の会長様の一人娘とは思わなかったな。

 結構なお嬢様だなんて、想像もつかなかったぜ。


 「そうだ! 今度コンサートホールで歌うからさ! 後でチケットあげる!」

 「いいのか? 高いんじゃないか?」

 「会場主の人が知り合い呼んでいいって、何枚か貰ってるからいいよいいよっ!」


 相変わらずスキラは元気一杯だな。

 もう事件時のくらかげりはない。

 しかしそんな楽しげな雰囲気が不愉快なガーネットは、キッと眉をひそめて胡乱げにおっさんとスキラを睨みつけていた。

 「やっぱり付き合っているんじゃ……」と、ぼそり不穏な呟きを放つと、おっさんの心臓がキュッと締め付けられる。

 怖い怖いよ、ガーネットさん!


 「そういえばそっちのエルフねーちゃんもお久し振りー、なんで怖い顔してるの?」

 「気にしないで、元々そういう顔だから」


 そういうところが駄目だと、隣のサファイアは無言で首を小さく横に振った。

 察したシャトラは苦笑する。


 「んで、そっちの銀髪、ルビーさんよね! いつも聞きに来てくれてありがとうね!」

 「私はサファイアです。姉がお世話になっています」

 「え? サファイア……妹さん?」


 双子だからよく間違われる。サファイアは馴れたものだが、スキラはビックリしていた。

 つーか、ルビーって謎の人脈あるな、あいついつも外で何やってるんだ?

 サファイアは、ルビーを街のヒーローなんて言っていたが、関係するのかね?


