第140話 おっさんは、サファイアと二人っきり

 家に帰ると、いつものように出迎えてくれたのは銀髪ぎんぱつ姉妹の妹サファイアだった。

 今日は少しだけ早い帰りで、家には部活中のコールンさんはともかく、ガーネットも帰って来てないようだ。


 「お帰りなさいませ、あるじ様」

 「ただいま、ルビーは?」

 「ルビーは現在外出中です」


 ということは、今はサファイアと二人っきりか。

 一つ屋根の下に男女が……間違いが起きないはずもなく……なんて冗談じょうだんは辞めとくとして。


 「なんだ、ルビーはなにか用事でもあるのか?」

 「それがルビーいわく、街の様子がおかしいと」

 「街? ああ、もしかして収穫祭か」

 「収穫祭?」


 サファイアは収穫祭を知らないのか?

 いや、考えてみれば無理もないか、ここに来るまでずっと逃避とうひ生活だった訳だしな。


 「収穫祭ってのは秋のお祭りだ。厳しい冬を迎える前のどんちゃん騒ぎだな」


 一年に四つのお祭りがある。

 春には草花の芽吹めぶきを祝う誕生祭、夏には一年の無事を祈る聖星祭、秋は一年の恵みを感謝する収穫祭、そして冬には厳しい雪の季節を耐えるために祈りをささげる降誕祭。


 「サファイアは収穫祭は初めてか?」

 「はい、お祭りはあまり経験出来ませんでした」


 そう言うと、サファイアはシュンとした。

 やっぱりさびしかったんだろうな。

 うむり……やはりおっさんはサファイアの身請みうけ人、サファイアを誘ってみるか。


 「なあサファイア、良かったら一緒に収穫祭、その、二人で楽しむか?」


 我ながらすっごい恥ずかしい台詞せりふだった。

 サファイアは目を丸くすると、石のように固まってしまった。

 そしてぐにサファイアはつぶらな蒼眼そうがんから一筋の涙がこぼれ落ちた。


 「も、勿体もったいなきお言葉……サファイアは世界一の幸せ者です……」

 「うおい!? 泣くほど!? 泣くほど嬉しかったの!?」

 「それはもう、きっと星の神の祝福にも勝るとも劣らず、知恵の実を食さず寵愛ちょうあいを受け続けるかのような幸福でございます」


 うん、今日もサファイアは平常運転だな。

 相変わらずよく分からんたとえばなしをして幸せを語るものだ。


 「けれど、本当に私でよろしいのですか?」

 「どういう意味だ?」

 「ガーネット様が聞けば黙ってはいないと思うのですが……」

 「ああー……そうだったな」


 おっさんは天井てんじょうを見上げると、義妹がどんな反応をするかアリアリと思い浮かべられた。

 絶対食いかかるし、超不満顔で一週間は口を利いてくれないに決まっている。

 うーん、おっさん小心者だから義妹に嫌われるのだけは耐えられない。

 とはいえ、サファイアにも普段から働いて貰っている以上ねぎらいは必要だろう。


 「では、ガーネット様もお誘いしましょう」

 「いいのかサファイア?」

 「主様をひとめするのは、欲張よくばりさんです。私は些細ささいな幸せで十分ですので」

 「むしろサファイアは欲が少ない方だと思うぞ」


 サファイアはわがままも言わないし、いつも奉仕ほうししてばっかりだ。

 奉仕種族ショゴスのさがと言ってしまえばそれまでとはいえ、もう少しわがまま言っても良いだろうに。


 「サファイアは良い女過ぎる」

 「えっ、私が良い女?」

 「悪い男には絶対にだまされるな! サファイアはころっと騙されそうで怖い!」

 「人を見る目はあるつもりですが……」


 どうだろうな? クソ外道の魔王につかえた位だから、絶対サファイアはダメ男を惹きつけるぞ。

 そりゃ贔屓目ひいきめに見ても、超絶ちょうぜつ美少女のサファイアにご奉仕させてくださいませ、とか言われたら男なら一発でオチるだろうよ。

 それだけにあやうく、この笑顔、まもらねば。


 「主様、収穫祭の事はともかく、中へお入り下さい。それと荷物はこちらへ」

 「忘れてた……玄関で何やってんだか」


 おっさんは我に返ると頭をいた。

