第149話 おっさんは、フリーマーケットを訪れる

 おっさんは、義妹とサファイアの二人をともなって街を歩いていた。

 サファイアは勝手に連れ去られたおっさんに思うところは無かったのか、何も言うことはなかった。

 つくづく忠臣っぷりを発揮するメイドさんだよな。


 「なるほど、お腹が空いているのですね。ですが今すぐ用意するのは私でも不可能です」

 「いや、祭りでまでサファイアに用意してもらおうなんて思っちゃいないわよ!」


 ガーネットは出店を探していると説明すると、サファイアは用意できないと少しだけしょんぼりする。

 この子海に旅行に行った時でさえ、ティーポッド持参の上に水まで用意してみせた子ですからね。

 って、この話ガーネットにすると、確実にキレられるので絶対に言えない。

 とりあえずおっさんは現実的な提案をする。


 「出店で何か買おう、それかレストランに入るか」

 「私はどっちでも良いー、もうどーーっでもいいや」


 俄然がぜんやる気を喪失そうしつしたガーネットはがっくし項垂うなだれた。

 サファイアが合流したらこのざまなんだから、よっぽどサファイアと一緒は嫌なのか。

 とはいえ義理から言えばおっさんはサファイアをすし、義妹も機嫌取りは考えなけばならない。

 なにせサファイアさん、バカ正直に説明したら、「わかりました。お邪魔のようですので帰らせていただきます。ショボーン」とか言いかねん。

 今回おっさんがわざわざ面倒な収穫祭に乗り出したのも、元々はサファイアへの感謝の印の筈だ。

 初志貫徹しょしかんてつ……なんておっさんには死ぬほど似合わないが、義理と礼節れいせつは返さんとな。


 「ガーネット様、やる気のないお猫様みたいです。ちなみに知っていますか? お猫様は液体なんですよ?」

 「そんな馬鹿な……液体猫なんているわけが」

 「ナチュラルに他人を動物で表現するのめなさいよ……アレでしょ、猫って頭ひとつ入る隙間すきまがあれば入れるって」


 流石、雑学なら任せておけのガーネットは猫の性質を説明した。

 猫は犬よりも希少な種族だ。確か原産は東方の旧ウォードル帝国の方だったか。


 「なお東方のお猫様は尻尾が長く、逆に西方のお猫様は尻尾が短いそうですよ」

 「西方って、キッカのこと? そうなんだ」


 鬼人オーガが支配する国キッカ。

 ピサンリ王国からすれば、因縁いんねん宿敵しゅくてきとも呼べる国であり、現在キッカは鎖国さこく状態にあり、ピサンリ国民に実態を知るすべは無い。

 実のところ魔族よりも意味不明の種族といえば鬼人だ。

 コールンさん曰く、戦争好きだが野蛮やばんではなく、かかあ天下なんだっけか。

 これだけならなんだ普通じゃないかって思えるが、キッカ独特の文化や宗教観はピサンリ人には理解し難い。


 「猫って言えばさ、それじゃあケット・シーってなんなのかしら? 兄さん知っている?」

 「幻想猫ケット・シーは幻想族と呼ばれる、未確認の都市伝説めいた種族ってくらいしか知らんぞ」

 「にゃーにゃー、お猫様は愛されるのです」


 何故か猫の鳴き真似するサファイア、あざと可愛い。

 ガーネットはそのあざとさに「ぐぬぬ」と悔しがるが、自称レディにこれを真似する勇気はないだろう。

 真なる愛らしさを持った者にしか出来ないからな、ガーネットがやりだしたら頭大丈夫かと心配されるのがオチだ。


 「猫はもういい、ガーネットが壊れる」

 「壊れないから! 私普通だもん!」

 「若干じゃっかん動揺が見られますが……自重します」


 気を取り直すと、おっさんは歩き出した。

 二人の少女はやいのやいの話しながら後ろから追いかけてくる。

