第141話 おっさんは、誰と収穫祭へ行く?

 薄暗くなるころには、義妹のガーネットが元気よく帰ってきた。


 「たっだいまー、今日のご飯はなにー?」

 「おかえりなさいませ、ガーネット様、今日もご期待下さいませ」


 サファイアは早速玄関へガーネットを迎えに行った。

 ふむ、今日の義妹は機嫌きげんさそうだな。

 おっさんと違って義妹は喜怒哀楽きどあいらくが表情にすぐ出るから、なるべく機嫌を良くしていただきたい。


 「兄さん、ただいまー」

 「うむり、お帰りガーネット」


 義妹はリビングを通っていく。そのまま荷物を置く為、自分の個室に向かった。

 おっさんは壁に立て掛けられた時計から時間を確認してみる。


 「そろそろコールンさんも帰ってくる頃だな……それにしてもルビーが遅い」


 おっさんはそろそろルビーが帰ってこないことが不安になってきた。

 いやルビーに限って滅多めったなことは無いと思いたいが……。


 「主様、ルビーが心配ですか?」

 「そりゃまあ、心配は尽きないさ……」

 「ありがとうございます。姉にそんな優しさをお与えくださって」


 やっぱり少しずかしいな。

 ルビーを心配しているのは優しさだろうか?

 サファイアに感謝される程じゃないのは確かだ。


 「はぁあ、あれ? 兄さんどうしたの?」


 荷物を置いて身軽になったガーネットが戻ってくると、おっさんは顔を隠した。

 なんとなく今見られるのは気恥ずかしかった。


 「あれれー? 兄さんなんで顔を隠しているのかしら?」

 「……それは」

 「それは? 可愛い義妹の顔を恥ずかしくて見られないのー?」


 ガーネットはそう言うと猫みたいな仕草しぐさで、おっさんに寄りかかった。

 今日は特に上機嫌じょうきげんのようでおっさん逆に困惑こんわくする。

 こういう時サファイアにご期待しちゃう訳だが。


 「ガーネット様、まだ晩御飯には早いのでお風呂に入っては如何いかがでしょうか?」

 「あっ、そうねー。まだ汗臭いだろうし……うん、そうするわ」


 ナイス! 流石サファイアさん!

 ガーネットはおっさんから離れると風呂場に向かった。

 おっさんはガーネットが居なくなると、ため息をく。


 「今日は特にお猫様でしたね」

 「サンキューサファイア、助かった」

 「主様のメイドとして当然です」


 サファイアのそういう所は好きよ?

 ちょっと思想が行き過ぎている所とか、問題も無いではないが。


 「それにしてもガーネットの奴、なんであんなに機嫌が良いんだか」

 「あの顔は恐らく何か望みが果たされた……のでは?」


 うーむ、どんな魔物討伐でも涼しい顔でこなして帰ってくるガーネットだが、今日は特に珍しい。

 現代っ子のガーネットは案外あんがい欲しがりだから、なにか欲しかった物が手に入ったのか?

 おっさんがらみでは無いと思うが。


 なんて話していると、再び玄関で音がした。

 玄関に振り返ると二人の女性が仲良く帰ってきた。


 「お帰りなさいませ、コールン様、ルビー」

 「今日も疲れました〜」

 「遅くなって申し訳ありませんサファイア、すぐに家事を手伝います」


 どうやら全員帰ってきたらしいな。

 サファイアにそっくりな双子の姉ルビーは、おっさんに丁寧な会釈えしゃくを行うとすぐにキッチンに向かった。

 次いでゆっくりと入って来たのはコールンさんだ。


 「あっ、グラルさんただいまでーす!」

 「はいはい、お疲れ様」

 「そう言えばグラルさん、収穫祭はどうするんです?」

 「む……収穫祭は」


 おっさんはサファイアに目線を向けた。

 彼女は物静かにうつむく、うーん説明してもいいのか?