 サファイアは荷物を受け取ると、おっさんはリビングに向かう。


 「二人っきりですので、とびっきりのお茶もれましょう」


 そう言うとサファイアは微笑を浮かべた。

 くそ、やっぱり可愛いよな。

 サファイアに奉仕して貰えるって時点で勝ち組なんだよなぁ。


 「いや、お茶はいつものでいい、上振れはくない」

 「そうですか? 主様がそうお望みであれば構いませんが」

 「平坦、平坦であれ」


 おっさんはそう自分に言い聞かせた。

 上振れしたら、絶対下振れで痛い目を見るから、おっさんは上振れも下振れもいらない。


 「収穫祭ですか、ふふ」


 サファイアは楽しそうに鉄面皮てつめんぴを少しだけ微笑ほほえませながら、いつもの茶葉から熱々の紅茶を淹れてくれる。

 街の商店街で売っている安い紅茶だろう。


 「ちなみに、とびっきりな紅茶ってなんなの?」

 「ブンガラヤ共和国ロンセイ島で栽培された最高級乾燥茶葉、一グラム三百ゴールドの物になります」

 「一グラム三百ゴールド!?」


 想定どころじゃない超高級品に思わずいてしまった。

 三百ゴールドでおっさんの好きなコカトリスの焼き鳥二本も買えてしまうぞ、たった一グラムで?


 「ち、ちなみにそれはどこで買ったの?」

 「いえ、買ったのではなく貰ったのです。流石に申し訳ないので少しですがお支払いしたのですが」

 「貰った? 誰に?」

 「グールーと名乗る貴族風の商人様でした。美味しい紅茶をいただき、どのような品か聞きますと、プレゼントすると」


 おっさん、あの学園祭でテンにぶっ飛ばされたおっさんを思い出すと、あきれ返った。

 相変わらずあの変態へんたい貴族、異種族の女が好きだな……。


 「変なことはされなかった?」

 「……? 会話に少々付き合っただけですが」

 「紅茶を飲んで体に異変いへんとかは?」

 「ありません、というより多分ショゴスに状態異常じょうたいいじょうは無効かと」


 うん、どうやら本当に貴族が美少女と楽しくお茶したかっただけみたいだな。

 媚薬びやくとか盛られてはいないようだ。

 ショゴスの状態異常耐性は知らなかったな。


 「とってもフルーティーで、しぶみの少ない美味しい紅茶なのです。生クリームを載せたものをいただきましたが、甘みとの相性も絶妙ぜつみょうで――」

 「ああ、説明はもういい、そういうお茶は特別な日にな?」

 「かしこまりました」


 サファイアは紅茶の入ったポッドを持ってくると、いつもの茶器ちゃきに淹れられる。


 「ビスケットもいかがでしょうか、こちらは私が焼いたものですが」

 「ああ、いただこう」


 かごに盛られたビスケットはシンプルな品物だ。

 サファイアの得意とする焼き菓子の一つだな。


 「晩御飯にさわるといけませんので、ほんの少し」

 「そうだな」


 おっさんは紅茶をいただくと、ビスケットをつまんだ。

 ほんの少しだけ甘いビスケットは食感も風味も良い。

 特別な物ではないが、こういうのがおっさんも好きだ。


 「うん、美味しい」

 「恐縮きょうしゅくです主様」

 「サファイアなら店も出せるな」

 「お店ですか……しかしそれでは主様のご奉仕が十分に果たせません」


 サファイアの困った顔もやっぱり可愛いな。

 別に本当に店を開けと言ってる訳じゃないが、やっぱり奉仕活動が最優先なんだな。


 「主様、収穫祭とは、どんな事をするのですか?」

 「食べ物イベントが多いぞ、後は踊ったりするんだ」

 「踊るのですか?」

 「そう、少なくともバーレーヌなら、皆で踊ってたな」


 ブリンセルだとどんな規模なのかおっさんには想像も出来ないが、大凡おおよそは一緒だろう。

 サファイアは収穫祭の話を聞くと、楽しそうに何度もうなずいた。

 きっと彼女は脳内でもうお祭りを楽しんでいるに違いない。

 見ているだけでも、きっと彼女は楽しいのだろうな。

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