 おっさんは周囲を見回すと、道の両脇には座敷を敷いて品々を陳列する自由市場だった。


 「らっしゃいらっしゃい! 野菜はいらんかー!」

 「学校で育てた野菜でーす!」


 ん? ふと聞き覚えのある甲高い声に振り向くと、見慣れた少女たちがいた。

 私服姿のルルル、テン、そしてシャトラだった。

 シャトラは椅子にパラソルまで用意し、ニコニコ笑顔でたたずんでいて、ルルルとテンは声いっぱいに客を呼び込んでいた。

 学園で採れたシャトラの菜園の野菜は、どれも新鮮で彩り良かった。


 「おっ、おっさん! 買いに来てくれたんかー!」


 精一杯せいいっぱい笑顔で客寄せをするルルルがおっさんに気付いた。

 おっさんはシャトラの店に近寄ると、二人も気が付く。


 「あ、グラル。来てくれたんだ」

 「グラル先生、こんにちわ」

 「ああ、結局売ることを許したんだな」


 シャトラは敬虔けいぎゃくな聖教徒だから、きっと秋の収穫は教会に寄付するものだと思っていたが。

 シャトラは立ち上がると、ペコリと頭を下げ、事情を説明した。


 「すでに教会に寄付する分はしました。これはどうしてもルルルちゃんがやりたいって」

 「いいかシャトラ、清廉潔白せいれんけっぱくなのもええけど、天下は金で廻ってるんやで!」

 「だからってボクまでバイトさせるなんて」


 散々嫌がっていた割に、結局テンは売り子をしていた。

 以前に際どいウェイトレス服を着せられたから、物凄く警戒してたのにな。

 しかしルルルは悪びれもせずテンに言った。


 「だから変な服は着せんってうたやんけ」

 「ううぅ……ルルルちゃん、前科あるから信用出来ない」


 随分な言われようだな、この世は信用だぞルルルよ。

 最終的に信用を無くしたら金だって、鉄屑てつくず以下だ。


 「おっさんは、それでも売り子しているテンの良い子っぷりも少し心配だぞ」

 「せやなー。本当に嫌やったら断っても良かったんに」

 「ううん……ボク、これも経験かなって、ボク最底辺ボトムズだから商才も無いし」


 最底辺ボトムズという人たちは、この街の住民にとって、恥部ちぶのようなものだ。

 まともな職に着くこともできず、衣食住すら安定せず、あげく普通の住民にとってはけむたがられる。

 国がその気になれば、一瞬で吹き飛ぶようなどん底の人たちは今日を生きるので精一杯のはずだ。


 「テン、経験は必ずお前を助ける、いい心掛けだぞ」

 「えへへ、ボク頑張るね」


 そう言うと綺麗な毛並みの尻尾をブンブン振った。

 獣人がやや差別されているのは現代でも変わらない。

 機会があるってだけで貴重だからな。

 しかし生徒達と和気藹々わきあいあいとしていると、また義妹が後ろで胡乱うろんげに生徒たちをにらんでいた。

 「アレ兄さんの学校の生徒よね?」と呟くガーネットは、低くうなる。


 「うん? あらグラル先生の後ろ、確か海で……サファイアさん、で、合ってる?」

 「お久しぶりです。シャトラ様」

 「あっ、美人の嬢ちゃん!」


 以前海で一緒になったからか、以前のような偏見へんけんや警戒はなかった。

 ただ「海ッ!?」と義妹が後ろで強い殺気を放っていた。


 「うん? その目付き悪いエルフのねーちゃんは誰なん?」

 「目付き悪い……そんなにかしら? 初めまして、『兄さんのヽヽヽヽ義妹いもうと』です」


 すっごい強調したな。

 ルルルはいつものように目を細めると、ガーネットを三白眼さんぱくがんにらみつけた。

 相変わらず猜疑心さいぎしんが強いな、半信半疑といったところか。


 「事実だ、養子でな。おっさんの義妹だ」

 「綺麗きれい……サファイアさんもそうだけど、もっと綺麗かも」


