第147話 おっさんは、サファイアを見守る

 収穫祭を祝う街は、いつもとは違う賑わいを見せていた。

 メインストリートには、行進する雑技団に音楽隊。

 わきに道を逸れても、商店街にはいつもとは違う活況が満ちていた。


 「主様、あれはなんでしょう?」


 おっさんと一緒に収穫祭を周るサファイアは初めて目にする特別な催しに、普段の鉄面皮も、少しだけ朗らかにさせていた。

 彼女の指指す先、おっさんは「ああ」と相槌あいづちを打つ。


 「輪投げか、懐かしいな」

 「輪投げ……とは?」


 サファイアは不思議そうに輪投げを催す商店に近寄った。

 バーレーヌではよく駄菓子などを売っている商店が、こういった催しを行っていたな。

 今回もそういったたぐいであり、輪投げの前には子どもたちがたかっていた。


 「ああっ、くそ! 一本外した!」

 「おっちゃん! もう一回もう一回!」


 おっさんは黙って見守っていると、子どもたちが実演を勝手にしてくれる。

 輪投げは離れた場所にある支柱ポール――今回はビンだったが――に連続で輪っかを通す遊戯ゆうぎだ。

 地方や店舗でルールが異なるが、この店の場合は五つあるビン全てに輪を通すという物だった。

 成功するとラムネジュースが貰えるらしい。

 買った方がずっと安上がりだが、子供ほどこういう物は熱中するもので、商店の店主の悪どさがにじみ出ているな。


 「なるほど……ああやって、ああ……っ」


 サファイアは何度も小さく頷きながら、子供達を見守った。

 随分ずいぶんと感情移入しちゃって、サファイアもまだまだ子供っぽいんだな。


 「一回やってみるか?」

 「え……よろしいのでしょうか?」

 「大人がやっちゃいけないってルールはないだろうしさ」


 それ以外にも商店街には様々な催しが行われていた。

 型抜き、くじ引き、金魚すくい。

 こういうお祭りならではの雰囲気ふんいきはどこか童心どうしんに帰らせてくれる。

 サファイアにとっては未知の体験だろう。


 「おっさん、一回いいか?」

 「はいよ。一回百ゴールドだよ。そこの輪を使ってね」


 おっさんはふところ仕舞しまっていた財布から、硬貨を取り出すと差し出す。

 乱雑に飾られたカラフルな輪っかを五本、おっさんは手に取ると、それをサファイアに渡した。

 サファイアはおずおずと輪っかを握りしめると、視線を鶴翼かくよくの陣のように並べられたビンに向けられた。


 「あっ、銀髪ねーちゃんだっ、頑張れー!」

 「どなたでしょうか?」

 「知らないのか」


 サファイアを見た子供達は興奮こうふんしたように両手を上げて応援した。

 どこのどなたかも判然はんぜんとしない少年達に、サファイアは困惑気味こんわくぎみだった。

 おそらくルビーと勘違いされているな、双子でそっくりだから仕方ないが。


 「銀髪ねーちゃん! 俺たちのかたきをとってー!」

 「仇とは……? あ、主様?」

 「ガキにとっちゃ、ラムネに賭けた百ゴールドも、大切なお小遣こづかいなのさ」


 うんうん、とおっさんもガキの頃を思い出すと何度も頷いた。

 サファイアには縁遠いだろうが、何もかもが輝いて見えた子供心には、ただのラムネジュースが宝石のように思えたのさ。


 「なるほど……なるべくなら罪を憎まず、といきたいところですが、ここは心を鬼にしてやってみましょう」


 サファイアは投げやすいように構えると、素早くそれ投じた。

 輪っかはまずは先頭のビンに通す、ここまでは慣れれば簡単だ。

 サファイアは投げた感覚を身体で確認すると、小さく頷き、二本目を投じた。


 「成功です、次は隣を」


 そのまま三投目、こちらも問題なく入った……かに見えたが。

 輪っかはビンの口に引っかかるとビンがグラグラと揺らす。

 さいわいにも輪っかはそのまますとんと落ちるが、それにどよめいたのは少年達だ。


 「気をつけろ銀髪ねーちゃん! ビンを倒しても駄目だめなんだぞーっ!」

 「なるほど……」


 子どもたちを泣かせるのは、五連続輪投げの成功の難易度だけではないようだ。

 ビンは台に固定されておらず、中身が空っぽなビンはことほか軽い。

 正確に投じなければビンを倒しかねないな。

 見ると店主はそれをニヤニヤと悪どく微笑んでいた。

 性格悪いな、ここの店主。


 「サファイア、成功を意識せず、やってみなさい」

 「主様……はい」


 緊張は何よりも天敵だ。

 私完璧ですからってまし顔のサファイアも、案外あんがいテンパりやすい。

 失敗は恐れる必要はない、取り返しのつかない事じゃないんだ。

 サファイアはおっさんの言葉に冷静さを取り戻すと、再び輪っかを構えた。


 「はっ」


 思わず投げる時に声を出す。

 サファイアが素早く投じた四投目は、後方で前のビンが邪魔して入れにくいビンを揺らした。

 まずい……と思われたが、なんとか四本目もビンを通る。

 その瞬間子供達が興奮して歓声をあげた。


 「入ったーっ!」

 「あと一本! あと一本!」

 「さながら魔王を前にした勇者の高揚こうようでしょうか、恐怖と緊張がぜです」

 「君は魔王側だったはずだけどなー」


 相変わらず微妙なたとえをしますね。

 サファイアからすれば、まさに店主が悪ーい魔王で、サファイアは『輪っか』という聖剣を掲げた勇者という訳か。

 この『聖なる一投』が失敗すれば、子供達の明るい笑顔がやみに閉ざされる。

