第145話 義妹は、テティスとコンビを組む

 兄さんが先に帰っちゃった。

 私の目の前には古臭い格好の森エルフが一人。テティスさんね。

 私はなんとなくこの娘が苦手だ。

 というか、エルフ自体がよく分からない。


 「あの、ダルマギクさんもギルドに行くのですか?」

 「ええ、うん。何か仕事があるか見にね?」


 テティスさんは翠眼すいがんまたたかせ、私に興味があるみたい。

 逆に私はぜんぜん興味がない。エルフとかいう価値観の全く違う生き物を理解しろという方が難しいけど。

 私って改めて思考は人族よね、親も周囲も人族ばっかりだったし。


 「ダルマギクさん、わ、私も同行してもいいでしょうか?」

 「いいも何も、やましい思いでもあるの? 好きにしなさいよ……はぁ」


 私は深い溜息ためいきく。折角せっかく兄さんと楽しく出掛けてたのに。


 「あの……邪魔じゃまならこの場を離れますが?」

 「気をつかってるの? 別に気を遣う必要なんてないわよ」


 それよりも、私はいい加減気を取り直すと、テティスさんにある事を聞いた。


 「魔法使い君と戦士君はどうしたの?」

 「ロイドとグレースですか? 彼らはいつでも一緒じゃないですよ。特に今日は収穫祭ですし」


 そう言うとテティスさんはほがらかに笑った。

 なんとなく楽しそうねぇって思うわ。


 「テティスさん、お祭りが好きなの?」

 「はいっ、お祭りって楽しいですよね。エルフの森では歌い踊るばっかりでした」


 エルフがお祭り好きなのか、テティスさん個人が好きなのか。

 兄さん一緒なら私もお祭り好きだけど、肝心かんじんの兄さんがあんまりお祭り好きじゃないもんねー。

 普段なら収穫祭でモチベなんて上がんないけど、今年は別だ。

 なにせ兄さんと一緒にお祭りを周る約束を取り付けたもの……サファイアまで一緒なのが玉にきずだけど!