 「まぁいいや! それよりエビチリサンドイッチはいかが? 甘辛くって美味しいよ!」

 「シャトラ……どうする?」

 「ここにしましょう」

 「じゃあサンドイッチ四人分」


 おっさんが注文するとスキラの隣にいた蜥蜴人リザードマンの女性が、サンドイッチを作った。

 たしかイルスマさんだったか、スキラが下宿するブンガラヤ料理を出すレストランの奥さんだったな。

 スキラはサンドイッチを包装していくと、次々と差し出した。

 おっさんは料金を出すと、サンドイッチを受け取る。


 「あの代金は?」

 「構わん、大人の甲斐性を舐めるなよ」


 シャトラはお小遣いから代金を出そうとするが、おっさんはそれをやんわり断った。

 折角のお小遣いなんだからもっと有意義に使った方が良いからな。


 「シャトラ、お小遣いはもっと欲しいものに使った方が良いぞ」

 「欲しいもの? うーん、西方の野菜の種とか? ああ、でも肥料ひりょうとかも――」

 「なに? この子農家なの?」


 ガーネットはシャトラが欲しい物を聞くと驚いた。

 違うんです、この子学園の花壇かだんを勝手に菜園に魔改造しただけなんです。

 外からは農業学部もあるのかって勘違いされているけど、学園に農業学部はありませんから。


 「あむ、ん……これは新世界が見えた気がします……!」


 早速サファイアは小さなお口でサンドイッチに齧りつく。

 意外と未知の食材や料理に興味津々のサファイアとしては我慢できなかったようだ。

 それを見て、シャトラも小さなお口でパクリと齧りついた。


 「ん、ほんのり甘い? あ……でもあとからマスタードの辛さが」

 「しかし新鮮なレタスが油を適度に吸い、エビのフリットの旨味うまみが全体の調和を整えてます」

 「サファイア、アンタ食レポの才能あるわね……」


 誰よりもエビチリサンドイッチを楽しんでいたのはサファイアだろう。

 ガーネットも呆れながら、サンドイッチに齧りついた。


 「あら、本当に美味しい。ブンガラヤ名物って言ってたっけ、こっちとは味付けも違うわね」

 「向こうは平均気温がこっちより高いからな、香辛料もよく取れるからこそだろう」


 俺たちはサンドイッチを食べると、そのまま歩き出した。

 スキラは「絶対コンサート来てねー!」と最後まで念を押してきた。

 なんというか、スキラも少しずつ手の届かない場所まで行っている気がするな。


 「んふ、買い食い……良いものですね」

 「ご満悦のところ申し訳ないが、お口がソースで汚れているぞ」

 「あら、サファイアさん。よければこのハンカチを――」

 「お構いなく」


 そう言うとサファイアの顔がうにょんと液状化すると、汚れが内側に飲み込まれた。

 キュピーンと光沢を放つすべすべお肌にあっという間にリフレッシュ。

 ただ初めて見るシャトラは目玉が飛び出る程驚嘆きょうたんしていたが。


 「キャア! か、顔が……!?」

 「そういやショゴスって言ってなかった」

 「そもそもショゴスってのが奇怪きかいなのよねえ」


 まさかこの美少女の正体がなんか黄色いスライムなんて理解わかるわけないわな。

 ツヤツヤほっぺのサファイアは口元に人差し指を当てると。


 「皆には内緒、です」


 そんなに口外こうがいするほどの事かと思うが、本人的には秘密にしたいみたいだな。

 ちょっと不気味、でも可愛らしいというのは、神の与えた一種の才だろう。


 「さて、次はどうする――」


 サンドイッチを半分ほど食べたところで、おっさんは次はどこに向かうか相談しようとした時。

 突如とつじょ人混みの奥から叫び声があがった。


 「泥棒どろぼうーっ!!」


 ピクリ、ガーネットの長耳が小さく揺れ動いた。

 彼女は瞬時に顔色を一変させると、サンドイッチを強引に口に押し込み、汚れた指を舐め取る。

 彼女は真剣な顔をすると、背中に背負った大弓を手に取った。


 「野暮やぼよね、ほんとうに……!」


 彼女は空飛ぶ靴レビテーションブーツに魔力を注ぐとふわりと浮かび上がった。

 重力を感じさせないその姿はまるで魔法だ、いや魔法の産物か。

 彼女の意志に反応して空飛ぶ靴レビテーションブーツは彼女を真っ直ぐ浮上させた。

 そのまま十分な高度を確保すると、彼女は大弓を構える。


 「いた……あいつね! 丸わかりなのよっ!」


 ガーネットが弓矢を撃ち放つ。するどい矢は逃げる犯人の足元に――突き刺さった。


 「……ッ!?」


 ガーネットは驚いた顔で戸惑とまどった。

 どういうことだ? おっさんには詳しく分からないが、犯人は転び、その周囲を野次馬が囲んでいく。

 後ろから追いかけてきた財布を盗まれた持ち主と、周囲の正義感を持つ者たちが犯人を拘束した。


 「この野郎いい度胸だ!」

 「ぐわー! やめろー!」


 一件落着……と、思うが。

 おっさんはガーネットを見上げた、彼女は沈黙ちんもくすると大弓を背負い直し、地上に降りた。


 「お見事です、ガーネットさん?」


 シャトラは冒険者の活躍かつやくに控えめな拍手をしたが、ガーネットの具合ぐあいはあまり良いものではなかった。


 「違う……私じゃない、先に足元を射たやつがいる」

 「偶然……か」


 人生長く生きれば、そんな奇跡みたいな偶然もあるだろう。

 とはいえガーネットの顔は思ったよりも深刻しんこくだった。


 「結構良い腕してた……こりゃ警戒がいるわね」

 「警戒とは……?」

 「あっ、もしかして弓術大会?」


 シャトラはポンと手を叩いた。

 そういや弓術大会に参加するとか言っていたっけ。

 つまりガーネットのライバルか。


 「そろそろ弓術大会の時間も近いし、会場へ行きますか」


 ガーネットはそう言うと、歩き出す。

 おっさんは「やれやれ」と首を振るとそんなガーネットの背中を追いかけた。

 そしてガーネットの肩を軽く叩くと。


 「そんなに気負うな、おっさんが付いてやる」

 「兄さん……うんっ!」


 ガーネットはおっさんの言葉を聞くと、満面の笑みでこたえた。


 「というわけで、おっさんも行くが?」


 おっさんはシャトラに振り返った。

 彼女もそこまで店は離れられないだろう。


 「それじゃあ、私はもう店に戻りますね。先生、ガーネットさん、サファイアさん。ごきげんよう」


 彼女はおしとやかに一礼すると、サファイアも同じように礼を返した。

 シャトラが道を戻ると、おっさんたちは弓術大会の会場へと向かうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る