 だが、コールンさんならかく、風呂場から長耳をとがらせていたガーネットが浴室から顔だけを出す。


 「収穫祭っ!? 兄さんデートするの!?」

 「勘違いもはなはだしい!」

 「誰かとおでかけするんですか?」


 過剰反応するガーネットを浴室に押し込むと、コールンさんは純粋な目で聞いてきた。

 やっぱり変に勘繰かんぐられるのは気分が良くないな。


 「サファイアと収穫祭を見て回るって」

 「なるほど、家族サービスですか」

 「家族なんて……そんな恐れ多い――ぽっ」


 言葉とは裏腹にサファイアは頬を赤くしながら小さく微笑んだ。

 しかしだまっていなかったのはルビーだった。

 ルビーは少しだけ怖い顔をするとサファイアにった。

 二人並ぶとお人形みたいで頰笑ほほえましいんだけどな。


 「サファイア、ズルいです。最近またサファイア優遇が始まった気がします」

 「ルビー、それは気の所為せいです」

 「アンタら双子はどうでもいいけど、兄さんはどうして私は誘わないのに、サファイアは誘ったのかしら?」


 ギャーギャー騒がしくなると、汗をさっぱり洗い落として際どい格好のガーネットが加わる。

 まずい、実に不味いぞ。特にガーネットの怖い顔が。


 「いや、それはだな? サファイアが――」

 「大体兄さん、人混み苦手よね? お祭りもあんまり楽しまないじゃない」

 「うぐ……その、通り、だが……」


 しどろもどろになりながら言葉を探していると、ガーネットはばっさりおっさんの思惑おもわくなどぶったった。

 たすぶねはない、サファイアはルビーに詰問きつもんされ、コールンさんは今日も天下泰平てんかたいへいと言わんばかりに菩薩ぼさつの笑顔で動じない。

 だが、そんなおっさんに思いがけない言葉を出したのは、まさかのガーネットだった。


 「……兄さん、その、私じゃダメ?」

 「は? え……あっ、駄目だめじゃない!」

 「じゃあさ、わ、私とさ、収穫祭はダメ?」

 「ああもう! 行くよ! どこへでも連れて行け!」


 そう言うとあざとい義妹はジャンプする程大喜びして、おっさんに抱きついた。


 「やったー! 兄さん大好き!」

 「うふふ、今日も仲良しですねー」

 「コールンさん、本当に神経太いね」


 そう言えばコールンさんは収穫祭はどうするんだ?


 「コールンさんは収穫祭はどうするんです?」

 「私もグラルさんとご一緒したいのは山々やまやまですが、少し用事ありまして」

 「あら、それは残念ねー! ウプププ!」

 「もうー! 笑うことはないじゃないですかガーネットさん!」


 コールンさんを唯一怒らせることが出来るのはガーネットだけだな。

 相変わらずコールンさんを目のかたきにするガーネットは、勝ち誇ると大変ウザい。


 「古い知り合いと会うんですよ、合流するなら午後からですねー」

 「あら、知り合いとか、いたのね」

 「います! 私だって知り合い位います!」


 そりゃコールンさんだって知り合いだっているだろう。

 少なくともおっさんと違ってコールンさんは社交的で明るいんだから、知り合いはむしろ多そうだが。

 おっさんの旧知の知り合いってなると、バリーくらいかなー?


 「皆さん揃いましたので晩御飯にしましょう。今日はお野菜ごろごろホワイトシチューとなります」


 大鍋でゆっくり煮られていた牛乳たっぷり入れられたシチューには、色鮮やかな野菜が含まれていた。

 サファイアが皿に盛ると、その皿をルビーが配膳していった。

 彼女たちはテキパキ素早く無駄ない動きで配膳を終える頃には皆座席に座って料理を待つ。


 「私ニンジン苦手だなー」

 「野菜が苦手なエルフは、ガーネット様だけなのではないでしょうか?」

 「エルフが菜食主義者ベジタリアンって完全に偏見へんけんじゃない、苦手なものは苦手なのよっ」


 とは言うもののガーネットはそんな苦手なニンジンを食べて美顔を歪ませた。


 「うー、ニンジンの食感って苦手ー」

 「でも食べるんですね、ガーネットさんって」

 「好き嫌いすると親父殿怖くてねー、我慢がまんして食べるようになった」


 としの割にはガーネットは案外我慢強がまんづよい。

 冒険者としてはガーネットの助けにはなったのだろう。

 コールンさんは興味を持ったのか、更にガーネットに質問した。


 「じゃあ好きなのはなんです?」

 「チーズは好きよ、焼きベーコンにチーズを合わせると最強よねー」

 「ああー、それ美味しいに決まってるじゃないですか、絶対お酒に合います! 反則級ですよー」

 「コールンはなんでもお酒に関連付けるんじゃないわよ」


 ガーネットは香りの強い酒はきらう。

 人族よりも鼻が良いからアルコールをより敏感に感じてしまうのだ。

 時折赤ワインをたしなむ姿を見ることはあるが、基本的にアルコールを好まない。


 「そう言えば主様の嫌いな物、まだ聞いていません」


 ふとサファイアがおっさんに興味を持った。

 嫌いな物……嫌いな物かあ。


 「兄さん悪食あくじきだからなんでも食べるわよー」

 「そうだな……流石さすがのおっさんもジャイアントワームは食えるか忌諱きいしたな」

 「て……魔物!?」


 魔物と言うが、養殖コカトリスは魔物を品種改良したものだし、衣服に使われるコットンも、品種改良したバロメッツという魔物の種子だぞ。

 因みのジャイアントワームは大陸中央部に分布する巨大なミミズ型のモンスターだ。


 「だが食って見ると上等な肉で美味かったな、何より可食部かしょくぶが多くて助かった」

 「兄さんそこまで悪食だなんて」

 「では食べて駄目でしたのはなんでしょうか?」

 「魚にな、寄生虫がいたんだが、よりにもよって寄生虫にやられた、あれは駄目だ」


 寄生虫と聞くと、コールンさんやガーネットはあ然とした。

 お魚は好きよ? ただ生はめた方が良いな。


 「グラルさんって、不思議ですねー。魔法に関してはスペシャルですし」

 「おっさんなんて大したことないよ。コールンさんの方がすごいさ」


 辺境へんきょうの剣聖なんて渾名こしなされるコールンさんとおっさんを比べるのは烏滸おこがましいだろう。

 所詮しょせんおっさんはただの国語教師なんだから。


 「んっ、ごちそうさまー! 私部屋戻ってるから!」


 最初に食べ終えたのはガーネットだった。

 ガーネットは食べ終えた皿をシンクに持っていくと、水に浸けて自室にもった。

 おっさんはゆっくり優しい甘さのホワイトシチューを楽しんだ。

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