 「ダルマギクさんは収穫祭の日でも冒険ですか?」

 「やってないとなーんか落ち着かないのよ、まぁ昼までに終わる仕事だけ受けるわ」


 仕事に妥協だきょうはしないけど、それはそれとして一刻も早く兄さんと合流したい。

 そう思うと歩く足は自然と早くなった。


 「あっ、待ってください」

 「結局ついてくるのね」


 テティスさんは駆け足で追いかけてきた。

 結局彼女は冒険者ギルドまでついてくるようだ。




          §




 冒険者ギルドの扉を開くと館内は普段より閑散かんさんとしていた。

 流石にお祭りの日は非日常の体験を優先するか。

 それでもまぁお祭りに興味がない硬派こうはな冒険者もいるようだけど。


 「あら、ガーネットさん、やっぱり来ましたね」


 受付カウンターを見ると、いつもの受付嬢が笑顔で手を振っていた。

 私は受付カウンターにゆっくり駆け寄ると、仕事の話をする。


 「近隣きんりん討伐とうばつ依頼はない?」

 「何件か、これなんてどうでしょう」

 「ステップガルムの群れか」


 受付嬢が出したのは街道を彷徨さまよい歩くステップガルムの群れの情報だった。


 「毎年この時期にはお馴染みですけど、対処していただけると助かりますが」

 「まぁ魔物だって、冬を越すため、必死よねぇ」


 元々のホームグラウンドだったバーレーヌでは、ブリンセルこっちより開拓かいたくされておらず野生の魔物は多かった。

 わたりをする魔物はともかく、魔狼ガルム族の魔物は冬を越すためのエサを探すのは至難しなんだ。

 だからこそこの時期は凶暴さを増すのよねぇ。


 「いいわ、ガルムの駆除は慣れているわ」

 「ありがとうございます! 数が多い上、油断すると中堅ちゅうけんどころでも危険であまり受けて貰えないんですよねぇ」


 ガルムって基本群れで行動するし、恐れ知らずだから数が多いと私にだって厄介やっかいだものね。

 辺境の剣聖コールンさん位の剣士ならればり、寄らなくても斬って、十把一絡じゅっぱひとからげに無双むそうしちゃうんでしょうけど。

 くやしいけどあの人強いのよね。


 「規模は分かる?」

 「大凡おおよそ六0匹程度です」

 「多いわね、そんなに?」

 「夏に大量発生したじゃないですか? 駆除はしたんですけど、結構残っちゃったみたいで」


 私は聖女シフ様の護衛ごえいをしていた時の事を思い浮かべた。

 シフ様は多くてもピサンリ平原に現れる群れは多くても五0匹と言っていた。

 あれって結局ただの自然のイタズラだったのかしら?


 「まっ、夜間ならいざ知らず、太陽が天頂にあるなら、問題はないでしょ」


 私は席を立つ。

 行くなら直ぐに用意しないと。


 「えと矢は最低六0が必要なら、八0は必要か」

 「私も参加すれば半分で済むでしょうか?」


 後ろで見ていたテティス君が突然そんな事を言った。


 「別に構わないけど……面倒な相手よ?」

 「構いません、間近でダルマギクさんの戦い方を見てみたいのです」


 うーん、私の戦闘スタイルって、テティス君とは違うと思うんだけど、参考になるのかしら?

 とはいえ、手が多ければ仕事もより迅速じんそくに済むか。

 少なくともテティス君の実力は信用出来る。馬鹿な真似もしない筈だ。


 「オッケー、依頼料は半分こよ」

 「いいのですか? 半分も?」

 「出来高できだか制は絶対めるから、均等に割る方がいいわ。それにテティス君みたいな可愛い子にはサービスよ」


 私はそう言うとウィンクをした。

 テティスさんは可愛いと言われるのは余程意外なのか頬を赤く染めて目を丸くしていた。

 私は軽く微笑ほほえむと直ぐに行動にうつす。


 「直ぐに準備したら、出るわよ!」

 「は、はいっ。よろしくお願います」


 こうして私は即席のエルフコンビで討伐に出るのだった。




          §




 王都周辺に広がるピサンリ平原は大陸でも最も広大な穀倉こくそう地帯だ。

 蜘蛛くもの目のように広がる街道の先々には農村が点在し、街道には様々な魔物が近寄ってくる。

 ステップガルムは、草原地帯に生息する有り触れたおおかみ型の魔物だ。

 普段から数十の群れで生活しており、性格は極めて凶暴。

 討伐依頼は定期的に出される、代表的な害獣といったところでしょうね。


 「ハッ!」


 平原に散発的に生える木々を陣取り、テティス君が高所から矢を放った。

 流石森エルフか、高所からの射撃も様になっていて、ステップガルムの額を正確に割ってみせた。

 私はと言うと、空飛ぶ靴レビテーションブーツでステップガルムの群れの中に突撃した。

 空飛ぶ靴は単純に空を足場にすることが出来る訳だけど、この魔法の靴は思ったよりも応用力がある。


 ガルムは突然の獲物にきばき、私に飛び掛かるが、私は空気を蹴って、ガルムの群れの中を跳ね回る。

 変幻自在な軌道を与えることこそ、もしかしたら空飛ぶ靴レビテーションブーツの本質なのかもね。


 「さっさと始末するわよ!」


 さて、私も遊んでいる訳ではない。

 ガルムに群れに自ら飛び込んだのは、単純に敵を混乱させる為だ。

 平原では弓使いは本領を発揮できない、らすと面倒なのだ。

 だから確実に全匹討伐するため、私は跳躍ちょうやくしながらガルムの群れを正確に射抜いていった。


 「すごい……それに美しい……やっぱりダルマギクさんは」


 テティス君ったら聞こえてる、聞こえてるってば。

 私の長耳エルフイヤーはテティス君の独り言も聞き取ってしまう。

 ちょっと恥ずかしいわね。まっ、格好悪い姿は見せられないわね!


