第146話 おっさんは、ファッションチェックする

 「お待たせしましたあるじ様」


 義妹と別れた後、シェアハウスに帰ると、おっさんはサファイアを待っていた。

 サファイアは早めに仕事を終わらせ、玄関を出てくる。

 のんびり待っていたおっさんは振り返ると、いつも通りの彼女がいた。


 「……うーん」

 「いかがいたしました主様?」


 おっさんは思わず首をかしげる。

 原因はサファイアのファッションヽヽヽヽヽヽだ。

 彼女の格好は実にいつも通り、そうお馴染なじみのミニスカメイド服なのだ。

 それ自体に問題はない――いや、やっぱりあるわ。小さいとはいえ背中側にある翼の付け根のために、背中が丸出しなのは、やっぱりエロいわ。

 サファイアは初めて出会った時から服装が変わらない。

 例外は海に行った時には水着に着替えていたが。


 「せっかくのお出かけだ、もう少しお洒落しゃれしてみないか?」

 「お洒落?」


 サファイアは困った顔をした、……気がする。

 パタパタパタと翼をはためかせるが、やっぱりネックは翼と尻尾しっぽだよな。

 魔族のテンプレみたいな格好をしたサファイアは案外あんがい着れる服が少ない。

 そもそもお洒落がしにくいんだよな。


 「この格好では駄目だめなのでしょうか?」

 「いや、駄目というか……ほら、晴れの日は特別な格好をするだろう?」

 「なるほど、確か葬儀の際に黒くめに身を包むと……」


 そう呟くと、サファイアの身体が変異へんいし、改造メイド服はゴシック様式の喪服もふくに切り替わった。

 ……そういやショゴス族って、姿も自由自在だったな。すっかり忘れていたぞ。

 本人いわく、姿に人格が引きずられるから、あまり変身したくないとのことだ。


 「よし、もっと女の子っぽい格好になれるか?」

 「女の子っぽいとは、なんなんでしょうか?」

 「……え?」

 「そもそも女の子とか男の子とか、格好で性別を決めるのは正しいのでしょうか?」


 サファイアはあごに手を当てると、すさまじく面倒くさい事を言い始めた。

 あれだ、ジェンダーフリー? あとはパリコレ問題?

 おっさんには、バイセクシャルの気持ちはわからんので、サファイアにうんともいいえとも答えられないんだが。


 「サファイア、主様の好きそうな格好になればいいのでは?」


 そこへ助け舟を出してくれたのはルビーだった。

 午前中はルビーがサファイアの仕事を引き受けてくれるため、彼女はいつも通りでも問題ない。

 サファイアはおっさんの顔を見上げると、おっさんの目をじーっと見つめてきた。

 可愛いけど、ちょっと不気味だぞ。


 「なるほど、なんとなく理解しました」


 何を納得したのか、サファイアは再び変身すると、動きやすい冒険者みたいな格好に変身した。

 ……というか、それは。


 「ガーネットの格好じゃないかっ!」

 「違うのですか? ガーネット様が好みなのだとてっきり」

 「それでガーネットのコスプレ!?  それガーネットが聞いたら絶対怒ると思うぞ!」


 サファイアがおっさんの事をどう思っているのか、なんとなくそれが垣間かいま見えた気がする。

 「そうですか」とサファイアは呟くと、更に変身していく。


 「因みに何回も変身して疲れないのか?」

 「擬態型シェイプシフターと一緒にしないでください、ショゴスは上位互換ですから」


 そう言うと「えっへん」と鼻を物理的に伸ばした。

 増長ぞうちょうしているサファイアもやっぱり可愛いが、時間無くなっていくぞ。


 「うーん、おっさんも女性の服ってわからん」

 「主様、とりあえず歩きながら通行者を参考にしては?」

 

 ルビーの提案に、サファイアはポンと手を叩いた。


 「それもそうですね」

 「それじゃ行くか、ついでに服も見繕みつくろうか?」


 おっさんたちは歩き出す。

 ルビーに「後でな」と返すと、ルビーは「いってらっしゃいませ」と頭を垂れる。

 収穫祭……さて、ブリンセルでは初めてだな。


 「なるほど……あのような」


 しばらく街を歩いていると、サファイアは小さく独り言を呟きながら行き交う女性たちを観察していた。

 サファイアは何度も姿を変化させながら、何が良いのか真剣な顔で吟味ぎんみする。

 がんばり屋……なんだが、努力の方向はどこかピントがズレている。


 「サファイア、格好がデタラメだぞ?」


 サファイアは気がつけば上半身は作業着なのに、下はスカートのようなアンバランスな姿になっていた。


 「ハッ、色々参考にし過ぎると、逆にわからなくなりました」

 「全部参考にしちゃ、台無しだな。分析ぶんせき抽出ちゅうしゅつをしないとな」

 「分析ですか」

 「分析はまず、女性たちの姿を確認する。次に分析した和の中から必要な情報だけ抽出すれば、サファイアが望む物が明確めいかくになるだろう?」

 「なるほど……さすが主様です。サファイア目からうろこがポロポロです」

 「物理的に落ちとるぞ」


 サファイアも利口なのだが、やはり数学とかは苦手なのだろうか。

 家政婦ハウスキーパーをやっていると、文系や理系はあまり縁がないのかもな。

 おっさんは先生だから、どうしても先生として考えてしまうくsがある。

 サファイアみたいな子の方がなんだかんだ、微笑ほほえましい。


 「……あ」


 ふと、サファイアが足を止めた。

 何かと思うと、サファイアの視線の先には、隊列を先導する笛吹にピエロの衣装に身を包んだ音楽隊が行進していた。


 「ああ、音楽隊か、こっちでもやってるんだな」


 この国では定番の陽気ようきな音楽隊だ。

 笛に太鼓にと、どんちゃん騒ぎで練り歩く。

 どうやらサファイアは音楽隊が気になったようだな。


 「……あれです」

 「あれ?」

 「あれこそ、私の望んだ姿!」


 そう言うと、彼女はド派手なピエロ衣装に変身した。


 「じゃ、ないだろうーっ!」


 ……その後もサファイアのトンチンカンに振り回されつつ、収穫祭を巡るのだった。

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