 恐らく初めてエルフを見たであろうテンは、エルフ特有の流麗りゅうれいな雰囲気に思わず息を呑んだ。

 黙っていればガーネットは超絶美人だもんな。

 喋るとすぐに程度が知れるが、エルフが頭を抜けた美人ってのは世界共通か。


 「ガーネット・ダルマギクよ、よろしく」

 「あっ、シャトラ・レオパードです」


 軽く自己紹介をすると、ガーネットは手を差し出す。

 シャトラは握手に応じると、軽く手を振った。


 「っ、力強いん、ですね」

 「あら? そうかしら、おほほ」


 訂正、全然友好的じゃなかったわ。

 どうやら痛いくらい力を込めてシャトラの手を握ったみたいだな。

 基本的におっさんと違って明るく社交的なくせに、どうしておっさん関係だとこんなに不器用なんだか。


 「生徒をいじめてやるなよ、レディ……なんだろう?」

 「うぐっ、子供っぽいって思ったの?」

 「ご心配せずとも、ガーネット様は子供のようなものです」


 油に火を注ぐとはこういうことか、サファイアの的確すぎる一言が、ガーネットの美顔にピシッとヒビを入れた。


 「ちょっとサファイア、アンタこそ童顔の癖に私をお子ちゃまだと思ってたの!」

 「種族が違うのですから童顔は仕様しようでしょう。それに私はガーネット様より歳上としうえです」

 「それ言い出したらおっさんより歳上じゃないか」


 長命種と短命種の年齢を単純に比べる事が不条理ふじょうりだが、おっさんは思わず突っ込んだ。

 魔族だの精霊だの長命種は見た目と年齢が一致しないなんて、割と当たり前だからな。

 サファイアは精神的には幼いところもあるが、それでもガーネットよりはお姉さんとでも思っていたのだろうか?

 家族補正ほせいを抜きにしてもサファイアの方がしっかりさんしているが。


 「ねえ兄さん、そんなに私って子供っぽい?」

 「大人ってのは、不条理を飲み込めるやつのことさ」

 「なにしぶいことうてんねん!」


 ビシッとテンは鋭く手刀で空気を裂くようにツッコむ。

 うむり、少し臭かったか。

 だが義妹はことほかおっさんの言葉が響いたようだ。


 「不条理を飲み込む――か」


 少しだけ目を細め、柳眉りゅうびを垂れさせた。

 その視線はサファイアを悲しそうに見ている。


 「……はぁ、精進いるか、やっぱり」


 しかしすぐにこの義妹は頭を掻くと、いつもの調子を取り戻す。

 割り切るってのは、おっさんよりさっぱりしているガーネットらしい。


 「なんだかあんまり似てないね」


 そんなことを呟いたのはテンだった。

 おっさんとガーネット、同じ屋根の下暮らしてきた義兄妹とはいえ、やはり血は繋がっていないからな。


 「似ているところもありますよ」


 サファイアが「ふふん」と鼻を鳴らす。

 似ているところ……おっさんにはわからんが……。


 「物の考え方が似ています、それと朝だらしないところも」

 「えっ? なんやそれもっと詳しく!」


 やべ、ルルルが悪辣あくらつな笑みを浮かべると、サファイアに食い付いた。

 ボロが出る前に食い止めねば。


 「あらサファイア、人には触れてはいけない傷が一つや二つはあるって知らないの? それ以上口にしたら、殺すヽヽわよ?」

 「……はいっ、命が惜しいので、お口チャックです」


 割と本気だった。

 流石に、サファイアも身の危険を感じて、自重したな。

 ……しかし、今日はサファイアも妙に饒舌じょうぜつだ。

 外に連れ出して……とりあえず正解だったかな……?

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