 「そこ!」


 数が減ってくると、およごしになる個体が出現し始める。

 討伐依頼じゃなければ壊走かいそうさせれば十分だけど、今回は運がないと思ってもらおう。

 私は正確に高速戦闘をこなしながら、討伐優先度をさだめた。

 逃げ出す臆病者チキンは優先的に駆除だ。

 馬鹿みたいに飛びかかってくる個体は適当にかわして、頃合ころあいを見て射殺いころす。

 六0近くいたステップガルムも私にかかれば三十分で全滅した。


 「よっしゃ、これなら昼前に帰れるわねっ!」


 私はこれから収穫祭だと、嬉々ききとして討伐証明のため、群れのリーダー個体から、牙をナイフでぎ取った。

 大きく丈夫じょうぶな牙を腰のポーチに仕舞しまうと、テティス君は木から降りて駆け寄ってきた。


 「お見事です、正直ここまで実力に違いがあるとは思いませんでした」

 「あんなのただの曲芸サーカスよ、テティスさんがいなかったらもうちょっと堅実けんじつに行ってるわ」

 「堅実に、とは?」

 「そりゃ空から爆撃ばくげき雨あられよ」


 私は色んな特殊矢を持っているが、その中でもやじりに火薬を仕込んだ爆裂する矢は、最も活躍するのが相手を頭上から殲滅せんめつする時だ。

 しかしそれを聞いたテティスさんはやや目くじらを立てた。

 ありゃ、気に入らないって顔ね。

 相変わらず潔癖けっぺきだこと。


 「ダルマギクさん、それほどの才があるのです。エルフとしての品格をもう少しは」

 「あーあー聞こえなーい! それよりも! いい加減他人行儀なんとかならない? ダルマギクさんって、むずがゆいっていうかさー?」

 「し、しかし……」


 テティスさんは何がずかしいのか、顔を赤くして口ごもった。

 私ってどうもテティスさんの距離感って苦手なのよねー。


 「ガーネット、ほら言ってみ?」

 「が、ガーネット、さん」

 「言えたじゃない! それで良いんだってば、ほら帰ろう帰ろう! せっかくだから飲み物でもおごってあげるから!」


 私はテティスさんの腕を取ると走り出した。

 テティスさんは慌てて追いかけながら言った。


 「あのっ、収穫祭、射的大会はご存知でしょうか!」

 「ああ、グリフィンの機械弓が景品の奴でしょ? それが?」

 「是非参加してくださいっ! 私も参加しますから!」


 ふーむ、テティスさんの狙いはなにかしらね?

 言われるまでもなく、私は大会に出場するつもりだ。

 なにせ欲しかったグリフィンの機械弓、それも最新モデル!

 こんなの欲しくない訳ないじゃない!


 「あはっ! 良いけど、出るなら優勝できなくなっちゃうわよ?」

 「構いません。弓使いとして実力を試したいのです」


 実力、か。

 テティスさんの弓の腕前うでまえは疑わない。

 美しい構えはもはや優雅ゆうがでさえあり、正確無比せいかくむひな射撃は私と同レベルかも知れない。

 けれど……。


 「競技で実力なんてわかるのかしら」


 私はそうつぶいた。

 もちろんテティスさんの聴力ちょうりょくなら聞き取れるだろうと、わざとだ。

 テティスさんのこと、本質的には嫌いじゃない。

 けどなにか生き急いでいるっていうか、真面目過ぎるのかしら?

 優等生なんでしょうね、そりゃテティスさんと比べたら私はならず者でしょうよ。

 水と油、なんとなく私はテティスさんとの関係をそんな風にイメージしてしまった。

 馬鹿だな。そこまで嫌っちゃいないでしょう。


 「まっ、なるようになれ、か」


 テティスさんとの関係性は面倒くさい。

 けれどテティスさんは不自然なほど私に熱い視線を送ってくる。

 ファンサービスで済めば良いんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る