第144話 おっさんは、出掛ける

 少し時間に余裕よゆうを持って寮を出ると、入り口でルビーと出くわした。

 ルビーはおっさんを見つけると、すぐに丁寧ていねい会釈えしゃくする。


 「おはよう御座ございますあるじ様」

 「ん、おはよう。今日は収穫祭だが、ルビーはどうするんだ?」


 丁度ちょうど庭の木の剪定せんてい中だったのか、はさみを両手に持ったルビーは、少しだけ困った顔をした。


 「寮の管理をおこたる訳にはいきません」


 あいわらず完璧プロフェッショナル主義だな。

 ルビーはいつだって仕事に妥協だきょうはしない。

 とはいえ、サファイアとは出かける約束をしているのに、ルビーに仕事させるってのはちょっとおっさんの良心が躊躇ためらっちまうな。


 「なあルビー。だったらさ、夜はおっさんと出るか? 収穫祭は夜までやってるからな」


 ルビーは目を丸くすると、持っていた鋏を落としてしまった。


 「い、いのですか……私まで?」

 「良いもなにも、サファイアだけを贔屓ひいきする訳にもいかないだろう?」

 「勿体もったいなきお言葉、ありがとうございます」


 ルビーは涙目になりながら震えて感動していた。

 そんな仕草しぐさを義妹はあきれ顔で眺めていた。


 「サファイアとおんなじねえ。流石さすが双子だわ」

 「それだけルビーも良い子だから、ご褒美ほうびあげないとな」

 「もーっと良い子がここにいると思わない? ねえご褒美は?」

 「よくまあ自分をそんなにでられるもんだ」

 「当然でしょ、自分が好きなんだもの」


 血がつながっていないとはいえ、ガーネットはとことん陽キャである。

 おっさんとはなにもかも似つかない、それでも可愛い義妹だもんな。


 「はいはい、じゃあご褒美にあめちゃん買いましょうね〜」

 「もう私子供じゃないってば!」


 ころころ爛漫らんまんに表情を変えるガーネットに、おっさんは優しく微笑ほほえんだ。

 ただおっさんの愛情表現ってのは不器用ぶきようなもんだ。

 ガーネットの光沢のある金髪の頭を優しくでると、ガーネットは上目遣いで静かになった。


 「ん、良い子良い子」

 「もう、やっぱり子供扱い……兄さんからしたらやっぱり子供なのねぇ」


 ガーネットはそう言うとそっとおっさんに肩を寄せた。

 まあ義妹はいつだって可愛い子供だよな。


 「それじゃ、兄さん行きましょう」

 「ああ、ルビー、行ってくる」

 「はい、行ってらっしゃいませ、主様、ガーネット様」


 ゆっくり歩き出すと、徐々に歩調ほちょうを早める。

 一歩一歩はおっさんの方が早いから、なるべくガーネットに合わせるが、ガーネットは気にしない。

 ガーネットは上機嫌に「ふんふんふーん」と鼻歌を歌って、かろやかな足取りはまるで草原を踊る天女てんにょのよう――は、おっさんの言い過ぎか。


 「兄さん兄さんっ! 最初は何処どこから行く? ねぇ!」

 「落ち着け、サファイアと合流してからな?」

 「ぶーぶー! たまには二人っきりで遊ぼうよおーっ!」

 「ガーネットがそんなワガママ言うなんて、ひさしぶりだな」


 ガーネットは多少ワガママな性格ではある。

 はっきり言えば傲慢ごうまん高圧的プライドな性格ではあるからな。

 とはいえ、大人のレディを自称するガーネットにしては珍しいものだ。


 「今日は子供だもーん! だからねーねー!」

 「あれ……ダルマギク、さん?」


 ピシッ、超甘えまくっていたガーネットの表情が一瞬いっしゅんで凍りついた。

 ガーネットに視線を送っていたのは古風な野伏レンジャー衣装に身を包んだ女性エルフだった。

 ガーネットより若く一回り小さい、凛とした顔立ちはガーネットと負けず劣らずの美人だが。

 もしかしてガーネットの知り合いだろうか?


 「あ、あらー、おほほ、ごきげんよう。テティスさん」


 テティスという子はガーネットの不審ふしんな様子に胡乱うろんにらみつけていた。

 同じエルフだが、テティスさんは幼く見えるが逆に落ち着いている。

 一方、ガーネットの方が年上のように見えるが、こっちは挙動不審きょどうふしん脂汗あぶらあせを掻きまくっていた。

 なんかあべこべというか、対象的だな。

 テティスさんは、正に正統派せいとうはエルフって感じか。


 「ダルマギクさん、呼吸が乱れてますが大丈夫ですか?」

 「あーうん、気にしないで、ははっ」

 「おいガーネット、知り合いか?」


 おっさんはガーネットに耳打ちすると、ガーネットは小さな声で返事した。


 「前に一緒に冒険してね?」

 「つまり、同業者か」

 「あの……貴方あなたはダルマギクさんとは一体?」


 テティスさんの不審な目はおっさんにも向いた。

 ガーネットに比べると目つきは優しいが、どこか排他はいた的な空気を感じる。


 「あはは、この人は兄さんなの」

 「どうも、義兄のグラル・ダルマギクです」


 とりあえず丁寧に頭を下げる。礼節れいせつは社会では大事だからな。

 テティスさんはというと、おっさんが兄だと聞くと、驚いた顔でおっさんとガーネットの顔を交互に見た。

 ああ、その反応は分かる。まぁ種族が違うもんな。


 「私養子なのよ、兄さんのこと、説明してなかったっけ?」

 「初耳です……なるほど、あれがダルマギクさんのお兄さん」


 あれ。ガーネットはあからさまに嫌な顔をした。

 意外と見栄みえりだから、体裁ていさいを気にしたな。


 「ガーネット、かったら彼女と一緒に冒険者ギルドに行ったらどうだ?」

 「私が彼女と?」

 「どうせ目的地は同じだろ、おっさんは一足先に戻ってる」


 そう言うとおっさんはきびすを返した。

 ガーネットは未練みれんがましく手を伸ばすも、諦めると手を戻した。


 「同じエルフ同士仲良くな!」


 最後にそう言うと、おっさんはその場を後にした。

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