 おっさんにはなんてことない一幕ひとまくでも、サファイアはさながら勇者のロールプレイをしているのだろう。

 えいっ、魔王よ、これで最後だ! ……なんてこんな美少女勇者に言われたら魔王もほだされちゃう気がするな。


 「……店主、立ち位置を変えてもよろしいでしょうか?」

 「店内に足を入れなければいいよ」


 サファイアは店主の了承りょうしょうを得ると、後ろへ数歩下がった。


 「えっ? なんで下がるんだよー!」

 「入れにくくなっちゃうぜ! 銀髪ねーちゃん!」

 「いいえ、構いません……それにこちらの方がよく見えます」


 サファイアはそう言うと視線を上に向けた。

 その視線を追うと、サファイアが見ていたものは屋根を支えるはりから下げられる垂れ幕だった。

 色褪いろあせた【新味販売】と描かれた駄菓子のポップにはノスタルジーを感じさせてくれる。


 「見えました、勝利の道が」

 「銀髪ねーちゃん、頑張れーっ!」


 子供達の声援せいえんを胸に、サファイアは最後の一投を投げはなった。

 最後のビンは最も難しい、だが投じられた輪っかはその頭上だった。

 誰もが最後の一投を目で追った、店主のおっさんでさえ、だ。

 輪っかは垂れ幕にポスっとぶつかると、垂れ幕がわずかに揺れた。

 そのまま輪っかは自由落下……最後のビンにストンと鮮やかに投じられた。


 「やっ…………たぁぁぁぁっ!!」

 「銀髪ねーちゃんすげえー!」

 「主様、やりました。ぶいです」


 子供たちは自分のことにように大はしゃぎで、ヒーローをたたえた。

 見事輪投げ魔王を征伐せいばつせしめた勇者サファイアはというと、瞳をキラキラさせて、子犬のようにほおを赤らめた。

 ご褒美ほうびが欲しいと、あんに語っているな。おっさんはサファイアにご褒美をあげることにする。


 「よくがんばりました。特別に花丸」


 おっさんはそう言うとサファイアの頭を優しく撫でた。

 サファイアは満足顔で目を細め、羽をパタパタはためかせた。


 「むふー、花丸です。サファイアは見事優秀さを証明できました。私えらい」

 「アッハッハ! 可愛かわいい嬢ちゃん、ラムネ持っていきな! 一本だけな」


 透明のソーダ水が詰められたビンをサファイアは手に取る。

 なんてことのない、なんなら普通に買った方が安いんじゃないかって品物だが。


 「テテテレーン。サファイアはラムネを手に入れましたー」


 ファンファーレ? を口ずさみながらサファイアはラムネビンを仰々ぎょうぎょうしくかかげた。

 なんとなくひるがえる背広のマントが幻視できた。

 勇者サファイアの冒険ロールプレイはまだ続いているのかも知れない。


 「これは勝ち得た大切な物ですのでいとしき主様へとご献上けんじょうを」

 「ええーい、たかがラムネでそこまでかしこまるな。サファイアが飲みなさい」

 「ははーっ。では主様には此度こたびの勝利の栄光を捧げます。ありがたくいただきます」


 おっさん、将軍様オーバーロードかなにかか?

 そう突っ込みを考えるも、サファイアのマイペースさに付き合っていたら、キリがないのでここはスルー。

 サファイアは随分ずいぶん畏まったまま、ビンの口を封じる金属製のキャップをがすと、プシューと音を立てて炭酸が弾けた。

 ちなみに、世の中にはビンラムネとか酒瓶のキャップを集める蒐集家コレクターってのがいるらしいな。

 一個一個は価値が無くても、揃えると価値が付いたり、おっさんにはよく分からない趣味人の世界の話だが。

 サファイアはゆっくりビンを持ち上げると、口を付けた。

 シュワシュワした炭酸が口の中に広がるのが面白おもしろいがサファイアはどうかな?


 「んっ? んっんっん、ぷはっ」


 非常にエロ――もといさわやかに口を離すと、周りも「おおっ」と声を上げた。

 美少女がただラムネを飲んでいただけなのに、どうしてこうも絵になるんでしょうね?

 爽やかささえ感じさせるサファイアのラムネにはどれほどの価値があるのだろう。

 ただ、その影響は思った以上に凄まじく。


 「ラムネ、一本くれ!」

 「俺もだ! おっさん!」

 「おっちゃん! オレもー!」


 気持ち男性が多いが、ラムネを求めて駄菓子屋に客が集まり始めた。

 恐るべしステルスマーケティング! などと店主がほくそ笑んでいるかは知らないが。

 おっさんは混む前にサファイアの手を引っ張ると、そのまま店を離れた。


 「どうだサファイア、ラムネの味は?」

 「とってもシュワシュワでビックリしました。鉱水こうすいを使用しているのでしょうか?」

 「よく分からんな。そういうのはガーネットの方が詳しいと思うぞ」


 普段炭酸水には縁はないからか、サファイアも満足そうだ。

 おっさんにはハイカラ過ぎてよく分からんが、コールンさんは火酒ウイスキーに炭酸水で割るハイポールなる飲み方をしていたな。

 サファイアは料理の達人だから、早速なにかに活かせないか思案しているようだ。


 「味を付けると、風味も大分変わりそうです。お肉にも合うかもしれませんね」

 「どうかな……まぁほどほどに」


 おっさんは苦笑いを浮かべると、サファイアも微笑を浮かべる。


 「ビンは返してきませんと」


 そう言うと彼女は軽やかな足取りで、飲みきったビンを返しに行った。

 おっさんはそれを見送ると、突然背中に悪寒おかんを感じた。

 そろり、と後ろを振り返るとそこにいたのは――……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る